「之」を含む四字熟語 — 658 件
四字熟語一覧
阿吽之息(あうんのいき)
複数の人と同じことをするときに、お互いの調子や気持ちが一致すること。 「阿」は吐く息、「吽」は吸う息のことをいい、互いの呼吸が揃った様子をいう言葉。
阿衡之佐(あこうのさ)
賢い家臣や、宰相が政治の補佐をすること。 または、その人のこと。 「阿衡」は中国の殷の賢臣の伊尹が就いた官職の名前。 「佐」は手助けすること。
阿保之功(あほのこう)
子供を育て上げた功績。 貴族などの、高い身分の人の子の子守りをする人の功績をいう。 「阿保」は子供を危険から守ったり、一緒に遊んだりすること。
晏子之御(あんしのぎょ)
他人の権威を笠にきておごり、自らの低い地位に満足している愚か者のたとえ。 「晏子」は斉の宰相、晏嬰のこと。 「御」は御者のこと。 晏嬰の御者は、晏嬰を乗せたことで得意気になっていたが、その姿を見た御者の妻は離縁を迫ると、御者は改心したという故事から。
帷幄之臣(いあくのしん)
参謀や軍師など、指揮官に付き従って作戦を練る部下のこと。 「帷」は垂れ幕「幄」は引き幕のこと。 昔の陣営は幕をめぐらしたことから作戦を練る場所、本陣や本営、軍部の意味。
異域之鬼(いいきのき)
祖国に帰れず異国の地で死ぬこと。またはその人の魂。 「異域」は自分の国でない国、外国。 「鬼」は死んだ人の魂のこと。 故郷から離れて、外国に留まり続けている死者の魂という意味から。
衣錦之栄(いきんのえい)
成功、出世した後に錦(にしき)の着物を着て故郷に帰ること。 「錦」は金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物のこと。
倚玉之栄(いぎょくのえい)
容姿の美しい人や、人格のすぐれた人のそばへ寄ること。 「倚」は寄りかかること。 「玉」は玉樹のことで、容姿の美しい人や、立派な人物のたとえ。 「栄」は栄誉。 中国の魏のすぐれた容姿の夏侯玄に、明帝が皇后の弟である毛曽を並べて座らせたのを見た人々が、「葭が玉樹に寄りかかっている」と言ったという故事から。
韋弦之佩(いげんのはい)
自分の短所の改善に努めること。 または、自分の性格を改めて人格を高めるために戒めの物を身につけること。 「佩」は身につけるという意味。 「韋」はなめし皮のこと。 「弦」は弓のつるのこと。 中国の戦国時代、西門豹は短気な性格を直そうと「ゆったりとしたなめし皮」を身に着け、春秋時代の董安于は厳格な性格に改めるために「かたい弓のつる」を身につけたという故事から。 「韋弦之佩」ともいう。
一技之長(いちぎのちょう)
一つの技術に長けていること。
一言蔽之(いちげんへいし)
全体を一言で言い表す。一言で言うと。 一言で全体を覆うということから。 「一言(いちげん)、之(これ)を蔽(おお)う」とも読む。
一日之長(いちじつのちょう)
年齢が一日分年上なこと。 または、少しだけ経験が多いという意味から、知識や技量などが少しだけすぐれていること。
一樹之陰(いちじゅのかげ)
この世の人との出会いや関係は全て、前世の縁によるものということ。 見知らぬ人同士が、一本の木に寄り雨宿りをするのも、前世からの縁であるということから。
一面之辞(いちめんのじ)
議論において、双方の言い分を平等に聞かず、一方の言い分、主張のみを聞くこと。 「一面」は一方のこと。 「辞」は言い分、主張のこと。
意中之人(いちゅうのひと)
心の中でひそかに思いを寄せている相手。 恋愛対象や、仕事などの適任者の候補として挙げている人を指すときに用いる。
一塊之肉(いっかいのにく)
兄弟のいない、ただ一人の子のこと。 「一塊」はひとつのかたまり。 「肉」は人間の身体のこと。 南宋の祥興帝が入水自殺して王朝が滅亡したことを聞いた、楊太后が嘆き言ったという故事から。
一割之利(いっかつのり)
凡人でも、たまには役に立つこと。 鉛でできた切れ味の悪い刀でも、一度はものを断ち切ることができることから。
一簣之功(いっきのこう)
仕事を完遂する間際の、最後のひと踏ん張りのこと。 または、仕事を完成させるために積み重ねる一つ一つの努力と、その大切さのこと。 「簣」は、土を入れて運ぶ道具。もっこ。 「一簣」は、もっこ一杯の土のこと。 「九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く」による。 九仞の高さの山を作るにも、最後のもっこ一杯の土を盛らずに止めてしまえば山は完成しないとの意から。
一丘之貉(いっきゅうのかく)
同じ仲間、似たようなもののたとえ。 または、同類の悪者のたとえ。 同じ丘に住む貉ということから。
一狐之腋(いっこのえき)
貴重なもの、大変価値のあるもののたとえ。 「腋」は脇のこと。 狐の脇の下からとれる毛皮は、白くて美しいがわずかにしかとれないため、大変珍重されたことから。
一笑置之(いっしょうちし)
いい加減に扱う。相手にしない。 軽く笑って別の場所に置くという意味から。 「一笑(いっしょう)、之(これ)を置(お)く」とも読む。
一炊之夢(いっすいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
一世之傑(いっせいのけつ)
その時代で最もすぐれている英雄。
一世之雄(いっせいのゆう)
その時代で一番すぐれた英雄。 「一世」はその時代、当時という意味。
一朝之忿(いっちょうのいかり)
少しの間、怒ること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。 「忿」は怒りのこと。
一朝之患(いっちょうのうれい)
少しの間、心配すること。 または、急に心配になること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。または、ある朝ということから、突然という意味。
一飯之恩(いっぱんのおん)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之徳(いっぱんのとく)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之報(いっぱんのむくい)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一以貫之(いついかんし)
一つの思いを曲げずに貫き通すこと。 「一以て之を貫く」とも読む。
鷸蚌之争(いつぼうのあらそい)
両者が争っている間に、全く関係のないものが苦労せずに利益を奪っていくこと。 「鷸」は水鳥のしぎ。 「蚌」は貝のどぶ貝。 しぎとどぶ貝が争っている間に、漁師が両方とも捕まえるという説話から。
乙夜之覧(いつやのらん)
天子が読書すること。 書物を読むことの大切さをいう言葉。 「乙夜」は午後十時くらいの時間。 「覧」は読書のこと。 天子はとても忙しいため、夜遅くになってやっと読書する時間ができるという意味から。 「乙覧」と略して使うこともある言葉。
猗頓之富(いとんのとみ)
膨大な財産のこと。 または、大富豪のこと。 「猗頓」は中国の春秋時代の大金持ちの名前。 巨万の富を得た范蠡に、資産家の教えを受けた猗頓は、牛や羊を飼い、塩を作って富を築き、金持ちといえば猗頓と人々に言われるまでになったという故事から。
移木之信(いぼくのしん)
約束を必ず実行することのたとえ。 為政者は人民に法の権威や信用を示すべきという戒めのこと。 戦国時代、秦の商鞅が国民からの信用を得るために、南門の大木を北門に移した者に十金を与えると布告したが、皆疑い誰も移さなかった。 五十金に増額すると移す者が現れたので、五十金を渡して約束を本当に守ると示した故事から。
葦末之巣(いまつのす)
頼りに出来るものが何もなく、安定しないために危なっかしい様子。 植物の葦の穂先にある鳥の巣という意味から。 中国の蒙鳩という鳥が、羽毛などで編んだ巣を葦の穂先に結びつけたが、風が吹いて巣と一緒に卵が落ちて割れたという故事から。
倚門之望(いもんのぼう)
母親が子のことを思う愛情のこと。 「倚」は寄りかかるという意味。 母親が門に寄りかかって、子の帰りを待ち望むという意味から。 中国の春秋時代の衛の王孫賈は、朝早くから夜遅くまで出掛けることが多く、母親は家の前の門や、村の入り口にある閭という門に寄りかかって帰ってくるのを待ちわびたという故事から。
倚閭之望(いりょのぼう)
母親が子のことを思う愛情のこと。 「倚」は寄りかかるという意味。 母親が門に寄りかかって、子の帰りを待ち望むという意味から。 中国の春秋時代の衛の王孫賈は、朝早くから夜遅くまで出掛けることが多く、母親は家の前の門や、村の入り口にある閭という門に寄りかかって帰ってくるのを待ちわびたという故事から。
飲河之願(いんかのねがい)
自分の身の丈に合った欲望で満足するべきであるということ。 中国古代の伝説の聖天子尭帝が、許由に天下を譲ろうとすると、動物のもぐらは大きな黄河の水を飲んでも、満腹になればそれ以上は飲まないといって断ったという故事から。
咽喉之地(いんこうのち)
絶対に通らなければならない重要な場所。 「咽喉」は身体の喉のことで、戦略上で重要な場所を身体の急所である喉にたとえた言葉。
飲食之人(いんしょくのひと)
飲んだり食べたりすることだけを楽しみにしている人のこと。 本能にだけ従って生きている人のことをいう。
烏獲之力(うかくのちから)
非常に力が強いことのたとえ。 「烏獲」は人の名前。 中国の戦国時代の秦の武王に仕えていた烏獲は、重さ約八千キログラムのものを持ち上げる力持ちで、その力を使って武王に仕えて出世したという故事から。
烏合之衆(うごうのしゅう)
からすの群れは無秩序でただ集まっているだけということから、規律も統制も何も無く寄せ集めの集団や軍隊のたとえ。
烏集之交(うしゅうのまじわり)
「烏集」は烏の群れのことで、疑り深く、利己的な鳥とされていることから、お互いに自分の利益のみを考え、誠意のない交流や集まりのこと。
迂直之計(うちょくのけい)
一見すると実用的に見えないが、実際は一番実用的なこと。 「迂」は迂回すること、「直」は近道のことで、わざと回り道をすることで敵を油断させて、妨害を受けることなく先回りする兵法のことから。
烏鷺之争(うろのあらそい)
囲碁の対局こと。 「烏」はカラス、「鷺」はサギのこと。 黒と白の碁石を、それぞれ黒色の鳥であるカラスと白色の鳥であるサギにたとえ、碁石の競い合う様子を表現した言葉。
雲霞之交(うんかのまじわり)
一般的な関係を超越した交友関係のこと。 雲と霞がたなびいている場所という意味から、仙人などの俗世を超越したものが住むとされている場所のこと。 俗世を超越したもの同士の交友関係という意味から。
雲霓之望(うんげいののぞみ)
痛切な願いのたとえで、主にすぐれた君主が現れることを願うことをいう。 「雲霓」は雲と虹のこと。または、雨のこと。 日照りが続いて雨が降って虹が出ることを望むということから。
雲泥之差(うんでいのさ)
比べることができないほど大きな相違があること。 「雲泥」は天空にある雲と地上の泥のこと。 雲と泥には大きな違いがあるという意味から。
栄華之夢(えいがのゆめ)
人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。 人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。
詠雪之才(えいせつのさい)
文才がある女性のこと。 晋の王凝之の妻の謝道蘊が、降る雪を白い綿毛がある種子の柳絮にたとえた詩を詠み、文才をたたえられた故事から。
盈満之咎(えいまんのとがめ)
「満ちれば欠ける」という道理のことをいい、物事が最高点に到達するとかえって災いを招くという戒めのこと。 「盈満」は十分に満ちること。
易簀之際(えきさくのさい)
人が死ぬ間際のこと。 特に、徳の高い人が死ぬことを敬っていう言葉。 「易簀」は寝台に敷く簀(すのこ)を取り替えることで、人の死ぬ間際を意味する。 孔子の弟子である曽参が死ぬ間際、高位の人が使う簀(すのこ)が敷かれていたが、自身の身分には相応しくないといって取り返させたという故事から。
役夫之夢(えきふのゆめ)
人生の栄華や栄光は夢のように儚いということのたとえ。 「役者」は使用人のこと。 昼間は主人にこき使われている使用人が「夜は夢の中で王になって楽しんでいるから平気だ」と言ったという故事から。
越俎之罪(えっそのつみ)
自分の出過ぎた行いによって、他人の権限を侵す罪のこと。 「俎」はまな板のこと。 古代中国で尭帝が許由に天下を譲ろうとしたとき、許由は「人は分を守ることが大切で、たとえ料理人が神に供える料理をうまく作らなかったとしても、神主が料理人に代わって料理を作るべきではない」と言って断った故事から。
越畔之思(えっぱんのおもい)
自分の領分を守り、他者の領域を侵さないように心がけること。 「越畔」は田畑の境界である畦(あぜ)を越えること。 畦を越えて他者の田畑に踏みこむことのないように心がけることをいった言葉。
回伏之難(えふくのなん)
避けることができない困難をいう仏教の言葉。
鴛鴦之契(えんおうのちぎり)
夫婦の絆が非常に堅いこと。 または、いつまでも夫婦として仲良く暮らすという夫婦の約束のこと。 「鴛鴦」は雄と雌のおしどりのことで、雌雄が常に一緒にいる鳥ということから、夫婦の仲がよいことのたとえ。
轅下之駒(えんかのこま)
能力が足りないために、仕事を片付けられないこと。 または、人から束縛されて、自由にできないこと。 「轅」は馬車や牛車の舵棒、ながえのこと。 「駒」は二歳の若い馬。 まだ力の足りない若い馬を馬車につなぐという意味から。
猿臂之勢(えんぴのいきおい)
進退や攻守を自在に変化させることのできる軍隊の体制のこと。 または、遠い場所に陣を張ること。 「猿臂」は猿のような長いひじのこと。 弓を扱うには長いひじのほうが有利ということから、弓の扱いに長けた人のことをいう。また、長いひじを自在に操るということから、進退や攻守を自在に変えることができることをいう。
王佐之才(おうさのさい)
君主を補佐することができる優れた才能のこと。 中国の三国志などでよくみられる言葉。
横草之功(おうそうのこう)
とても簡単なこと、または少しの功績や功労のたとえ。 「横草」は草を踏んで横に倒すという意味。
王之爪牙(おうのそうが)
君主の助けとなったり、国家を守ったりする武に秀でた臣下。 「爪牙」はつめときばのことで、武器や兵のたとえ。
屋烏之愛(おくうのあい)
溺愛、盲愛のたとえ。 「屋烏」は屋根にとまっている烏(からす)のこと。 その人を愛するあまり、その人に関わるもの全て、その人の家の屋根にとまっている烏さえも愛おしくなること。
会稽之恥(かいけいのはじ)
戦いに敗れ受けた恥辱。または、人から受けた忘れることが出来ない屈辱。 「会稽」は中国の山の名前で、春秋時代の呉と越の戦場跡。
解語之花(かいごのはな)
美人のたとえ。 「解語」は言葉を理解するという意味で、唐の玄宗が「蓮の花の美しさも、言葉を理解する花には及ばない」と楊貴妃をさして言った故事から。
介山之志(かいざんのこころざし)
汚れがなく、立派な志。 中国の春秋時代の晋の国の介之推(かいしすい)は、力を尽くして文公(ぶんこう)を君主に即位させたが、その功績を誇らず、報酬も受け取らずに緜(めん)山に隠居したという故事から。
廻天之力(かいてんのちから)
世の中の情勢が全て変わるほどの大きな力のこと。 または、不利な情勢を一気に有利に変えることの出来る大きな力のこと。 「廻天」は天を回すという意味から、世の中の情勢が変わること。 「回天之力」とも書く。
魁塁之士(かいるいのし)
立派な体格をした人のこと。 「魁塁」は他よりすぐれてたくましいこと。
柯会之盟(かかいのめい)
約束したことを成し遂げ、信義を守り抜いて信頼を得ること。 「柯」は中国の地名。 中国の春秋時代、斉の桓公は魯の荘公と柯で会合して、侵略して得た土地を返すという約束をして、信義を守って約束を果たして信頼を得たという故事から。 「柯盟」と略して使うこともある。
蝸角之争(かかくのあらそい)
取るに足らない小さな争いのたとえ。 「蝸角」はかたつむりの角のこと。 かたつむりの角のように小さく、左右にある国同士が小さな領土を奪い合う争いをしたという故事から。 「蝸牛角上の争い」を略した言葉。
瓜葛之親(かかつのしん)
親類やその縁者のこと。 植物の瓜や葛の蔓が絡み合うことにたとえたもの。
河漢之言(かかんのげん)
特に意味のない話。 または、現実離れしているほら話のこと。 「河漢」は天の川のこと。 天の川の多くのように、次々と限りなく言葉が続くという意味から。
下学之功(かがくのこう)
始めに簡単で身近にあることを学び、少しずつ難しいことを学んでいくこと。 または、簡単なことから初めて、次第に上手くなっていくこと。 「下学」はごく普通にある簡単なことを学ぶこと。 「下学(かがく)して上達す」とも読む。
蝸牛之庵(かぎゅうのいおり)
小さな家のこと。 「蝸牛」はかたつむりのこと。 「庵」は草葺きの小屋のこと。 かたつむりの殻のように小さな家という意味から。 自身の家をへりくだって言う言葉。
火牛之計(かぎゅうのけい)
牛を使った戦法のこと。 中国の戦国時代の斉の田単や、日本では木曾義仲が用いたとされる戦法で、牛の角に刀剣をくくりつけ、それらの牛の尾に火付けて、敵陣に突撃させる戦法のこと。
赫赫之功(かくかくのこう)
素晴らしい評判。 「赫赫」は光り輝く様子のこと。 「功」は功績。 光り輝く功績という意味から。
赫赫之名(かくかくのな)
素晴らしい評判。 「赫赫」は光り輝く様子のこと。 「名」は名声。 光り輝く名声という意味から。
隔世之感(かくせいのかん)
時代が変化したことを深く感じること。 「隔世」は時代が異なること。 昔のことを思い出すときに使うことが多い言葉。
鶴鳴之士(かくめいのし)
才能や能力があっても、世のために使われることなく、世間から認められていない賢者のこと。 または、公職についていない賢者のこと。 「鶴鳴」は鶴の鳴き声のこと。 山奥に隠遁している賢者をたとえた言葉で、山の中から鶴の美しい鳴き声は聞こえるが、姿を見ることは出来ないという意味から。
鶴翼之囲(かくよくのかこみ)
軍隊の陣形の一つで、左右に長く広がった陣形のこと。 鶴が翼を広げたような形に見えるということから。
