「い」から始まる四字熟語
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帷幄上奏(いあくじょうそう)
君主制国家において、帷幄機関である軍部が君主に軍事事項を上奏すること。 「帷」は垂れ幕、「幄」は引き幕のこと。 昔の陣営は幕をめぐらしたことから作戦を練る場所、本陣や本営、軍部の意味。
帷幄之臣(いあくのしん)
参謀や軍師など、指揮官に付き従って作戦を練る部下のこと。 「帷」は垂れ幕「幄」は引き幕のこと。 昔の陣営は幕をめぐらしたことから作戦を練る場所、本陣や本営、軍部の意味。
異域之鬼(いいきのおに)
祖国に帰れず異国の地で死ぬこと。またはその人の魂。 「異域」は自分の国でない国、外国。 「鬼」は死んだ人の魂のこと。 故郷から離れて、外国に留まり続けている死者の魂という意味から。
異域之鬼(いいきのき)
祖国に帰れず異国の地で死ぬこと。またはその人の魂。 「異域」は自分の国でない国、外国。 「鬼」は死んだ人の魂のこと。 故郷から離れて、外国に留まり続けている死者の魂という意味から。
以夷征夷(いいせいい)
自ら手を下さずに他人を利用して利益を図ること。 「夷」は中国東方の異民族、外敵のことで外敵を利用して外敵を制する外交戦略のこと。 「夷(い)を以って夷(い)を征す」とも読む。 「以夷制夷」とも書く。
以夷制夷(いいせいい)
自ら手を下さずに他人を利用して利益を図ること。 「夷」は中国東方の異民族、外敵のことで外敵を利用して外敵を制する外交戦略のこと。 「夷(い)を以って夷(い)を征す」とも読む。 「以夷制夷」とも書く。
唯唯諾諾(いいだくだく)
物事のよしあしにかかわらず、何にでもはいはいと人の言いなりになること。 「唯」と「諾」はどちらも「はい」という意味の返事のこと。
唯々諾々(いいだくだく)
物事のよしあしにかかわらず、何にでもはいはいと人の言いなりになること。 「唯」と「諾」はどちらも「はい」という意味の返事のこと。
以逸待労(いいつたいろう)
こちらが動かないときに、相手が動かなければいけない情況を作って相手の疲弊を狙う策略。 兵法三十六計の第四計。 局面の主導権を握ることの重要性をいうもの。
以一当千(いいつとうせん)
一人で千人と同等の働きをすること。 または、一つのものが千のものの代わりになること。 「一(いつ)を以(もっ)て千(せん)に当(あ)つ」とも読む。
伊尹負鼎(いいんふてい)
大きな望みのために、卑しい身分に身を落とすこと。 「伊尹」は人の名前で、中国、殷の代の宰相。 「鼎」は足が三本のものを煮る調理器具。 君主に仕えるという大きな望みために、 まずは料理人として雇われ、のちに宰相になった伊尹の故事から。
医鬱排悶(いうつはいもん)
憂さ晴らしをすること。 「医鬱」は憂鬱な気分を晴らすこと。 「排悶」は憂さ晴らしをすること。 似た意味の言葉を重ねて強調したもの。
易往易行(いおういぎょう)
阿弥陀如来にすがり南無阿弥陀仏を唱えれば、たやすい修行で極楽往生できるという他力本願の浄土宗の教えのこと。
威恩並行(いおんへいこう)
人を使う場合は、その時にあわせた、適切な賞罰をはっきりと与えることが必要だと説いた言葉。 「威恩」は刑罰と恩賞。 「並行」は一緒に行うこと。
位階勲等(いかいくんとう)
功績のあるものに贈られる位と、その勲章の等級。 「位階」は律令制での官僚の序列の標示。 「勲等」は国や社会に対して、功績のある人を褒め称えて与えられる、地位や称号などの栄典。
帷蓋不棄(いがいふき)
駄目になった物でも、何かに使うことができるので、捨てることを惜しむということ。 「帷」は部屋の仕切りなどに使う垂れ幕。 「蓋」は車を覆うための布。 「不棄」は駄目になっても捨てずにとっておくこと。 「帷」と「蓋」は死んだ動物を覆って埋める時に使うもので、それらを捨てずに取っておくということから、動物を大切にすることのたとえとしても使われる言葉。 「帷蓋(いがい)棄(す)てず」とも読む。
以火救火(いかきゅうか)
火を使って火を消そうとすること。 問題を解決しようとしてやり方を間違い、逆に被害が大きくなることをいう。 「火(ひ)を以(もっ)て火(ひ)を救う」とも読む。
衣冠禽獣(いかんきんじゅう)
下品で程度の低い人のたとえ。 礼服を着た鳥や獣ということから。 「衣冠」は官吏が朝廷に勤めに出る際に着る服。 「禽獣」は鳥と獣のことで、人格の低い人のたとえ。
衣冠盛事(いかんせいじ)
名門の家に生まれてさらに功績を上げた後に、家の名声を引き継ぐこと、またはその者のこと。 「衣冠」は衣服と冠のことで名門、立派な家柄という意味。 「盛事」は立派な事業や功績、盛大な事柄のこと。
遺憾千万(いかんせんばん)
この上なく残念なこと。 または心残りなこと。 「遺憾」は心残り、残念ということ。 「千万」は量が多いということから、非常に程度が高いこと。
衣冠束帯(いかんそくたい)
昔の貴族や官僚が公事で着用する礼装のこと。 「束帯」は貴族や官僚が公事で着用する礼装のこと。 「衣冠」は簡易化した礼装のこと。
意気軒昂(いきけんこう)
気力があふれていて、奮い立つ様子。 「意気」は気力や気概、「軒」と「昂」はどちらも高く上がるという意味。
意気軒高(いきけんこう)
気力があふれていて、奮い立つ様子。 「意気」は気力や気概、「軒」と「昂」はどちらも高く上がるという意味。
意気自如(いきじじょ)
心の持ち方がいつも通りで平静な様子。 「意気」は気力や気概、「自如」は動じない様子。
意気消沈(いきしょうちん)
元気をなくして気分がしょんぼりすること。 「意気」は気力や気概。「銷沈」は衰えて沈むという意味。 「意気銷沈」とも書く。
意気銷沈(いきしょうちん)
元気をなくして気分がしょんぼりすること。 「意気」は気力や気概。「銷沈」は衰えて沈むという意味。 「意気銷沈」とも書く。
意気衝天(いきしょうてん)
気力が天を衝くほど高く充実している様子。 「意気」は気力や気概、「衝天」は天を衝くほど高いという意味。
意気沮喪(いきそそう)
意気込みがくじけて、やる気や元気がなくなること。 「意気」は気力や気概。「沮喪」は勢いを失い元気や勢いがなくなること。 「意気阻喪」とも書く。
意気阻喪(いきそそう)
意気込みがくじけて、やる気や元気がなくなること。 「意気」は気力や気概。「沮喪」は勢いを失い元気や勢いがなくなること。 「意気阻喪」とも書く。
意気投合(いきとうごう)
気持ちや考えが一致すること。または、気が合うこと。 「意気」は気持ちや考え、「投合」は一致するという意味。
以杞包瓜(いきほうか)
高位の人物が持つ徳が、大衆を包み込むこと。または、高位の人物が謙遜した態度で賢者を求めること。 「杞」は植物の行李柳のことで、高い地位を持つ人のたとえ。 「瓜」は植物の瓜のことで、普通の人々のたとえ。 行李柳で作った葛籠に壊れやすい瓜を入れるということから。 「杞(き)を以(もっ)て瓜(うり)を包む」とも読む。
意気揚揚(いきようよう)
威勢がよく誇らしげに振る舞う様子。 「揚揚」は非常に得意げな様子。
意気揚々(いきようよう)
威勢がよく誇らしげに振る舞う様子。 「揚揚」は非常に得意げな様子。
委曲求全(いきょくきゅうぜん)
全体がうまくいくことを考え、細かい点は譲歩すること。
異曲同工(いきょくどうこう)
見た目は違っているが、手法や技術に大きな差がないこと。 「曲」は音曲のこと。 「工」は技術、技巧のこと。 同じ技巧の音曲でも味わいが異なっていたり、同じ技巧の詩文でも趣が異なっていること。 「同工異曲」ともいう。
倚玉之栄(いぎょくのえい)
容姿の美しい人や、人格のすぐれた人のそばへ寄ること。 「倚」は寄りかかること。 「玉」は玉樹のことで、容姿の美しい人や、立派な人物のたとえ。 「栄」は栄誉。 中国の魏のすぐれた容姿の夏侯玄に、明帝が皇后の弟である毛曽を並べて座らせたのを見た人々が、「葭が玉樹に寄りかかっている」と言ったという故事から。
以魚駆蠅(いぎょくよう)
物事の対処の仕方を間違えると、かえって悪化するということ。 蠅が寄ってくる魚を振り回して追い払おうとしても、蠅は逆に寄ってくるということから。 「魚(うお)を以(もっ)て蠅(はえ)を駆(か)る」とも読む。
衣錦還郷(いきんかんきょう)
「故郷に錦を飾る」の語源で、出世して故郷に帰ること。 「錦」は金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物のこと。
衣錦尚絅(いきんしょうけい)
才能や徳を見せ付けないように隠すこと。 「錦」は金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物、「尚」は上に重ねること、「絅」は薄いうちかけのこと。 錦を見せ付けないように上から重ね着するという意味で、才能や徳などを誇示することへの戒め。
衣錦之栄(いきんのえい)
成功、出世した後に錦(にしき)の着物を着て故郷に帰ること。 「錦」は金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物のこと。
郁郁青青(いくいくせいせい)
植物が立派に育っていて、良い香りを放っている様子。 もとは「よろい草」や「フジバカマ」を評した言葉。 「郁郁」は良い香り。 「青青」は植物が生い茂っている様子のこと。
郁々青々(いくいくせいせい)
植物が立派に育っていて、良い香りを放っている様子。 もとは「よろい草」や「フジバカマ」を評した言葉。 「郁郁」は良い香り。 「青青」は植物が生い茂っている様子のこと。
異口同音(いくどうおん)
全員が同じことを言うこと。 または、全員の意見が一つに揃うこと。 「異口」は多くの自分以外の口。 「同音」は口をそろえて言うこと。
生日足日(いくひたるひ)
祝典や祭りの当日のこと。 生気に満ちている縁起の良い日という意味。
生日足日(いくひのたるひ)
祝典や祭りの当日のこと。 生気に満ちている縁起の良い日という意味。
夷険一節(いけんいっせつ)
どんな時でも信念を守り続けること。 「夷険」は平らな場所と険しい場所のことから順境と逆境のことで、順境でも逆境でも信念を変えないということ。
韋弦之佩(いげんのはい)
自分の短所の改善に努めること。 または、自分の性格を改めて人格を高めるために戒めの物を身につけること。 「佩」は身につけるという意味。 「韋」はなめし皮のこと。 「弦」は弓のつるのこと。 中国の戦国時代、西門豹は短気な性格を直そうと「ゆったりとしたなめし皮」を身に着け、春秋時代の董安于は厳格な性格に改めるために「かたい弓のつる」を身につけたという故事から。 「韋弦之佩」ともいう。
懿公喜鶴(いこうきかく)
大切にすべきものを軽く扱い、くだらないものを大切にしたために身を滅ぼすことのたとえ。 「懿公」は人の名前。 衛の国の懿公は、家臣や国民を大切にせず、動物の鶴を好んで爵位を与えて大切にしていたが、戦争になると兵隊は鶴に戦わせればよいと言って協力せず、懿公は身を滅ぼしたという故事から。 「懿公(いこう)鶴(かく)を喜(この)む」とも読む。
衣香襟影(いこうきんえい)
いろんな人の姿、形のこと。 または、人々の様子。 衣服の香りと襟の形という意味から。
懿公好鶴(いこうこうかく)
大切にすべきものを軽く扱い、くだらないものを大切にしたために身を滅ぼすことのたとえ。 「懿公」は人の名前。 衛の国の懿公は、家臣や国民を大切にせず、動物の鶴を好んで爵位を与えて大切にしていたが、戦争になると兵隊は鶴に戦わせればよいと言って協力せず、懿公は身を滅ぼしたという故事から。
異口同音(いこうどうおん)
全員が同じことを言うこと。 または、全員の意見が一つに揃うこと。 「異口」は多くの自分以外の口。 「同音」は口をそろえて言うこと。
異国情緒(いこくじょうしょ)
異国の風物がかもし出す自国とは違う雰囲気や風情のこと。
異国情緒(いこくじょうちょ)
異国の風物がかもし出す自国とは違う雰囲気や風情のこと。
異国情調(いこくじょうちょう)
異国の風物がかもしだす、自国とは違う雰囲気や風情のこと。
為虎傅翼(いこふよく)
もとから強い力を持っているものが、さらに力をつけること。 「傅翼」は翼をつけることで、もとから強い虎に翼をつけて飛べるようにするという意味。
已己巳己(いこみき)
文字の形が似ていることから、互いによく似ているもののたとえ。
意在言外(いざいげんがい)
自分の考えを意図的に曖昧にして、相手に推察させること。 または、詩文の字間や行間に自分の考えを込めること。
移山造海(いざんぞうかい)
自然を作り変えること。 山を移動させて、穴を掘って海を造るということから。 「山(やま)を移して海(うみ)を造る」とも読む。
頤指気使(いしきし)
横暴な態度で人を酷使すること。 または、横暴な態度で人に指図することのたとえ。 「頤」は顎のこと。 言葉ではなく、顎や指で指示を出すということから。 「頤(あご)もて指し気もて使う」とも読む。
意識朦朧(いしきもうろう)
意識がぼんやりとはっきりしない様子のこと。 意識がなくなる手前の状態のこと。 「朦朧」はおぼろげではっきりとしない様子。
意志堅固(いしけんご)
目的を果たそうとする気持ちが並外れて強いこと。 「意志」は目的を果たそうとする気持ちのこと。 「堅固」は丈夫なこと。
以耳代目(いじだいもく)
他人から聞いただけのことを確認せずに信じ込むこと。 「耳(みみ)を以(もっ)て目(め)に代(か)う」とも読む。
維日不足(いじつふそく)
幸福が日が足りないほどに次から次へとやってくること。 「維」は調子を整えるための助辞。 「維(こ)れ日も足らず」とも読む。
意志薄弱(いしはくじゃく)
はっきりとした自身の意志を持っておらず、物事を決める決断力や最後までやり抜く忍耐力が欠如していること。 または、他人の言葉や行いの影響を受けやすいこと。
意思表示(いしひょうじ)
自分の意思をはっきりと示すこと。 また法律用語としては、法律上の効果を発生させるために必要な意思を外部に示す行為のこと。
石部金吉(いしべきんきち)
物堅くて融通のきかない人のたとえ。 堅い物として有名な「石」と「金」を人の名前のようにした言葉。
意趣遺恨(いしゅいこん)
他人への深い恨み。 「意趣」は他人への恨み。 「遺恨」は長い期間持ち続けている恨み。
遺臭万載(いしゅうばんさい)
悪い評判やうわさを後世まで残すこと。 「遺」は残すこと。 「臭」は悪臭ということから、悪い噂や評判のたとえ。 「万載」は万年という意味。
衣繍夜行(いしゅうやこう)
たとえ出世しても、故郷に帰らなければ誰もその栄誉に気が付くことはないということのたとえ。 「衣繍」は美しい刺繍の服のこと。 暗い夜道を美しい刺繍の服を着て歩いても、誰も気がつかないという意味から。 中国楚の項羽が「富貴になっても故郷に帰らないのは、美しい服を着て暗い夜道を歩くようなものだ」と言った故事から。
萎縮震慄(いしゅくしんりつ)
恐怖で動けなくなっていること。 「震慄」は恐怖で震えること。 「痿縮震慄」とも書く。
痿縮震慄(いしゅくしんりつ)
恐怖で動けなくなっていること。 「震慄」は恐怖で震えること。 「痿縮震慄」とも書く。
渭樹江雲(いじゅこううん)
遠くにいる友人を気遣うこと。 「渭樹」は長安郊外を流れる川、渭水のほとりの樹木。 「江雲」は長江の空に浮かぶ雲。 渭水の北の地にいる杜甫が、長江にいる李白を思って詩を作ったということから。
意趣卓逸(いしゅたくいつ)
心の向かう先が非凡なこと。 「意趣」は意向、考え。 「卓逸」は非常にすぐれていること。
意匠惨澹(いしょうさんたん)
物事に工夫を凝らすために、いろいろな苦労をすること。 「意匠」は工夫すること。 「惨澹」は苦労すること。 「意匠惨憺」とも書く。
意匠惨憺(いしょうさんたん)
物事に工夫を凝らすために、いろいろな苦労をすること。 「意匠」は工夫すること。 「惨澹」は苦労すること。 「意匠惨憺」とも書く。
医食同源(いしょくどうげん)
日常の食生活に気を配ることが、一番の病気予防になるということ。 「医食」は医薬と食事。 「同源」は根本が同じであるということ。 病気を治すために飲む薬と日常の食事は、どちらも健康を維持するためのものであり、根本は同じであるということから。
衣食礼節(いしょくれいせつ)
人は生活が安定することで、初めて礼儀や節度をわきまえることができるようになるという意味。 「衣食」は衣服と食物のことから、生活に必要な品のこと。 「礼節」は礼儀と節度のこと。 「衣食足りて礼節を知る」という形で使われることが多い言葉。
易如反掌(いじょはんしょう)
物事を簡単に成し遂げることができること。 手の平を返す程度の難易度ということから。 「易(やす)きこと掌(たなごころ)を反すが如(ごと)し」とも読む。
以人為鑑(いじんいかん)
他の人の態度や言動をみて、自分の戒めにすること。 他人を鏡にするという意味から。 中国の唐の時代、地位など気にせずに相手をしっかりと諫(いさ)める魏徴の死を悼んだ太宗皇帝は、為政者が手本とすべき三鑑の内の一つを失ったと嘆いたという故事から。 「人(ひと)を以(もっ)て鑑(かがみ)と為(な)す」とも読む。
以身役物(いしんえきぶつ)
自分の体が物に酷使されること。 または、周囲のことに振り回されたり、そのために苦労すること。 「身(み)を以(もっ)て物(もの)に役(えき)せらる」とも読む。
以身殉利(いしんじゅんり)
つまらない人間は、自分の利益や欲望のためだけに一生を費やすということ。 「以身」は自ら、自分自身という意味。 「殉利」は利益や欲望に身を捧げるという意味。 「身を以て利に殉ず」とも訓読する。
遺簪墜屨(いしんついく)
普段の生活で使い慣れているものたとえ。または、それを無くしたり、壊したりした時の気持ちのたとえ。 失ったかんざしと靴ということから。 「遺簪」は、かんざしを失うこと。 「墜屨」は、靴を落とすこと。 孔子がかんざしを無くした夫人に出会った故事、また、楚の国の昭王が戦いの最中に落とした靴を惜しんだという故事から。
以心伝心(いしんでんしん)
言葉や文字などを使うことなく、心と心で互いの意志や気持ちが通じ合うこと。 元は、文字や言葉では表現できない奥義を、師と弟子の心を通わせることで伝えることを意味した禅宗の言葉。 「心(こころ)を以(もっ)て心(こころ)に伝(つた)う」と訓読する。
以水救水(いすいきゅうすい)
間違った手段で盛んな勢いを抑えようとして、かえって勢いを強めてしまうこと。 水を注いで水の流れを止めようとするということから。 「水(みず)を以(もっ)て水(みず)を救う」とも読む。
以水滅火(いすいめっか)
非常に簡単に物事ができること。 水をかけて火を消すという意味から。 「水(みず)を以(もっ)て火(ひ)を滅す」とも読む。
為善最楽(いぜんさいらく)
善い行いをすることが一番楽しいことであるということ。 「善(ぜん)を為(な)すこと最も楽(たの)し」とも読む。
怡然自得(いぜんじとく)
心が落ち着いていて、満ち足りていること。 または、自分の心を理解し、喜び安らぐこと。 「怡然」は喜び楽しむ様子のこと。または、悩むことなく道理を理解する様子のこと。 「自得」は現在の自分に満足すること。または、自身の心の内側を自身で理解すること。 「怡然として自得す」とも訓読する。
渭川漁父(いせんのぎょほ)
古代中国で太公望と呼ばれ、活躍した呂尚のこと。 転じて、優れた能力をもつ人物のたとえ。 「渭川」は中国の川、渭水のこと。 「漁父」は漁師のこと。 渭水で釣りをしていた呂尚は、周の文王に見出されて、後に大きな功績を残したという故事から。
以鼠為璞(いそいはく)
取るに足らない物を高価なものとして扱うこと。 「璞」は手が加わっていない宝石の原石。 古代中国の鄭の国では宝石の原石を璞(はく)といい、周の国では鼠の生肉を朴(はく)と言っていた。 周の国の人が鄭の国の商人に、はくを買わないかと言われたが、璞ではなく朴だったという故事から。 「鼠(ねずみ)を以(もっ)て璞(はく)と為(な)す」とも読む。
位尊身危(いそんしんき)
地位も財産も大きすぎるよりは適度がよいということ。 地位が高くなると、大きな責任を負ったり敵が多くなったりして危険が増えるという意味から。 「位(くらい)高(たか)ければ身(み)危(あや)うし」とも読む。
衣帯中賛(いたいちゅうのさん)
中国南宋の文天祥という人物が、処刑されるときに帯の中に残した文章のこと。または、仁義や忠節を守り通すこと。 「衣帯中」は衣服の帯の中のこと。 「賛」は人や物事を褒め称える文体のこと。 南宋が滅ぼされていく中、南宋の文天祥は元(げん)に捕らえられ、元に仕えるように迫られたが、南宋への忠義を守り通して処刑された。 文天祥の帯の中には、死に臨む賛の文章が残されていたという故事から。
異体同心(いたいどうしん)
それぞれ異なる体を持っているが、心は強く結ばれていること。 「異体」は異なる体のこと。 「同心」は心が同じであること。 おもに夫婦や親しい人間関係などの深い関係をいう言葉。
衣帯不解(いたいふかい)
他のことを忘れるほど、あることに集中すること。 「衣帯」は着物と帯のこと。 衣服も着替えず、不眠不休で仕事に取り組むことから。 「衣帯(いたい)を解かず」とも読む。 「不解衣帯」ともいう。
韋駄天走(いだてんばしり)
極めて足の速い人。 また、速く走る様子。 「韋駄天」は僧や寺院の守護神で、足が速いことのたとえ。
以多問寡(いたもんか)
人から素直に学ぼうとすること。 多くの知識を持つ人が、知識の少ない人に物事を尋ねるということから。 「多(た)を以(もっ)て寡(か)に問う」とも読む。
異端邪説(いたんじゃせつ)
少数派に信じられている正統ではない主張・学説・信仰などのこと。 「異端」は多くの人には認められず、少数の人によって信じられている主張や学説、宗教などのこと。 「邪説」は道理に外れた主張や学説のこと。 「邪説異端」ともいう。
一以貫之(いちいかんし)
一つの思いを曲げずに貫き通すこと。 「一以て之を貫く」とも読む。
一意攻苦(いちいこうく)
苦労しながら、ひたすら考えること。 「一意」はいちずに、一心にという意味。 「攻苦」は苦難、苦境とたたかうという意味から、苦労しながら勉強すること。
一意孤行(いちいここう)
誰の意見も聞かずに自分の考えだけで行動すること。 「一意」は一つのことに専念すること。 「孤行」は一人で行くこと。 相手の意見に左右されない公平さのたとえとして用いることもある。 「孤行一意」ともいう。
一意専心(いちいせんしん)
他のことに心を奪われることなく、一つのことだけに心を注ぐこと。 「一意」と「専心」はどちらも一つのことだけに心を注ぐこと。 「専心」は「摶心」とも書く。 「専心一意(摶心一意)」ともいう。
一意摶心(いちいせんしん)
他のことに心を奪われることなく、一つのことだけに心を注ぐこと。 「一意」と「専心」はどちらも一つのことだけに心を注ぐこと。 「専心」は「摶心」とも書く。 「専心一意(摶心一意)」ともいう。
一衣帯水(いちいたいすい)
海や川が間にあって遮られているが、非常に距離が近いこと。 または、互いの関係が非常に深いこと。 陳の君主の悪政によって庶民が飢えと寒さで窮地に陥ったときに、隣国の隋の文帝が「たった一本の帯のような川(揚子江)に隔てられているからといって、民を見捨てることができるか」といって、陳の国を討伐したという故事から。
一飲一啄(いちいんいったく)
自然とともに、自由に生きることのたとえ。 または、人が分を弁えて、多くを求めないことのたとえ。 「一」はわずか、すこしの意。 「啄」は鳥がくちばしでついばむこと。
一韻到底(いちいんとうてい)
漢詩における古詩の技巧で、初めから終わりまで一つの韻で通すこと。 「韻」は詩のリズムや響きを美しくするために同じ響きの漢字をおくこと。 「到底」は最初から最後までの意。
一栄一辱(いちえいいちじょく)
人の世は、良いときもあれば悪いときもあるということ。 「栄」は栄えること。 「辱」ははずかしめを受けること。
一栄一落(いちえいいちらく)
人が繁栄したり、衰退したりすること。 「一」は"ある時は"という意味。 「栄」は繁栄すること。 「落」は衰退すること。
一詠一觴(いちえいいっしょう)
酒を飲みながら詩をよむ、風流な楽しみのこと。 「詠」は詩をよむこと。 「觴」は杯のこと。 一杯の酒を飲みながら、一つの詩をよむことから。 「一詠一觴」ともいう。
一往一来(いちおういちらい)
行ったり来たりすること。 「一」は"ある時は"という意味。 「往」は行くこと。 「来」は来ること。
一往深情(いちおうしんじょう)
一途で情に厚いこと。 または、感情を抑えられないくらいに深く感動すること。 「一往」はひたむきという意味。 美しい歌を聞く度に深く感動していた桓子野のことを、謝公が評した故事から。
一往直前(いちおうちょくぜん)
何があっても恐怖せずに、ひたすらまっすぐ進むこと。 「一往」はひたむきという意味。 「直前」は前だけを見てまっすぐ進むこと。
一億一心(いちおくいっしん)
全ての日本人が団結すること。 「一億」はおおよその日本の人口ということから、日本人全員のたとえ。 「一心」は団結すること。
一月三舟(いちがつさんしゅう)
仏の教えは一つなのに、受け手によりそれぞれの解釈があるということ。 同じ一つの月でも、停止している舟から見れば止まって見え、北へ動く舟から見れば北へ動いているように見え、また南へ動く舟から見れば南へ動いているように見えるということから。
一雁高空(いちがんこうくう)
群れから離れた一匹の雁が、他よりも高く飛んでいる様子。 他よりも飛びぬけて優れていることのたとえ。
一技之長(いちぎのちょう)
一つの技術に長けていること。
一牛吼地(いちぎゅうこうち)
非常に近い距離にあること。 また、のどかな田舎・田園風景のこと。 「牛吼」とは牛の鳴く声のことで、牛の鳴き声が聞こえるほど近い距離という意から。
一牛鳴地(いちぎゅうめいち)
非常に近い距離にあること。 または、のどかな田舎、田園風景のこと。 「牛鳴」とは牛の鳴く声のことで、牛の鳴き声が聞こえるほど近い距離という意から。 「一牛鳴」とも略す言葉。
一行三昧(いちぎょうざんまい)
一つの修行法を一心に励むこと。 または、念仏を唱えること。 「一行」は一つのことに専念すること。 「三昧」は精神を集中することで、心を安らかにすること。
一芸一能(いちげいいちのう)
一つの技芸や才能のこと。 「芸」と「能」は技術や才能のこと。 「一能一芸」ともいう。
一月三舟(いちげつさんしゅう)
仏の教えは一つなのに、受け手によりそれぞれの解釈があるということ。 同じ一つの月でも、停止している舟から見れば止まって見え、北へ動く舟から見れば北へ動いているように見え、また南へ動く舟から見れば南へ動いているように見えるということから。
一言一句(いちげんいっく)
一つひとつの言葉、ちょっとした言葉。
一言一行(いちげんいっこう)
一つの言葉と一つの行いのこと。 何気ない言動のこと。
一言九鼎(いちげんきゅうてい)
国の動向に関わる重要な言葉。 「九鼎」は古代中国で使われた、祭器としても使われる三本足の鍋。
一言居士(いちげんこじ)
何かあるたびに自分の思っていることを逐一言わないと気がすまない人のこと。 「一言」は一つの言葉。 「居士」は仏教の信者で、世俗を捨てずに家庭にいながら仏教の修行をする人のこと。または、死後につける男子の戒名の称号のこと。 「一言抉(こじ)つける」を人の名前に似せた言葉。
一言半句(いちげんはんく)
短い言葉。些細な言葉。一言。 「一言」と「半句」はどちらも少しの言葉という意味で、似ている意味のものを重ねて強調した言葉。
一元描写(いちげんびょうしゃ)
小説の登場人物の動向や心理状態、事件の描写を、主人公一人の視点から一元的に表現すべきであるという小説作法。
一言蔽之(いちげんへいし)
全体を一言で言い表す。一言で言うと。 一言で全体を覆うということから。 「一言(いちげん)、之(これ)を蔽(おお)う」とも読む。
一期一会(いちごいちえ)
一生に一度だけの機会。または、一生に一度だけ会えること。 「一期」は生まれてから死ぬまでのこと。 「一会」は一度の会合や集会などの人の集まりのこと。 「一期」と「一会」はどちらも仏教の言葉。 もとは千利休の弟子の山上宗二が説いた茶人の心構え。 たとえ同じ人、同じ場所で茶会を開いたとしても、同じものになることはなく、毎回生涯で一度だけのものなので、主人も客も誠意を尽くすべきであるというもの。
一伍一什(いちごいちじゅう)
事の最初から最後まで、もれなく、すべての意。 「一五一十」とも書く。
一五一十(いちごいちじゅう)
事の最初から最後まで、もれなく、すべての意。 「一五一十」とも書く。
一語一句(いちごいっく)
ひとつひとつの言葉。 「一語」と「一句」は、どちらも一つひとつの言葉という意味で、重ねて意味を強調した言葉。 「一句一語」ともいう。
一合一離(いちごういちり)
他人と関係を結んだり、離れたりすること。 「一」は「ある時は」という意味。 国同士が手を組んだり離れたりすることから。 「一離一合」ともいう。
一業所感(いちごうしょかん)
複数の人の前世の同じ業によって、複数の人が同じ報いを受けること。 たくさんの人が災害などにあった時に、前世の同じ業による報いを受けているということを説明する言葉。 「業」は必ず結果が出る過去の行い。 「所感」は過去の行いから生まれる結果。
一期四相(いちごしそう)
人生の四つの段階、生、老、病、死のこと。 「一期」は生まれてから死ぬまでの期間、人生。 「四相」は四つの段階の生、老、病、死。または、生、住、異、滅の四つの各相こと。
一牛鳴地(いちごみょうち)
非常に近い距離にあること。 または、のどかな田舎、田園風景のこと。 「牛鳴」とは牛の鳴く声のことで、牛の鳴き声が聞こえるほど近い距離という意から。 「一牛鳴」とも略す言葉。
一言一句(いちごんいっく)
一つひとつの言葉、ちょっとした言葉。
一言九鼎(いちごんきゅうてい)
国の動向に関わる重要な言葉。 「九鼎」は古代中国で使われた、祭器としても使われる三本足の鍋。
一言居士(いちごんこじ)
何かあるたびに自分の思っていることを逐一言わないと気がすまない人のこと。 「一言」は一つの言葉。 「居士」は仏教の信者で、世俗を捨てずに家庭にいながら仏教の修行をする人のこと。または、死後につける男子の戒名の称号のこと。 「一言抉(こじ)つける」を人の名前に似せた言葉。
一言万鈞(いちごんばんきん)
非常に重みのある一言。 「万鈞」は重さが極めて重いこと。
一言半句(いちごんはんく)
短い言葉。些細な言葉。一言。 「一言」と「半句」はどちらも少しの言葉という意味で、似ている意味のものを重ねて強調した言葉。
一言芳恩(いちごんほうおん)
ひと言声をかけてもらったことに対して感謝すること。 また、その人を主人と仰ぐこと。 「芳恩」は人から受けた恩の敬称。
一字一句(いちじいっく)
一つの文字や、一つの言葉。 「一字」と「一句」という似た意味の言葉を重ねて強調したもので、主に書き言葉についていう。
一字三礼(いちじさんらい)
敬い慎んで写経すること。 または、写経をするときは、敬い慎んでやるべきであるという教え。 写経する時は、一文字書き写すたびに仏を三度礼拝していたということから。
一字千金(いちじせんきん)
筆跡や詩文がすぐれていることのたとえ。 「一字」は文字の一つ、「千金」は多額の金銭のたとえで、一つ一つの文字に大金のような価値があるという意味から。 『呂氏春秋』を完成させたときに、都の門の前に並べて、一文字でも添削できれば千金を与えようと言って、出来映えを誇ったという故事から。
一日九回(いちじつきゅうかい)
ひどく心配して、悩み苦しむこと。 「九」は何度もということ。 一日に何度も腸がねじれるほどに悩み苦しむということから。 「一日九廻」とも書く。
一日九廻(いちじつきゅうかい)
ひどく心配して、悩み苦しむこと。 「九」は何度もということ。 一日に何度も腸がねじれるほどに悩み苦しむということから。 「一日九廻」とも書く。
一日九遷(いちじつきゅうせん)
あっという間に出世すること。 「九遷」は官位が九回上がること。 一日に官位が九回上がるという意味から。 皇帝から寵愛を受けていることをいう言葉。 「一日(いちじつ)九(く)たび遷(うつ)る」とも読む。
一日三秋(いちじつさんしゅう)
相手を恋しく思う気持ちが深いこと。 または、とても待ち遠しいこと。 「三秋」は秋が三回過ぎることから”三年”の意。 一日会わなかっただけで、三年も会わなかったような気がすることから。
一日千秋(いちじつせんしゅう)
時、人、物などが来るのを今か今かと楽しみに待つこと。 「千秋」は秋が千回来ることから千年という意味。 その時が来るのが楽しみで、一日が千年のように長く感じるという意味。
一日千里(いちじつせんり)
一際すぐれた才能があることのたとえ。
一日之長(いちじつのちょう)
年齢が一日分年上なこと。 または、少しだけ経験が多いという意味から、知識や技量などが少しだけすぐれていること。
一日片時(いちじつへんじ)
わずかな時間のこと。 または、たった一日のこと。 「片時」は少しの時間という意味。
一時名流(いちじのめいりゅう)
その時、その時代で名を知られていて、優れた能力のある人。 「一時」はその時、その時代。 「名流」はすぐれた能力があり、世に名が知れ渡っている人のこと。
一字不説(いちじふせつ)
仏法の真理や悟りの境地は大変奥深く、言葉で言い表すことはできないため、自ら体得するしかないということ。 釈迦が悟り得た境地の真理は一字も説いていないことから。 「不説一字」ともいう。
一字褒貶(いちじほうへん)
文章を書く際の一字の使い分けで、人を褒めたりけなしたりすること。 「褒」は褒めること。 「貶」はけなすこと。 歴史書"春秋"の表現様式のことをいう。
一事無成(いちじむせい)
一つの物事ですら最期までやり遂げることができないこと。 何一つ成果を得られないという意味から。 「一事(いちじ)成(な)ること無(な)し」とも読む。
一時名流(いちじめいりゅう)
その時、その時代で名を知られていて、優れた能力のある人。 「一時」はその時、その時代。 「名流」はすぐれた能力があり、世に名が知れ渡っている人のこと。
一汁一菜(いちじゅういっさい)
質素な食事のこと。 「一汁」は一杯の汁物のこと。 「一菜」は一品のおかずこと。 汁物一杯、おかず一品の食事のことから。 現代では、日本の伝統を基にした健康的な食事という良い意味で使われることもある。
一入再入(いちじゅうさいじゅう)
布を何度も染め重ねること。 深く、濃い色合いということから、恩が深いことのたとえ。 「入」は布を染料につけること。
一入再入(いちじゅさいじゅ)
布を何度も染め重ねること。 深く、濃い色合いということから、恩が深いことのたとえ。 「入」は布を染料につけること。
一樹之陰(いちじゅのかげ)
この世の人との出会いや関係は全て、前世の縁によるものということ。 見知らぬ人同士が、一本の木に寄り雨宿りをするのも、前世からの縁であるということから。
一樹百穫(いちじゅひゃっかく)
人材を育成することは、大きな利益につながるということ。 また、大計を成功させるには人材の育成が必要であるということ。 「一樹」は一本の木を植えること。 「百穫」は百倍の収穫の意。
一上一下(いちじょういちげ)
上がったり下がったりすること。 または、情況に合わせて対応すること。 「一」は"あるときは"の意味。
一杖一鉢(いちじょういっぱつ)
僧侶の質素な服装を言い表す言葉。 「一杖」は一本の杖。 「一鉢」は托鉢の時に使う鉢のこと。
一場春夢(いちじょうのしゅんむ)
人生の栄光や繁栄が、儚く消えてしまうことのたとえ。 「一場」はほんの短い間の意。 春の夜にみる夢のように儚いということから。
一時流行(いちじりゅうこう)
その時々の世の中の好みに合った一時的な新しさのこと。 もとは俳諧のことばで、常に新しさを求めて、変化を重ねていくことから。
一新紀元(いちしんきげん)
新しい時代の始まりのこと。また、新しい時代の最初の年のこと。 「新紀元」は新時代の最初の年のこと。
一塵不染(いちじんふせん)
汚れが少しもないこと。 または、他者から影響を受けて感化されずに、清らかさを保ち続けること。 煩悩を引き起こす「六塵」の一つにすら染まらずに、心身を潔白なまま保つという意味から。 「一塵(いちじん)にも染まらず」とも読む。
一塵法界(いちじんほっかい)
一つのちりの中にも、全宇宙の真理が含まれているということ。 または、真理はどんなものからでも見出すことができるということ。 「塵」は微塵(みじん)のことで、非常に小さな物質のこと。 「法界」は仏教語で全宇宙のこと。
一族郎党(いちぞくろうとう)
血縁関係のある家族や親族とそれらに付き従う家来のこと。 または、権力のある者やその者に付き従い利益を分けあう者たちのこと。 「一族」は血縁者の総称。「郎党」は家臣のこと。 「一族郎等」とも書く。
一族郎等(いちぞくろうとう)
血縁関係のある家族や親族とそれらに付き従う家来のこと。 または、権力のある者やその者に付き従い利益を分けあう者たちのこと。 「一族」は血縁者の総称。「郎党」は家臣のこと。 「一族郎等」とも書く。
一族郎党(いちぞくろうどう)
血縁関係のある家族や親族とそれらに付き従う家来のこと。 または、権力のある者やその者に付き従い利益を分けあう者たちのこと。 「一族」は血縁者の総称。「郎党」は家臣のこと。 「一族郎等」とも書く。
一族郎等(いちぞくろうどう)
血縁関係のある家族や親族とそれらに付き従う家来のこと。 または、権力のある者やその者に付き従い利益を分けあう者たちのこと。 「一族」は血縁者の総称。「郎党」は家臣のこと。 「一族郎等」とも書く。
一大決心(いちだいけっしん)
生涯に一度しかないような大きな決意のこと。 「一大」は重要なという意味。名詞の前に付けて意味を補ったり変えたりする接頭辞。 「決心」は意志を心に決めること。
一諾千金(いちだくせんきん)
決して裏切らない、一度約束したことは守らなければならないというたとえ。 一度引き受けた約束には、千金同様の重みがあるということ。 「一諾」は一度承知して、引き受けること。 「千金」は大金のたとえ。 中国楚の季布は、一度承知して引き受けたことは違えることなく確実に果たしたため、季布に約束を引き受けてもらうことは千金を得るよりも価値があると言われていたという故事から。
一団和気(いちだんのわき)
なごやかな雰囲気のこと。 親密さがあふれており、親しみやすい様子。 「一団」は集団のこと。
一読三嘆(いちどくさんたん)
すばらしい詩文などをよみ、感銘を受けること。 または、そのような名文、書物のこと。 「三」は何度もという意味。 「嘆」は感心して褒め称える、感嘆という意味。
一日片時(いちにちかたとき)
わずかな時間のこと。 または、たった一日のこと。 「片時」は少しの時間という意味。
一日三秋(いちにちさんしゅう)
相手を恋しく思う気持ちが深いこと。 または、とても待ち遠しいこと。 「三秋」は秋が三回過ぎることから”三年”の意。 一日会わなかっただけで、三年も会わなかったような気がすることから。
一日千秋(いちにちせんしゅう)
時、人、物などが来るのを今か今かと楽しみに待つこと。 「千秋」は秋が千回来ることから千年という意味。 その時が来るのが楽しみで、一日が千年のように長く感じるという意味。
一日千里(いちにちせんり)
一際すぐれた才能があることのたとえ。
一日之長(いちにちのちょう)
年齢が一日分年上なこと。 または、少しだけ経験が多いという意味から、知識や技量などが少しだけすぐれていること。
一日不食(いちにちふしょく)
毎日、仕事の後でないと食事をしないこと。 何よりも仕事を大切にする心得。 唐のある禅師は、老齢にして毎日人一倍労務を行っていた。みかねた弟子たちが農具を隠し、師に休息をとるよう願った。禅師は農具を探したが見つからず休息をとったが、その日は食事をとることはなかった。弟子たちが理由を尋ねると「一日作らざれば一日食らわず」と答えたという故事から。
一人当千(いちにんとうせん)
非常に大きな力、勇気があること。 または、そのような人。 一人が千人と同等の力を持っている意味から。 「一人(いちにん)千人に当たる」とも読む。
一人当千(いちにんとうぜん)
非常に大きな力、勇気があること。 または、そのような人。 一人が千人と同等の力を持っている意味から。 「一人(いちにん)千人に当たる」とも読む。
一念往生(いちねんおうじょう)
一度念仏を唱えるだけで極楽浄土に行くことができるということ。 「一念」は阿弥陀仏の名号を一度唱えること。 「往生」は死んだ後に極楽浄土で生まれ変わること。
一念化生(いちねんけしょう)
集中して強く念じることで、別の姿に生まれ変わること。 「一念」は一途な思い。 「化生」は生まれ変わること。 心の次第で、餓鬼にも仏にもなるということ。
一念三千(いちねんさんぜん)
日常における一瞬の思いの中にも、全宇宙の全事象が備わっているということ。 「三千」は世界の数を意味し、全宇宙のこと。 天台宗の教義。
一念通天(いちねんつうてん)
どんなことでも、一心に念じ努力し続ければ、必ず成就するということ。 「一念(いちねん)天に通ず」とも読む。
一念万年(いちねんばんねん)
時が経過する間隔は、個人の感覚で変わるということ。 「一念」はほんの少しの時間。 禅宗の言葉で、一瞬心が動くと、その動きには一万年の月日が含まれているということから。
一念発起(いちねんほっき)
何かを成し遂げる決意を固めること。 もとは仏教の言葉で、「一念」は悟りを得ようと心に決めること、「発起」は仏道に入ること。 仏道に入り、悟りを開くことを心に決めるという意味から。
一念万年(いちねんまんねん)
時が経過する間隔は、個人の感覚で変わるということ。 「一念」はほんの少しの時間。 禅宗の言葉で、一瞬心が動くと、その動きには一万年の月日が含まれているということから。
一能一芸(いちのういちげい)
一つの技芸や才能のこと。 「芸」と「能」は技術や才能のこと。 「一能一芸」ともいう。
一暴十寒(いちばくじっかん)
努力というものは、続けられずに怠ってしまいがちであるということ。また、短期間努力してもその後に長期間怠れば努力が無駄になってしまうということ。 「暴」は日にさらすこと。 「寒」は冷やすこと。 日にさらして暖めようとして、一日は暖めたがその後の十日間は日陰においたままにして冷やしてしまうという意味。 「十寒一暴」ともいう。
一罰百戒(いちばつひゃっかい)
罪を犯した一人に罰を与えて、他の人が同じ罪を犯さないように注意を発すること。 「一罰」は一人に罰を与えること。 「百戒」は百人の戒めにすること。 一つの罰を百の戒めにするという意味。
一盤散沙(いちばんさんさ)
人々の心がばらばらでまとまりがないこと。 「一盤」は一枚の皿のことで、国のたとえ。 「散沙」は散らばっている砂のことで、人々の心のたとえ。 皿の上に散らばった砂のようにまとまりがないということから。
一病息災(いちびょうそくさい)
一つくらい持病があったほうが、健康な人よりも体を気遣うようになり長生きできるということ。 「一病」は持病が一つあること。 「息災」は元は仏教語で、病気や災害などの災いを仏の力で止めるという意味から、災いもなく元気であること。
一分一厘(いちぶいちりん)
ごくわずかなこと。 多くは否定の語とともに"わずかにも~ない"の意味で用いられる。 「分」と「厘」はどちらも単位の名称で、極めて小さいことのたとえ。
一部始終(いちぶしじゅう)
物事の最初から最後までの詳しい事情のこと。 初めから終わりまで。 「一部」は一つの書物のこと。”部”は書物を数える単位。 「始終」は初めと終わり、または初めから終わりまでの全ての事情のこと。 元は”一つの書物の初めから終わりまでの全ての内容”という意味の言葉。
一別以来(いちべついらい)
この前会った時以来という意味。 しばらく会っていない人との挨拶の時に言葉。 「一別」は一度別れるの意味。 「一別来」とも略す。
一望千頃(いちぼうせんけい)
一目で遠くまで見渡すことができること。または、広々としていて遠くまで見渡せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「頃」は面積の単位。 一目で千頃を見渡せるということから。
一望千里(いちぼうせんり)
広い範囲を遠くまで見渡すことができること。 または、広々としていて遠くまで見通せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「千里」の「里」は距離を表す単位のことで、一里は約四キロメートル。 一度に千里先まで見渡すことが出来るという意味から。
一望無垠(いちぼうむぎん)
一目ではるかかなたまで広々と見渡せること。 広々と見晴らしの良い景色をいう。 「垠」は地の果てのこと。 「一望垠(はて)は無し」とも読む。
一木一草(いちぼくいっそう)
一本の木から一本の草まで全てという意味から、その場にあるすべてのもののこと。 または、わずか一本の木と一本の草という意味から、極めて少ないもののこと。 「一木」は一本の木のこと。 「一草」は一本の草のこと。 「一草一木」ともいう。
一木難支(いちぼくなんし)
一度崩れ始めると、一人の力ではどうすることも出来ないということ。 「一木」は一本の建物の柱。 大きな建物が崩れると、一本の柱で支えることは出来ないという意味から。
一枚看板(いちまいかんばん)
一座を代表する役者のこと。 または、多くの人の中心人物となる人のこと。 また、一着しかない衣服のこと。 歌舞伎で演目や役者名、絵姿を一枚の看板に描いて劇場の前に掲げていて、その看板に名前が載るほど役者ということから。
一味同心(いちみどうしん)
同じ目的をもって結束すること。または、同じ目的をもち集まり、心を一つにした同志、仲間のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。 「同心」は志を同じくすること。
一味徒党(いちみととう)
同じ志や目的のために集まること。また、その仲間のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。 「徒党」も仲間を表すが、多くは悪い仲間のことをいう。
一味郎党(いちみろうとう)
同じ志や目的のために集まること。また、その仲間、同志のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。
一面之辞(いちめんのじ)
議論において、双方の言い分を平等に聞かず、一方の言い分、主張のみを聞くこと。 「一面」は一方のこと。 「辞」は言い分、主張のこと。
一網打尽(いちもうだじん)
悪人や犯罪者などの集団を一気に全て捕まえること。 「一網」は一度網を打つこと。 「打尽」は全て捕ること。 網を一度打ち、そこにいる魚を全て取り尽くすという意味から。
一毛不抜(いちもうふばつ)
極めてけちなこと。 または、利己的な人、けちな人。 「一毛」は一本の毛のこと。 自分のものは一本の毛すら惜しんで抜かないということから。 「一毛も抜かず」とも読む。
一目十行(いちもくじゅうぎょう)
文章などを読むのが速いことのたとえ。 一目見ただけで、十行の文章を読むことができるということから。 梁の簡文帝は幼少期より理解力が人並み以上であり、読書の際には一度に十行ずつ読んだという故事から。
一目瞭然(いちもくりょうぜん)
ほんの少し見ただけでも、はっきりとわかること。 「一目」はほんの少しだけ見ること。 「瞭然」はしっかりとした区別があり、わかりやすいこと。 「一目了然」とも書く。
一目了然(いちもくりょうぜん)
ほんの少し見ただけでも、はっきりとわかること。 「一目」はほんの少しだけ見ること。 「瞭然」はしっかりとした区別があり、わかりやすいこと。 「一目了然」とも書く。
一問一答(いちもんいっとう)
一つの質問、設問に対して一つの解答をすること。また、その形式のこと。
一文半銭(いちもんきなか)
ごくわずかな金銭のこと。 「文」と「銭」はともに昔の通貨の単位。 一文銭の直径が一寸(ひとき)であることから、半銭を"きなか"とも読む。
一門数竈(いちもんすうそう)
一つの家族が一つの家に暮らしながらも、生計を別々にしてまとまりがないことを非難する言葉。 「一門」は一つの家族。 「数竈」はかまどが複数あること。 一つの家に複数のかまどがあるということから。 元は魏が南方の江南地方の風習を非難して言った言葉。
一文半銭(いちもんはんせん)
ごくわずかな金銭のこと。 「文」と「銭」はともに昔の通貨の単位。 一文銭の直径が一寸(ひとき)であることから、半銭を"きなか"とも読む。
一文不通(いちもんふつう)
読み書きができないこと。 「文」は文字の意。 一文字ですら意味が通じていないことから。
一夜検校(いちやけんぎょう)
急に金持ちになることのたとえ。 「検校」は江戸時代、盲人に与えられた最高の官名。 大金を官に上納し、検校の位を受けたもののことをこう呼んだということから。
一夜十起(いちやじっき)
人は多かれ少なかれ私心や私情に左右され、私心を全て捨てさることは難しいということ。 「一夜(いちや)に十(と)たび起(お)く」とも読む。
一遊一予(いちゆういちよ)
遊び楽しむこと。 「一」は"あるときは"の意味。 「遊」と「予」はともに遊び楽しむという意味。 王が楽しみを兼ねて民の生活を視察していたということから。
意中之人(いちゅうのひと)
心の中でひそかに思いを寄せている相手。 恋愛対象や、仕事などの適任者の候補として挙げている人を指すときに用いる。
以長撃短(いちょうげきたん)
味方の長所を活かして、相手の短所を攻撃する。 戦場での兵の動かし方を説いた言葉。 「長(ちょう)を以(もっ)て短(たん)を撃つ」とも読む。
以長続短(いちょうぞくたん)
他人の長所を学び、それを取り入れて自分の短所を補うこと。 「長(ちょう)を以(もっ)て短(たん)を続(つ)ぐ」とも読む。
一葉知秋(いちようちしゅう)
わずかな前兆や現象から、物事の本質や変化、衰退などを察知すること。 「一葉」は一枚の葉のこと。 「知秋」は秋がきたことを知る意。 一枚の葉が落ちるのを見て、秋の訪れを察知するということから。
一陽来復(いちようらいふく)
悪い傾向にあった物事がよい傾向に向かうこと。 または、冬が終わって春が来ること。または、冬至のこと。 「一陽」は冬から春になる兆しのこと。 「来復」は再びやってくること。 もとは易経の言葉で、陰と陽の二つを組合せたものからなる六十四卦で、陰暦十月は陰だけで構成され、冬至から陽が一つ含まれるようになるということから。陽が復する(戻ってくる)のは冬至からであることから。
一落千丈(いちらくせんじょう)
地位や権威、価値などが一気に落ちること。 「丈」は高さの単位。 一度に千丈を落ちるということから。
一利一害(いちりいちがい)
利益がある一方で害もあること。 良い点と悪い点の両方があること。 新たな利益を求めるよりも、今みられる害悪を取り除く方がよいという教え。
一離一合(いちりいちごう)
他人と関係を結んだり、離れたりすること。 「一」は「ある時は」という意味。 国同士が手を組んだり離れたりすることから。 「一離一合」ともいう。
一里撓椎(いちりどうつい)
たくさんの人が同じ事を言うと、あり得ないことも事実のようになってしまうということ。 「一里」は一つの村。 「撓椎」は椎を曲げること。 椎を曲げることが出来る力のある人がいると、村の人々全員が言えば、実際にいるかのようになってしまうという意味から。 「一里(いちり)なれば椎(つち)を撓(たわ)む」とも読む。
一竜一猪(いちりゅういっちょ)
努力して学ぶ人と、怠けて学ばない人との間には大きな賢愚の差ができるということ。 「竜」は賢く、成功した者のたとえ。 「猪」は豚のことで、無恥な愚な人のたとえ。 一方は竜になり、一方は豚になるということから。
一粒万倍(いちりゅうまんばい)
ほんの少しのものから大きな利益をあげることのたとえ。 または、小さなものでも粗末に扱ってはいけないという戒め。 または、稲の別名。 「一粒」は一粒の種のこと。 「万倍」は一万倍のこと。 一粒の種が、たくさん(一万倍)の稲の穂を実らせるという意味から。 元は仏教の言葉で、一つの善い行いをすればたくさんのよい結果がもたらされることのたとえ。
一竜一猪(いちりょういっちょ)
努力して学ぶ人と、怠けて学ばない人との間には大きな賢愚の差ができるということ。 「竜」は賢く、成功した者のたとえ。 「猪」は豚のことで、無恥な愚な人のたとえ。 一方は竜になり、一方は豚になるということから。
一領具足(いちりょうぐそく)
一式揃っている具足。 または、戦国時代に土佐国の戦国大名である長宗我部氏が行った軍事政策。 平時は農民として生活し、有事の際には兵士として動員されていた。
一了百了(いちりょうひゃくりょう)
一つが解決すれば、すべてのことが解決すること。 または、根本の一つから、全体を推測できること。 「一」と「百」は初めと終わりの意味。 「了」は終わること。
一力当先(いちりょくとうせん)
自身の力だけで、先頭で敵に当たること。 「一力」は自身の力。 「当先」は真っ先に敵と当たること。
一旅中興(いちりょちゅうこう)
衰退して滅亡しかけた国を立て直して栄えさせること。 「一旅」は五百人の兵士のこと。 「中興」は復興するという意味。 「一旅(いちりょ)にて中興(ちゅうこう)す」とも読む。
一縷千鈞(いちるせんきん)
極めて危険なこと。 「縷」は糸のこと。 「鈞」は重さの単位。 一本の糸で千鈞もの重い物を吊るすということから。
一蓮托生(いちれんたくしょう)
極楽浄土に往生して同じ蓮の花の上に生まれ変わるという意味の仏教語。 転じて、何があろうとも行動や運命を共にすること。 「一蓮託生」とも書く。
一蓮託生(いちれんたくしょう)
極楽浄土に往生して同じ蓮の花の上に生まれ変わるという意味の仏教語。 転じて、何があろうとも行動や運命を共にすること。 「一蓮託生」とも書く。
一労永逸(いちろうえいいつ)
一度苦労すれば、その後は長く利益が得られ、安定した暮らしが送れること。 「一労」は一度の苦労。または、少しの苦労。 「永」は長くの意味。 「逸」は安楽、利益のこと。 「一(ひと)たび労して永(なが)く逸(やす)んず」とも読む。
一六勝負(いちろくしょうぶ)
ばくちのこと。また、運任せの思い切った行動のこと。 「一六」はさいころの目のこと。 さいころを振って、一の目が出るか、六の目が出るかを賭けて勝負するということから。
一路順風(いちろじゅんぷう)
ものごとが順調に進むこと。 または、旅に出る人の安全を祈ることば。 「一路」はひたすらの意味。 「順風」は追い風のこと。 船の航行が順調ということから。
一路平安(いちろへいあん)
旅立つ人の道中の安全を祈る言葉。 「一路」は旅の道中のこと。 「平安」は無事で穏やかなこと。 「平安一路」ともいう。
一以貫之(いついかんし)
一つの思いを曲げずに貫き通すこと。 「一以て之を貫く」とも読む。
一塊之肉(いっかいのにく)
兄弟のいない、ただ一人の子のこと。 「一塊」はひとつのかたまり。 「肉」は人間の身体のこと。 南宋の祥興帝が入水自殺して王朝が滅亡したことを聞いた、楊太后が嘆き言ったという故事から。
一攫千金(いっかくせんきん)
苦労することなく、一度の機会で大金を手に入れること。 「一攫」は一度つかむこと。 「千金」は大金のこと。 現在では「一獲千金」とも書くが、本来は誤用。
一獲千金(いっかくせんきん)
苦労することなく、一度の機会で大金を手に入れること。 「一攫」は一度つかむこと。 「千金」は大金のこと。 現在では「一獲千金」とも書くが、本来は誤用。
一家眷族(いっかけんぞく)
家族や親族、血縁者のこと。 または、その家臣や部下のこと。 「一家眷属」とも書く。
一家眷属(いっかけんぞく)
家族や親族、血縁者のこと。 または、その家臣や部下のこと。 「一家眷属」とも書く。
一家相伝(いっかそうでん)
一つの家系でのみ、代々引き継いでいく技術やもののこと。 「相伝」は代々引き継いで伝えること。
一家団欒(いっかだんらん)
家族が集まって仲良く談笑したりしながら楽しい時間を過ごすこと。 「団欒」は人が集まって輪になって座ること。または、親しい人たちが集まって楽しく過ごすこと。
一割之利(いっかつのり)
凡人でも、たまには役に立つこと。 鉛でできた切れ味の悪い刀でも、一度はものを断ち切ることができることから。
一竿風月(いっかんのふうげつ)
俗世にとらわれず、自然の中でのんびりと自由な生活を送ること。 「竿」は釣竿のこと。 「風月」は自然を親しみ、風流を楽しむこと。 一本の釣竿を持って、風流を楽しむということから。
一竿風月(いっかんふうげつ)
俗世にとらわれず、自然の中でのんびりと自由な生活を送ること。 「竿」は釣竿のこと。 「風月」は自然を親しみ、風流を楽しむこと。 一本の釣竿を持って、風流を楽しむということから。
一喜一憂(いっきいちゆう)
物事の状況が変化するたびに喜んだり心配したりすること。 または、周りの状況に振り回されること。 「喜」はよろこぶこと。 「憂」は心配すること。
一貴一賤(いっきいっせん)
貧しくなったり、豊かになったりすること。 または、貧しいときと豊かなときで人の扱いが変わるということ。 「一」は"あるときは"という意味。 「貴」は豊かな様子。 「賤」は貧しい様子。
一気呵成(いっきかせい)
途中で休むことなく、一気に文章を書き上げること。 または、休まず一気に物事を仕上げること。 「呵」は息を吹きかけることで、「呵成」は一息で完成するという意味。
一饋十起(いっきじっき)
意見を聞くために、熱心に客を迎えること。または、よい人材、賢者を熱心に探し求めること。 「饋」は食事のこと。 一度の食事の間に十回も席をたつことから。 「一饋に十起す」、または、「一饋に十たび起つ」と読む。
一騎当千(いっきとうせん)
並外れた能力を持つ勇敢な人のこと。 または、ずば抜けた能力や経験を持つ人のこと。 「一騎」は一人の騎兵、「当千」は千人の敵と当たることで、一人で千人の敵と戦うことが出来るほど強いという意味から。
一騎当千(いっきとうぜん)
並外れた能力を持つ勇敢な人のこと。 または、ずば抜けた能力や経験を持つ人のこと。 「一騎」は一人の騎兵、「当千」は千人の敵と当たることで、一人で千人の敵と戦うことが出来るほど強いという意味から。
一簣之功(いっきのこう)
仕事を完遂する間際の、最後のひと踏ん張りのこと。 または、仕事を完成させるために積み重ねる一つ一つの努力と、その大切さのこと。 「簣」は、土を入れて運ぶ道具。もっこ。 「一簣」は、もっこ一杯の土のこと。 「九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く」による。 九仞の高さの山を作るにも、最後のもっこ一杯の土を盛らずに止めてしまえば山は完成しないとの意から。
一丘一壑(いっきゅういちがく)
俗世から離れ、自然の中に身をおき、風流をたのしむこと。 「一」は、”あるときは”という意味。 「丘」はおかのこと。 「壑」は谷のこと。
一裘一葛(いっきゅういっかつ)
この上なく貧しい暮らしのたとえ。 「裘」は冬に着る毛皮の服。 「葛」は夏に着る薄い布の服。 それぞれを一枚ずつしか持たず、ほかの着替えを持たないということから。
一球入魂(いっきゅうにゅうこん)
野球で、精神を集中して一球一球を投げること。 「入魂」はものごとに魂を込めること。 野球から生まれた造語。
一丘之貉(いっきゅうのかく)
同じ仲間、似たようなもののたとえ。 または、同類の悪者のたとえ。 同じ丘に住む貉ということから。
一虚一盈(いっきょいちえい)
一定の形を保つことなく、常に変わり続けるために予測しがたいことのたとえ。 「一」は"あるときは"の意味。 「虚」はむなしいという意味。 「盈」は満ちるという意味。
一虚一実(いっきょいちじつ)
さまざまに変化して、予測が難しいことのたとえ。 「一」は"あるときは"の意味。 「虚」はむなしいこと、消えること。 「実」は満ちること、現れること。
一挙一動(いっきょいちどう)
日常のちょっとした動作や立ち居振る舞いのこと。 または、一つ一つの動作のこと。 「一」は”ちょっとした”や”一つ一つ”という意味。 普段の動作を意味する「挙動」という言葉を「挙」と「動」に分け、「一」をそれぞれに付けて意味を強調した言葉。
一挙両失(いっきょりょうしつ)
一つの行動がもとで、同時に他のことまでも駄目になってしまうこと。 「一挙」は一つの動作、行動のこと。
一挙両得(いっきょりょうとく)
一つの行動によって、二つの利益を得ること。 「一挙」は一つの動作や行動。 「両得」は二つの利益を得ること。
一琴一鶴(いっきんいっかく)
清廉潔白な役人のこと。 または、旅支度がとても簡易であることのたとえ。 一張りの琴と一羽の鶴の意。 宋の役人が蜀に赴任する際、一張りの琴と一羽の鶴だけを携えて出ていったことから。
一句一語(いっくいちご)
ひとつひとつの言葉。 「一語」と「一句」は、どちらも一つひとつの言葉という意味で、重ねて意味を強調した言葉。 「一句一語」ともいう。
一薫一蕕(いっくんいちゆう)
悪が善を駆逐すること。 善は消えやすく、悪を取り除くのは難しくはびこりやすことのたとえ。 「薫」は香りのよい草のこと。 「蕕」は臭い草のこと。 二つを同じところにおけば、よい香りが消されてしまうことから。
一欠十求(いっけつじっきゅう)
官職に一つの空席が出ると、空席をめぐって人が集まること。 「一欠」は官職の中の一つの空席。 「十求」はたくさんの人が欲しがって集まること。 中国の晋の役人の王蘊は、温厚な性格で身分にこだわらず登用していたので、官職に空きが出るたびに人々が殺到していたという故事から。
一決雌雄(いっけつしゆう)
戦闘一回で決着をつけること。 「雌雄」は勝敗。
一蹶不振(いっけつふしん)
一度の失敗で挫折してしまい、二度と立ち上がれなくなること。 「蹶」はつまずくこと。 「不振」は勢いがなくなること。 「一蹶(いっけつ)して振るわず」とも読む。
一結杳然(いっけつようぜん)
文章の後に残っている風情。 「一結」は文章に一旦まとまりをつけること。 「杳然」は悠然という意味。
一件落着(いっけんらくちゃく)
問題となっていた物事や事件が解決し、決着がつくこと。 「一件」は一つの物事や事件のこと。 「落着」は物事の決まりが着くこと。
一闔一闢(いっこういちびゃく)
陰の気と陽の気が衰えたり盛んになったりする様子。 「一」は"あるときは"の意味。 「闔」は閉じること。 「闢」は開くこと。
一口両舌(いっこうりょうぜつ)
前に話した内容と、後で話した内容とが食い違っていること。 以前に言ったことと違うことを、平気で言う人のこと。 一つの口に二つの舌があるということから。
一国一城(いっこくいちじょう)
一つの国と一つの城のこと。 または、それらを所有していること。 または、他からの干渉を受けずに独立している状態にあること。 「一国」は一つの国。 「一城」は一つの城。 会社や家族を国や城に例えて、それらの長という意味で「一国一城の主」という形で用いることが多い言葉。
一国三公(いっこくさんこう)
指示を出す人が多すぎて、統率が取れなくなること。 三人の君主が一つの同じ国にいるということから。 「三公」は三人の君主。
一刻千金(いっこくせんきん)
ほんのわずかな時間が千金にも値するということ。 「一刻」の「刻」は時間の単位のことで、わずかな時間のたとえ。 「千金」は多額の金銭のことから、価値があるもののたとえ。 楽しい時間や季節などがあっという間に過ぎ去っていくことを惜しんでいう言葉。 また、少しの時間でも大切にするべきだという戒め。 出典は「春宵一刻値千金」という言葉で、春の夜は素晴らしく非常に価値があるという意味。 「千金一刻」ともいう。
一刻千秋(いっこくせんしゅう)
とても待ち遠しいこと。 「一刻」はとても短い時間ということ。 「千秋」は千年のこと。 わずかな時間なのに、千年にも思えるほど待ち遠しいということから。
一顧傾城(いっこけいせい)
絶世の美女のこと。 「一顧」はちらりと一度振り返ること。 「傾城」は城が傾くこと。 美女が一度ちらりとみるだけで町中の男たちが夢中になり、君主までもがそれに溺れ政治を投げ出してしまうということから。
一壺千金(いっこせんきん)
価値がないと思えるものでも、時と場合によっては非常に役に立つこと。 「壺」はひょうたんのこと。 「千金」はきわめて大きな価値という意味。 普段は価値のないひょうたんも、溺れそうになったときには浮き袋の代わりとなり、はかれないほどの大きな価値になるということから。
一狐之腋(いっこのえき)
貴重なもの、大変価値のあるもののたとえ。 「腋」は脇のこと。 狐の脇の下からとれる毛皮は、白くて美しいがわずかにしかとれないため、大変珍重されたことから。
一呼百諾(いっこひゃくだく)
人望や権威が強く、一声かければ応じる人の多いたとえ。 「一呼」は一声かけること。 「諾」は応じるや、同意すること。
一切有情(いっさいうじょう)
この世に生きとし生けるものすべてのこと。特に、人間のこと。 「一切」はすべてのこと。 「有情」は生きているもののこと。 仏教用語。
一切皆空(いっさいかいくう)
この世の全て事象には実体がなく、全て空であるということ。 仏教の言葉で、「一切」は全てという意味の言葉。
一切皆成(いっさいかいじょう)
この世の全ての生き物は、仏になることのできる可能性を秘めているという考え。 「一切皆成仏」を略したもの。
一切合切(いっさいがっさい)
全部。全て。 「一切」と「合切」はどちらも全部や残すことなく全てという意味。同じ意味の言葉を重ねて強調したもの。 「一切合財」とも書く。
一切合財(いっさいがっさい)
全部。全て。 「一切」と「合切」はどちらも全部や残すことなく全てという意味。同じ意味の言葉を重ねて強調したもの。 「一切合財」とも書く。
一切衆生(いっさいしゅじょう)
この世に生きるすべてのもの。特に、人間のこと。 「一切」はすべての意。 「衆生」はすべての生物の意。 仏教用語。
一切即一(いっさいそくいち)
全体は個の中にあり、また個一つ一つの中に全体があること。 個と全体は相即しているという考え方。 または、このように考えれば人生や世界を正しく把握できるという教え。 「一切」はすべてのこと。 仏教用語。
一殺多生(いっさつたしょう)
一人の人を犠牲にして、たくさんの人が助かること。 元は仏教の言葉で、たくさんの人を救うために、悪人一人を犠牲にすることは、望ましくはないが仕方ないという考えをいう。
一糸一毫(いっしいちごう)
きわめてわずかであるたとえ。 「一糸」は一本の糸のこと。 「一毫」は一本の細い毛のこと。 どちらもわずかなことのたとえ。
一弛一張(いっしいっちょう)
人に厳しくしたり、やさしく接したりすること。 「張」は弦を張ること。 「弛」は弦を緩めること。 弦を張ったり緩めたりすることから。 「一弛一張」ともいう。
一士諤諤(いっしがくがく)
他のものがおもねる中で、ただ一人だけ怖れためらうことなく、自分の考えをはっきりと言うこと。 「諤諤」は正論をありのままにいうさま。
一士諤々(いっしがくがく)
他のものがおもねる中で、ただ一人だけ怖れためらうことなく、自分の考えをはっきりと言うこと。 「諤諤」は正論をありのままにいうさま。
一死七生(いっししちしょう)
天上界で一度死ぬと、人間界で七たび生まれ変わるということ。 仏教用語。
一子相伝(いっしそうでん)
学問や技芸などの奥義を子孫の一人、または、弟子の一人だけに伝授し、他の者には決して漏らさないこと。 「相伝」は物事を代々伝えていくこと。
一枝巣林(いっしそうりん)
分相応の暮らしに満足すること。 「巣林」は林に巣を作ること。 「一枝」は一本の枝のこと。 鳥は林の中にある木の一本の枝だけを使って巣を作ることから。 「一枝巣林」ともいう。
一失一得(いっしついっとく)
利益を一つ得ると、別の部分では一つ損失があること。 利益と損失の両方がともにあるということから。 「一失一得」ともいう。
一視同仁(いっしどうじん)
差別することなく、全ての人を平等に慈しむこと。 「一視」は一つのものとして見ること。 「仁」は愛するという意味。 「同仁」は全てのものを同じように愛するという意味。 「同仁一視」ともいう。
一紙半銭(いっしはんせん)
ごくわずかなことのたとえ。 「一紙」は一枚の紙のこと。 「半銭」は半文の銭のこと。 仏教用語では、寄進の金額が少ないことをいう。
一糸不苟(いっしふこう)
何事にも手を抜かないこと。 一本の糸に対してもいい加減な扱いをしないということから。 「一糸(いっし)すら苟(いやしく)もせず」とも読む。
一糸不乱(いっしふらん)
完全に整っている様子。 一本の糸も乱れていないということから。 「一糸(いっし)、乱(みだ)れず」とも読む。
一死報国(いっしほうこく)
命をかけて国の恩に報いること。 「一死」は死ぬことを強めた言い方。 「報国」は国から受けた恩に報いること。
一瀉千里(いっしゃせんり)
文章や言葉が、止まることなくすらすらと出てくることのたとえ。 または、物事が順調にどんどん進むこと。 「瀉」は斜めになっている場所を水が勢いよく流れること。 「里」は距離の単位。「千里」はとても長い距離のたとえ。 水が勢いよく流れ始めると、あっという間に千里も流れていくという意味から。
一種一瓶(いっしゅいっぺい)
簡素な宴会のこと。 各々が一種類の肴と一瓶の酒を持ち寄って行うということから。
一入再入(いつじゅうさいじゅう)
布を何度も染め重ねること。 深く、濃い色合いということから、恩が深いことのたとえ。 「入」は布を染料につけること。
一宿一飯(いっしゅくいっぱん)
ちょっとした世話になること。 「一宿」は一泊させてもらうこと。 「一飯」は一回の食事をご馳走になること。 「一宿一飯の恩義」という形で、ちょっとした恩義でも決して忘れてはならないという戒めの言葉として用いられる。 昔の博徒は、少しでも他人の世話になったならば、それを一生の恩義としていたことからきた言葉。
一觴一詠(いっしょういちえい)
酒を飲みながら詩をよむ、風流な楽しみのこと。 「詠」は詩をよむこと。 「觴」は杯のこと。 一杯の酒を飲みながら、一つの詩をよむことから。 「一詠一觴」ともいう。
一生一世(いっしょういっせ)
人生で一度きりの最も大切な出来事。 強く信じたり、心を決める時に使う言葉。
一笑一嚬(いっしょういっぴん)
顔に表れるちょっとした表情。または、少しの表情の変化。 「一」は少しという意味。 「嚬」は機嫌を損ねて顔をしかめること。 「嚬」は「顰」とも書く。 「一笑一嚬(一笑一顰)」ともいう。
一笑一顰(いっしょういっぴん)
顔に表れるちょっとした表情。または、少しの表情の変化。 「一」は少しという意味。 「嚬」は機嫌を損ねて顔をしかめること。 「嚬」は「顰」とも書く。 「一笑一嚬(一笑一顰)」ともいう。
一生懸命(いっしょうけんめい)
全力で物事に取り組む様子。命がけで物事に取り組む様子。 「懸命」は命をかけて取り組むこと。 「一所懸命」が変化した言葉。
一倡三歎(いっしょうさんたん)
優れた詩文を褒め称えていう言葉。 「倡」は詩文を読むこと。 「三」は何度もの意。 「歎」は感心して褒め称える、感嘆という意味。 一度読み上げる間に何度も感歎することから。 「一倡」は「一唱」、「三歎」は「三嘆」とも書く。
一笑千金(いっしょうせんきん)
美人のこと。 一度の微笑みが千金にも値することから。 「千金一笑」ともいう。
一笑置之(いっしょうちし)
いい加減に扱う。相手にしない。 軽く笑って別の場所に置くという意味から。 「一笑(いっしょう)、之(これ)を置(お)く」とも読む。
一将万骨(いっしょうばんこつ)
功名や手柄は上に立っている人が得るが、その陰には多くの部下の犠牲があるということ。 また、それを忘れてはいけないという戒め。 「将」は将軍のこと。 「万骨」は何万もの遺骨のこと。 「一将功成りて万骨枯る」の略した言葉。
一生不犯(いっしょうふぼん)
仏教での僧侶の戒律で、一生涯にわたって戒めを守り、男女の交わりをしないこと。 「不犯」は僧侶が戒律を守り、侵さないこと。
一触即発(いっしょくそくはつ)
非常に緊迫した状態のこと。 「一触」はちょっと触れること。「即発」はすぐに爆発すること。 ちょっとしたことで大変なことが起きるかもしれない危険な状態をいう言葉。
一所懸命(いっしょけんめい)
命がけで物事に取り組む様子。全力で物事に取り組む様子。 「一所」は主君から賜った一か所の領地。 「懸命」は命をかけて取り組むこと。 中世の日本で、幕府から賜った領地を命がけで守ることをいった言葉。
一所不住(いっしょふじゅう)
一定の場所に住まず、各地を転々とすること。 特に行脚して回る僧のことをいう言葉。
一心一意(いっしんいちい)
心を一つにして一途に思うこと。 また、集中して一心に励むこと。 「一心」と「一意」はともに一つのことをたひたすらに思うこと。
一心一向(いっしんいっこう)
他のことに気を散らさず、一つのことに集中すること。 「一心」は一つのことに集中すること。 「一向」は一つの方向を目指すこと。
一進一退(いっしんいったい)
進んだり退いたりすること。 または、物事の状況が良くなったり、悪くなったりすること。 「一進」はときには進むこと。 「一退」はときには退くこと。
一心一徳(いっしんいっとく)
目的や利益が同じ者同士が心を一つにして事にあたること。 または、君主と臣下が心を合わせ団結して物事を行うこと。 「徳を一(いつ)にし心(こころ)を一(いつ)にす」とも読む。 「一心一徳」ともいう。
一身軽舟(いっしんけいしゅう)
自然の中で自身と乗っている船が一つに感じられ、自身と他のものの区別がつかなくなること。 または、そのように感じるほどに風景が壮観な様子。 「軽舟」は軽快に進む小舟のこと。 「一身軽舟と為る」を略した言葉。
一身是胆(いっしんしたん)
強い勇気があり、何事にも恐れないことのたとえ。 体全体に胆力が満ち溢れているという意味から。 「一身」は全身。 「胆」は勇気や度胸のこと。 「一身(いっしん)是(こ)れ胆(たん)なり」とも読む。 中国の三国時代、蜀の劉備が魏の曹操に追われて逃げたときに活躍した、部下の趙雲の勇ましさを称えたという故事から。
一心同体(いっしんどうたい)
複数の人が心を一つにして、まるで一人の人であるかのように固く結びつくこと。 「一心」は複数の人が心を一つにすること。 「同体」は一つの体のようになること。 夫婦の愛情や友人との信頼などのことをいう言葉。
一心不乱(いっしんふらん)
他のことに心を奪われることなく、一つのことに集中すること。 または、余所見をすることなく、ひたすら努力すること。 「一心」は心を一つにして集中すること。 「不乱」は乱さないこと。 元は仏教の語。
一心発起(いっしんほっき)
何かを成し遂げる決意を固めること。 「発起」は仏教用語で、悟りを得ようとすること。
一水盈盈(いっすいえいえい)
愛する人に言葉をかけることが出来ない苦しい思いのこと。 「盈盈」は水が満ちている様子。 「一水」は一筋の川のこと。 牽牛と織女の七夕伝説を題材に、一筋の天の河で隔てられているために、見つめるだけで会話することが出来ない切なさをうたった詩。 「盈盈(えいえい)たる一水(いっすい)」とも読む。 「一水盈盈」ともいう。
一水四見(いっすいしけん)
同じものを見ても、見る人が変わればそれぞれの見方があるということ。 「一水」は一つの水のこと。 「四見」は四つの見方という意味から、様々な見方のたとえ。 仏教用語。
一酔千日(いっすいせんにち)
極めておいしい酒のこと。 一杯飲むだけで心地よく酔い、そのまま千日眠り続けるという意味から。 酒好きの劉玄石という人が、酒屋で千日酒という酒を買い、酔って眠ると家族に死んだと思われて葬られてしまった。 飲酒の限度を言い忘れた酒屋の店主が、千日後を狙って劉玄石を尋ねたところ、既に埋められていた。 店主が慌てて墓を暴くと劉玄石が、ちょうど目を覚ましたところだったという故事から。
一炊之夢(いっすいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
一寸光陰(いっすんのこういん)
ほんの少しの時間のこと。 少しでも時間を無駄にしてはいけないという戒めの言葉。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「光陰」は日時計の陰のことから、時間や年月のたとえ。 「一寸の光陰軽んずべからず」の形で使うことが多い言葉。 朱熹の「遇成」の詩とされていたが、現在では日本の五山の僧侶が作ったとされる説がある。
一寸丹心(いっすんのたんしん)
嘘のない本心からの誠意。 ほんの少しだけの真心という意味から。 自身の誠意という意味の謙譲語。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「丹心」は真心、誠意のこと。
一世一元(いっせいいちげん)
天皇や皇帝が一代ごとに一つの元号を定め、変えずに用いること。 日本では明治天皇のときに制度として実施された。
一世一代(いっせいいちだい)
人が生まれて死ぬまでの間にたった一度だけのこと。 「一世」と「一代」はどちらも人が生きている間という意味。 元は歌舞伎の役者などが引退する最後の舞台で一番得意な芸を演じることをいった言葉。
一成一旅(いっせいいちりょ)
統治している土地が狭く、国民が少ないこと。 または、衰退した国などが努力によって勝利をおさめ、元の状態を取り戻すこと。 「一成」は十里四方の狭い土地。 「一旅」は五百人の兵士。
一世一代(いっせいちだい)
人が生まれて死ぬまでの間にたった一度だけのこと。 「一世」と「一代」はどちらも人が生きている間という意味。 元は歌舞伎の役者などが引退する最後の舞台で一番得意な芸を演じることをいった言葉。
一世一度(いっせいちど)
生きている間に一度だけあること。
一世之傑(いっせいのけつ)
その時代で最もすぐれている英雄。
一世木鐸(いっせいのぼくたく)
人々の指導者のこと。 「一世」はこの世にいる人たちのこと。 「木鐸」は木の振り子がついている大きな鈴のことで、古代中国では、法律や命令を人々に伝えるときに鳴らしていたということから、指導者のたとえ。
一世之雄(いっせいのゆう)
その時代で一番すぐれた英雄。 「一世」はその時代、当時という意味。
一世風靡(いっせいふうび)
ある時代で、大いに流行ること。 「風靡」は草木が風でなびくこと。 草木が風で同じ方向になびくことを、その時代のたくさんの人がなびくことにたとえた言葉。 「一世を風靡する」と用いることが多い言葉。
一成不変(いっせいふへん)
一度出来上がったものは、二度と変えるが出来ないということ。 一度出来上がってしまうと、それを変えるは難しいので、慎重を期してすべきであるという戒めの言葉。 「一成」は完成すること。
一世木鐸(いっせいぼくたく)
人々の指導者のこと。 「一世」はこの世にいる人たちのこと。 「木鐸」は木の振り子がついている大きな鈴のことで、古代中国では、法律や命令を人々に伝えるときに鳴らしていたということから、指導者のたとえ。
一夕九徙(いっせききゅうし)
一晩の間に何度も居場所が変わること。 または、一定の居場所にいないため、どこにいるかわからないこと。 「一夕」は一晩。 「九」は数が多いことのたとえ。 「徙」は移動すること。 中国の後漢の時代の李コウは、暗殺を恐れて夜中に何度も居場所を変えていたために、同居している人ですら居場所が分からなかったという故事から。
一石二鳥(いっせきにちょう)
一度の行動で二つの利益を得ること。 または、一度の行動で、同時に二つの目的を達成すること。 「一石」は一つの石を投げること。 「二鳥」は二羽の鳥を捕まえること。 一つの石を投げて、二羽の鳥を同時に捕まえるという意味から。 英語のことわざを日本語に訳した言葉。
一殺多生(いっせつたしょう)
一人の人を犠牲にして、たくさんの人が助かること。 元は仏教の言葉で、たくさんの人を救うために、悪人一人を犠牲にすることは、望ましくはないが仕方ないという考えをいう。
一銭一厘(いっせんいちりん)
ほんの少しの金銭のこと。 または、非常に少ないこと。 「銭」と「厘」はどちらも昔の金銭の単位で、「銭」は一円の百分の一円の単位、「厘」は一円の千分の一円の単位。
一箭双雕(いっせんそうちょう)
一つの行動で二つの利益を得ること。 「箭」は矢、「雕」は鷲。 一本の矢を一回放って、二羽の鷲を射るという意味から。
一措一画(いっそいっかく)
文字の一つの点、一つの筆画、主に漢字についていう。 または、文字の一つ一つの細かいところに気をつけて、丁寧に書くこと。
一草一木(いっそういちぼく)
一本の木から一本の草まで全てという意味から、その場にあるすべてのもののこと。 または、わずか一本の木と一本の草という意味から、極めて少ないもののこと。 「一木」は一本の木のこと。 「一草」は一本の草のこと。 「一草一木」ともいう。
一体分身(いったいふんじん)
一つのものが複数のものに分かれること。 仏教の言葉で、世の人々を救うために、仏が様々な姿をかりて現れること。
一体分身(いったいぶんしん)
一つのものが複数のものに分かれること。 仏教の言葉で、世の人々を救うために、仏が様々な姿をかりて現れること。
一短一長(いったんいっちょう)
人や物には、長所もあれば短所もあるということ。 また、得意なことと苦手なことがあり、完全ではないということ。 「長」は長所、得意なこと。「短」は短所、苦手なこと。 「一」は「~もあれば~もある」という意味で、「一長一短」の場合は「長所もあれば短所もある」という意味になる。 「一短一長」ともいう。
一旦豁然(いったんかつぜん)
ふとした時にいきなり迷いがなくなり、悟りが開けること。 「一旦」はとある朝。 「豁然」は迷いがなくなって悟りが開けること。
一旦緩急(いったんかんきゅう)
いざというとき。緊急時には。 「一旦」はある朝、ある日という意味から、ひとたび、一度という意味。 「緩急」は急を要する事態のこと。 「一旦緩急あれば」という形で用いる言葉で、一度、緊急の事態が起こればという意味。
一治一乱(いっちいちらん)
世の中が治まったり乱れたりと繰り返し変化する様子。 「一」は「あるときは~、あるときは~」という意味で、「一治一乱」の場合、あるときは平和に治まったり、あるときは戦乱によって乱れるという意味になる。
一致団結(いっちだんけつ)
目的を達成するために、たくさんの人が心を一つにして協力すること。 「一致」は心を一つにすること。 「団結」は複数の人が力を合わせること。
一知半解(いっちはんかい)
知ってはいるが、完璧には理解していないこと。 「一知」は一つのことを知っていること。 「半解」は半分だけ理解していること。
一致百慮(いっちひゃくりょ)
物事を色々と考えても、結論は結局一つになるということ。 「一致」は考えた末に出る結論。 「百慮」は色々な考え。 「致(ち)を一(いつ)にして慮(りょ)を百(ひゃく)にす」とも読む。
一張一弛(いっちょういっし)
人に厳しくしたり、やさしく接したりすること。 「張」は弦を張ること。 「弛」は弦を緩めること。 弦を張ったり緩めたりすることから。 「一弛一張」ともいう。
一朝一夕(いっちょういっせき)
ほんの少しの時間。あっという間の時間。 「一朝」はひと朝。 「一夕」はひと晩。 どちらもきわめて短い時間のたとえ。 「一朝一夕に出来ることではない」などと後に否定の語を伴って用いることが多い言葉。
一長一短(いっちょういったん)
人や物には、長所もあれば短所もあるということ。 また、得意なことと苦手なことがあり、完全ではないということ。 「長」は長所、得意なこと。「短」は短所、苦手なこと。 「一」は「~もあれば~もある」という意味で、「一長一短」の場合は「長所もあれば短所もある」という意味になる。 「一短一長」ともいう。
一超直入(いっちょうじきにゅう)
迷いを乗り越えると、悟りの境地に至ることができるということ。 「直入」はすぐに悟りを得ること。 仏教の言葉で、煩悩を捨てさってしまえば、すぐに悟りを得ることができることを言う言葉。
一朝之忿(いっちょうのいかり)
少しの間、怒ること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。 「忿」は怒りのこと。
一朝之患(いっちょうのうれい)
少しの間、心配すること。 または、急に心配になること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。または、ある朝ということから、突然という意味。
一朝富貴(いっちょうのふうき)
いきなり高い地位や財産を得ること。 「一朝」はとある朝という意味から、いきなりや急にという意味。
一朝之患(いっちょうのわずらい)
少しの間、心配すること。 または、急に心配になること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。または、ある朝ということから、突然という意味。
一擲乾坤(いってきけんこん)
自身の運命を賭けて、運まかせの大博打をすること。 「乾坤」は天と地のこと。 「一擲」は賽子(サイコロ)を一回振ること。 天地の命運を賭けて、賽子を一回振るという意味から。 「一擲乾坤」ともいう。
一擲千金(いってきせんきん)
惜しむことなく豪快に大金を使うこと。 または、思い切りよく行動すること。 「一擲」は一度投げること。 「千金」は大金のこと。 賭け事の一度の勝負に大金を賭けることから。 「千金一擲」ともいう。
一徹無垢(いってつむく)
ひとすじに信じ込む、純粋な様子。 「一徹」は思い込んだら、そのことを貫き通すこと。 「無垢」は穢れがなく、清らかなこと。
一点一画(いってんいっかく)
文字の一つの点、一つの筆画、主に漢字についていう。 または、文字の一つ一つの細かいところに気をつけて、丁寧に書くこと。
一天四海(いってんしかい)
全世界。 「一天」は天の下全てということから、全世界のこと。 「四海」は四方向全ての海ということから、全世界のこと。
一点素心(いってんそしん)
名誉や利益に固執しない純粋な心。 「一点」は一つのや、少しのという意味。 「素心」は世俗にとらわれない純粋な心。
一天万乗(いってんばんじょう)
天子や天皇のこと。 「一天」は天の下全てということから、全世界のこと。 「乗」は兵車のことや、兵車を数える場合に使う単位。 一万乗の兵車を出すことが出来る国の君主という意味から。 古代中国では、兵車一台に馬四頭と兵士百人がついていたとされている。 「一天万乗の君」を略した言葉。
一刀三礼(いっとうさんらい)
慎みを持って、深く敬いながら仕事をすること。 仏像を作るときは、一彫りごとに三回礼拝するという意味から。
一刀両断(いっとうりょうだん)
ためらうことなく、物事をすぐさま決断すること。 または、思い切りよく、物事の始末をつけること。 「一刀」は刀を一度振り下ろすこと。 「両断」は二つに切断すること。 刀を一度振り下ろし、真っ二つに切断するという意味から。 「一刀両段」とも書く。
一刀両段(いっとうりょうだん)
ためらうことなく、物事をすぐさま決断すること。 または、思い切りよく、物事の始末をつけること。 「一刀」は刀を一度振り下ろすこと。 「両断」は二つに切断すること。 刀を一度振り下ろし、真っ二つに切断するという意味から。 「一刀両段」とも書く。
一得一失(いっとくいっしつ)
利益を一つ得ると、別の部分では一つ損失があること。 利益と損失の両方がともにあるということから。 「一失一得」ともいう。
一徳一心(いっとくいっしん)
目的や利益が同じ者同士が心を一つにして事にあたること。 または、君主と臣下が心を合わせ団結して物事を行うこと。 「徳を一(いつ)にし心(こころ)を一(いつ)にす」とも読む。 「一心一徳」ともいう。
一斗百篇(いっとひゃっぺん)
酒をたくさん飲んで、たくさんの詩を書くこと。 「斗」は容積の単位。 唐の詩人の李白は、一斗の酒を飲んでいる間に詩を百篇作ったという故事から。
一登竜門(いっとりゅうもん)
権力を持っている人に認められると、急激に世間の評判はよくなるということ。 「一登」は一回登ること。 「竜門」は中国の黄河の上流にある山のことで、非常に激しい流れの川があることで有名。 苦しく険しいことで有名な場所を一度でも登りきれば、名声を上げることが出来るということから。
一敗塗地(いっぱいとち)
勝負に完全に負けること。 「塗地」は戦争で負けた兵士の内臓が地面に散乱して、泥まみれになること。 二度と起き上がることができないほどの敗北をいう。 「一敗(いっぱい)、地(ち)に塗(まみ)る」とも読む。
一発五豝(いっぱつごは)
一度矢を放つことで五頭の猪(いのしし)を仕留めること。または、五頭だけに抑えて他を見逃すこと。情け深い人の狩りのたとえ。 「一発」は一本ではなく、一度矢を放つこと。 「豝」は雌、または、太った猪のこと。 「五豝(ごは)に一発す」とも読む。 「壹発五豝」とも書く。
壹発五豝(いっぱつごは)
一度矢を放つことで五頭の猪(いのしし)を仕留めること。または、五頭だけに抑えて他を見逃すこと。情け深い人の狩りのたとえ。 「一発」は一本ではなく、一度矢を放つこと。 「豝」は雌、または、太った猪のこと。 「五豝(ごは)に一発す」とも読む。 「壹発五豝」とも書く。
一髪千鈞(いっぱつせんきん)
極めて危険なことのたとえ。 「鈞」は中国の昔の重さの単位で、「一鈞」は周の時代では約八キログラム、唐の時代では約二十キログラム。 髪の毛一本で千鈞の重さがあるものを吊り下げることから。 「一髪、千鈞を引く」を略した言葉。 「千鈞一髪」ともいう。
一発必中(いっぱつひっちゅう)
一度の機会で確実に成功させること。 一発の銃弾や矢を確実に命中させるということから。
一波万波(いっぱばんぱ)
規模の小さな事件でも、広い範囲に影響があるということのたとえ。 波が一つ起きると、そこからたくさんの波が続いて起きるという意味から。 「一波纔かに動いて万波随う」の形で使うことが多い言葉。
一飯君恩(いっぱんくんおん)
一度の食事の恩をいつまでも忘れないこと。 「一飯」は一膳の食事。 少しの恩でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯千金(いっぱんせんきん)
ほんの少しの恩義でも決して忘れず、手厚いお返しをすること。 一度の食事には千金もの価値があるという意味から。 受けた恩義がどれほど小さくても、それを忘れてはいけないという戒めの言葉。 中国の漢の時代の韓信は貧しく、老婆にしばらくの間食事を恵んでもらい、その後、出世して楚の王となり、その老婆を呼び千金を与えたという故事から。
一斑全豹(いっぱんぜんぴょう)
物事のわずかな部分だけを見て、物事の全体を推測したり、批評したりすること。 見識が狭いことのたとえ。 「一斑」は、豹(ひょう)の毛皮にあるまだら模様のうちの一つのこと。転じて物事の一部分。 狭い管を覗いて中から見えた一つの豹のまだら模様を見て、豹の全体を推測するという意味から。 「全豹一斑」ともいう。
一飯之恩(いっぱんのおん)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之徳(いっぱんのとく)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之報(いっぱんのむくい)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一筆啓上(いっぴつけいじょう)
筆をとって文章で申し上げるということ。 男子が手紙の書き出しに使う言葉。 「一筆」は一通の手紙。 「啓上」は申し上げるという意味。 安土桃山時代の本多作左衛門重次が、妻に書いた手紙の書き出しとして有名。
一筆勾消(いっぴつこうしょう)
今までのものを全て取り消すこと。 「勾消」は線を引いて消すこと。 帳簿などの今までの記録の上から線を引いて消すという意味から。 中国の北宋の時代に范中淹は、才能のない駄目な役人を名簿から消していったという故事から。 「一筆勾銷」とも書く。
一筆勾銷(いっぴつこうしょう)
今までのものを全て取り消すこと。 「勾消」は線を引いて消すこと。 帳簿などの今までの記録の上から線を引いて消すという意味から。 中国の北宋の時代に范中淹は、才能のない駄目な役人を名簿から消していったという故事から。 「一筆勾銷」とも書く。
一筆三礼(いっぴつさんらい)
慎みを持って、深く敬いながら仕事をすること。 写経するときは、一文字ごとに三回礼拝するという意味から。
一筆抹殺(いっぴつまっさつ)
あまり考えずに、全てのものを消し去ること。 または、過去に積み重ねた功績を考慮せずに、全てを否定すること。 一筆で記録を全て消し去るという意味から。
一瓢一簞(いっぴょういったん)
粗末な飲食物。貧しい生活。または、贅沢がなく、無駄の少ない生活。 「瓢」は飲み物などを入れるひさご。 「簞」は竹を編んで作った飯を入れるための器。わりご。 一つのひさごに入れた汁物と一つのわりごに盛った飯の意味から。
一嚬一笑(いっぴんいっしょう)
顔に表れるちょっとした表情。または、少しの表情の変化。 「一」は少しという意味。 「嚬」は機嫌を損ねて顔をしかめること。 「嚬」は「顰」とも書く。 「一笑一嚬(一笑一顰)」ともいう。
一顰一笑(いっぴんいっしょう)
顔に表れるちょっとした表情。または、少しの表情の変化。 「一」は少しという意味。 「嚬」は機嫌を損ねて顔をしかめること。 「嚬」は「顰」とも書く。 「一笑一嚬(一笑一顰)」ともいう。
一貧一富(いっぴんいっぷ)
貧しい時と富んでいる時では、他人からの接し方が変わるということ。 または、貧しくなったり豊かになったりすること。 環境や事情が変わることで、初めて人との関係の実態がわかるということ。 古代中国のテキ公が大臣になると、家に客がひっきりなしに来ていたが、免職されると客がまったく来なくなり、その後もう一度大臣になると、また客が集まるようになったのを見て嘆いたという故事から。
一夫一婦(いっぷいっぷ)
夫婦のこと。 または、夫と妻が一人ずつの結婚の制度のこと。 一人の夫と一人の妻という意味から。
一夫多妻(いっぷたさい)
複数の妻を同時に持つことのできる結婚の制度のこと。 一人の夫と多くの妻という意味から。
一碧万頃(いっぺきばんけい)
海や湖が広大に広がっている様子。 「一碧」は視界いっぱいに広がる青色を意味し、「頃」は面積の単位で、「万頃」は非常に広い面積のこと。
一片氷心(いっぺんのひょうしん)
濁りやけがれがなく、綺麗で澄んでいる心。 ひとかけらの氷のように透き通っているということから。 「一片冰心」とも書く。
一片冰心(いっぺんのひょうしん)
濁りやけがれがなく、綺麗で澄んでいる心。 ひとかけらの氷のように透き通っているということから。 「一片冰心」とも書く。
一放一収(いっぽういっしゅう)
緩くしたり、しっかりと締めたりすること。 「一」はあるときはという意味。 禅宗の言葉で、人を指導する時に甘くしたり、厳しくして適切に指導する手腕をいう。
一飽一襲(いっぽういっしゅう)
質素な服装と食事。 「一飽」は一度の食事で満腹になること。 「一襲」は一式揃った衣服。 生活に困らない程度の衣服と食事ということから。
一方通行(いっぽうつうこう)
車両などの通行を一つの方向のみ許すこと。または、その道路。また、片方からしか意思の疎通ができないことをいう。
鷸蚌之争(いつぼうのあらそい)
両者が争っている間に、全く関係のないものが苦労せずに利益を奪っていくこと。 「鷸」は水鳥のしぎ。 「蚌」は貝のどぶ貝。 しぎとどぶ貝が争っている間に、漁師が両方とも捕まえるという説話から。
一本調子(いっぽんちょうし)
ほとんど変化がなく、面白みがないこと。 音楽や文章、話し方などのことをいう。
一本調子(いっぽんぢょうし)
ほとんど変化がなく、面白みがないこと。 音楽や文章、話し方などのことをいう。
乙夜之覧(いつやのらん)
天子が読書すること。 書物を読むことの大切さをいう言葉。 「乙夜」は午後十時くらいの時間。 「覧」は読書のこと。 天子はとても忙しいため、夜遅くになってやっと読書する時間ができるという意味から。 「乙覧」と略して使うこともある言葉。
為天下僇(いてんかりく)
天下の民によって滅ぼされること。または、その罪から罰を受け、責められて辱めを受けること。 鄭玄や孔穎達、朱子の説。 「僇」は恥辱という意味。 「天下の僇(りく)と為(な)る」とも読む。
以湯止沸(いとうしふつ)
対処の方法を間違えたために、事態が更に悪くなること。 沸騰している湯の勢いを弱めるために、沸騰している湯を注ぐということから。 「湯(ゆ)を以(もっ)て沸(ふつ)を止(とど)む」とも読む。
意到筆随(いとうひつずい)
文章を作るときに、思ったままに筆が進むこと。 文章を書きたいと思う気持ちのままに筆が進むという意味から。 「意(い)至りて筆(ふで)随(したが)う」とも読む。
以湯沃雪(いとうようせつ)
極めて簡単に物事ができること。 湯をかけて雪をとかすという意味から。 「湯(ゆ)を以(もっ)て雪(ゆき)に沃(そそ)ぐ」とも読む。
以毒攻毒(いどくこうどく)
悪を利用して他の悪を滅ぼすこと。 毒を治療するために、別の毒を使うという意味から。 「毒(どく)を以(もっ)て毒(どく)を攻(せ)む」とも読む。
以毒制毒(いどくせいどく)
悪を滅するために、他の悪を使うこと。 毒を治療するために、別の毒を使うという意味から。 「毒を以て毒を制す」という形で使うことの多い言葉。
以徳報怨(いとくほうえん)
憎い人に対して仕返しではなく、あえて恩恵を施すこと。 「徳(とく)を以(もっ)てか怨(うら)みに報(むく)ゆ」とも読む。
猗頓之富(いとんのとみ)
膨大な財産のこと。 または、大富豪のこと。 「猗頓」は中国の春秋時代の大金持ちの名前。 巨万の富を得た范蠡に、資産家の教えを受けた猗頓は、牛や羊を飼い、塩を作って富を築き、金持ちといえば猗頓と人々に言われるまでになったという故事から。
以肉去蟻(いにくきょぎ)
目的を果たすための方法を誤ると逆効果になることのたとえ。 蟻(あり)が好む肉を使って蟻を追い払おうとするということから。 「肉(にく)を以(もっ)て蟻(あり)を去(さ)る」とも読む。
委肉虎蹊(いにくこけい)
わかっていながらも危険な状況や災難を招くことのたとえ。 または、無駄死にすること。 「委」は捨てるや、置くという意味。 「虎蹊」は虎がいる道。 虎が出る道に肉を落とすという意味から。 「肉を虎蹊に委つ」という形で使うことが多い言葉。
帷薄不修(いはくふしゅう)
男女関係がだらしないことのたとえ。 「帷薄」は寝室を囲っているしきり。 寝室を整える暇もないということから。 高位の人の淫らな行為を遠回しに言う言葉。 「帷薄(いはく)修(おさ)まらず」とも読む。
威迫利誘(いはくりゆう)
様々な方法で人を従わせること。 脅迫したり、誘惑したりするという意味から。 「威(い)もて迫り利もて誘う」とも読む。
衣馬軽肥(いばけいひ)
身分が高く財産がある人の服装。 または、常にとても富貴な様子。 肥え太った立派な馬と、軽くて高級で丈夫な皮ごろもということから。
倚馬七紙(いばしちし)
素晴らしい文章をあっという間に書き上げる才能。 「倚馬」は馬の近くにたったままでいること。 「七紙」は紙七枚におよぶ長い文章。 中国の晋の時代、哀虎は主君の桓温に布告の文を書くように言われ、馬の前にたったまま、あっという間に紙七枚にわたる名文を書き上げたという故事から。
意馬心猿(いばしんえん)
煩悩や情欲などの欲望に、心を乱されて落ち着かないこと。 または、そのような欲望を抑えることができないことのたとえ。 「意馬」は馬が興奮して暴れまわるように、気持ちが落ち着かないこと。 「心猿」は激しく騒ぐ猿のように、気持ちが落ち着かないこと。 乱れて落ち着かない気持ちを、走り回る馬や騒ぎ立てる猿にたとえた仏教の言葉。 「心猿意馬」ともいう。
衣鉢相伝(いはちそうでん)
弟子が師から奥義を受け継ぐこと。 または、先人から業績や事業を引き継ぐこと。 「衣鉢」は師から受け継いだ袈裟と、托鉢のときに施しを受ける鉢ということから、師からの教えという意味。 「相伝」は代々と受け継いで伝えていくこと。
衣鉢相伝(いはつそうでん)
弟子が師から奥義を受け継ぐこと。 または、先人から業績や事業を引き継ぐこと。 「衣鉢」は師から受け継いだ袈裟と、托鉢のときに施しを受ける鉢ということから、師からの教えという意味。 「相伝」は代々と受け継いで伝えていくこと。
夷蛮戎狄(いばんじゅうてき)
中国の周辺にいた異民族のこと。 漢民族が異民族を蔑んで呼んでいた名称。 「東夷、南蛮、西戎、北狄」という四方の異民族の呼称をまとめた言葉。
位卑言高(いひげんこう)
低い地位の人が、身分に合わない偉そうなことを言うこと。 「位(くらい)卑(ひ)くして言(げん)高(たか)し」とも読む。
萎靡沈滞(いびちんたい)
次第に勢いが弱くなっていくこと。 「萎靡」は草木がしなびること。 「沈滞」は一つの場所で滞って動かなくなること。 どちらも勢いがなくなることのたとえ。 「萎靡」は「委靡」とも書く。 「沈滞萎靡(沈滞委靡)」ともいう。
委靡沈滞(いびちんたい)
次第に勢いが弱くなっていくこと。 「萎靡」は草木がしなびること。 「沈滞」は一つの場所で滞って動かなくなること。 どちらも勢いがなくなることのたとえ。 「萎靡」は「委靡」とも書く。 「沈滞萎靡(沈滞委靡)」ともいう。
萎靡不振(いびふしん)
元気がない様子。 「萎靡」は活気がない様子。 「萎靡(いび)して振るわず」とも読む。
渭浜漁父(いひんのぎょふ)
古代中国で太公望と呼ばれ、活躍した呂尚のこと。 または、優れた能力をもつ人物のたとえ。 「渭浜」は中国の川、渭水のこと。 「漁父」は漁師のこと。 渭水で釣りをしていた呂尚は、周の文王に見出されて、後に大きな功績を残したという故事から。
渭浜漁父(いひんのぎょほ)
古代中国で太公望と呼ばれ、活躍した呂尚のこと。 または、優れた能力をもつ人物のたとえ。 「渭浜」は中国の川、渭水のこと。 「漁父」は漁師のこと。 渭水で釣りをしていた呂尚は、周の文王に見出されて、後に大きな功績を残したという故事から。
移風易俗(いふうえきぞく)
習慣やしきたりをよりよく変えること。 「風俗を移易す」を一文字ずつ分けて、互いを補い合って表現した言葉。 「風(ふう)を移し俗を易(か)う」とも読む。
遺風残香(いふうざんこう)
過去の賢者やすぐれた風俗のなごり。 「遺風」は過去の賢者が残した教え。または、昔から受け継がれている風習。 「残香」は残り香。
威風堂堂(いふうどうどう)
雰囲気や態度が立派で威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れた雰囲気。 「堂堂」はたくましく威厳のある様子。 「威風堂々」とも書く。
威風堂々(いふうどうどう)
雰囲気や態度が立派で威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れた雰囲気。 「堂堂」はたくましく威厳のある様子。 「威風堂々」とも書く。
威風凜然(いふうりんぜん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜然」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜然」は「凛然」とも書く。
威風凛然(いふうりんぜん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜然」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜然」は「凛然」とも書く。
威風凜凜(いふうりんりん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜凜」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜凜」は「凛凛」とも書く。
威風凛凛(いふうりんりん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜凜」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜凜」は「凛凛」とも書く。
威風凜々(いふうりんりん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜凜」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜凜」は「凛凛」とも書く。
威風凛々(いふうりんりん)
りりしく、威厳のある様子。 「威風」は威厳に満ち溢れている様子。 「凜凜」は勇ましく、引き締まっている様子。 「凜凜」は「凛凛」とも書く。
緯武経文(いぶけいぶん)
学問と武術の両方を重んじて、国や政治の基礎にすること。 「緯」は横糸のこと。 「経」は縦糸のこと。 学問と武術を重んじることを、横糸と縦糸を交互に組み合わせて布を織ることにたとえた言葉。 「武を緯(い)にし文を経(けい)にす」とも読む。 「経文緯武」ともいう。
畏怖嫌厭(いふけんえん)
恐れて嫌がること。 「畏怖」は怖れひるむこと。 「嫌厭」は嫌って、それを態度で示すこと。
衣不重帛(いふじゅうはく)
贅沢をせずに慎ましくすること。 絹の着物を重ね着しないということから。 「帛」は絹の布のことから、絹織物のこと。 「衣(い)は帛(はく)を重(かさ)ねず」とも読む。
以文会友(いぶんかいゆう)
学問を通じて仲間を集めること。 君子の交友をいう言葉。 「文(ぶん)を以(もっ)て友(とも)を会(かい)す」とも読む。
異聞奇譚(いぶんきたん)
非常に珍しい話。 「異聞」と「奇譚」はどちらも普通ではない不思議な話という意味。
衣弊履穿(いへいりせん)
貧しいことのたとえ。 「衣弊」は使い古して敗れた衣服。 「履穿」は履物が破れ穴があくこと。 ぼろぼろになった衣服ということから、貧しい服装をいう言葉。 「衣(い)弊(やぶ)れ履(くつ)穿(うが)つ」とも読む。
韋編三絶(いへんさんぜつ)
同じ書物を何度も読むこと。 または、学問に励むことのたとえ。 「韋編」は紙が出来る前の、木や竹の札をひもで綴った書籍のこと。 「三絶」は何度もひもが切れること。 「韋編(いへん)三(み)たび絶(た)つ」とも読む。 孔子が何度もひもが切れるほど易経を読んだという故事から。
以暴易暴(いぼうえきぼう)
暴力によって暴力をおさえること。 古代中国の暴君と名高い殷の紂王を周の武王が武力により征伐したさいに、伯夷と叔斉の兄弟が武王を非難した言葉。 「暴(ぼう)を以(もっ)て暴(ぼう)に易(か)う」とも読む。
以貌取人(いぼうしゅじん)
人の賢愚は容姿だけでは判断することはできないということ。 澹台滅明は容姿が醜く、孔子は弟子にとることを躊躇したが、非常に優秀で清廉な人物だったということから。 孔子の失敗談の一つ。 「貌(ぼう)を以(もっ)て人(ひと)を取る」とも読む。
移木之信(いぼくのしん)
約束を必ず実行することのたとえ。 為政者は人民に法の権威や信用を示すべきという戒めのこと。 戦国時代、秦の商鞅が国民からの信用を得るために、南門の大木を北門に移した者に十金を与えると布告したが、皆疑い誰も移さなかった。 五十金に増額すると移す者が現れたので、五十金を渡して約束を本当に守ると示した故事から。
葦末之巣(いまつのす)
頼りに出来るものが何もなく、安定しないために危なっかしい様子。 植物の葦の穂先にある鳥の巣という意味から。 中国の蒙鳩という鳥が、羽毛などで編んだ巣を葦の穂先に結びつけたが、風が吹いて巣と一緒に卵が落ちて割れたという故事から。
意味深長(いみしんちょう)
言動や詩文などに深い趣や意味が込められていること。 または、表に出ている意味とは別の意味が隠されていること。 「深長」は奥深くに意味が隠されていること。 「意味深」という形で略して使うこともある。
以毛相馬(いもうそうば)
外見で人を判断することはできないということ。 馬の毛の色ですぐれた馬を見分けようとするという意味から。 「毛(け)を以(もっ)て馬(うま)を相(そう)す」とも読む。
倚門之望(いもんのぼう)
母親が子のことを思う愛情のこと。 「倚」は寄りかかるという意味。 母親が門に寄りかかって、子の帰りを待ち望むという意味から。 中国の春秋時代の衛の王孫賈は、朝早くから夜遅くまで出掛けることが多く、母親は家の前の門や、村の入り口にある閭という門に寄りかかって帰ってくるのを待ちわびたという故事から。
依様葫蘆(いようころ)
手本の通りにだけ行って工夫されていないこと。 様式に従ってひょうたんを描くということから。 「葫蘆」はウリ科の植物のひょうたんの別称。 「様(よう)に依(よ)りて葫蘆(ころ)を画(えが)く」とも読む。
以杙為楹(いよくいえい)
取るに足らない人物を重用することのたとえ。 小さな杭を家の大黒柱として使うということから。 「杙」は馬や牛をつなぎ止めておく杭。 「楹」は太く丸い丸太。 「杙(よく)を以(もっ)て楹(えい)を為(な)す」とも読む。
衣履弊穿(いりへいせん)
ひどく粗末な服装のこと。 「衣履」は服と靴のこと。 「弊穿」は破れたり、穴があくこと。 破れた服と穴の空いた靴という意味から。
依流平進(いりゅうへいしん)
経歴や年齢が多い順番の通りに出世すること。 「流」は等級や身分、段階という意味。または、自然の成り行きのこと。 「平進」は順番通りに進むということ。または、成り行きの通りに進む。 「流れに依(よ)りて平進(へいしん)す」とも読む。
意料無限(いりょうむげん)
思いきわめた果てという意味。 「意料」は思いをめぐらすこと。 「無限」は限りなくを強調した言葉。
以力仮仁(いりょくかじん)
人徳による政治に見せかけているが、裏で武力による権力の拡大を行うこと。 「力(ちから)を以(もっ)て仁(じん)を仮(か)る」とも読む。
以力服人(いりょくふくじん)
力で他人を従わせること。 「力を以て人を服す」とも読む。
倚閭之望(いりょのぼう)
母親が子のことを思う愛情のこと。 「倚」は寄りかかるという意味。 母親が門に寄りかかって、子の帰りを待ち望むという意味から。 中国の春秋時代の衛の王孫賈は、朝早くから夜遅くまで出掛けることが多く、母親は家の前の門や、村の入り口にある閭という門に寄りかかって帰ってくるのを待ちわびたという故事から。
異類異形(いるいいぎょう)
化け物や妖怪の姿などの、この世のものとは思えない姿を言い表す言葉。 「異類」は人間以外の生き物のこと。仏教の言葉では、仏や菩薩を含めた人間以外という意味で、餓鬼や畜生のことをいう。
異類中行(いるいちゅうぎょう)
多く人々を救済するために、仏や菩薩がこの世に身を置くこと。 または、禅宗では指導者が修行者を導くために、様々な方法を取ること。 「異類」は違う種類という意味。 仏が異類の中を行くという意味から。
異類無礙(いるいむげ)
異なっているもの同士が、何ものにも邪魔されることなく互いに通じ合うこと。 「異類」は違う種類という意味。 「無礙」は障害になるものがないということ。 仏教の言葉で、性質の異なる火と水が、何の妨げもなく通じ合うことをいう。 「異類無碍」とも書く。
異類無碍(いるいむげ)
異なっているもの同士が、何ものにも邪魔されることなく互いに通じ合うこと。 「異類」は違う種類という意味。 「無礙」は障害になるものがないということ。 仏教の言葉で、性質の異なる火と水が、何の妨げもなく通じ合うことをいう。 「異類無碍」とも書く。
以蠡測海(いれいそくかい)
浅い考えで大きな物事を推測することのたとえ。または、見識が狭いことのたとえ。 「蠡」は植物のひょうたん。 ひょうたんで一度海水を汲んで、その量から海の大きさを推測するという意味から。 「蠡(れい)を以(もっ)て海(うみ)を測る」とも読む。
以労撃逸(いろうげきいつ)
疲労のたまった軍隊で気力に満ちた軍隊を打ち倒すこと。 「労」は疲労。 「逸」は休むこと。 「労(ろう)を以(もっ)て逸(いつ)を撃つ」とも読む。 中国の三国時代の魏の張既は、疲弊した遠征軍を率いて、策略によって他国を平定したという故事から。
異路同帰(いろどうき)
やり方が違っていても結果は同じになるということのたとえ。 違う道を通っていても、同じ場所に到着するという意味から。 「路(みち)を異(こと)にして帰りを同じうす」とも読む。
意路不倒(いろふとう)
人の考えでは理解することのできない不思議なこと。 または、悟りの境地は人の思考や論理では理解できないということ。 「意路」は思考の筋道。
隠悪揚善(いんあくようぜん)
他人の悪いところは言わずに、善いところを広めること。 または、悪いことをおさえて、善いことに着目して広めること。 「隠悪」は悪い部分を隠すこと。 「揚」は世間に広く知らせるという意味。 「悪を隠して善を揚(あ)ぐ」とも、「悪を隠えて善を揚ぐ」とも読む。
殷殷奨飾(いんいんしょうしょく)
心をこめて励ましたり、褒めたりすること。 「殷殷」は心をこめてや、丁寧という意味。 「奨飾」は褒めたり、励ましたりすること。 「殷殷(いんいん)として奨飾(しょうしょく)す」とも読む。
殷々奨飾(いんいんしょうしょく)
心をこめて励ましたり、褒めたりすること。 「殷殷」は心をこめてや、丁寧という意味。 「奨飾」は褒めたり、励ましたりすること。 「殷殷(いんいん)として奨飾(しょうしょく)す」とも読む。
陰陰滅滅(いんいんめつめつ)
雰囲気が暗く、陰気な気分になって元気がなくなる様子。 「陰」は薄暗くて寂しい様子。 「滅」は活力がなくなっていく様子。 「陰」と「滅」を重ねて強調した言葉。
陰々滅々(いんいんめつめつ)
雰囲気が暗く、陰気な気分になって元気がなくなる様子。 「陰」は薄暗くて寂しい様子。 「滅」は活力がなくなっていく様子。 「陰」と「滅」を重ねて強調した言葉。
因往推来(いんおうすいらい)
過去の出来事から、これから先に起きそうな出来事を予測すること。 「往」は過去の出来事。 「来」は未来の出来事。 「往(おう)に因(よ)りて来(らい)を推(お)す」とも読む。
隠晦曲折(いんかいきょくせつ)
文章や表現がぼんやりしていてわかりにくいこと。 「隠晦」は隠れてわからないようにすること。または、曖昧なこと。 「曲折」は曲がりくねるという意味から、状態が複雑に変化していてわかりづらいこと。
飲灰洗胃(いんかいせんい)
今までのことを悔いて、心を改めて再出発すること。 灰を飲み込んで、胃の中を汚れを落として清めるという意味から。 「灰を飲んで胃を洗う」とも読む。
因果因縁(いんがいんねん)
物事の原因や条件。 「因果」は原因と結果。 「因縁」は直接的な原因と、間接的な原因や条件のこと。 仏教の言葉で、様々な出来事はこの二つによって成り立っているとされ、過去の行いが原因になり現在の結果に繋がり、現在の行いは未来の結果に繋がるという意味で使われることが多い。
因果応報(いんがおうほう)
よい行いには必ずよい報いがあり、悪い行いには必ず悪い報いがあるということ。 「因果」は原因と結果。 「応報」は善悪に応じた報いがあること。 元は仏教語で、過去や前世の行いの善悪に応じた報いがあるという意味。 現在では、悪い行いの報いの意味で使われることが多い言葉。
因果覿面(いんがてきめん)
悪いことをした報いがすぐにあらわれること。 「覿面」は目の前で見るという意味から、すぐに結果が出ること。
飲河之願(いんかのねがい)
自分の身の丈に合った欲望で満足するべきであるということ。 中国古代の伝説の聖天子尭帝が、許由に天下を譲ろうとすると、動物のもぐらは大きな黄河の水を飲んでも、満腹になればそれ以上は飲まないといって断ったという故事から。
飲河之願(いんがのねがい)
自分の身の丈に合った欲望で満足するべきであるということ。 中国古代の伝説の聖天子尭帝が、許由に天下を譲ろうとすると、動物のもぐらは大きな黄河の水を飲んでも、満腹になればそれ以上は飲まないといって断ったという故事から。
因果報応(いんがほうおう)
よい行いをすれば必ずよい報いがあり、悪い行いには悪い報いがあること。 「因果」は原因と結果。 「報応」は行動の善悪にあわせた報いがあること。 もとは仏教語で、過去や前世の行いの善悪にあわせた報いを受けるという意味。 よい行いの場合には「善因善果」、悪い行いの場合には「悪因悪果」という。 現在では悪い行いの報いとして使われることが多い言葉。
飲河満腹(いんかまんぷく)
自分の身の丈に合った欲望で満足するべきであるということ。 中国古代の伝説の聖天子尭帝が、許由に天下を譲ろうとすると、動物のもぐらは大きな黄河の水を飲んでも、満腹になればそれ以上は飲まないといって断ったという故事から。 「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」を略した言葉。
殷鑑不遠(いんかんふえん)
失敗の戒めになるものは、身近なことにあるということ。 「殷」は古代中国の国の名前。 「鑑」は鏡のことで、手本や見本のたとえ。 殷は、昔の出来事を手本にするよりも、圧政で滅びた前代の夏の国を手本とするべきであるという戒めから。 「殷鑑遠からず」という形で使うことが多い言葉。
因機説法(いんきせっぽう)
相手の能力や、その場の状況に合わせて仏の教えを説くこと。 仏教の言葉で、「機に因(よ)りて法を説く」とも読む。
婬虐暴戻(いんぎゃくぼうれい)
ふしだらで荒々しく、無慈悲な様子。 「婬虐」は淫らで残酷な様子。 「暴戻」は人としての道から外れていて乱暴なこと。 「淫虐暴戻」とも書く。
淫虐暴戻(いんぎゃくぼうれい)
ふしだらで荒々しく、無慈悲な様子。 「婬虐」は淫らで残酷な様子。 「暴戻」は人としての道から外れていて乱暴なこと。 「淫虐暴戻」とも書く。
飲泣呑声(いんきゅうどんせい)
悲しみや苦しみなどの辛い気持ちを我慢すること。 涙を飲み込んで、泣き声を我慢するという意味から。 「泣(なみだ)を飲んで声(こえ)を呑(の)む」とも読む。
韻鏡十年(いんきょうじゅうねん)
理解することが極めて難しいこと。 「韻鏡」は中国の唐の時代の書物で、漢字の音韻を図示した書物。 非常に難しく、理解するのには十年の歳月が必要という意味から。
隠居放言(いんきょほうげん)
世間から離れて、身の潔白を保った上で思っていることをそのまま言うこと。 「隠居」は世間から離れた場所でひっそりと暮らして、潔白を保つこと。 「隠居(いんきょ)して放言(ほうげん)す」とも読む。
隠居楽道(いんきょらくどう)
世間から離れ、山奥などの静かな場所に住み、清くゆったりとした気持ちで生活すること。または、文人が街中での生活を楽しむこと。 「隠居(いんきょ)、道(みち)を楽しむ」とも読む。
慇懃無礼(いんぎんぶれい)
態度や言葉遣いなどが必要以上に丁寧過ぎると、嫌味に聞こえてしまい、かえって失礼にあたるということ。 または、一見とても礼儀正しくみえるが、実は心の中で相手を見下していること。 「慇懃」はとても礼儀正しいこと。 「無礼」は失礼なこと。
引決自裁(いんけつじさい)
自分で責任を取ること。 または、責任を取って自殺すること。 「引決」は自身で責任を取ること。 「自裁」は自ら命を絶つこと。または、辞職などして責任を取ること。 「引訣自裁」とも書く。
引訣自裁(いんけつじさい)
自分で責任を取ること。 または、責任を取って自殺すること。 「引決」は自身で責任を取ること。 「自裁」は自ら命を絶つこと。または、辞職などして責任を取ること。 「引訣自裁」とも書く。
隠公左伝(いんこうさでん)
読書や勉強を続けられず、すぐに辞めてしまうこと。 「左伝」は春秋左氏伝という名前の中国の歴史書のこと。 春秋左氏伝の最初の「隠公」という記事で、読むのを辞めてしまうということから。
咽喉之地(いんこうのち)
絶対に通らなければならない重要な場所。 「咽喉」は身体の喉のことで、戦略上で重要な場所を身体の急所である喉にたとえた言葉。
引古証今(いんこしょうこん)
昔の事象や事実などを根拠として現在の物事を議論すること。 「古(いにしえ)を引(ひ)いて今(いま)を証(しょう)す」とも読む。
陰鷙鉗伏(いんしけんぷく)
忠義に欠ける臣下のたとえ。 裏で悪行を働いて、ばれないように隠すということから。 「鷙」はあらあらしい様子。 「鉗伏」は隠蔽すること。
飲至策勲(いんしさっくん)
戦に勝利して、先祖の霊に報告して酒を酌み交わし、戦の功績を竹の札に書き記すこと。 「飲至」は君主の先祖を祀っている宗廟で、戦の報告をして酒を酌み交わすこと。 「策勲」は功績を竹の札に書いて賞を与えること。 「飲(いん)至(いた)し策を勲(くん)ず」とも読む。
淫祠邪教(いんしじゃきょう)
邪な神をまつり、人の心を惑わす宗教のこと。 「淫祠」は邪な神をまつっている祠。 「邪教」は邪な教えのこと。 本人が信仰している宗教以外の他の宗教を批判するときに使うこともある。
引而不発(いんじふはつ)
人に教える時に、基本的な方法だけを教えて、その人が自ら理解するまで待つ方法。 弓の射方を教える時に、弓の引き絞る方法だけを教えて矢を放たないということから。 「引(ひ)きて発(はっ)せず」とも、「引(ひ)きて発(はな)たず」とも読む。
飲酒高会(いんしゅこうかい)
規模が大きく、華やかな酒宴。
因循苟且(いんじゅんこうしょ)
昔からある習慣や方法に必要以上にこだわって改めることをせずに、その場その場でやり過ごすこと。 または、なかなか決断することができない曖昧な態度のこと。 「因循」は昔から続くやり方を変えずにこだわり続けること。 「苟且」は原因を解決せずに、その場だけ取り繕うこと。
因循姑息(いんじゅんこそく)
昔からの習慣や方法にこだわって改めることをせずに、その場しのぎでやり過ごすこと。 または、なかなか決断できない曖昧な態度のこと。 「因循」は昔から続く習慣や方法にこだわり続けること。 「姑息」はしばらく息をつくこと、転じて一時しのぎのこと。 根本的な解決をせずに、その場その場をしのぐことをいう言葉。
因小失大(いんしょうしつだい)
目先の小さな利益を得ようとして、大きな損失を出すこと。 または、小さなことをいい加減にしたせいで、大きな失敗をすること。 「小に因(よ)りて大を失う」とも読む。
印象批評(いんしょうひひょう)
客観的な基準ではなく、個人的な印象や感動を基準にして芸術作品の批評をすること。 フランスの文芸批評の手法で、十九世紀後半に生まれた。
引縄批根(いんじょうへいこん)
協力して他を全て排除すること。 または、裏切った相手に報復して恨みを晴らすこと。 「引縄」は縄をつけて引っ張ること。 「批根」は根本から全て取り除くこと。 中国の前漢の高官の灌夫と、その親友の魏其侯は、力を持っていたときに擦り寄ってきたが、力を失うといきなり裏切った者たちに報復したいと思ったという故事から。 「縄を引き根を批(しりぞ)く」とも読む。
飲食之人(いんしょくのひと)
飲んだり食べたりすることだけを楽しみにしている人のこと。 本能にだけ従って生きている人のことをいう。
陰森凄幽(いんしんせいゆう)
植物が生い茂っていて、極めて静かで、薄暗いこと。 「陰森」は日の光を遮るほどに植物が生い茂っていること。 「凄幽」は静まり返っていること。
音信不通(いんしんふつう)
連絡が途絶えて、状況や事情がわからないこと。 「音信」は手紙や電話などの連絡や来訪などの交流のこと。 「不通」は途切れるという意味。
飲水思源(いんすいしげん)
物事の基本を忘れずに大切にするべきという戒め。 または、受けた恩を忘れてはいけないという戒め。 水を飲むときに、水源のことを思うという意味から。 「水を飲むときは井戸を掘った人のことを忘れるな」という中国のことわざから。 「水を飲みて源(みなもと)を思う」とも読む。
引錐刺股(いんすいしこ)
眠気を覚ますために、先の尖った錐で自分の太股を刺すこと。 または、眠くても頑張って勉強すること。 「引錐」はそばにある錐を引いて手元に寄せること。 中国の戦国時代の遊説家の蘇秦は、太股を錐で刺して眠気を覚まし書物を読んでいたという故事から。 「錐(きり)を引きて股(また)を刺す」とも読む。
因声求義(いんせいきゅうぎ)
漢字は音で概念を表すとする考え方。または、音が同じ漢字は同じ意義を示すとする考え方。 中国の清朝考証学で重要とされる原則で、王念孫や段玉裁を中心に唱えられた。 「声(こえ)に因(よ)りて義(ぎ)を求む」とも読む。
引足救経(いんそくきゅうけい)
動機と結果が一致せず、目的を果たせないことのたとえ。 「経」は首つり自殺をしようとしている人のこと。 首つり自殺をしようとしている人を救おうとして、自殺しようとしている人の足をつかんで下に引いてしまうことから。 「足(あし)を引きて経(くび)れるを救わんとす」とも読む。 「救経引足」ともいう。
飲鴆止渇(いんちんしかつ)
後のことは何も考えずに目先の利益を得ること。 または、一時逃れをして、後から大きな災いに遭うこと。 「鴆」は羽に猛毒をもつ鳥の名前で、その鳥の羽が入っている酒を喉の渇きを癒すために飲むことから。 「止渇飲鴆」ともいう。
陰徳恩賜(いんとくおんし)
ひそかに善い行いをしている人は、必ずよい報いがあり、恩恵を受けることができるということ。 「陰徳」はひそかに行う善行。 「恩賜」はありがたい恩恵。
陰匿鉤距(いんとくこうきょ)
姿を隠したまま、裏から人を陥れようとすること。 「陰匿」は姿を隠して現れないこと。 「鉤距」は外部の人に知られていない事情を探ること。
陰徳陽報(いんとくようほう)
誰にも知られないように善い行いをすると、必ずよい報いがあるということ。 「陰徳」は人知れずに善い行いをすること。 「陽報」は一目でわかるよい報いのこと。 「陰徳あれば必ず陽報あり」とも読む。
隠忍自重(いんにんじちょう)
怒りや苦しみなどをぐっとこらえて、軽はずみな行動をしないこと。または、そうすべきであるという戒めの言葉。 「隠忍」は表に出すことなく、耐え忍ぶこと。 「自重」は行動を控えること。
因敗為成(いんはいいせい)
失敗の原因を調べて繰り返さないようにし、成功の原因とすること。 「敗(はい)に因(よ)りて成(せい)と為(な)す」とも読む。
飲馬投銭(いんばとうせん)
心も行いも清く正しいこと。 馬が水を飲むたびに、自主的に代金を水に投げ込むということから。 「馬に飲(みずか)い銭(ぜに)を投ず」とも読む。
因病下薬(いんびょうかやく)
相手の性格や能力に応じて適切な指導を行うこと。 症状に合わせた薬を与えるということから。 「病(やまい)に因(よ)りて薬(くすり)を下(くだ)す」とも読む。
允文允武(いんぶんいんぶ)
学問と武芸のどちらもすぐれていること。 元は、学問と武芸のどちらにもすぐれている天子の徳を称えた言葉から。 「允(まこと)に文、允(まこと)に武」とも読む。
陰謀詭計(いんぼうきけい)
人知れず立てた、人を裏切る悪巧みのこと。 「陰謀」はひそかに悪い計画を立てること。 「詭計」は人を裏切って貶める策略のこと。
陰謀詭秘(いんぼうきひ)
他人に知られないよう企んだ、騙すための計略。 「陰謀」と「詭秘」はどちらも密かに計画した悪だくみ。
引喩失義(いんゆしつぎ)
都合のよいたとえ話や、悪い前例を持ち出して正しい意義を見失うこと。 「引喩」はたとえを引くこと。 「失義」は道理から外れること。 「喩(ゆ)を引きて義を失す」とも読む。
陰陽五行(いんようごぎょう)
この世の全てのものを造り出す陰と陽の気と、この世の全てを生み出す元となる木・火・土・金・水の五つの元素のこと。 古代中国では、これらの関わり合いで、全ての物事の解釈や説明をしようとしていたということから。
陰陽相摩(いんようそうま)
天と地の間に存在するとされる陰と陽の二つの気が互いに作用しあうことで全てのものを生み出すということ。 「陰陽(いんよう)相(あ)い摩(ま)す」とも読む。
引狼入室(いんろうにゅうしつ)
自身にとって危険な可能性のある人などを近くに置くこと。 狼(おおかみ)を室内に入れるという意味から。 「狼(ろう)を引きて室(しつ)に入(い)らしむ」とも読む。