「戒めの言葉」に関連する四字熟語 — 146 件
「戒めの言葉」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全146件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
哀矜懲創(あいきょうちょうそう)
罰は罪を反省して心を入れ替えるためのものであり、罰を与える者は相手を思いやる情け、悲しみ、哀れみの心を持つことが大切であるという戒め。
愛多憎生(あいたぞうせい)
人並みはずれてかわいがられると、そのぶん周りのねたみを招くということ。 恩が深すぎれば怨みが生まれ、愛が多すぎれば憎しみが生じる、という言葉から。 「愛多ければ憎しみ生ず」とも読む。 「愛多憎至」ともいう。
愛楊葉児(あいようように)
やなぎの葉を愛する幼児という意味。 幼児が黄色く色づいたやなぎの葉を見て黄金と思い込み大切にするということから、浅い知識のままで、真理を追究しようとしないこと。 浅い知識のままで満足することを戒めた仏教語。
悪因悪果(あくいんあっか)
元は仏教語で、悪いことをすると必ず悪い報いがあるという意味。 「悪因」は悪い報いの原因、「悪果」は悪い結果や報い。 悪いことをせずに、正しいことをするべきであるという戒めの言葉。
悪因苦果(あくいんくか)
元は仏教語で、悪いことをすると必ず悪い報いがあるという意味。 「悪因」は悪い報いの原因、「苦果」は悪い結果や報いということ。 悪いことをせずに、正しいことをするべきであるという戒めの言葉。
悪木盗泉(あくぼくとうせん)
困窮したとしても人としての道理を外れた行いはしないこと。 または、悪事に近づかないこと。 「悪木」はとげやにおいがあり人を困らせる悪い木、「盗泉」は泉の名前で、孔子が名前を嫌い喉が渇いていても水を飲まなかった泉。
晏嬰狐裘(あんえいこきゅう)
高い身分にありながらも倹約に努め、職務に励むこと。 人の上に立つ者の心得を説いた言葉。 「晏嬰」は人の名前。 「狐裘」は狐(きつね)のわきの下に生えている白い毛皮で作られた高級な衣のこと。 中国の春秋時代の宰相「晏嬰」は、一つの高級な狐の衣を三十年間着続けて、国を治めることに尽力したという故事から。
安居危思(あんきょきし)
平和なときにでも、最悪な事態を想定して備えておくことが大切であるという戒めの言葉。 「安居」は平和な生活。 「危思」は危険な事態を思い浮かべること。 「安きに居りて危うきを思う」とも訓読する。
衣錦尚絅(いきんしょうけい)
才能や徳を見せ付けないように隠すこと。 「錦」は金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物、「尚」は上に重ねること、「絅」は薄いうちかけのこと。 錦を見せ付けないように上から重ね着するという意味で、才能や徳などを誇示することへの戒め。
医食同源(いしょくどうげん)
日常の食生活に気を配ることが、一番の病気予防になるということ。 「医食」は医薬と食事。 「同源」は根本が同じであるということ。 病気を治すために飲む薬と日常の食事は、どちらも健康を維持するためのものであり、根本は同じであるということから。
以人為鑑(いじんいかん)
他の人の態度や言動をみて、自分の戒めにすること。 他人を鏡にするという意味から。 中国の唐の時代、地位など気にせずに相手をしっかりと諫(いさ)める魏徴の死を悼んだ太宗皇帝は、為政者が手本とすべき三鑑の内の一つを失ったと嘆いたという故事から。 「人(ひと)を以(もっ)て鑑(かがみ)と為(な)す」とも読む。
位尊身危(いそんしんき)
地位も財産も大きすぎるよりは適度がよいということ。 地位が高くなると、大きな責任を負ったり敵が多くなったりして危険が増えるという意味から。 「位(くらい)高(たか)ければ身(み)危(あや)うし」とも読む。
一字三礼(いちじさんらい)
敬い慎んで写経すること。 または、写経をするときは、敬い慎んでやるべきであるという教え。 写経する時は、一文字書き写すたびに仏を三度礼拝していたということから。
一日不食(いちにちふしょく)
毎日、仕事の後でないと食事をしないこと。 何よりも仕事を大切にする心得。 唐のある禅師は、老齢にして毎日人一倍労務を行っていた。みかねた弟子たちが農具を隠し、師に休息をとるよう願った。禅師は農具を探したが見つからず休息をとったが、その日は食事をとることはなかった。弟子たちが理由を尋ねると「一日作らざれば一日食らわず」と答えたという故事から。
一暴十寒(いちばくじっかん)
努力というものは、続けられずに怠ってしまいがちであるということ。また、短期間努力してもその後に長期間怠れば努力が無駄になってしまうということ。 「暴」は日にさらすこと。 「寒」は冷やすこと。 日にさらして暖めようとして、一日は暖めたがその後の十日間は日陰においたままにして冷やしてしまうという意味。 「十寒一暴」ともいう。
一罰百戒(いちばつひゃっかい)
罪を犯した一人に罰を与えて、他の人が同じ罪を犯さないように注意を発すること。 「一罰」は一人に罰を与えること。 「百戒」は百人の戒めにすること。 一つの罰を百の戒めにするという意味。
一粒万倍(いちりゅうまんばい)
ほんの少しのものから大きな利益をあげることのたとえ。 または、小さなものでも粗末に扱ってはいけないという戒め。 または、稲の別名。 「一粒」は一粒の種のこと。 「万倍」は一万倍のこと。 一粒の種が、たくさん(一万倍)の稲の穂を実らせるという意味から。 元は仏教の言葉で、一つの善い行いをすればたくさんのよい結果がもたらされることのたとえ。
一刻千金(いっこくせんきん)
ほんのわずかな時間が千金にも値するということ。 「一刻」の「刻」は時間の単位のことで、わずかな時間のたとえ。 「千金」は多額の金銭のことから、価値があるもののたとえ。 楽しい時間や季節などがあっという間に過ぎ去っていくことを惜しんでいう言葉。 また、少しの時間でも大切にするべきだという戒め。 出典は「春宵一刻値千金」という言葉で、春の夜は素晴らしく非常に価値があるという意味。 「千金一刻」ともいう。
一宿一飯(いっしゅくいっぱん)
ちょっとした世話になること。 「一宿」は一泊させてもらうこと。 「一飯」は一回の食事をご馳走になること。 「一宿一飯の恩義」という形で、ちょっとした恩義でも決して忘れてはならないという戒めの言葉として用いられる。 昔の博徒は、少しでも他人の世話になったならば、それを一生の恩義としていたことからきた言葉。
一将万骨(いっしょうばんこつ)
功名や手柄は上に立っている人が得るが、その陰には多くの部下の犠牲があるということ。 また、それを忘れてはいけないという戒め。 「将」は将軍のこと。 「万骨」は何万もの遺骨のこと。 「一将功成りて万骨枯る」の略した言葉。
一寸光陰(いっすんのこういん)
ほんの少しの時間のこと。 少しでも時間を無駄にしてはいけないという戒めの言葉。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「光陰」は日時計の陰のことから、時間や年月のたとえ。 「一寸の光陰軽んずべからず」の形で使うことが多い言葉。 朱熹の「偶成」の詩とされていたが、現在では日本の五山の僧侶が作ったとされる説がある。
一成不変(いっせいふへん)
一度出来上がったものは、二度と変えることが出来ないということ。 一度出来上がってしまうと、それを変えるのは難しいので、慎重を期してすべきであるという戒めの言葉。 「一成」は完成すること。
一飯君恩(いっぱんくんおん)
一度の食事の恩をいつまでも忘れないこと。 「一飯」は一膳の食事。 少しの恩でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯千金(いっぱんせんきん)
ほんの少しの恩義でも決して忘れず、手厚いお返しをすること。 一度の食事には千金もの価値があるという意味から。 受けた恩義がどれほど小さくても、それを忘れてはいけないという戒めの言葉。 中国の漢の時代の韓信は貧しく、老婆にしばらくの間食事を恵んでもらい、その後、出世して楚の王となり、その老婆を呼び千金を与えたという故事から。
一飯之恩(いっぱんのおん)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之徳(いっぱんのとく)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
一飯之報(いっぱんのむくい)
ほんのわずかな恩義のこと。 一度食事をご馳走になっただけの少しだけの恩義という意味で、そのような少しの恩義でも忘れてはいけないという戒めの言葉。
乙夜之覧(いつやのらん)
天子が読書すること。 書物を読むことの大切さをいう言葉。 「乙夜」は午後十時くらいの時間。 「覧」は読書のこと。 天子はとても忙しいため、夜遅くになってやっと読書する時間ができるという意味から。 「乙覧」と略して使うこともある言葉。
移木之信(いぼくのしん)
約束を必ず実行することのたとえ。 為政者は人民に法の権威や信用を示すべきという戒めのこと。 戦国時代、秦の商鞅が国民からの信用を得るために、南門の大木を北門に移した者に十金を与えると布告したが、皆疑い誰も移さなかった。 五十金に増額すると移す者が現れたので、五十金を渡して約束を本当に守ると示した故事から。
殷鑑不遠(いんかんふえん)
失敗の戒めになるものは、身近なことにあるということ。 「殷」は古代中国の国の名前。 「鑑」は鏡のことで、手本や見本のたとえ。 殷は、昔の出来事を手本にするよりも、圧政で滅びた前代の夏の国を手本とするべきであるという戒めから。 「殷鑑遠からず」という形で使うことが多い言葉。
飲水思源(いんすいしげん)
物事の基本を忘れずに大切にするべきという戒め。 または、受けた恩を忘れてはいけないという戒め。 水を飲むときに、水源のことを思うという意味から。 「水を飲むときは井戸を掘った人のことを忘れるな」という中国のことわざから。 「水を飲みて源(みなもと)を思う」とも読む。
隠忍自重(いんにんじちょう)
怒りや苦しみなどをぐっとこらえて、軽はずみな行動をしないこと。または、そうすべきであるという戒めの言葉。 「隠忍」は表に出すことなく、耐え忍ぶこと。 「自重」は行動を控えること。
盈満之咎(えいまんのとがめ)
「満ちれば欠ける」という道理のことをいい、物事が最高点に到達するとかえって災いを招くという戒めのこと。 「盈満」は十分に満ちること。
宴安酖毒(えんあんちんどく)
遊んで楽しむだけの生活を送ることへの戒め。 「宴安」はひたすら遊んで楽しむこと。 「酖毒」は鴆(ちん)という鳥の羽にある猛毒のこと。 ただ遊んで楽しむだけの生活を送ることは酖毒を飲むようなもので、最後には身を滅ぼしてしまうという意味から。 「宴安鴆毒」とも書く。
遠慮近憂(えんりょきんゆう)
これから先のことをしっかりと考えて行動しないと、突然切迫した心配事が起きるということ。 「遠慮」は将来のことをしっかりと考えること。 「近憂」は身近なところで起こる心配事のこと。 「遠き慮り無ければ、必ず近き憂い有り」を略した言葉。
誨盗誨淫(かいとうかいいん)
人を悪事に誘い入れること。 「誨」は教えること。「盗」は盗みのこと。「淫」はみだらなこと。 盗みや淫らなことを教えるという意味から。 もとは「戸締りを怠ることは盗みをけしかけるようなものであり、女性の色気のある仕草は人をみだらな気持ちにさせるようなものである」という戒めの言葉。 「誨淫誨盗」ともいう。
夏侯拾芥(かこうしゅうかい)
学問を修めることは大切なことであるということ。 「夏侯」は中国の漢の儒学者の夏侯勝のこと。 「拾芥」は地面に落ちているごみを拾うという意味から、簡単に手に入るということのたとえ。 夏侯勝は講義を行うたびに、学問をしっかりと修めてさえいれば、官職を得ることは道のごみを拾うくらいに簡単なことだと言い聞かせていたという故事から。 「夏侯(かこう)芥(あくた)を拾う」とも読む。
禍生於忽(かしょうおこつ)
不幸や災難は、油断が原因となって発生するということ。 「忽」は怠ること。 「禍(わざわい)は忽(こつ)より生(しょう)ず」とも読む。
禍生得意(かしょうとくい)
物事が思い通りに進んだ時にこそ、予想外の不幸が生まれるということ。 「禍(わざわい)は得意(とくい)より生(しょう)ず」とも読む。
軻親断機(かしんだんき)
物事を途中で諦めたり放棄したりしてはいけないという戒めの言葉。特に学問に対して用いられる。 「軻親」は孟子(孟軻)の母親。 「断機」は織りかけの機(はた)の糸を途中で切ること。 孟子が学問を投げ出そうとした際、母親が機の糸を切り、「学問を途中でやめるのは、この織物と同じで未完成のまま無価値になる」と諭したという故事に基づく。
苛政猛虎(かせいもうこ)
悪政は人を食べる虎よりも人々を苦しめるということ。 人々を苦しめる政治を戒める言葉。 「苛政」は人々を苦しめるひどい政治。 中国の思想家の孔子が道端で泣いている女性に出会い、その理由を聞くと姑と夫、息子が虎に殺されたといい、孔子がなぜこの地を離れないのかと聞くと、悪政がしかれていないからと答えたという故事から。 「苛政(かせい)は虎(とら)よりも猛(たけ)し」とも読む。
渇而穿井(かつじせんせい)
事後になって急いで対処することのたとえ。 喉が渇き、水を欲するようになってから井戸を掘ることから。 「渇(かっ)して井(せい)を穿(うが)つ」とも読む。
瓜田李下(かでんりか)
人から疑われるようなことはしないほうが良いというたとえ。 「瓜田」は瓜(うり)の畑のこと。 「李下」は李(すもも)の木の下のこと。 瓜の畑で靴を履きなおそうとしたり、李の木の下で冠を直そうと手を上げたりすると、それを盗むのではないかと疑われてしまうという意味から。 「李下瓜田」ともいう。
邯鄲学歩(かんたんがくほ)
他人の真似をしたがうまくいかず、自分自身の本来のものを忘れ、どちらもうまくいかなくなること。 「邯鄲」は中国の地名。 中国の戦国時代、燕の田舎に住む青年が趙の都の邯鄲に行って、都会の人たちの歩き方を真似しようとしたが、それに失敗して今までの自分の歩き方を忘れて這って帰ったという故事から。
邯鄲之歩(かんたんのほ)
他人の真似をしたがうまくいかず、自分自身の本来のものを忘れ、どちらもうまくいかなくなること。 「邯鄲」は中国の地名。 中国の戦国時代、燕の田舎に住む青年が趙の都の邯鄲に行って、都会の人たちの歩き方を真似しようとしたが、それに失敗して今までの自分の歩き方を忘れて這って帰ったという故事から。
画虎類狗(がこるいく)
才能のない者が、すぐれているものの真似をしても、見苦しい結果にしかならないということのたとえ。 虎の絵を描いても、犬にしか見えないということから。 後漢の将軍の馬援が、豪傑の杜季良の真似をしていた兄の子を手紙で戒めたという故事から。 「虎(とら)を画(えが)いて狗(いぬ)に類す」とも読む。
脚下照顧(きゃっかしょうこ)
他人の批判をする前に、自分の過去の言動を見つめ直してよく考えるべきであるという自己反省の教え。 または、身近なことこそ気をつけるべきという戒め。 もとは禅宗の言葉。 「脚下」は足もとのこと。 「照顧」は反省することや、しっかりと見ること。 「照顧脚下」ともいう。
窮兵黷武(きゅうへいとくぶ)
無分別に武力を使って、必要以上に戦争を起こして徳を汚すこと。 「窮兵」は戦争ばかりすること。 「黷武」はみだりに武力を使うこと。 中国の殷の湯王は七十里四方の領地しかなかったが、徳を修めていたために王者となり、晋の智伯は千里四方の領地があったが、戦争ばかりしていたために滅んだという故事から。
居安思危(きょあんしき)
平和な世の中でも災難があった時のことを考えておき、いつも用心しておくべきであるという戒め。 「安きに居(お)りて危うきを思う」とも読む。
兢兢業業(きょうきょうぎょうぎょう)
恐れ慎んで物事を行う様子。 「兢兢」は恐怖や不安などで小刻みに震える様子。 「業業」は失敗しないかと心配すること。 物事を行うときには、用心深く行うべきであるという教えをいう。
金玉之言(きんぎょくのげん)
非常に重要な忠告。 または、戒めの言葉。 「金玉」は黄金と宝石。 黄金と宝石のように貴重な忠告という意味から。
金口玉言(きんこうぎょくげん)
天子などの高い身分の人の貴重な言葉。 他人の言葉への敬称。 または、約束を破ってはならないという戒め。 「金口」と「玉言」はどちらも天子などの高貴な人の言葉という意味で、貴重な言葉のたとえ。
疑事無功(ぎじむこう)
信じることができずに、疑いながら行動しても、よい結果が期待できないということ。 一度やると決めたことは、迷うことなくやり遂げるべきであるという戒めの言葉。 「疑事(ぎじ)功(こう)無し」とも読む。
君子九思(くんしのきゅうし)
人格者が常に心がけるべき九つのこと。 「君子」は人格者、「九思」はいつも忘れないように心にある九つのこと。 物はしっかりと見る、話は正確に聞く、表情はいつも穏やかに保つ、手厚く礼儀正しい姿勢、言葉は真心を持って偽らない、仕事は慎重にする、疑問には質問する、怒る時にはその後どうするか考えておく、道義を犯して利益を貪らないという九つのこと。 「君子は九思あり」とも訓読する。
君子三畏(くんしのさんい)
君子がおそれ敬うべき三つのこと。 天命、有徳の大人、聖人の言をいう。 「君子」は人格者、「畏」はおそれ敬うこと。
君子三戒(くんしのさんかい)
少年期の色欲、壮年期の闘争、老年期の物欲という人格者が自ら戒めておくべき三つのこと。 「君子」は人格者。
葷酒山門(くんしゅさんもん)
匂いの強い食べ物や酒を寺院に持ち込んだり、そのような物を飲食した者は、寺院に入ってはいけないという戒め。 「葷」はにらやねぎ、にんにくなどの強い匂いを発する野菜のこと。 「酒」は酒のことで、どちらも修行の邪魔になり、不浄のものとされている。 「山門」は寺院の門や、寺院そのもののこと。 主に禅寺の門の脇に設置されている石碑に、「不葷酒入山門」と刻まれていて、その言葉を略した言葉。
鶏口牛後(けいこうぎゅうご)
大きな組織に入って上の人に付き従い言いなりになるより、小さな組織だとしても上に立つほうがよいということ。 「鶏口」は鶏の口ばしのことで、小さな組織の長という意味。 「牛後」は牛の尾のことで、大きな組織の末端という意味。 戦国時代、蘇秦が韓王に秦の属国になるより、たとえ小国だとしても一国の王のほうがよいと説得した故事から。 「寧(むし)ろ鶏口と為(な)るも、牛後と為(な)るなかれ」の略。
鶏尸牛従(けいしぎゅうしょう)
大きな組織で上役の言いなりになるよりも、小さな組織で上に立つほうがよいということ。 戦国時代、蘇秦が韓王に、「秦の属国になるより、たとえ小国だとしても一国の王のほうがよい」といい説得した故事から。
血気方剛(けっきほうごう)
働き盛りの年頃になると、精力が盛んになるということ。 「血気」は心身の元気、精力。 「方」はまさに、ちょうど。 「剛」は活発や、つよいという意味。 君子の戒めとして、孔子が説いた言葉から。 「血気(けっき)方(まさ)に剛(つよ)し」とも読む。
牽羊悔亡(けんようかいぼう)
本性のままにさせず、正しい方向を教えて導けば、後悔するような出来事にあわなくてすむということ。 「牽羊」は羊を引っ張るという意味で、羊は本能的に他の羊とぶつかって、角が絡むまで前進し続けるので、羊飼いは羊を導く必要があるということ。 「悔亡」は後悔することがなくなるということ。 「羊(ひつじ)を牽(ひ)けば悔い亡(ほろ)びん」とも読む。
巧言乱徳(こうげんらんとく)
口先だけのきれいごとは、人の心を惑わして徳を乱すことになるという意味。 「巧言」は相手に気に入られるように飾った言葉。 「乱徳」は徳を乱すこと。 中身のない口先だけの言葉は、人を惑わし、自身の信頼を失って、人の道を誤らせるという意味から。 「巧言(こうげん)は徳を乱(みだ)る」とも読む。
後車之誡(こうしゃのいましめ)
先人の失敗を学び、今の戒めにすること。 先に通った車のひっくり返った車輪の跡を見て、同じようにならないように、その場所を通らないようにするという意味から。
亢竜有悔(こうりょうゆうかい)
高い地位を持っている人や、多くの財産を持っている人は、慎みを持って行動しなければ、失敗して悔いることになるという戒め。 「亢竜」は天の最も高いところに昇りつめた竜のこと。 最も高いところに昇りつめた竜は、これ以上昇ることができず、後は落ちることしかできないので、その後のことを考えて慎みを持っておくべきということから。 「亢竜(こうりょう)悔(く)い有り」とも読む。
枯魚銜索(こぎょかんさく)
親が生きている間に孝行すべきであるという教え。 「枯魚」は魚を干したもの。 「銜索」は縄を通すこと。 魚の干物は腐らずに長く持ちそうに見えるが、すぐに虫に食われてしまうということから、一見元気に見える親も、いつ死んでしまうか分からないということ。 「枯魚(こぎょ)索(なわ)を銜(ふく)む」とも読む。 「故魚銜索」とも書く。
国君含垢(こっくんがんこう)
君主は将来のことを考えて、一時的な恥は耐えるべきであるという教え。 または、君主には臣下の失敗を許す度量が必要であるという教え。 「垢」は垢、汚れという意味から、恥や失敗のたとえ。 「国君(こっくん)垢(こう)を含む」とも読む。
渾崙呑棗(こんろんどんそう)
人からの教えの意味を考えずに、ただ受け入れるだけでは本当に理解することはできないということのたとえ。 「渾崙」は丸ごとという意味。 「呑棗」は植物の棗の実を噛まずに飲み込むこと。 棗の実を噛まずに丸呑みしても、棗の実の味はわからないという意味から。 元は仏教の言葉で、仏の教えについていった言葉。 「渾崙(こんろん)棗(なつめ)を呑(の)む」とも読む。
毫毛斧柯(ごうもうふか)
災いは大きくならないうちに取り除くべきだという教え。 「毫毛」は極めて細い毛。 「斧柯」は斧の柄。 木が毛のように細いうちに取り除かなければ、いずれ斧を使わなければいけないほどに大きくなるということから。
毫釐千里(ごうりせんり)
最初の小さな違いが、後になって大きな違いになること。 最初を慎んで行うべきという教え。 「毫」と「釐」はどちらも小さな数量の単位ということから、非常に小さいことのたとえ。 「千里」の「里」は距離の単位で、「千里」は非常に遠いことのたとえ。 「毫釐の差は千里の誤り」を略した言葉。
歳月不待(さいげつふたい)
年月はあっという間に過ぎていき、人の都合などでは待ってくれないので、時を大切にせよという戒めの語。
載舟覆舟(さいしゅうふくしゅう)
「載舟」は船を浮かべる、「覆舟」は船が転覆することで、船を浮かせるのも転覆させるのも水という意味から、君主は人民に支えられ、人民によって滅ぼされるということ。 または、人は敵になることもあれば、味方になることもあるということ。
三思後行(さんしこうこう)
しっかりと考えた後に行動すること。 三度考えてから行動するという意味から。 元は必要以上に考えすぎることを戒めた言葉だったが、現在では軽はずみな行動を戒める言葉として使われることが多い言葉。 中国の春秋時代の魯の季文子の故事から。 「三(み)たび思いて後(のち)に行う」とも読む。
三従四徳(さんじゅうしとく)
昔の中国の女性への教え。 「三従」は従うべき三つのことで、幼い時は父親に従い、嫁いだ後には夫に従い、年老いたら子どもに従うべきであるということ。 「四徳」はいつもの生活で心がけるべき四つのことで、女性としての節操を守ることをいう婦徳、言葉遣いをいう婦言、身だしなみをいう婦容、家事をいう婦功のこと。
財多命殆(ざいためいたい)
多くの財産を持っていると、盗賊などに命を狙われる可能性が高くなるので危険という意味。 財産は多すぎるよりもほどほどのほうがよいということ。 「財(ざい)多くして命(いのち)殆(あや)うし」とも読む。
座右之銘(ざゆうのめい)
常に自分の中に留めて、戒めとする格言、名言、諺などのこと。 「座右」は座席の右ということから、自分の側に置いておくこと。 「銘」は自身への戒めにすること。
指桑罵槐(しそうばかい)
別のものを叱ってみせて、本当に言いたい相手に思い知らせること。 「槐」はえんじゅの木。 桑の木を指さしながら、えんじゅの木をののしるという意味から。 面と向かって責めにくい相手を、遠まわしに戒めるやり方をいう。 兵法三十六計の第二十六計。 「桑(くわ)を指(さ)して槐(えんじゅ)を罵(ののし)る」とも読む。
徙木之信(しぼくのしん)
約束を必ず実行することのたとえ。 為政者は人民に法の権威や信用を示すべきという戒めのこと。 戦国時代、秦の商鞅が国民からの信用を得るために、南門の大木を北門に移した者に十金を与えると布告したが、皆疑い誰も移さなかった。 五十金に増額すると移す者が現れたので、五十金を渡して約束を本当に守ると示した故事から。
舎近求遠(しゃきんきゅうえん)
近くに良いものがあることに気がつくことがなく捨ててしまい、遠くまで捜し求めること。 「舎近」は近くにあるものを捨てること。 「求遠」は遠くにあるものを求めること。
臭肉来蠅(しゅうにくらいよう)
良心に恥じることがあると、悪者に利用されるということのたとえ。 生臭い肉に蠅が群がるという意味から。
酒入舌出(しゅにゅうぜっしゅつ)
酒に酔いすぎると口数が多くなって、失言する恐れがあるということを戒めた言葉。 中国の春秋時代の斉の桓公は、大臣たちに酒を振る舞った時に、宰相の管仲は半分ほど飲んで捨てたのを見て、それを咎めると、「酒に深く酔うと失言する恐れがあり、失言して身を捨てるよりは酒を捨てるほうがよい」と答えたという故事から。 「酒(さけ)入(い)れば舌(した)出(い)ず」とも読む。
諸悪莫作(しょあくまくさ)
悪事を働くことを戒める言葉。 「莫」は否定を意味する言葉。 「七仏通戒偈」の冒頭の一句。 様々な悪い行いをしない、してはならないということ。
小隙沈舟(しょうげきちんしゅう)
些細なことでも軽く見ないで、慎重に取り組むべきであるという戒めの言葉。 「小隙」は少しの隙間。 「沈舟」は舟が沈没すること。 少しの隙間でも、その部分から水が入って舟が沈没してしまうので、少しの隙間にも気をつけるべきであるということから。 「小隙(しょうげき)舟を沈む」とも読む。
小人閑居(しょうじんかんきょ)
つまらない人は、暇になるとよくないことをするものであるということ。 「小人」は度量の狭い人、小人物。 「閑居」はやることがなくて暇なこと。 「小人閑居して不善を為す」を略した言葉。 「小人間居」とも書く。
慈母敗子(じぼはいし)
教育には優しさだけではなく、時には厳しさが必要なこと。 「慈母」は愛情が深い母親、「敗子」は道楽息子のこと。 甘やかしすぎるとわがままで親不孝な道楽息子になるという意味。
常在戦場(じょうざいせんじょう)
物事に取り組むときの心得。 戦場にいる感覚で、いつも気を引き締めて行うべきであると説いた言葉。 「常に戦場に在(あ)り」とも読む。
躡足附耳(じょうそくふじ)
注意するときに、その人を傷つけないように、周りの人に気づかれないような配慮をすることが大切であるということ。 「躡足」は足を踏むこと。 「附耳」は耳に口をつけて密かに言うこと。 「足を躡(ふ)み耳に附(つ)く」とも読む。
水清無魚(すいせいむぎょ)
心が清く高潔であっても、程度が過ぎると人に親しまれないということ。 「水清ければ魚無し」とも読み、澄み切った水には魚が住めないという意味から。
垂堂之戒(すいどうのいましめ)
子供や才能のある人などの大切な人は、危険から遠ざけておくべきという戒め。 「垂堂」は軒の端の下に近づくこと。 瓦が落ちてくる危険がある場所に近づかないという意味から。
尺蚓穿堤(せきいんせんてい)
小さなことが原因となり、大きな災難が発生すること。 「尺蚓」は小さなみみず。 「穿堤」は堤防に穴をあけること。 小さなみみずが堤防に穴をあけたことが原因になり、そこから堤防が決壊して一つの村が水に浸かるということから。 「尺蚓(せきいん)堤(つつみ)を穿(うが)つ」とも読む。
尺璧非宝(せきへきひほう)
時間は非常に大切なものであるということのたとえ。 「尺璧」は直径が一尺ほどある宝石。 一尺の直径がある宝石も時間に比べると大した宝物ではないという意味から。 「尺璧(せきへき)宝(たから)に非ず」とも読む。
千射万箭(せんしゃばんせん)
一つ一つのことに手を抜いてはいけないという教え。 「箭」は矢のこと。 弓道の心得をいう言葉で、千本万本の矢を射るときでも、今射る矢をおろそかにせず、新たな気持ちで臨むべきということ。
先事後得(せんじこうとく)
しっかりと働いて、その後に報酬を受け取ること。 「先事」は先にしっかりと働くこと。 報酬を気にするよりも、まずは真面目に働くべきであるということから。 「事を先にして得(う)ることを後(あと)にす」とも読む。
先従隗始(せんじゅうかいし)
物事を行うときは、まずは身近なことから始めるべきという教え。 または、提案した人が率先して物事を始めるべきであるということ。 「隗」は郭隗という人の名前。 中国の戦国時代の燕の昭王が、郭隗によい人材が欲しいと相談すると、郭隗は、自分を優遇すれば、愚かな自分でも優遇されると知った賢い者が集まると言った。 昭王は郭隗の言うとおりに、郭隗の家を建て替えて重用すると、多くの賢人が集まってきたという故事から。 「先(ま)ず隗(かい)従(よ)り始めよ」とも読む。
先難後獲(せんなんこうかく)
先に難事に取り組み、利益は後回しにすること。 まずは人のためになることを行い、自分の利益になることは後回しにすること。 または、苦労した後に利益を得ること。 「先難」は困難な物事を先に解決すること。 「後獲」は利益を後回しにすること。後で利益を得ること。 「難(かた)きを先(さき)にし獲(う)るを後(のち)にす」とも読む。
舌頭落地(ぜっとうらくち)
仏教の真理は、言葉で全てを言い表すことはできず、それを無理に言葉で説明することは、正しい真理から外れるので危険であるということ。 必要以上に喋ると、舌が地面に落ちるという戒め。 「舌頭(ぜっとう)地に落(お)つ」とも読む。
前車之轍(ぜんしゃのてつ)
先人の失敗を学び、今の戒めにすること。 先に通った車のひっくり返った車輪の跡を見て、同じようにならないように、その場所を通らないようにするという意味から。
前車覆轍(ぜんしゃのふくてつ)
先人の失敗を学び、今の戒めにすること。 「覆轍」はひっくり返った車の残した車輪の跡のこと。 先に通った車のひっくり返った車輪の跡を見て、同じようにならないように、その場所を通らないようにするという意味から。
全生全帰(ぜんせいぜんき)
親からもらった体を傷つけずに、人生を全うすることが本当の親孝行であるという教え。 「全」は欠けていない完全な状態。 体を欠くことなく、全て返すという意味から。 曾子の門人の楽正子春は、足に軽い怪我を負ったことを、孔子の親孝行の教えに背いたとして嘆いたという故事から。
前覆後戒(ぜんぷくこうかい)
先人の失敗を学び、今の戒めにすること。 「覆」はひっくり返った車の残した車輪の跡のこと。 先に通った車のひっくり返った車輪の跡を見て、同じようにならないようにその場所を通らないようにするという意味から。
創業守成(そうぎょうしゅせい)
事業を新しく起こすよりも、成果を守り続けていくほうが難しいということ。 「創業」は事業を新しく興すこと。 「守成」は成果を守るという意味から。 「創業は易く守成は難し」を略した言葉。
操刀傷錦(そうとうしょうきん)
十分に習熟していない人に、重要な任務を任せることはできないということのたとえ。 または、政治に詳しくない人が政務を行うと確実に失敗するということのたとえ。 十分に習熟していない人が、刀で錦を切ろうとすると、失敗して錦を傷つけることになるということから。 「刀を操(と)りて錦(にしき)を傷つく」とも読む。
損者三友(そんしゃさんゆう)
関わらないほうがよい三種類の友人のこと。 「損者」は利益になることがない友人。 「三友」は体裁だけを取り繕う人、口先だけ達者な人、不誠実な人の三種類の友人のこと。 このような人たちと友人になっても損しかないという意味から。
損者三楽(そんしゃさんらく)
人が楽しむものの中で、害のある三つのもののこと。 欲望の赴くままに振舞うこと、すべきことをせずに遊んで暮らすこと、酒や女性に溺れることの三つをいう。
滞言滞句(たいげんたいく)
言葉にばかりこだわって、真理を理解することができないこと。 「滞」はこだわるという意味で、仏教語で仏典の言葉の解釈ばかりこだわることを戒めたもの。
多言数窮(たげんすうきゅう)
口数が多すぎると、逆に上手い言い方が出来なくなって困るということ。 または、口数が多すぎると言葉の意味が軽くなって力がなくなるということ。 「窮」は処置に困って苦しむこと。 喋りすぎることを戒めた言葉。 「多言は数窮す」と読むことが多い言葉。
多蔵厚亡(たぞうこうぼう)
欲の深い人は財産だけに固執するために、人間関係だけではなく、財産も全て失うということ。 財産を蓄えれば蓄えるほどに失うものも多くなるという意味から。 欲をおさえて、相応のところで満足することが大切であるという戒め。 「厚亡」はたくさんのものを失うということ。 「多く蔵(ぞう)すれば厚く亡(うしな)う」とも読む。
断鶴続鳧(だんかくぞくふ)
理由もなく、どうなるかも考えずに自然に手を加えて害すること。 無闇に自然に手を加えるべきではないという戒め。 「鳧」は鳥の鴨のこと。 足の長い鶴の足を切って、足の短い鴨に継ぎ足して長くしても意味はないということから。 「鶴(つる)を断ちて鳧(ふ)に続(つ)ぐ」とも読む。
断機之戒(だんきのいましめ)
物事を途中でやめてしまったり、諦めてしまってはいけないという戒めの言葉。おもに学問のことを指す。 「断機」は織りかけている機の糸を途中で切ること。 孟子が学問を投げ出そうとしたときに、孟子の母親は織り途中の機の糸を切断して「学問を途中でやめることは、この織物と同じようなものだ」と言って戒めたという故事から。
知足不辱(ちそくふじょく)
自分の境遇にあったところで満足すれば、辱めを受けることはないという意味。 分をこえた欲求を戒めた言葉。
痛定思痛(つうていしつう)
辛かった過去を思い出して今後の戒めにすること。 「痛定」は病気が治ること。 病気が治った後に辛かった過去を思い出すという意味。
哲婦傾城(てっぷけいせい)
賢い女性が事あるごとに口をはさむようになると、国家や城を傾け滅ぼしかねないということ。 「哲婦」は賢い女性、「傾城」は城を傾けるという意味から、城を滅ぼすという意味。 「哲婦(てっぷ)城(くに)を傾(かたむ)く」とも読む。
天門登八(てんもんとうはち)
仕官して、一番上の地位を得ようとすれば、自身の命が危うくなるということ。 「天門」は天にあるとされる門。 古代中国では、天には九つの階層があるとされていて、晋の陶侃は翼で飛んで八つ目をこえ、九つ目の前で門番に叩き落とされる夢を見た後に、八州を治める高官になった。 さらに上の地位を目指そうとしたが、夢を思い出して自重したという故事から。
踏足付耳(とうそくふじ)
他人に気付かれないように喋るときのしぐさ。または、人に注意をするときは、相手の立場を考えて、相手を傷つけないように気を配る必要があるということ。 「踏足」は相手の足を踏むこと。 「付耳」は耳に口を近づけて静かに言うこと。 中国の前漢の漢王劉邦が楚の国に包囲されて苦戦している時に、斉の国を治めるために韓信が使者を送り仮の王にして欲しいと頼むと、劉邦は怒ったが、側近らに足を踏まれ耳元で受け入れるように忠告し、劉邦はそれを受け入れたという故事から。
読書百遍(どくしょひゃっぺん)
意味の難しい文章でも、何度も読むことで自然に理解できるということ。 「百遍」は百回行うということから、何度も行うことのたとえ。 「読書百遍、意自ずから通ず」という形で使うことの多い言葉。 中国の三国時代、魏の董遇が読書の大切さを弟子に説いたという言葉から。
入境問禁(にゅうきょうもんきん)
知らない土地に行ったら、はじめにその地での禁止事項を聞いて、それを守ることが大切だということ。 「入境」は国境を越えること。他の地域に行くこと。 「問禁」は禁止されていることを聞くこと。
忍之一字(にんのいちじ)
何かをやり遂げるために、最も大切なことは耐え忍ぶことであるということ。
佩韋佩弦(はいいはいげん)
自分の短所の改善に努めること。 または、自分の性格を改めて人格を高めるために戒めの物を身につけること。 「佩」は身につけるという意味。 「韋」はなめし皮のこと。 「弦」は弓のつるのこと。 中国の戦国時代、西門豹は短気な性格を直そうと「ゆったりとしたなめし皮」を身に着け、春秋時代の董安于は厳格な性格に改めるために「かたい弓のつる」を身につけたという故事から。 「韋弦之佩」ともいう。
敗軍之将(はいぐんのしょう)
戦いに負けた大将のこと。また、失敗したものは言い訳する資格はないということ。
伐性之斧(ばっせいのおの)
人の心や体に害を与えるもののこと。 「伐性」は人としての本質を害すること。 女性や淫らな音楽に溺れたり、偶然起こる良い出来事に期待することをいう。 人としての本質を破壊する斧という意味から。
百聞一見(ひゃくぶんいっけん)
何度も人から聞くよりも、一度実際に見るほうがよいということ。 「百聞」の「百」は数が多いことのたとえで、何度も聞くという意味。 「一見」は一度実際に見ること。 多くは「百聞は一見に如かず」という形で用いられ、これを略した言葉。
貧賤之交(ひんせんのまじわり)
貧しく苦労している時から交友のある友人のこと。または、そのような友人は大切にすべきであるということ。 出世すると以前の友人を捨てて、高い地位を持っている人と付き合おうとするが、以前の友人を捨ててはならないということ。
描虎類狗(びょうこるいく)
才能のない者が、すぐれているものの真似をしても、見苦しい結果にしかならないということのたとえ。 虎の絵を描いても、犬にしか見えないということから。 後漢の将軍の馬援が、豪傑の杜季良の真似をしていた兄の子を手紙で戒めたという故事から。
伏寇在側(ふくこうざいそく)
常に自身の身のまわりの注意を怠らず、慎みのある言動をするべきだということ。 「伏寇」は潜んでいる盗賊、「在側」は近いところにいるという意味。 怠ることなく、いつも注意すべきだという戒めの言葉。 「伏寇(ふくこう)側(かたわら)に在り」とも読む。
覆車之戒(ふくしゃのいましめ)
先人の失敗を学び、今の戒めにすること。 「覆車」はひっくり返った車の残した車輪の跡のこと。 先に通った車のひっくり返った車輪の跡を見て、同じようにならないように、その場所を通らないようにするという意味から。
附耳之言(ふじのげん)
隠し事は漏れやすく、あっという間に広まるということ。 「附耳」は口を耳に近づけて話をするという意味。 耳の横で小さな声で話をしても、千里も離れている場所でも聞こえてしまうということから。 「付耳之言」とも書く。
不断節季(ふだんせっき)
決算を毎日するつもりで、借金をせずに地道に生活すれば、困るようなことにはならないということ。 「不断」はいつもの生活、日常。 「節季」は盆と暮れに行う、一年に二回の決算の時期のこと。
不買美田(ふばいびでん)
子孫のためを思って、故意に資産を残さないこと。 「美田」は肥えた地質の田畑。 多くの資産を子孫に残すと、その資産に頼って、子孫は怠けて楽な生き方を選んでしまうということから。 「美田(びでん)を買わず」とも読む。
文武一途(ぶんぶいっと)
文事と武事、文官と武官を区別しないこと。 文と武が偏ることを戒める言葉。
偏聴生姦(へんちょうしょうかん)
論争をする場合に、一方の言い分だけを聞いて判断すると、災いが生まれるということ。 「偏聴」は一方の言い分だけを聞くこと。 「生姦」は道理に外れた悪い出来事が起きること。 「偏(かたよ)り聴けば姦(かん)を生ず」とも読む。
暴虎馮河(ぼうこひょうが)
一時の熱意にまかせて、後先考えずに無謀な行いをすること。 「暴虎」は虎を素手で殴ること。 「馮河」は大河を歩いて渡るという意味。 どちらも無謀な行動のたとえ。 孔子が弟子の子路を戒めた言葉。
暮鼓晨鐘(ぼこしんしょう)
仏寺で、朝と夜に鐘と太鼓を打ち鳴らして時間を知らせること。 また、人の目を覚まさせるような戒めの言葉。 「晨鐘暮鼓」ともいう。
迷者不問(めいしゃふもん)
わからないことがあれば積極的に尋ねるべきだという戒め。 無知な人は道に迷っても、人に道を尋ねることをせず、さらに迷うことになるという意味。
面誉不忠(めんよふちゅう)
直接相手と向かい合って人をほめる人は、誠実ではないということ。 「面誉(めんよ)忠ならず」とも読む。
孟母断機(もうぼだんき)
物事を途中でやめてしまったり、諦めてしまってはいけないという戒めの言葉。おもに学問のことを指す。 「孟母」は孟子の母親のこと。 「断機」は織りかけている機の糸を途中で切ること。 孟子が学問を投げ出そうとしたときに、孟子の母親は織り途中の機の糸を切断して「学問を途中でやめることは、この織物と同じようなものだ」と言って戒めたという故事から。
薬石之言(やくせきのげん)
欠点を正すのに役立つ忠告という意味。 「薬石」は石の鍼(はり)治療や薬剤のこと。 人を戒める言葉を薬にたとえている。
宥坐之器(ゆうざのき)
自らの戒めとするために身近に置いてある道具のこと。 「宥坐」は身近や身の回りという意味。 桓公の墓にあった器は「水が入っていない空の時は傾き、水を適度に入れるとまっすぐに立ち、水が満ちるとひっくり返り全てこぼれる」という。 これを見た孔子は「知を持つものは愚を自覚し、功績を持つものは謙譲の心をもち、力を持つものは恐れを忘れず、富があるものは謙遜を忘れずに正しい姿勢を保て。」と説いた故事から。
油断大敵(ゆだんたいてき)
気を緩めて注意を怠ると失敗の原因となり危険だという戒め。 「油断」は気を緩めることや注意を怠ることで、油断している状態が最も大きな敵になるという意味から。
養虎遺患(ようこいかん)
敵である者を許してしまい、後に災いを残すこと。 「養虎」は敵である虎を養うという意味から、敵を許してしまうこと。 「遺患」は後に災いの元になるものを残すこと。 劉邦が項羽の討伐を迷っていたときに、今追撃しないことは虎を養い憂いを後に遺すことになると説いた故事から。
羅綺千箱(らきせんばこ)
意味のない贅沢のこと。 「羅」は透けて見えるほどに薄い絹織物、「綺」は細やかな綾文様のある絹織物のことで、どちらも美しく高価な布のこと。 高価で美しい絹織物の衣服が、千箱の衣装箱に収まらないほどにあっても、一度に一着しか着ることはできないということから、無駄な贅沢を戒める言葉。 「羅綺千箱一暖に過ぎず」を略した言葉。
六言六蔽(りくげんのりくへい)
人が持つ六言という六つの徳は、学問や人格修養を怠れば六蔽という六つの弊害を生むということ。
履霜之戒(りそうのいましめ)
大きな災難に遭わないように、少しでも災いの予兆があれば準備する、もしくは避けるべきという戒め。 「履霜」は霜を踏むこと。 霜を踏むようになると寒さが今まで以上に厳しくなるので準備をするべきであるという意味。
良薬苦口(りょうやくくこう)
ためになる忠告の言葉は聞き入れづらいということ。 よく効く薬は味が苦いために飲みにくいという意味から。 「良薬(りょうやく)は口に苦し」とも読む。
臨淵羨魚(りんえんせんぎょ)
願いを叶えるためには、ただ望むだけでなく、具体的な手段や行動が必要だということ。 魚が欲しいなら水辺でただ望むのではなく、家に帰って網を編むべきであるという意味から。
烈士徇名(れっしじゅんめい)
義を重んずる人は、名誉のために命を懸けること。 「烈士」は正しい信念を持った義理堅い人のこと。 「徇」は一つのことに身を捧げるという意味。
螻蟻潰堤(ろうぎかいてい)
取るに足らないような些細なことが大きな問題の原因になることのたとえ。 「螻蟻」は螻蛄(けら)と蟻(あり)のこと。 「潰堤」は堤防が破れること。 螻蛄や蟻が開けた小さな穴が大きな堤防を決壊させて、洪水が起こる原因になるということから。
魯之男子(ろのだんし)
賢人の行動の真似をしても意味はなく、賢人の精神を学ぶことに意味があるということ。 または、男女の間の礼儀や作法を尊重する男性のこと。 または、女性嫌いの男性のこと。 「魯」は周の時代の中国の国の名前。 魯の国で一人で暮らしている男性の隣に住む女性の家が嵐で倒壊してしまい、男性の家に逃げてきたが、男性は「男女が同じ屋根の下にいることは礼節に反する」といい門を開けなかった。 女性が「賢者の柳下恵は女性を家に泊めても誰も咎めなかった」と言うと、男性は「自分は柳下恵には遠く及ばず、その人格を学びたい」と言い、結局家に入れなかったという故事から。
