「ち」から始まる四字熟語 — 210 件
「ち」から始まる四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
徴羽之操(ちうのそう)
きちんと整った、気品のある音楽。 「徴」と「羽」は、中国古来の音階である宮・商・角・徴・羽の五音のうちの二つで、二つを挙げて音楽そのものを表す。 「操」は琴の曲、調べのこと。 『淮南子』には、徴と羽の調べは教養のない人の耳には入らない、とある。洗練された音楽であることをこう言い表した。
智円行方(ちえんこうほう)
さまざまな深い知識があり、規律正しいこと。 または、その様子。 「智円」はさまざまな知識があり、知らないことが存在しないということ。 「行方」は行いが正しく、礼儀正しいこと。
地角天涯(ちかくてんがい)
二つの地がきわめて離れていることのたとえ。 天の果て、大地のすみという意味から。 「地角天涯」ともいう。
治外法権(ちがいほうけん)
外国の元首や外交官などの特定の外国人が、滞在国の法律や裁判権の適用を免れる国際法上の特権。
知己朋友(ちきほうゆう)
心の底まで分かり合っている、親しい友人。 「知己」は、自分の心をよく分かってくれる人。 「朋友」は友人や友達のこと。 「知己」の語は、『史記』刺客伝で、主君の仇を討とうとした豫譲が言った「士は己を知る者のために死す」(男は、自分を本当に分かってくれる人のためなら命も惜しまない)という言葉から出たもの。 「朋友知己」ともいう。
遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)
いろいろと疑い迷って、いつまでも決断できずにぐずぐずしている様子。 「遅疑」は疑い迷ってなかなか決断できない様子。 「逡巡」は尻込みしてぐずぐずすること。
池魚故淵(ちぎょこえん)
故郷を懐かしく思うこと。 「池魚」は池で飼われている魚。「故淵」は、その魚がもと住んでいた深い水の底。 池の魚は、前に泳いでいた淵のことを忘れないという意味から。 陶潜(陶淵明)が役人をやめて田園に帰ったときの詩「帰園田居」に、籠の鳥は前にいた林を恋しがり、池の魚は前にいた淵を思う、とうたわれている。前半の句からは[[羈鳥旧林*https://yoji.jitenon.jp/yojim/6595.html]]という四字熟語ができた。
池魚之殃(ちぎょのわざわい)
なんの関係も無いのに、災難に巻き込まれることや巻き添えにあうこと。 語源が諸説ある言葉。 罪を犯した桓魋が逃げるときに、池に宝珠を投げ込み、それを探すために池をさらったために魚が全滅したという故事から。 または、城門の火事の消火のために池の水を使ったために、干上がって魚が全滅したという故事から。 または、城門の火事が広がり、池中魚という名前の人の家に燃え移って死んだという故事から。 「池魚之禍」とも書く。
池魚籠鳥(ちぎょろうちょう)
束縛された境遇のたとえで、主に宮仕えの役人のこと。 また、不自由な暮らしのこと。 不自由な境遇を「池の魚」と「籠(かご)の鳥」にたとえたもの。
竹苑椒房(ちくえんしょうぼう)
天子の子孫と皇后。転じて、皇室や宮中のこと。 「竹苑」は天子の子孫を、「椒房」は皇后やその居室を指す。 「竹苑」は、前漢の文帝の子である梁の孝王が竹園を築いた故事にもとづき、天子の子孫を表すようになった語。 「椒房」は、中国で皇后の部屋の壁に山椒の実を練り込んで塗った習わしに由来し、山椒の香気が湿気や邪気を退けるとされたこと、また実が多いことを子孫繁栄になぞらえたことから、皇后の居室、ひいては高貴な女性の部屋を意味するようになった。 これらを合わせて皇室・宮中を指す言い回しが生まれたとされる。
築室道謀(ちくしつどうぼう)
意見が多過ぎるとまとめることが困難で、物事がなかなか実現しないということ。 「築室」は家を建てること。 「道謀」は道で人に相談してまわること。 道で人に相談しても、それぞれが異なる意見を言うので、結局家が完成しないということから。
竹頭木屑(ちくとうぼくせつ)
役に立たないもののこと。 または、役に立たないように見えるものでも、役立つことがあるので粗末にしないこと。 「竹頭」は竹の切れ端。 「木屑」は木を削ったときに出るくず。 船を作るときに出た木屑を捨てずにとっておき、雪道で滑らないようにまいたり、竹の切れ端から作った釘を船の修理に使ったという故事から。
竹帛之功(ちくはくのこう)
歴史に名前が残るような功績や手柄のこと。 「竹帛」は竹の札と綿布のことで、紙のない時代には竹帛に文字を書いていたことから、歴史書や書物という意味。
竹馬之友(ちくばのとも)
子供のころからの親友や幼馴染のこと。 「竹馬」は一本の竹の棒を馬に見立てたもの。 幼いころから竹馬で駆け回って一緒に遊んだ友達という意味から。
竹苞松茂(ちくほうしょうも)
新築の家が完成したことを祝う言葉。 「竹苞」は竹の根のようにしっかりとした下部構造。 「松茂」は松の葉や枝のような上部の造りの見事さをほめ称える言葉。
矗立千尺(ちくりゅうせんせき)
極めて高く、まっすぐ立っていること。 「矗立」はまっすぐそびえたっていること。 「千尺」の「尺」は高さの単位で、「千尺」は極めて高いことのたとえ。
竹林七賢(ちくりんしちけん)
俗世から離れた竹林で高尚な論談をした七人の隠者のこと。 または、俗世を離れて生活をしている隠者のこと。 乱世の中、争いに嫌気が差した七人の賢人(「王戎」「嵇康」「阮咸」「阮籍」「山濤」「向秀」「劉伶」)たちは、俗世から離れ隠者として生活をし、酒を酌み交わしながら老子や荘子を慕って論談をしたことから。
知行合一(ちこうごういつ)
知識と実践は一体であるということ。 また、知識があっても実践をしなければそれは本当の「知」とはいえず、知識に実践が伴ったものが本当の「知」であるという考え方。
治山治水(ちさんちすい)
山や川などの国土を改修して国民が生活しやすいようにすること。 「治山」は植林などを行って山を整備すること。 「治水」は洪水や土砂崩れなどの水害が起こらないように、河川を整備すること。
致仕懸車(ちしけんしゃ)
公の仕事から退いてのんびりと生活すること。 または、七十歳のこと。 「懸車」は車をつるしておくこと。 「致仕」は官職を辞めること。または、七十歳のこと。 中国の前漢の薛広徳は、七十歳になり官職を辞めるときに天子から賜った馬車を、高く吊るしてその名誉を子孫に伝えたという故事から。 「車を懸(かか)げて致仕(ちし)す」とも読む。 「致仕懸車」ともいう。
智者一失(ちしゃのいっしつ)
どんなに賢い人にでも失敗や誤りはあるということ。 「智者」は賢者などの知恵のある人。 「一失」は一つの過失ということ。 どんな賢い人でも、多くの考えを出せば一つくらいは間違えることもあるという意味。
知者不言(ちしゃふげん)
物事を本当に知っている人は、軽々しく言葉に出して説明しようとはしないということ。
知者不惑(ちしゃふわく)
賢い人は物事の道理を理解しているので、判断に迷うことがないということ。
知者楽水(ちしゃらくすい)
知恵のある人は水が流れることを好んで楽しむということ。 水がよどみなく流れる様子が、知恵が滞ることなく働くことに似ていることから。 「知者(ちしゃ)は水(みず)を楽しむ」とも読む。
置酒高会(ちしゅこうかい)
派手で立派な酒宴を催すこと。または酒宴そのもののこと。 「置酒」は酒宴を催すこと。 「高会」は派手で立派な宴のこと。
知小謀大(ちしょうぼうだい)
知力が乏しいにもかかわらず、大きな計画を立てること。 「謀大」は大きな計画や構想のこと。 「知」は「智」とも書く。
痴心妄想(ちしんもうそう)
愚かな気持ちと実現できそうもない想像のこと。 「痴心」は愚かな気持ちのこと。
地水火風(ちすいかふう)
仏教でこの世の全てを構成する四つの元素とされる、地、水、火、風のこと。 「四大」や「四大種」とも呼ばれる。
置錐之地(ちすいのち)
ほんの少しの土地のこと。 または、ひどく狭い空間のこと。 錐(きり)を立てるのが精一杯なほど狭い土地という意味から。
知崇礼卑(ちすうれいひ)
真の知者は知識が増えれば増えるほど、謙遜して他人に対して礼を尽くすものであるということ。 「崇」は高く積み上げること。 「卑」は謙遜すること。
