「も」から始まる四字熟語 — 51 件
「も」から始まる四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
盲亀浮木(もうきふぼく)
非常に出会うことが難しいこと。または非常に珍しいこと。 「盲亀」は盲目の亀、「浮木」は流木のこと。 大海に住む盲目の亀が、百年に一度海面に浮かんでくる時に、小さな穴の開いた海を漂う流木の中に首を入れるという寓話(ぐうわ)から。
罔極之恩(もうきょくのおん)
両親から受けた報いきれないほどの恩のこと。 「罔極」は限りがないという意味。 報いることが出来ないほどの限りない恩という意味から。
毛挙細故(もうきょさいこ)
非常に小さな事柄をわざわざ取り上げること。 「毛挙」は毛の先のように小さな事柄をわざわざ論じ合うこと。 「細故」は小さく些細な事柄。 「細故(さいこ)を毛挙(もうきょ)す」とも読む。
妄言多謝(もうげんたしゃ)
独断と偏見でいい加減な言葉を並べ立てた後に、相手にわびる言葉。 手紙などで自分の意見などを包み隠さずに記した手紙の末尾に記して、失礼をわびる言葉。
妄言妄聴(もうげんもうちょう)
根拠のない、いい加減なことを言ったり、相手の話を真面目に聞かないこと。 「妄言」は根拠のないでたらめな発言。 「妄聴」はいい加減に話を聞くこと。 話をする人も話を聞く人も、どちらもいい加減な様子をいう言葉。
孟光荊釵(もうこうけいさい)
中国の後漢の梁鴻が妻を選んだという故事のこと。 「孟光」は人の名前で、梁鴻の妻。 「荊釵」はいばらでできたかんざしのことで、質素な装飾品のたとえ。 梁鴻は妻を選ぶ時に美しい女性ではなく、容姿の醜い孟光を選んだ。 孟光は嫁ぐ時に美しく着飾ったが梁鴻は相手にせず、孟光は理由を尋ねると、共に隠遁する人を探していたと答えた。 思い違いをしていた孟光はそのことを詫びて、それまでの質素な服装にいばらのかんざしをつけたところ、梁鴻は喜んで孟光を迎え入れたという故事から。
毛骨悚然(もうこつしょうぜん)
激しい恐怖を感じて震え上がること。 「悚然」は恐怖で立ち竦むこと。 髪の毛から骨の中まで恐怖を感じるという意味から。
猛虎伏草(もうこふくそう)
英雄は隠れていても必ず世に現れるという意味。 虎は草原に伏して身を隠そうとしても、隠すことは出来ないということから。
毛遂自薦(もうすいじせん)
自分から進んで名乗り出ること。 「毛遂」は中国の戦国時代、趙の平原君に仕えた食客の名。 秦に攻められた趙が楚に助けを求めることになり、平原君が同行者を選んでいたとき、それまで目立たなかった毛遂が自分を連れて行くよう願い出た。 平原君が「すぐれた人物は袋に入れた錐のように、自然と穂先が突き出るものだ」と渋ると、毛遂は「今日はじめて袋に入れていただきたいのです」と答えたという故事から。 毛遂は楚王を説き伏せて援軍を引き出し、趙を救った。 難しい役目に自ら手を挙げることをいう。
妄想之縄(もうぞうのなわ)
自分の身を苦しめる心の迷いのこと。 仏教語で、みだらな考えや心の迷いを身体を縛るための縄にたとえたもの。
妄誕無稽(もうたんむけい)
根拠がなにもなく、でたらめなこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。
妄談臆解(もうだんおくげ)
本人だけの勝手ででたらめな解釈や考え方のこと。 「妄談」は根拠のない適当な主張、「臆解」は本人だけの勝手な解釈のこと。 仏教で修行していない人の仏道の間違った解釈のことをいう仏教語。
孟仲叔季(もうちゅうしゅくき)
兄弟姉妹の長幼の順序を表す言葉。 長子を「孟」、次子を「仲」、三子を「叔」、四子を「季」という。 兄弟が三人の場合は「孟仲季」という。
妄評多罪(もうひょうたざい)
他人の文章を批評したあとに、末尾に付記する言葉で、見当外れで無遠慮な批評をわびるという意味。
孟母三遷(もうぼさんせん)
子どもは周りの影響を受けやすいので、子どもの教育には環境を整えることが大事であるということ。 「孟母」は孟子の母親。 「三遷」は三度転居すること。 孟子の母親は、孟子への悪い影響を避けるため墓地の近くから市場の近くに引っ越し、さらに学校の近くに引っ越した。 その結果、孟子は勉学に励み偉大な儒者になったという故事から。
孟母断機(もうぼだんき)
物事を途中でやめてしまったり、諦めてしまってはいけないという戒めの言葉。おもに学問のことを指す。 「孟母」は孟子の母親のこと。 「断機」は織りかけている機の糸を途中で切ること。 孟子が学問を投げ出そうとしたときに、孟子の母親は織り途中の機の糸を切断して「学問を途中でやめることは、この織物と同じようなものだ」と言って戒めたという故事から。
網目不失(もうもくふしつ)
法が細かいところまで厳しく抜け道がないこと。 「網目」は法の網の目のこと。 法の網の目に穴がないという意味から。
網目不疎(もうもくふそ)
法が細かいところまで厳しく定められていて抜け道がないこと。 「網目」は法の網の目のこと。 「疎」はあらいや大雑把ということ。 法の網の目があらくないという意味の言葉。
孟浪咄嗟(もうろうとっさ)
いい加減な処置をとること。 「孟浪」はいい加減で大雑把なこと。 「咄嗟」は急なこと。 対処を考えずに、適当にその場で済ませることをいう。
沐雨櫛風(もくうしっぷう)
さまざまな苦労をすることのたとえ。 「櫛風」は風が髪をくしけずること。 「沐雨」は雨が体を洗うこと。 雨や風にさらされながら苦労して働くという意味から。 「風(かぜ)に櫛(くしけず)り雨に沐(もく)す」とも読む。 「沐雨櫛風」ともいう。
木牛流馬(もくぎゅうりゅうば)
三国時代に蜀の諸葛亮が作ったとされる、兵糧を運ぶための車。 「木牛」「流馬」は、それぞれ牛と馬になぞらえた呼び名。 険しい山道での輸送に用いられたと伝わるが、どのような仕組みだったかは分かっていない。
沐猴而冠(もくこうじかん)
見た目は立派だが中身は愚かで卑しいことのたとえ。または、度量が狭く、愚かな人物が相応しくない地位についていることのたとえ。 「沐猴」は猿、「而冠」は冠を身に付けることから、猿が冠を被ること。 ある者が楚の項羽のことを「楚の国の人は猿が冠を被った猿だという噂を聞いたがその通りだ」と蔭口(かげぐち)を言ったという故事から。
目指気使(もくしきし)
言葉を使うことなく目配せや顔つきだけで目下の者を酷使すること。 前漢の貢禹が「卑しい行いをしている者の家が富み栄えていると、目下の者を目配せや顔つきだけでこき使い、それをすぐれたことだとしている」と元帝に上奏したという故事から。
目食耳視(もくしょくじし)
衣食の本質を忘れて、見た目の贅沢さだけを求めること。 「目食」は味を気にせずに見た目が豪華なものを食べること。 「耳視」は評判を気にして、たとえ似合わなくても高価な衣服を選ぶこと。 「耳視目食」ともいう。
目挑心招(もくちょうしんしょう)
遊女が客を流し目で誘惑する様子のこと。 「目挑」は流し目で誘うこと、「心招」は心の中で誘い招くこと。
目迷五色(もくめいごしき)
豊かな彩りに目を奪われ、実態が見えないこと。 「五色」は人が作った文明や、文化などの視覚的産物のこと。 華やかで美しい見掛けに惑わされて、物事の本質を見失う人をあざ笑う言葉。 「目(め)五色(ごしき)に迷う」とも読む。
沐浴斎戒(もくよくさいかい)
神仏へのお祈りや神聖な儀式の前に飲食や行動を慎み、水で髪や体を洗い心身を清めること。 「斎戒」は飲食を断つなどの戒を守り、心を清めること。 「沐浴」は水で髪や体などを洗って身を清めること。 「沐浴斎戒」ともいう。
沐浴抒溷(もくよくじょこん)
神仏へのお祈りや神聖な儀式の前に飲食や行動を慎み、水で髪や体を洗い心身を清めること。 「沐浴」は水で髪や体などを洗って身を清めること。 「抒溷」はけがれを取り除くこと。
百舌勘定(もずかんじょう)
支払いをするときに口先でうまくごまかして、他人にお金を払わせて自分は支払わないこと。 または自分が得するようにすること。 百舌と鳩(はと)と鴫(しぎ)が十五文の買い物をしたとき、百舌は鳩と鴫をうまくごまかして、鳩に八文、鴫に七文を支払わせて自分は一文も支払わなくていいようにしたという昔話から。
木刻郅都(もっこくのしっと)
中国の漢の時代の匈奴(きょうど)は、弓矢の的として漢の雁門(がんもん)の長官である郅都(しっと)の木像を作って設置したが、恐ろしさのために誰も命中させることができなかったという故事。 「郅都」は国境である雁門を治める長官で、厳しく責めて容赦なく処罰することから鷹(たか)に例えて青鷹(そうよう)と呼ばれ恐れられた人物。
