『春秋左氏伝』を出典とする四字熟語 — 114 件
『春秋左氏伝』(しゅんじゅうさしでん)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全114件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
安居危思(あんきょきし)「襄公一一年」
平和なときにでも、最悪な事態を想定して備えておくことが大切であるという戒めの言葉。 「安居」は平和な生活。 「危思」は危険な事態を思い浮かべること。 「安きに居りて危うきを思う」とも訓読する。
懿公喜鶴(いこうきかく)「閔公二年」
大切にすべきものを軽く扱い、くだらないものを大切にしたために身を滅ぼすことのたとえ。 「懿公」は人の名前。 衛の国の懿公は、家臣や国民を大切にせず、動物の鶴を好んで爵位を与えて大切にしていたが、戦争になると兵隊は鶴に戦わせればよいと言って協力せず、懿公は身を滅ぼしたという故事から。 「懿公(いこう)鶴(かく)を喜(この)む」とも読む。
懿公好鶴(いこうこうかく)「閔公二年」
大切にすべきものを軽く扱い、くだらないものを大切にしたために身を滅ぼすことのたとえ。 「懿公」は人の名前。 衛の国の懿公は、家臣や国民を大切にせず、動物の鶴を好んで爵位を与えて大切にしていたが、戦争になると兵隊は鶴に戦わせればよいと言って協力せず、懿公は身を滅ぼしたという故事から。
一問一答(いちもんいっとう)「序・疏」
一つの質問、設問に対して一つの解答をすること。また、その形式のこと。
一旅中興(いちりょちゅうこう)「哀公元年」
衰退して滅亡しかけた国を立て直して栄えさせること。 「一旅」は五百人の兵士のこと。 「中興」は復興するという意味。 「一旅(いちりょ)にて中興(ちゅうこう)す」とも読む。
一薫一蕕(いっくんいちゆう)「僖公」
悪が善を駆逐すること。 善は消えやすく、悪を取り除くのは難しくはびこりやすいことのたとえ。 「薫」は香りのよい草のこと。 「蕕」は臭い草のこと。 二つを同じところにおけば、よい香りが消されてしまうことから。
一国三公(いっこくさんこう)「僖公五年」
指示を出す人が多すぎて、統率が取れなくなること。 三人の君主が一つの同じ国にいるということから。 「三公」は三人の君主。
一成一旅(いっせいいちりょ)「哀公元年」
統治している土地が狭く、国民が少ないこと。 または、衰退した国などが努力によって勝利をおさめ、元の状態を取り戻すこと。 「一成」は十里四方の狭い土地。 「一旅」は五百人の兵士。
飲至策勲(いんしさっくん)「桓公二年」
戦に勝利して、先祖の霊に報告して酒を酌み交わし、戦の功績を竹の札に書き記すこと。 「飲至」は君主の先祖を祀っている宗廟で、戦の報告をして酒を酌み交わすこと。 「策勲」は功績を竹の札に書いて賞を与えること。 「飲(いん)至(いた)し策を勲(くん)ず」とも読む。
于思睅目(うさいかんもく)「宣公二年」
他の人よりもひげが多く、目が大きい様子。 「于思」はひげが多い様子。 「睅目」は目が大きい様子。 「于思」は「于腮」とも書く。
永垂不朽(えいすいふきゅう)「襄公二四年」
名誉や名声、業績などが伝わり、決して滅びることがないこと。 「永垂」は永遠と後世に伝わる、「不朽」は滅びることがない、後世まで残るという意味。
翳桑餓人(えいそうのがじん)「宣公二年」
与えられた恵みに報いること。 「翳桑」は地名、または、桑の木の木蔭。 「餓人」は餓死しそうになっている人。 中国の春秋時代の晋の国の霊輒(れいちょう)は、翳桑で餓死しそうになって苦しんでいるところを趙盾(ちょうとん)によって救われた。その後、主君を強く諫(いさ)めたことで趙盾は命を狙われたが、霊輒によって救われたという故事から。
越畔之思(えっぱんのおもい)「襄公二五年」
自分の領分を守り、他者の領域を侵さないように心がけること。 「越畔」は田畑の境界である畦(あぜ)を越えること。 畦を越えて他者の田畑に踏みこむことのないように心がけることをいった言葉。
宴安酖毒(えんあんちんどく)「閔公元年」
遊んで楽しむだけの生活を送ることへの戒め。 「宴安」はひたすら遊んで楽しむこと。 「酖毒」は鴆(ちん)という鳥の羽にある猛毒のこと。 ただ遊んで楽しむだけの生活を送ることは酖毒を飲むようなもので、最後には身を滅ぼしてしまうという意味から。 「宴安鴆毒」とも書く。
燕巣幕上(えんそうばくじょう)「襄公二九年」
安定せずに非常に危険な状況のたとえ。 戦場の本営などに張っている幕の上に燕が巣を作るという意味から。 「燕(つばめ)幕上(ばくじょう)に巣くう」とも読む。
懐玉有罪(かいぎょくゆうざい)「桓公一〇年」
身分に合わない立派なものを持ったり、身分に合わない行いをすると災いを招くということのたとえ。 「懐玉」は宝石を持つこと。 「有罪」は他人から狙われて、災いを招くということ。 「玉(ぎょく)を懐(いだ)きて罪(つみ)有り」とも読む。
河魚腹疾(かぎょのふくしつ)「宣公一二年」
内側から腐敗して、国などが崩壊していくこと。 「腹疾」は内臓の病気のこと。 魚は内臓から腐り始めるという意味から。
夏日可畏(かじつかい)「文公七年・杜預注」
近寄りがたいほどに厳かな人柄のたとえ。 人の厳しさを、夏の太陽の厳しい日差しにたとえた言葉。 中国の春秋時代の酆舒(ほうじょ)は、趙衰(ちょうし)と趙盾(ちょうとん)の人柄について賈季(かき)から尋ねられ、趙衰は冬の太陽のように暖かな優しさがあり、趙盾は夏の太陽のような厳しさがあると答えたという故事から。 「夏日、畏(おそ)るべし」とも読む。
割臂之盟(かっぴのめい)「荘公三二年」
非公式にひっそりと結婚の約束をすること。 「割臂」は腕に傷をつけること。 「盟」は誓い、約束。 中国の春秋時代の魯の荘公が、孟任を嫁にしようとしたときに、その誓いとして荘公は自身の腕に傷をつけて、それをすすったという故事から。
仮道伐虢(かどうばつかく)「僖公二年」「僖公五年」
通り道を貸してほしいという名目で入り込み、そのまま相手を滅ぼすこと。 「仮道」は道を借りること。 「虢」は古代中国の国の名。 晋が虞に道を借りて虢を攻め滅ぼし、その帰りに、道を貸した虞まで滅ぼしたという故事から。 「唇亡歯寒」の由来となった出来事と同じもの。 兵法三十六計の第二十四計。 「道(みち)を仮(か)りて虢(かく)を伐(う)つ」とも読む。
禍福無門(かふくむもん)「襄公二二年」
不幸も幸福も、その人自身が招くものであるということのたとえ。 不幸や幸福がやってくるための決まった入り口があるわけではなく、心がけ次第で不幸にも幸福にもなるということ。 「禍福門無し、唯人の招く所なり」を略した言葉。
下陵上替(かりょうじょうたい)「昭公一八年」
世の中が乱れている様子。 「陵」は下のものを超えて上になるという意味。 「替」は衰えるという意味。 下のものが、衰えた上のものを超えて上になるという意味で、下克上の世の中をいう。 「下(しも)陵(しの)ぎ上(かみ)替(すた)る」とも読む。
苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)「襄公三一年」
税金や年貢を手加減せずに、厳しく取り立てること。 「苛斂」と「誅求」はどちらも厳しく責めて取り立てるという意味。 同じ意味の言葉を重ねて強調した言葉。
勧善懲悪(かんぜんちょうあく)「成公一四年」
善い行いを奨励して、悪い行いには罰を与えること。 「勧善」は善い行いを勧めること。 「懲悪」は悪い行いを懲らしめること。 「善を勧め悪を懲(こ)らす」とも読む。 「懲悪勧善」ともいう。
外強中乾(がいきょうちゅうかん)「僖公一五年」
見た目は強そうだが、中身は空っぽで弱いこと。 「乾」は乾くという意味から、中に何もないこと。 「外彊中乾」とも書く。
翫歳愒日(がんさいかいじつ)「昭公元年」
無為に日々を過ごすこと。 「翫」と「愒」はどちらも貪(むさぼ)るという意味。 人々を治める者が行ってはならないことを述べたもの。 「歳を翫(むさぼ)り日を愒(むさぼ)る」とも訓読する。
羈紲之僕(きせつのぼく)「僖公二四年」
主君の旅の供をする人のこと。 従者や随行者のことを謙っていう言葉。 「羈」は馬の顔に付けるおもがい、「紲」は馬の手綱のことで、主人の馬車を操る従者という意味から。 「羈絏之僕」とも書く。
吉人天相(きつじんてんしょう)「宣公三年」「昭公四年」
善い人は天から助けてもらえるものだということ。 「吉人」は善人。 「天相」は天からの助けのこと。
居安思危(きょあんしき)「襄公一一年」
平和な世の中でも災難があった時のことを考えておき、いつも用心しておくべきであるという戒め。 「安きに居(お)りて危うきを思う」とも読む。
挙棋不定(きょきふてい)「襄公二五年」
方針を決めずに、その場しのぎで対処すること。または、なかなか決断することができないこと。 「挙棋」は囲碁の石をつまみあげること。 「不定」はこれからどうするか決まっていないこと。 囲碁の石を持ったが、どこに打つか決められないということから。 「棋(き)を挙(あ)げて定まらず」とも読む。
瑾瑜匿瑕(きんゆとくか)「宣公一五年」
すぐれた才のある立派な人物でも小さな弱点くらいあるもので、大した問題にはならないということのたとえ。 「瑾」と「瑜」はどちらも美しい宝石の名前。 「瑕」は傷やひびという意味から、弱点や欠点のたとえ。 全体が素晴らしい宝石に小さな傷があっても、価値は下がらないという意味から。 「瑾瑜(きんゆ)、瑕(きず)を匿(かく)す」とも読む。
君命無二(くんめいむに)「僖公二四年」
君主からの命令は、一度出されてしまえば、それが絶対であるということ。 または、臣下は君主からの命令に対して、疑いの心を持たないこと。 「君命(くんめい)に二(に)無し」とも読む。
敬教勧学(けいきょうかんがく)「閔公二年」
学問を行うように勧めること。 君主が行うべきこととされる。 「教(おしえ)を敬(けい)し学(がく)を勧(すす)む」とも読む。
言語漏洩(げんごろうせつ)「襄公一四年」
秘密が外部に漏れること。
後悔噬臍(こうかいぜいせい)「荘公六年」
後悔したとしてもどうにもならないこと。 「噬臍」はへそを噛むという意味で、どうやっても自分の口は、自分のへそには届かないということから、不可能という意味。
口血未乾(こうけつみかん)「襄公九年」
約束をしてから、まだあまり時間が経っていないこと。 中国の昔の儀式で、諸侯が盟約を結ぶ時に牛の血をすするというものがあり、その血が乾いていないということから。 「口血(こうけつ)未(いま)だ乾かず」とも読む。
高下在心(こうげざいしん)「宣公一五年」
普段からの心構え次第で、物事がうまくいくかどうかが決まること。または、人事や賞罰を与える権利を一人で握っていて、考え次第で好き勝手にすること。 「高下」は高さと低さ、「在心」は自分の考え方のことで、高くすることも低くすることも自分の考え次第で好きにできるということから。
膏肓之疾(こうこうのしつ)「成公一〇年」
決して治ることのない病や、治すのが難しい病のこと。または、物事に夢中になりすぎて、やめられないこと。 「膏」は心臓の下の部分、「肓」は横隔膜の上の部分、「疾」は病気のこと。 心臓の下の部分や横隔膜の上の部分は、体の中の奥にあって、薬も鍼も届かないという意味から。 古代中国の晋の景公が病に伏しているときに、「膏の上と肓の下に病が入ってしまえば、名医でも手が出せない」と童子が話し合っている夢を見たという故事から。 「病、膏肓(こうこう)に入(い)る」とも読む。
幸災楽禍(こうさいらくか)「僖公一四年」「荘公二〇年」
他人の不幸を見て楽しみ喜ぶこと。 「幸災」は自分以外の人が不幸になることを喜ぶこと。 「楽禍」は自分以外の人に災いが訪れることを見て楽しむこと。 「災いを幸(さいわ)いとし禍(わざわ)いを楽しむ」とも読む。 「楽禍幸災」ともいう。
狐裘羔袖(こきゅうこうしゅう)「襄公一四年」
全体は立派だが、一部に問題があること。 「狐裘」は子狐の脇の下にある高級な毛皮で作った皮衣。 「羔袖」は子羊の皮で作った安物の袖。 高級な皮衣に安物の袖をつけるということから。 「狐裘(こきゅう)して羔袖(こうしゅう)す」とも読む。
股肱之力(ここうのちから)「僖公九年」
主君を補佐する能力。 または、全身の力。 「股肱」は手足のことで、一番信頼できる人物のたとえ。
国君含垢(こっくんがんこう)「宣公一五年」
君主は将来のことを考えて、一時的な恥は耐えるべきであるという教え。 または、君主には臣下の失敗を許す度量が必要であるという教え。 「垢」は垢、汚れという意味から、恥や失敗のたとえ。 「国君(こっくん)垢(こう)を含む」とも読む。
困獣猶闘(こんじゅうゆうとう)「定公四年」
どうすることも出来ない状況になっても、諦めずにあらがおうとすることのたとえ。 「困獣」は逃げる場所がなくなった獣。 追い詰められた獣でさえも、最後まで闘おうとするという意味から。 「困獣(こんじゅう)すらなお闘う、況(いわん)や人をや」を略した言葉。
三軍暴骨(さんぐんばくこつ)「襄公二六年」
大差で戦いに負けること。 「三軍」は三万七千五百人の軍隊ということから、大軍のたとえ。 「暴骨」は兵士が死んで、野で骨になるという意味。 中国の周の時代は、一万二千五百人の軍隊を一軍として、大国ではその三倍の三軍を保有するとされていた。 「三軍(さんぐん)骨(ほね)を暴(さら)す」とも読む。
三舎退避(さんしゃたいひ)「僖公二三年」
相手のことを恐れて、避けること。 「舎」は古代中国の軍隊が一日で進む距離のことで、三十里のことをいう。 軍隊が相手を恐れて、九十里の距離を空けて避けるという意味から。 「三舎を避(さ)く」とも読む。 中国の春秋時代、楚に亡命した晋の重耳は、楚の成王に厚遇され、重耳は感謝して、晋と楚が戦うようなことがあれば九十里後退させると約束した。 晋の君主になった重耳はその約束を果たしたという故事から。
山藪蔵疾(さんそうぞうしつ)「宣公一五年」
大きな事を成す人物は、どんな人でも包みいれる器量があるということのたとえ。 または、どんなすぐれた人物でも一つくらい弱点があるということ。 「山藪」は山と藪のことで、立派な人物のたとえ。 「蔵」は隠すや、しまい込むということ。 「疾」は害になるものという意味から、虫や毒蛇のこと。 山や藪は害虫や毒蛇ですら隠し包み込むという意味から。 中国の春秋時代、晋の景公が宋に救援を出そうとしたときに、伯宗がそれを諫(いさ)めたという故事から。 「山藪(さんそう)疾(やまい)を蔵(かく)す」とも読む。
止戈為武(しかいぶ)「宣公一二年」
武は戦をやめるためのものであるというたとえ。 「戈」は武器のことで、戦のたとえ。 「止」と「戈」の二つの漢字を合わせると「武」の文字になることから。 「戈(か)を止(とど)むるを武(ぶ)と為(な)す」とも読む。 「武」の漢字の成り立ちとしては否定されている解釈。
視民如子(しみんじょし)「昭公三〇年」
君主が民を慈愛すること。 まるで自分の子どもを見るかのように、民を見るということから。 「民(たみ)を視(み)る子(こ)の如(ごと)し」とも読む。
視民如傷(しみんじょしょう)「哀公元年」
君主が人々を慈愛すること。 まるで怪我をしている人を見るかのように、民を見るということから。 「民を視(み)ること傷(きずつ)くが如(ごと)し」とも読む。
車轍馬跡(しゃてつばせき)「昭公一二年」
政治を行う人が全国の隅から隅まで巡り歩くこと。 「車轍」は通った跡に残る車輪の跡。 「馬跡」は馬が通った跡に残る蹄の跡。 昔の政治家は、監督のために馬車で全国を巡り歩いたために、通った後に車輪や蹄の跡が残されたということから。
衆怒難犯(しゅうどなんはん)「襄公一〇年」
大勢の人たちを怒らせると、その怒りにあらがうのは難しいため、怒らせないようにすべきであるということ。 中国の春秋時代の鄭の子孔は、自分に従わないものを処刑しようとしたが、子産という人物から「大勢の人の怒りには抵抗できず、自分一人の欲望を満たすのは難しい」と諫められて取りやめたという故事から。
食肉寝皮(しょくにくしんひ)「襄公二一年」
敵のことをひどく憎むこと。 禽獣などの肉を食べて、皮を剥いだ後にその上で寝るという意味で、それほどに憎らしいということから。 「肉を食らい皮に寝(い)ぬ」とも読む。
食肉之禄(しょくにくのろく)「昭公四年」
肉を食べることができるほどの高い給料のこと。 昔の中国で、高い地位を持っている役人、特に朝廷の官吏のことをいう言葉。
臣一主二(しんいつしゅに)「昭公一三年」
誰に仕えるかは、個人の自由ということ。 元は臣下としての自分の体は一つしかないが、仕えることのできる主人はたくさんいるという意味の言葉。 仕えている君主が駄目なら、他にも君主はたくさんいるので、自由に見つけて仕えてもよいということをいう。
新鬼故鬼(しんきこき)「文公二年」
最近死んだ人の霊魂と昔死んだ人の霊魂のこと。 「鬼」は霊魂のこと。
深山窮谷(しんざんきゅうこく)「昭公四年」
人が入ったことのないような、奥深い山と深い谷のこと。 「深山」は人里から離れた場所にある山。 「窮谷」は深い谷。
唇歯之国(しんしのくに)「僖公五年」
利益も損害も共にする近い関係の国同士のこと。 「唇歯」は唇と歯のことで、近い関係のたとえ。
脣歯輔車(しんしほしゃ)「僖公五年」
一つが駄目になるともう一つも駄目になるような、非常に深い関係のこと。 「輔車」は車の添え木と車の荷台。または、頬の骨と下顎の骨のこと。 「唇と歯」や「頬の骨と下顎の骨」のように、互いに助け合うことによって存続できるような関係をいう言葉。 中国の晋が虢(かく)の国を攻めるときに、虞(ぐ)の国は晋に通過する許可を出したが、虞の国と互いに助け合う関係にあった虢の国が滅びると、虞の国も滅びたという故事から。 「脣歯」は「唇歯」とも書く。 「輔車脣歯(輔車唇歯)」ともいう。
心腹之疾(しんぷくのしつ)「哀公一一年」
命を落とす可能性の高い、非常に危険な病気。 または、どうすることも出来ない災害や、大きな障害、手ごわい相手のことをいう。 「心腹」は心臓と内臓のこと。 人にとって重要な部分の病気という意味から。
脣亡歯寒(しんぼうしかん)「僖公五年」「哀公八年」
互いに深い関係で繋がっていて、一方が滅びるともう一方も危険な状態になること。 「脣」は唇のこと。 唇と歯は互いに助け合う関係であり、唇が無くなると歯は寒くなるということから。 古代中国の虞の宮之奇が、虞と虢の国の関係をたとえていった故事から。 「脣(くちびる)亡(ほろ)びて歯(は)寒し」とも読む。 「唇亡歯寒」とも書く。
事無二成(じむにせい)「成公八年」
二つの物事を同時に行っても、両方とも成功させることはできないということ。 「事(こと)に二成(にせい)無(な)し」とも読む。
授方任能(じゅほうにんのう)「閔公二年」
仕事の方法や規範などを教え、有能な人材に官職を与えること。 君主がやるべきことをいう。 「方(ほう)を授(さず)け能(のう)に任(にん)ず」とも読む。
城下之盟(じょうかのめい)「桓公一二年」
敵に敗北して結ばされる、最も屈辱的な講和条約のこと。 または、敵の城下に攻め込んで、講和条約を結ぶこと。 「城」は町を守るための城壁のこと。 「盟」は講和条約のこと。
仁言利博(じんげんりはく)「昭公三年」
徳の高い人物の言葉や行動は、多くの人々に利益があるということ。 「仁言」は徳のある人の言葉。 「利博」は利益が広い範囲に及ぶこと。 「仁言(じんげん)利博(ひろ)し」とも読む。
人心如面(じんしんじょめん)「襄公三一年」
人々の心は、顔のように個々に異なるということ。 心も容姿も人それぞれであり、一概に判断できないという意味から。 「人心(じんしん)は面(めん)の如(ごと)し」とも読む。
人生在勤(じんせいざいきん)「宣公一二年」
生きていく上で、努力と勤勉が重要であるとの考え。 「人生(じんせい)は勤(つと)むるに在(あ)り」とも読む。
生死肉骨(せいしにくこつ)「襄公二二年」
どうすることもできない苦しい状況の者を救うこと。 または、そのような状況から救ってもらった大恩のこと。 骨に肉をつけて死んだ人を生き返らせるという意味から。
西狩獲麟(せいしゅかくりん)「哀公一四年」
文章を書くことを止めること。絶筆すること。 または、物事の終わりという意味。 または、狩りに行って麒麟を捕らえたという故事。 「麟」は太平の世で、天子の出現に応じて現れるとされる麒麟という聖獣のこと。 乱世の世に西の方で捕らえられ、神聖なはずの麒麟を人々は不気味だと恐れたのを見て、孔子は今まで自分がやってきたのは何だったのかと思い、『春秋』を最後に筆を置いたとされる故事から。
僭賞濫刑(せんしょうらんけい)「襄公二六年」
程度が不適切な褒美と罰のこと。 「僭賞」は度を超えた褒美のこと。 「濫刑」はむやみに罰を与えること。
先声奪人(せんせいだつじん)「昭公二一年」
出し抜いて他人より有利な立場に立つこと。 戦いをするときは、先に大きな声を出して相手を怯えさせるという意味から。 「先声(せんせい)人を奪う」とも読む。
翦草除根(せんそうじょこん)「隠公六年」
災いの原因になるものを全て取り除くこと。 「翦草」は草を刈ること。 「除根」は根を取り除くこと。 草を全て刈り取り、草が生えないように根を全て取り除くという意味から。 「草を翦(き)り根を除く」とも読む。
千里一曲(せんりいっきょく)「文公一二年」
すぐれた人物にも過ちはあるということ。 または、その過ちをとりたてて批判する必要はないということ。 または、行動が自由でつまらない節操にこだわらないことのたとえ。 中国の黄河は千里の距離に一度進路を変えるということから。
宋襄之仁(そうじょうのじん)「僖公二二年」
必要のない情けをかけること。 「宋襄」は宋の国の襄公という人の名前。 「仁」は哀れみや思いやり。 楚との戦闘で、楚の軍が川を渡っている最中の陣形が崩れたところを攻めてはどうかと、部下に進言された襄公は、人の困難につけこむものではないと言い、攻めずにそのまま大敗したという故事から。
操刀傷錦(そうとうしょうきん)「襄公三一年」
十分に習熟していない人に、重要な任務を任せることはできないということのたとえ。 または、政治に詳しくない人が政務を行うと確実に失敗するということのたとえ。 十分に習熟していない人が、刀で錦を切ろうとすると、失敗して錦を傷つけることになるということから。 「刀を操(と)りて錦(にしき)を傷つく」とも読む。
則以観徳(そくいかんとく)「文公一八年」
定められたきまりを目安として、人の徳のよしあしを見きわめること。 評価する側が、その場の好き嫌いによらず、はっきりした規範をよりどころに人物を判断すべきだとする考え。 まず則(きまり)に照らしてその人の徳を見定め、その徳をもとに仕事を任せ、仕事の成果で功績をはかり、功績に応じて禄を与え、民の暮らしを支える、という為政の順序を説いた一句の冒頭にあたる。 「則」は規則・規範のこと。 この語のあとに「徳(とく)を以(も)って事(こと)を処(しょ)し、事(こと)を以(も)って功(こう)を度(はか)り、功(こう)を以(も)って民(たみ)を食(やしな)う」と続く。
楚材晋用(そざいしんよう)「成公九年」
自国のすぐれた人材が他国に移ってしまうこと。 または、自分とは直接関係ないところにある人材や、物をうまく利用すること。 「楚材」は中国の楚の国の人材。 「晋」は中国の国の名前。 楚の貴族たちは刑罰の乱用を恐れて、敵対していた晋の国に亡命して重用されたという故事から。
楚囚南冠(そしゅうなんかん)「成公九年」
捕虜として捕らわれていても、祖国のことを忘れないこと。 または、捕らわれて他国にいる人のこと。 「楚囚」は他国に捕らわれた楚の国の人。 「南冠」は南方にある国の様式の冠で、この場合の南方は楚の国のことをいう。 中国の春秋時代、楚の鐘儀は晋に捕らえられていても、祖国である楚の国の冠をいつも被っていたという故事から。
大義滅親(たいぎめっしん)「隠公四年」
国や君主の正義を貫くためには、親や兄弟などの身内すらかえりみないこと。 「大義」は人として大切な道義。 「親」は親や兄弟などの身内。 春秋時代に衛の州吁と石厚が、共謀して君主を殺し王位を奪ったが、民心をつかむことができなかった。 石厚の父親「石碏」は石厚に”陳の国に助けを求めよ”と命じ、その裏で陳王に「君主を殺したものを処刑してほしい」と伝えた。 州吁と石厚は陳王に処刑され、正義を貫くために自分の子供の命すらかえりみなかった石碏は民に純臣として賞賛されたという故事から。
体元居正(たいげんきょせい)「隠公元年・杜注」
善や徳を身につけて、常に正しい立場に身を置くこと。 「体」は身につけることや実際に行うこと。 「元」は善や正しいこと。 「居正」は正しい立場に身を置くこと。 「元(げん)を体(たい)して正に居(お)る」とも読む。
度徳量力(たくとくりょうりき)「隠公一一年」
自身の持つ徳や信望、力量をしっかりと確かめること。 または、確かめた後に能力に応じて事にあたるべきであるということ。 「度」と「量」はどちらも測るという意味。 「徳を度(はか)り力(ちから)を量る」とも読む。
断章取義(だんしょうしゅぎ)「襄公二八年」
自身の都合のいいように解釈するために、他人の書いた文章や詩などから引用すること。 「断章」は文章の一部の部分を抜き出すこと。 「取義」は自分の都合のいいように意味を取ること。 元にした文章などの文脈を無視して、都合のいい部分に使うことをいう言葉。 「章を断ちて義を取る」とも読む。
地平天成(ちへいてんせい)「僖公二四年」「文公一八年」
万物が栄え、世の中が平穏に統治されていること。 または、天災などに見舞われることなく自然が穏やかなこと。 「地平」は世の中が平穏に統治されていること。 「天成」は天の運行がうまく進み、全てのものが栄えること。 「地(ち)平(たい)らかに天(てん)成(な)る」とも読む。 「内平外成」と同じく、元号の「平成」の由来とされる語。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)「宣公三年」
人に悪いことをする、さまざまな化け物のこと。 または、私欲を満たすために悪事を働く者たちのたとえ。 「魑魅」は山林の精気から生じるとされる化け物。 「魍魎」は山川や木石などの自然物の精気から生じるとされる化け物のこと。
中権後勁(ちゅうけんこうけい)「宣公一二年」
軍隊の策略と陣容が整っていること。 「中権」は陣営の中央で参謀が策略を練ること。 「後勁」は後ろに強い部隊が待機していること。 「中(ちゅう)は権(はか)り後(のち)は勁(つよ)し」とも読む。
誅心之法(ちゅうしんのほう)「宣公二年・会箋」
実際に行動を起こしていなくても、心の中に悪意があれば罰を与えること。 中国の春秋時代の法で、「原心定罪」と呼ばれ、動機に応じた罰を与えるということ。
朝不謀夕(ちょうふぼうせき)「昭公元年」
目の前のことを考える余裕もない、差し迫った状況のこと。 または、先のことを考える余裕もないこと。 朝に夕方のことすら考えないという意味から。 「朝(あした)に夕(ゆうべ)を謀らず」とも読む。
長鞭馬腹(ちょうべんばふく)「宣公一五年」
どんなに大きな力があっても、どうすることもできないことがあるということ。 または、大きすぎたり、長すぎたりすると逆に役に立たないということ。 「長鞭馬腹に及ばず」を略した言葉で、鞭が長すぎると馬の腹に当たらないという意味から。 中国の春秋時代、晋の景公が楚に攻められている宋を助けようとしたときに、晋にいくら力があっても、天が味方している楚と戦うべきではないと、伯宗が諫(いさ)めたという故事から。
轍乱旗靡(てつらんきび)「荘公一〇年」
戦いに負けて慌てて逃げる様子。 「轍乱」は車輪の跡が乱れること。 「旗靡」は旗が横たわること。 戦争で使う兵車の車輪の跡が乱れていて、軍旗が倒れているという意味から。
天威咫尺(てんいしせき)「僖公九年」
天子の側近のこと。または、天子の威光に近づきすぎて怖れ多いこと。 「天威」は自然と恐れ従わせる天子の威厳。 「咫尺」の「咫」は長さの八寸、「尺」は十寸ということから、「咫尺」は非常に近いという意味。 天子の威光が非常に近くにあるという意味から。
桃弧棘矢(とうこきょくし)「昭公四年」
災いをはらうこと。 「桃弧」は桃の木でできた弓。 「棘矢」は茨の木でできた矢。 どちらも魔よけの際に使う道具ということから。
董狐之筆(とうこのふで)「宣公二年」
圧力に負けずに、事実を曲げずに正しく歴史を書き記すこと。 「董狐」は晋の歴史記録官をしていた人の名前。 国王の霊公が殺害されたときに、宰相の趙盾の所業だと記載したが、実際には弟の趙穿が殺害したために趙盾は訂正を求めたが、弟を見逃した罪の重さを訴えて変えることがなかったという故事から。
同始異終(どうしいしゅう)「昭公七年」
原因が同じでも、状況が違えば結果も変わるということ。 「同始」は始まりが同じであること。 「異終」は終わりが違うこと。 「始めを同じくするも終わりを異にす」とも読む。
内平外成(ないへいがいせい)「文公一八年」
国の内側がよく治まっており、外交も特に問題がなく、とても平和な状態のこと。 「地平天成」と同じく元号「平成」の由来とされる語。 「内(うち)平(たいら)かに外(そと)成る」とも読む。
内憂外患(ないゆうがいかん)「成公一六年」
国の内側にも外側にも問題や心配事がたくさんあること。 「内憂」は内側に問題があることで国内の問題のこと。 「外患」は外側に問題があることで外国から受ける災難や問題のこと。 国だけではなく、組織や個人などの表現にも使われる言葉。
肉袒牽羊(にくたんけんよう)「宣公一二年」
降伏してその相手に臣下にしてほしいと請い願うこと。 「肉袒」は上半身を脱ぎ裸になることで、どんな罰でも受けるという降伏の意思を表すこと。 「牽羊」は羊をひくという意味で、料理人になり仕えたいという意思を表すこと。
八索九丘(はっさくきゅうきゅう)「昭公一二年」
古い書物の名前。 「八索」は八卦のことが書かれているとされる書物。 「九丘」は地理のことが書かれているとされる書物。 古代中国の書物で、どちらも現存していない。
班荊道故(はんけいどうこ)「襄公二六年」
しばらく会っていない、昔の友人とたまたま出会って語り合うこと。 「班荊」は草を敷くこと。 「道故」は話をすること。 中国の春秋時代、伍挙が楚から亡命して晋に行く途中に、古い友人の公孫帰生とたまたま出会って語り合ったという故事から。 「荊(けい)を班(し)きて故(こと)を道(い)う」とも読む。
反首抜舎(はんしゅばっしゃ)「僖公一五年」
粗末な姿で野宿すること。 または、悲壮な思いで辛い生活をおくること。 「反首」は髪の毛を束ねずに、振り乱して垂らした姿。 「抜舎」は野宿すること。
抜本塞源(ばっぽんそくげん)「昭公九年」
災いの原因になるものを完全に取り除くこと。 「抜本」は木の根を引き抜くこと。 「塞源」は水源を塞ぐこと。 中国の春秋時代、晋が周を攻めようとしたときに、周の景王は晋の平公に使いを出し、周を攻めることは、同族の本家である周をないがしろにして、木の根を抜き、水源を塞ぐようなものだと言ったという故事から。 「本(もと)を抜き源(みなもと)を塞(ふさ)ぐ」とも読む。
篳路藍縷(ひつろらんる)「宣公一二年」
とても苦労しながら仕事に励むこと。または、身分が低く貧しい者が様々な苦労をして難しい物事を成し遂げて、事業を始めることのたとえ。または、無駄遣いをしないように、常に気に留めて生活することのたとえ。 「篳路」は植物の柴を編んで作った、作りの粗い車。 「藍縷」は破れるほど使い古した衣服。
百年河清(ひゃくねんかせい)「襄公八年」
期待できないことをいつまでも待ち続けること。 または、いつまで待っても望みは叶わないということ。 「百年」は長い年月ということ。 「河」は中国の黄河のこと。 黄河の水はいつまで待っても、澄んだ水になることはないという意味から。 「百年河清を待つ」を略した言葉。
尾大不掉(びだいふとう)「昭公一一年」
臣下の力が大きくなりすぎると、君主が統制することができなくなるということ。 「尾大」は尾の大きさが大きいこと。 「掉」は振り動かすこと。尾が大きすぎると自力で尾を動かすことができないという意味から。
病入膏肓(びょうにゅうこうこう)「成公一〇年」
趣味などに夢中になって、やめられなくなること。 または、悪い癖が出て手がつけられなくなること。 元は病気の症状が悪化して、治る見込みがなくなるという意味から。 「膏肓」は治療のための鍼や薬が届かない、体の奥深い部分のこと。 「病膏肓に入る」という形で使うことが多い言葉。
婦怨無終(ふえんむしゅう)「僖公二四年」
男性からの愛を失った女性は、その怨みをいつまでも忘れることはないということ。 「婦(ふ)の怨(うら)みは終わり無し」とも読む。
腹心之疾(ふくしんのしつ)「哀公一一年」
命を落とす可能性の高い、非常に危険な病気。 または、どうすることも出来ない災害や、大きな障害、手ごわい相手のこと。 「腹心」は内臓と心臓のこと。 人にとって重要な部分の病気という意味から。
封豕長蛇(ほうしちょうだ)「定公四年」
非常に欲深く、残酷なもののたとえ。 「封」は大きいという意味で、「封豕」は大きな豚やいのしし。「長蛇」は長い大蛇。 いのししは何でも食べるということから、欲深いことのたとえ。 へびは大きなものでもそのまま飲み込むということから、残酷なことのたとえ。 中国の春秋時代、楚の国の申包胥が言ったとされる言葉から。 「封豕長蛇を為す」を略した言葉。
包蔵禍心(ほうぞうかしん)「昭公元年」
誰にも気付かれないように悪事を企むこと。 「包蔵」は包み隠すこと。 「禍心」は悪い行いをしようと計画すること。 「禍心(かしん)を包蔵(ほうぞう)す」とも読む。 「苞蔵禍心」とも書く。
蜂目豺声(ほうもくさいせい)「文公元年」
冷酷で残忍な性質の人のこと。 「豺」は気性の荒い、狼に似た山犬のこと。 蜂のように細い目と山犬のような気味の悪い声という意味から。
亡脣寒歯(ぼうしんかんし)「僖公五年」「哀公八年」
互いに深い関係で繋がっていて、一方が滅びるともう一方も危険な状態になること。 「脣」は唇のこと。 唇と歯は互いに助け合う関係であり、唇が無くなると歯は寒くなるということから。 古代中国の虞の宮之奇が、虞と虢の国の関係をたとえていった故事から。
問鼎軽重(もんていけいちょう)「宣公三年」
人の権力や地位を軽くみて、取って代わろうとすることのたとえ。 または、人の権力や能力を疑って軽くみること。 「鼎」は古代中国で、ものを煮るのに用いた青銅器。ここでは帝位の象徴とされた宝器。 古代中国の楚の荘王が、周の帝位の象徴である鼎の大きさや重さを尋ねた。 鼎は象徴であり、大小や軽重を問うべきではないにもかかわらず、それを問うたのは周の王室の権威をないがしろにし、暗に王権を狙ったものであったという故事から。 一般的に「鼎の軽重を問う」という形で使うことが多い言葉。
有備無患(ゆうびむかん)「襄公一一年」
日頃から十分に準備をしておけば、何が起こっても困らないという意味。 「備え有れば患(うれ)い無し」の形で使うことが多い言葉。
戮力同心(りくりょくどうしん)「成公一三年」
心を合わせて協力すること。 「戮力」は力を合わせること。 「同心」は心を合わせること。 「力を戮(あわ)せて心を同じくす」とも読む。 「同心戮力」ともいう。
良禽択木(りょうきんたくぼく)「哀公一一年」
賢者は君主をしっかりと選んで仕えるということ。 「良禽」は賢い鳥のこと。 賢い鳥は、敵に襲われにくく、食べ物を手に入れやすい場所の木を選んで巣を作るという意味から。 「良禽(りょうきん)は木(き)を択(えら)ぶ」とも読む。
狼子野心(ろうしやしん)「宣公四年」
凶暴な人のたとえ。 または、凶暴な人は教化するのは非常に困難ということのたとえ。 「狼子」は狼(おおかみ)の子、「野心」は野生の心という意味で、狼の子は人に飼われても、生まれついての野生の凶暴さを失わないという意味。
