『孟子』を出典とする四字熟語 — 121 件
『孟子』(もうし)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全121件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
悪酔強酒(あくすいきょうしゅ)「離婁・上」
望んでいることと、実際に行うことが食い違っていること。 または、悪い行いだとわかっていながらも、その行いをすること。 「悪酔」は酒に酔うことを嫌がること。 「強酒」は無理をして酒を飲むこと。 酔っ払うのを嫌がりながらも、無理をして酒を飲むということから。 「酔いを悪(にく)みて酒を強(し)う」とも読む。
安宅正路(あんたくせいろ)「離婁・上」
仁と義のたとえ。 「安宅」は住み心地の良い家のことで、安らかな身の置き場の意から、仁のたとえ。 「正路」は人の歩むべき正しい道という意から、義のたとえ。
一暴十寒(いちばくじっかん)「告子・上」
努力というものは、続けられずに怠ってしまいがちであるということ。また、短期間努力してもその後に長期間怠れば努力が無駄になってしまうということ。 「暴」は日にさらすこと。 「寒」は冷やすこと。 日にさらして暖めようとして、一日は暖めたがその後の十日間は日陰においたままにして冷やしてしまうという意味。 「十寒一暴」ともいう。
一毛不抜(いちもうふばつ)「尽心・上」
極めてけちなこと。 または、利己的な人、けちな人。 「一毛」は一本の毛のこと。 自分のものは一本の毛すら惜しんで抜かないということから。 「一毛も抜かず」とも読む。
一遊一予(いちゆういちよ)「梁恵王・下」
遊び楽しむこと。 「一」は"あるときは"の意味。 「遊」と「予」はともに遊び楽しむという意味。 王が楽しみを兼ねて民の生活を視察していたということから。
一治一乱(いっちいちらん)「滕文公・下」
世の中が治まったり乱れたりと繰り返し変化する様子。 「一」は「あるときは~、あるときは~」という意味で、「一治一乱」の場合、あるときは平和に治まったり、あるときは戦乱によって乱れるという意味になる。
一朝之患(いっちょうのうれい)「離婁・下」
少しの間、心配すること。 または、急に心配になること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。または、ある朝ということから、突然という意味。
位卑言高(いひげんこう)「万章・下」
低い地位の人が、身分に合わない偉そうなことを言うこと。 「位(くらい)卑(ひ)くして言(げん)高(たか)し」とも読む。
以力仮仁(いりょくかじん)「公孫丑・上」
人徳による政治に見せかけているが、裏で武力による権力の拡大を行うこと。 「力(ちから)を以(もっ)て仁(じん)を仮(か)る」とも読む。
以力服人(いりょくふくじん)「公孫丑・上」
力で他人を従わせること。 「力を以て人を服す」とも読む。
飲食之人(いんしょくのひと)「告子・上」
飲んだり食べたりすることだけを楽しみにしている人のこと。 本能にだけ従って生きている人のことをいう。
引而不発(いんじふはつ)「尽心・上」
人に教える時に、基本的な方法だけを教えて、その人が自ら理解するまで待つ方法。 弓の射方を教える時に、弓の引き絞る方法だけを教えて矢を放たないということから。 「引(ひ)きて発(はっ)せず」とも、「引(ひ)きて発(はな)たず」とも読む。
烏獲之力(うかくのちから)「告子・下」
非常に力が強いことのたとえ。 「烏獲」は人の名前。 中国の戦国時代の秦の武王に仕えていた烏獲は、重さ約八千キログラムのものを持ち上げる力持ちで、その力を使って武王に仕えて出世したという故事から。
雲霓之望(うんげいののぞみ)「梁恵王・下」
痛切な願いのたとえで、主にすぐれた君主が現れることを願うことをいう。 「雲霓」は雲と虹のこと。または、雨のこと。 日照りが続いて雨が降って虹が出ることを望むということから。
易地皆然(えきちかいぜん)「離婁・下」
人は地位や立場などが異なるので考えや行動に違いがあるが、立場をかえてみれば皆同じことを考えたり行ったりする。 考えや行動は地位や立場によって左右されるものであるということ。 「地(ち)を易(か)うれば皆(みな)然(しか)り」とも読む。
怨女曠夫(えんじょこうふ)「梁恵王・下」
結婚するのにふさわしい年齢や能力はあるが、結婚していない人のこと。 または、死別や離別をして伴侶のいない人のこと。 「怨女」は夫のいない女性。 「曠夫」は妻のいない男性。
縁木求魚(えんぼくきゅうぎょ)「梁恵王・上」
方法が間違っているため、どれだけ苦労しても目的を果たせないことのたとえ。実現が無理なことのたとえ。 木に登って魚を捕ろうとすることから。 「木(き)に縁(よ)りて魚(うお)を求む」とも読む。 「求魚縁木」ともいう。
往者不追(おうじゃふつい)「尽心・下」
去って行く人を引き止めず、自由に行かせること。 「往(ゆ)く者は追わず」とも読む。 この言葉の後ろに「来る者拒まず」と続く。
枉尺直尋(おうせきちょくじん)「滕文公・下」
大きな利益を得るためには、多少の犠牲は仕方ないということのたとえ。 または、小さな犠牲で大きな利益を得ることのたとえ。 「枉」は曲げること。 「尺」と「尋」はどちらも長さの単位で、八尺=一尋。 一尺分を折り曲げることで、八尺(一尋)を真っ直ぐにできればよいという意味から。
下喬入幽(かきょうにゅうゆう)「滕文公・上」
よい環境から悪い環境へ移ること。 「喬」は高さの高い木。 「幽」は人里から離れた、静かな谷。 明るく高い木の上から、薄暗く静かな谷の底に移り住むということから。 孟子が陳良のことをそしったという故事。 「喬を下り幽に入る」とも読む。
禍福由己(かふくゆうき)「公孫丑・上」
不幸と幸福は自分の行いによってもたらされるということ。 「禍」は災難、不幸。 「福」は幸い、幸福。 「禍福(かふく)、己(おのれ)由(よ)りす」とも読む。
寡不敵衆(かふてきしゅう)「梁恵王」
少ない人数では、大勢と争っても勝ち目がないということ。 「寡」は少ない人数。 「衆」は多い人数。 「寡(か)、衆(しゅう)に敵(てき)せず」とも読む。
鰥寡孤独(かんかこどく)「梁恵王・下」
親族が誰もいなくさびしいこと。 「鰥」は年をとって妻がいなくなった夫。 「寡」は年をとって夫がいなくなった妻。 「孤」は親がいない子ども。 「独」は子どもがいない老人。 全て身寄りのないさびしい人を言い表す言葉。 「矜寡孤独」とも書く。
頑廉懦立(がんれんだりつ)「万章・下」
立派な人物からよい影響を受けて、悪い人もよくなっていくということ。 「頑」は強欲なこと。 「廉」は心に汚れが無く清らかなこと。 「懦」は物事を遣り通す気構えがないこと。 「立」は目標を持つこと。 立派な人物からよい影響を受けて、欲深い人も清く正しい心になり、意気地のない人も奮起して目標を持つということから。 「伯夷の風(ふう)を聞く者は、頑夫も廉に、懦夫(だふ)も志を立つる有り」から。 伯夷は、周の時代の隠者で、清い心を持った立派な人物とされる。
規矩準縄(きくじゅんじょう)「離婁・上」
物事や行動をおこすときに基準や標準になるもののこと。 「規」は円を描くときに使うコンパス。 「矩」は長さを測るための指矩(さしがね)のこと。 「準」は水平を測るための水準器。 「縄」は直線を引くための墨縄(すみなわ)のこと。
棄甲曳兵(きこうえいへい)「梁恵王・上」
戦いに負け、戦意を失って逃げること。 「棄甲」は鎧を脱ぎ捨てる、「曳兵」は武器を引きずって歩くことから、敗走するという意味。
求全之毀(きゅうぜんのそしり)「離婁・上」
手落ちがないように準備をして、正しい行いをしても人に非難されることもあるということ。 「求全」は万全を求めること。 「毀」は悪口を言うこと。 「全(ぜん)を求むるの毀(そし)り」とも読む。
挟山超海(きょうざんちょうかい)「梁恵王・上」
できないこと。不可能なことのたとえ。 山を脇に挟んで抱えて、海を飛び越えるという意味から。 孟子がやらないことと、できないことの違いを説いた故事から。 「山を挟(わきばさ)みて海を超(こ)ゆ」とも読む。
喬木故家(きょうぼくこか)「梁恵王・下」
昔から代々続いている家には、そのことを示すように大きな樹木があるということ。 「喬木」は高く大きな木。 「故家」は昔から代々続いている家、旧家。 孟子が斉の宣王に、長く続いている国は大木ではなく、代々仕える家臣がいるものであると言ったという故事から。
金声玉振(きんせいぎょくしん)「万章・下」
備わっている才知と、人徳の釣り合いが取れていることのたとえ。 または、そのような人のこと。 「金声」は鐘を鳴らすこと。 「玉」は磬という打楽器のこと。 「振」は収めること。 古代中国の音楽は、まず始めに鐘の音から始まって、琴や笛の音が続き、最後は磬で締めくくるというもので、最初から最後までよく整っているもののたとえとして使われる。 孟子が孔子を賛美したとされる言葉。
仰事俯畜(ぎょうじふちく)「梁恵王・上」
家族を養って、家計を成立させること。 「仰事」は両親に仕えること。 「俯畜」は妻と子を養うこと。 「仰いで事(つか)え俯(ふ)して畜(やしな)う」とも読む。
仰天不愧(ぎょうてんふき)「尽心・上」
天に恥じるようなやましいことが何もないということ。 「天(てん)を仰(あお)ぎて愧(は)じず」とも読む。
魚塩之中(ぎょえんのうち)「告子・下」
海でとれる海草や魚介、塩などを扱う商売の仲間のこと。 または、そのようなものを売っている場所のこと。
君子三楽(くんしのさんらく)「尽心・上」
父母と兄弟が元気で健在なこと、正しい行動をして、正しい心を持って天に恥じない生活をすること、すぐれた才能を持つ人を見つけ出し教育するという人格者の三つの楽しみのこと。 「君子」は人格者。
君臣有義(くんしんゆうぎ)「滕文公・上」
主君と家臣の間柄を支えるのは、道理にかなった筋目だということ。 「義」は人として行うべき正しい筋道。 儒教が守るべきとした五つの人の道(五倫)の一つで、『孟子』は父子・夫婦・長幼・朋友のあり方と並べてこれを挙げた。 「君臣(くんしん)義(ぎ)有り」とも読む。
厥角稽首(けっかくけいしゅ)「尽心・下」
最も礼儀正しく、心のこもった敬礼をすること。 「厥角」と「稽首」はどちらも地面に頭を着けてする礼のこと。
堅甲利兵(けんこうりへい)「梁恵王・上」
強大な戦力を持つ軍隊のこと。 「堅甲」は丈夫な鎧、「利兵」は鋭い武器。
激而行之(げきじこうし)「告子・上」
善の本質を持つ人でも、欲望が激しくなると悪事を行ってしまうということ。 水の流れをせき止めて逆行させることから。 「激(げき)して之(これ)を行(や)る」とも読む。
言近旨遠(げんきんしえん)「尽心・下」
日常的な言葉でも、深い意味が含まれているということ。 「言近」は日常使われるような、身近で分かりやすい言葉。 「旨遠」は含まれている意味が深いこと。 「言(げん)近くして旨(むね)遠し」とも読む。
恒産恒心(こうさんこうしん)「梁恵王・上」
ある程度の財産と安定した職業のない人物は、道徳心や良心を無くさないようにすることは出来ないという意味。 「恒」は安定していること。 「産」は財産や職業のこと。 「心」は良心や道徳心。 「恒産無ければ恒心無し」を略した言葉。
浩然之気(こうぜんのき)「公孫丑・上」
ゆったりとした壮大な気持ち。 天地に恥じることのない道義にかなった行動をすることで、心に自然と生まれてくる強い精神のこと。 「浩然」は広くて大きいこと。
荒亡之行(こうぼうのおこない)「梁恵王・下」
自分の楽しみだけに夢中になり、他を顧みない荒れた行い。 「荒亡」は狩猟や酒、女遊びに夢中になり、目的を見失うこと。または、為政者が人々に無駄な負担を強制して、本人は遊び呆けること。
斎戒沐浴(さいかいもくよく)「離婁・下」
神仏へのお祈りや神聖な儀式の前に飲食や行動を慎み、水で髪や体を洗い心身を清めること。 「斎戒」は飲食を断つなどの戒を守り、心を清めること。 「沐浴」は水で髪や体などを洗って身を清めること。 「沐浴斎戒」ともいう。
妻子離散(さいしりさん)「梁恵王・上」
家族が離れ離れになること。 妻と子が離散するという意味から。 「妻離子散」ともいう。
採薪之憂(さいしんのうれい)「公孫丑・下」
病気を患っていることを相手にへりくだっていう言葉。 病気で、薪(たきぎ)を採りにいくことすらできないという意味から。
左右他言(さゆうたげん)「梁恵王・下」
自分に都合の悪いことの話題をそらしてごまかすこと。 「他言」は話題をそらすこと。 話題の答えに困ったり、答える必要がないと思う時の態度のこと。 中国の戦国時代、孟子が斉の国の王にしっかりと国を治めていないことへの責任を指摘され、側近に話を逸らさせたという故事から。
在邇求遠(ざいじきゅうえん)「離婁・上」
人としての正しい道は身近なところに求めるべきなのに、人は遠いところにあるものを求めようとするということ。 親や年長者など相応に敬うなど身近なことから始めれば、結局天下はうまく治まるという孟子の言葉から。
讒諂面諛(ざんてんめんゆ)「告子・下」
他人の悪口を言って、相手に媚を売ること。 「讒諂」は他人の悪口を言って、相手に気に入られようと媚を売ること。 「面諛」は相手の目の前で直接こびへつらうこと。
豕交獣畜(しこうじゅうちく)「尽心・上」
獣のように人を扱うこと。 「豕交」は豚と接するように交際すること。 「獣畜」は獣のように扱い養うこと。 人を人として見ずに、獣と同じように扱うことをいう言葉。
師曠之聡(しこうのそう)「離婁・上」
非常に鋭く敏い耳のたとえ。 「師曠」は中国の晋の盲目の楽師で政治顧問をしていた人の名前。 師曠は音を聞き分けて吉凶を知ることが出来たという故事から。
梓匠輪輿(ししょうりんよ)「滕文公・下」
「梓」は家具職人、「匠」は大工、「輪」は車輪を作る職人、「輿」は車台を作る職人のことで、これらの総称。
至大至剛(しだいしごう)「公孫丑・上」
とても大きくて、とても強いこと。 どんなものよりも大きく、どんな力にも屈したりすることのない強さのこと。 「至」はこの上なくという意味で、「至大」はこの上なく大きい、「至剛」はこの上なく強いという意味。
失道寡助(しつどうかじょ)「公孫丑・下」
道理にかなった正しい行いをしなければ、誰からの助けも受けることはないということ。 「道」は仁と義の道のこと。 「道を失えば助け寡(すく)なし」とも読む。
舎己従人(しゃきじゅうじん)「公孫丑・上」
自分の考えを捨てて、多くの人たちと同じ意見に従うこと。 「己(おのれ)を舎(す)てて人(ひと)に従(したが)う」とも読む。
舎生取義(しゃせいしゅぎ)「告子・上」
命は惜しいがそれよりももっと義を渇望するという孟子の言葉から、命を犠牲にしても正義を守ること。
秋毫之末(しゅうごうのすえ)「梁恵王・上」
非常に小さく細かいもの。 または、わずかなもののこと。 「秋毫」は秋に動物の夏毛が抜け、変わって生えてくる細い冬毛のことで、非常に小さく細かいことや、わずかなもののたとえ。 「末」は一番端の部分のこと。 細い冬毛の先という意味から。
出類抜萃(しゅつるいばっすい)「公孫丑・上」
同じ仲間の中のすぐれたものの中でも、さらに一際すぐれていること。 「出類」は同じ種類の中で、すぐれている人を選ぶこと。 「抜萃」はすぐれたものの中から、一際すぐれているものを選ぶということ。 「類より出(い)でて萃(すい)に抜く」とも読む。
食色性也(しょくしょくせいや)「告子・上」
食欲と性欲は、人が生まれつき持つ基本的な欲求であり、これを取り除くことはできないということ。 「食(しょく)と色(しょく)は性(せい)なり」とも読む。
食前方丈(しょくぜんほうじょう)「尽心・下」
極めて贅沢で豪華な食事のこと。 「食前」は食事の時に座る席の前。 「方丈」は一丈四方。 自分の席の前の一丈四方に、ごちそうが一杯に並べられるという意味から。
心悦誠服(しんえつせいふく)「公孫丑・上」
相手の誠意から喜んで従うこと。 「心悦」は相手の行動や言葉に本心から喜ぶこと。 「誠服」は本心から尊敬して従うこと。
深造自得(しんぞうじとく)「離婁・下」
自身の力だけで学問を奥深くまで習得していること。 「深造」は学問の奥深い境地に至ること。 「自得」は独力で道を習得すること。
時雨之化(じうのか)「尽心・上」
適度な雨は草木の育成をよくすることから、君主の善政や聖人の教化が、人々を感化すること。 「時雨」は適切な時に適度に降る雨のこと。
辞譲之心(じじょうのこころ)「公孫丑・上」
自分の立場や境遇から退いて、それを他者に譲ろうとする心。 儒教の「礼」の糸口とされる言葉。
事大主義(じだいしゅぎ)「梁恵王・下」
自分の考えを持たず、自分の保身のために強いものを迎合する考えや態度のこと。
事半功倍(じはんこうばい)「公孫丑・上」
少しの努力で大きなよい結果を出すこと。 他の人の半分の量の努力で、他の人の倍以上の成果を上げるという意味から。 「事(こと)半(なか)ばにして功(こう)倍(ばい)す」とも読む。
自暴自棄(じぼうじき)「離婁・上」
やけになって、もうどうなってもいいと将来の希望を捨てたり、投げやりな行動をすること。 「自暴」はやけくそで自分を損なうこと。 「自棄」は自分を見捨てること。
耳目之欲(じもくのよく)「離婁・下」
実際に聞いたり見たりすることで生まれる欲望のこと。 または、聞いたり見たりしたいと思う欲望のこと。
獣蹄鳥跡(じゅうていちょうせき)「滕文公・上」
世の中が酷く乱れていること。 「獣蹄」は獣の足跡。 獣や鳥の足跡が町中に溢れるという意味から。
助長抜苗(じょちょうばつびょう)「公孫丑・上」
手助けをしようとした結果、かえって害を与えてしまうというたとえ。 古代中国で、農夫が苗を早く成長させようと引っ張ったところ、苗が抜けて枯れてしまったという故事から。 「長(ちょう)ずるを助けんとして苗(なえ)を抜く」とも読む。
仁者無敵(じんしゃむてき)「梁恵王・下」
人徳が備わった人には、敵になる人がいないということ。 「仁者」は仁徳が備わっている人、仁徳者。 仁徳者が君主になれば、全ての人民を平等に愛するので、敵になる人がいなくなるという意味から。 「仁者は敵無し」とも読む。
斉東野語(せいとうやご)「万章・上」
根拠がなく信じるに値しない言葉や、下品で愚かな言葉。 「斉東」は中国の戦国時代の斉の国の東部。 「野語」は下品で田舎びている言葉。 斉の国の東部に住んでいる田舎者の言葉という意味から。 「斉東野人の語」を略した言葉。
斉東野人(せいとうやじん)「万章・上」
下品な田舎者。 田舎で生まれ育った愚かな人のたとえ。 「斉東」は中国の戦国時代の斉の国の東部。 「野人」は田舎で生まれ育った、品のない人。
声聞過情(せいぶんかじょう)「離婁・下」
実際の能力よりも評判が高いこと。 「声聞」はよい評判のこと。 「声聞情に過ぐ」とも読み、この形で使うことが多い言葉。
性猶杞柳(せいゆうきりゅう)「告子・上」
人の本性は、しなやかに曲がるコリヤナギのように、善にも悪にも傾きうるということ。 「杞柳」は、コリヤナギ。ヤナギ科の落葉低木。
性猶湍水(せいゆうたんすい)「告子・上」
人の本性は流れる水のようなもので、外からの働きかけ次第で善にも悪にも向かうということ。 東に堤を切れば東へ、西に堤を切れば西へと流れる水のように、環境や教育により性質は変わるとする考え。
先義後利(せんぎこうり)「梁恵王・上」
人が守るべき道徳を一番に考えて、利益を二の次に考えること。 「義」は人としての道徳、仁義。 「利」は利益。 人の上に立つ人の心構えをいう言葉。 「義を先(さき)にして利を後(あと)にす」とも読む。
先知先覚(せんちせんがく)「万章・上」
普通の人よりも早く道理を理解すること。 または、すぐれた学識と人格をもっている人のこと。
是非之心(ぜひのこころ)「公孫丑・上」
物事の善と悪をしっかりと判別できる能力のこと。 「是非」は正しいことと、間違っていること。
創業垂統(そうぎょうすいとう)「梁恵王・下」
事業を新しく興し、その事業を後代まで長く伝えていくこと。 「創業」は事業の基盤を築き始めること。 「垂統」は事業や伝統を後世に伝え継ぐこと。 「業(ぎょう)を創(はじ)め統(とう)を垂(た)る」とも読む。
草莽之臣(そうもうのしん)「万章・下」
官職につかずに民間の職についている人のこと。 または、臣下が自分自身のことを謙って言い表す言葉。 「草莽」は草むらや田舎という意味から、官職につかずに民間で働いている人のことのたとえ。
惻隠之心(そくいんのこころ)「公孫丑・上」
他人を思いやったり、同情する心のこと。 「惻隠」は人をいたわったり、思いやること。 孟子の性善説の四端説の一つで、「惻隠の心は仁の端なり」を略した言葉。
大旱雲霓(たいかんうんげい)「梁恵王・下」
極めて強く待ち望むこと。 または、苦しいときの助けを強く待ち望むこと。 「大旱」は快晴が続いて、長い期間雨が降らないこと。 「雲霓」は雨雲と虹のこと。 「大旱の雲霓を望む」を略した言葉で、日照りが続いて水不足になったときに、雨が降って虹が出るのを待ち望むということから。
箪食壺漿(たんしこしょう)「梁恵王・下」
自分たちを救ってくれた軍隊を民衆が感謝してもてなすこと。 「箪」は竹やひのきなどの薄い木の板で作られた、食べ物をいれるための容器。 「漿」は酒以外の飲み物や汁物のこと。 古代中国の燕の国は斉の国に敗れたが、悪政に苦しんでいた燕の国の民は、斉の軍隊に感謝しもてなしたという故事から。
袒裼裸裎(たんせきらてい)「公孫丑・上」
この上なく無礼であること。 「袒裼」は袖から肘を引いて外に出すということから、上半身の衣服を脱ぐこと。 「裸裎」は全ての衣服を脱いで裸になること。
朝衣朝冠(ちょういちょうかん)「公孫丑・上」
朝廷で働くときに着る正式な服装のこと。礼服。 君主や臣下が身に着ける正式な服と冠ということから。
通功易事(つうこうえきじ)「滕文公・下」
仕事を分担して、各人が作ったものを交換して生産性をあげること。 「通」と「易」は交換するという意味。 「功」と「事」は品物や製品のこと。
倒懸之急(とうけんのきゅう)「公孫丑・上」
状態が非常に切迫していること。 「倒懸」は逆さまに吊るすという意味で、逆さ吊りになって苦しい状態にたとえたもの。
当路之人(とうろのひと)「公孫丑・上」
重要な職務についていて、権力のある人のこと。 「当路」は交通の重要な場所にいるという意味から、重要な地位について権力を持っていること。
道揆法守(どうきほうしゅ)「離婁・上」
道理を基準に物事をはかり、自ら法を守ること。 「道揆」は道理に基づいて物事をはかることで、政治を行う上位の者への教訓。 「法守」は法を守ることで臣下など下位の者への教訓。
読書尚友(どくしょしょうゆう)「万章・下」
読書をすることで、昔の賢者を友とすること。 書物を読むことで、その人物の人格や、その時代を明らかにすることをいう。
南蛮鴃舌(なんばんげきぜつ)「滕文公・上」
うるさいだけで理解できない言葉という意味。 話している内容がわからない外国語を蔑んでいう言葉。 「南蛮」は南方の異民族の蔑称。 「鴃舌」は百舌(もず)のさえずりのこと。 南方の異民族がよくわからない言葉で話している様子を、百舌の騒がしい鳴き声にたとえたもの。
杯水車薪(はいすいしゃしん)「告子・上」
少なすぎて役に立たないこと。 「杯水」は杯に一杯分の水、「車薪」は車一台分の薪のことで、杯に一杯分という少量の水で、燃えている車一台分の薪の火を消そうとするという意味から。
伯夷之清(はくいのせい)「万章・下」
清らかで気高い人のたとえ。 「伯夷」は人の名前。 古代中国の殷の人物で、君主と臣下が義を大切にし、王朝が交代するときには節操を守り、新しい王朝に仕えなかったことから、清廉の極みとされている。
墦間酒肉(はんかんしゅにく)「離婁・下」
下品なやり方で、富や利益を得ようとすることのたとえ。 「墦間」は墓の間。 墓の祭りで供えられた酒や肉を請い求めて食べることから。 ある男が帰宅するたびに妻に「貴人とごちそうを食べてきた」と言っていた。 そのことを不思議に思った妻が調べてみると、夫はあちこちで供えられたものをねだって食べていた。 男の妻はそれを見て幻滅したという故事から。
万乗之君(ばんじょうのきみ)「公孫丑・上」
大国の君主のこと。 「乗」は兵車を数える単位のこと。 一万台の兵車を出すことができる国の君主という意味から。
必求壟断(ひっきゅうろうだん)「公孫丑・下」
利益を自分だけのものにすること。 「壟断」は切り立った丘のこと。 とある商人が丘の上から市場全体を見渡すことができる見晴らしがよい場所を見つけて、利益を独り占めしたという故事から。
匹夫之勇(ひっぷのゆう)「梁恵王・下」
思慮の足りない人が一時の感情に任せただけの勇気のこと。 「匹夫」は身分の低い人や普通の人という意味から、軽率な人のたとえ。
人之安宅(ひとのあんたく)「公孫丑・上」
その人に備わっている徳のたとえ。 「安宅」は人が落ち着いて住める場所のこと。 徳を備えた人は誰かに襲われることがないので、徳は人を安全に住まわせる場所ということから。
被髪纓冠(ひはつえいかん)「離婁・下」
尋常でなく急ぎ慌てること。 「被髪」は束ねずに乱れた髪の毛。 「纓冠」は冠の紐を結ぶこと。 乱れた髪を整えずに、そのまま冠の紐を結ぶという意味から。
百世之師(ひゃくせいのし)「尽心・下」
後世までずっと師として尊敬され続ける人のこと。 「百世」は世代が百代もの長い期間という意味から、非常に長い年月、後世まで長く続くという意味。
富貴利達(ふうきりたつ)「離婁・下」
多くの財産を得て、高い地位や官職に就くこと。 「富貴」は多くの財産と高い地位。 「利達」は利益を得て、高い地位や官職に就くこと。
夫婦有別(ふうふゆうべつ)「滕文公・上」
夫と妻とでは受け持つ役目が異なり、たがいにその区別をわきまえるべきだということ。 「別」はここでは、務めのうえでの区別。 儒教が守るべきとした五つの人の道(五倫)の一つで、『孟子』は父子・君臣・長幼・朋友のあり方と並べてこれを挙げた。 「夫婦(ふうふ)別(べつ)有り」とも読む。
不虞之誉(ふぐのほまれ)「離婁・上」
偶然手に入れた名誉のこと。 「不虞」は予想外、思ってもいないこと。 手に入れた名誉を謙遜していう言葉。
父子有親(ふしゆうしん)「滕文公・上」
親と子の間柄を支えるのは、たがいをいつくしむ情だということ。 「親」はここでは、身近な者どうしの深い情愛。 儒教が守るべきとした五つの人の道(五倫)の一つで、『孟子』は君臣・夫婦・長幼・朋友のあり方と並べてこれを挙げた。 「父子(ふし)親(しん)有り」とも読む。
夫里之布(ふりのふ)「公孫丑・上」
夫布と里布という、古代中国の税のこと。 「夫布」は無職の人に課される税のこと。 「里布」は麻や桑を家の敷地内に植えない人に課される税のこと。 「布」は布銭、金銭のこと。
抱関撃柝(ほうかんげきたく)「万章・下」
地位の低い役人のたとえ。 「抱関」は門番、「撃柝」は夜警のことで、どちらも地位の低い仕事であることから。
飽食煖衣(ほうしょくだんい)「滕文公・上」
不自由のない生活のたとえ。または、贅沢な生活のたとえ。 飽きるくらいの十分な食料と暖かい衣服があって、生活に困らないという意味から。 「煖衣」は「暖衣」とも書く。 「煖衣飽食(暖衣飽食)」ともいう。
放辟邪侈(ほうへきじゃし)「梁恵王・上」
思うまま好き勝手に悪事を働くこと。 「放」は好き勝手に振る舞うこと。 「辟」はかたよること。 「邪」は道理にはずれた正しくないこと。 「侈」は相手を見下して高慢な態度をとること。
朋友有信(ほうゆうゆうしん)「滕文公・上」
友人どうしの間で最も大切なのは、たがいに信じあうことだということ。 「朋友」は友人。「有信」は信義があること。 儒教が守るべきとした五つの人の道(五倫)の一つで、『孟子』は父子・君臣・夫婦・長幼のあり方と並べてこれを挙げた。 「朋友(ほうゆう)信(しん)有り」とも読む。
暴君汚吏(ぼうくんおり)「滕文公・上」
人の道から外れた乱暴で残虐な君主と、悪事を働く役人。 「暴君」は暴虐な君主。 「汚吏」は悪事を働く役人。
墨子兼愛(ぼくしけんあい)「尽心・上」
中国の墨子が唱えた博愛主義のこと。 「墨子」は人の名前で、中国の思想家。 「兼愛」は博愛ということで、儒家の唱えた仁愛を差別愛として唱えた思想。
墨子薄葬(ぼくしはくそう)「滕文公・上」
儒家の盛大な葬式に対して、墨子が唱えた質素な葬式のこと。 「墨子」は人の名前で、中国の思想家。 節約を主張する立場から儒家に対して唱えたもの。
摩頂放踵(まちょうほうしょう)「尽心・上」
自身を顧みずに他人に尽くすこと。 「摩」は磨り減る、「頂」は頭頂部、「放」は至る、「踵」はかかとのこと。 頭の先から足の踵(かかと)まで磨り減らすほど、他人・周りのために努力するという意味から。
明察秋毫(めいさつしゅうごう)「梁恵王・上」
どんな小さなことも見逃さない非常に優れた洞察力のたとえ。 「秋毫」は秋に生え変わる獣の細い毛のことで、その細い毛さえも見分けることができるという意味から。
踰牆鑚隙(ゆしょうさんげき)「滕文公・下」
男性と女性が他人に見られないように会うことのたとえ。または、だらしない付き合いをすること。 「踰牆」は垣根を越えること。 「鑚隙」は細長い穴をあけること。 入り口から入らず、垣根を越えて密かに会ったり、壁に穴をあけて覗き合うという意味から。 不当なやり方をつかうことのたとえとしても使われる。 「牆(しょう)を踰(こ)え隙(げき)を鑚(うが)つ」とも読む。
養志之孝(ようしのこう)「離婁・上」
親の心や気持ちを汲み取って、体だけでなく心も満たす親孝行のこと。 「養志」は親の志を養うという意味。
養生喪死(ようせいそうし)「梁恵王・上」
生きているものをしっかりと養って、死んだものをしっかりと弔うこと。 民がこれを十分に果たせるようになることが、王道政治の第一歩とした孟子の思想。 「生を養い死を喪(そう)す」とも読む。
余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)「公孫丑・下」
ゆったりと落ち着いていて、慌てる様子がないこと。 「余裕」は精神的にゆとりがあって落ち着いていること。 「綽綽」は落ち着いていて、慌てることがないこと。
乱臣賊子(らんしんぞくし)「滕文公・下」
人の道を外れた悪事を働く人のこと。 君主を裏切り、国を乱す家臣と、親を悲しませたり大切にしない子どもということから。 「賊子」は親不孝な子ども。
流連荒亡(りゅうれんこうぼう)「梁恵王・下」
家にも帰らず、仕事もせずに酒を飲んだり遊びにふけって無駄に日々を過ごすこと。 「流連」は川遊びや山遊びに夢中になって帰るのを忘れること。 「荒亡」は狩りをしたり、酒を楽しんだりして仕事をしないこと。
良知良能(りょうちりょうのう)「尽心・上」
人が生まれた時から持っている正しい心の働きと能力のこと。 孟子の性善説に基づく考え方で、誰に教わるでもなく、子が親を尊敬して、親しみを持つような類いのことをいう。
