『淮南子』を出典とする四字熟語 — 61 件
『淮南子』(えなんじ)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全61件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
以身役物(いしんえきぶつ)「原道訓」
自分の体が物に酷使されること。 または、周囲のことに振り回されたり、そのために苦労すること。 「身(み)を以(もっ)て物(もの)に役(えき)せらる」とも読む。
以水滅火(いすいめっか)「兵略訓」
非常に簡単に物事ができること。 水をかけて火を消すという意味から。 「水(みず)を以(もっ)て火(ひ)を滅す」とも読む。
一葉知秋(いちようちしゅう)「説山訓」
わずかな前兆や現象から、物事の本質や変化、衰退などを察知すること。 「一葉」は一枚の葉のこと。 「知秋」は秋がきたことを知る意。 一枚の葉が落ちるのを見て、秋の訪れを察知するということから。
一里撓椎(いちりどうつい)「説山訓」
たくさんの人が同じことを言うと、あり得ないことも事実のようになってしまうということ。 「一里」は一つの村。 「撓椎」は椎を曲げること。 椎を曲げることが出来る力のある人がいると、村の人々全員が言えば、実際にいるかのようになってしまうという意味から。 「一里(いちり)なれば椎(つち)を撓(たわ)む」とも読む。
一饋十起(いっきじっき)「氾論訓」
意見を聞くために、熱心に客を迎えること。または、よい人材、賢者を熱心に探し求めること。 「饋」は食事のこと。 一度の食事の間に十回も席をたつことから。 「一饋に十起す」、または、「一饋に十たび起つ」と読む。
以湯沃雪(いとうようせつ)「兵略訓」
極めて簡単に物事ができること。 湯をかけて雪をとかすという意味から。 「湯(ゆ)を以(もっ)て雪(ゆき)に沃(そそ)ぐ」とも読む。
異路同帰(いろどうき)「本経訓」
やり方が違っていても結果は同じになるということのたとえ。 違う道を通っていても、同じ場所に到着するという意味から。 「路(みち)を異(こと)にして帰りを同じうす」とも読む。
陰徳陽報(いんとくようほう)「人間訓」
誰にも知られないように善い行いをすると、必ずよい報いがあるということ。 「陰徳」は人知れずに善い行いをすること。 「陽報」は一目でわかるよい報いのこと。 「陰徳あれば必ず陽報あり」とも読む。
英俊豪傑(えいしゅんごうけつ)「泰族訓」
多くの人の中で特に人並みはずれてすぐれている人のこと。 「英」は万人、「俊」は千人、「豪」は百人、「傑」は十人、それぞれにその中の一人の逸材という意味。
燕雁代飛(えんがんだいひ)
入れ違いになること。 または、互いに隔てられていることのたとえ。 燕が南から渡ってくる季節には、雁は北へ渡り、雁が北から渡ってくる季節には、燕は南に渡るために出会うことはないということから。 「燕雁(えんがん)代わって飛ぶ」とも読む。
燕雀相賀(えんじゃくそうが)「説林訓」
新しい家の完成を祝う言葉。 家の軒の下に巣を作る鳥の燕や雀も、家の完成を祝うという意味から。 「燕雀(えんじゃく)相(あい)賀(が)す」とも読む。
円頭方足(えんとうほうそく)「精神訓」
人間のこと。 「円頭」は丸い頭。 「方足」は四角い足。 古代中国では、頭は天を、足は大地をかたどっており、人と天地は似ている存在と考えられていたことから。 「円首方足」「円顱方趾(円顱方址)」「方趾円顱(方址円顱)」ともいう。
家給人足(かきゅうじんそく)「人間訓」
安定していて豊かな生活のこと。 「給」と「足」はどちらも満ち足りているという意味。 全ての家や人に衣食が行き渡っていて、全ての人が生活に不自由しないという意味から。 「家(いえ)ごとに給(きゅう)し人ごとに足る」とも読む。
鶴寿千歳(かくじゅせんざい)「説林訓」
長く生きること。 鶴は千年生きることができるといわれているということから。
禍中有福(かちゅうゆうふく)「説林訓」
不幸の中であっても必ず幸福はあるということ。または、不幸や幸福を予想することは難しいということ。 「禍」は災難、不幸。 「福」は幸い、幸福。 「禍中(かちゅう)、福有(あ)り」とも読む。
禍福同門(かふくどうもん)「人間訓」
不幸と幸福はどちらも人が原因となって生じるものであるということ。 「禍」は災難、不幸。 「福」は幸い、幸福。 「禍福(かふく)、門を同じうす」とも読む。 この言葉の後ろに「利と害とは隣(となり)を為(な)す」と続く。
楽羊啜子(がくようてっし)「人間訓」
楽羊が主君への忠義を貫いたという故事のこと。 または、逆に信用されなくなった故事のこと。 「啜」はすすって飲むこと。 中国の戦国時代の魏の将軍の楽羊は、息子を人質にとられた後に吸い物にされ、忠義を尽くすためにその吸い物を飲むと、敵は忠誠心に恐れをなして降伏した。 しかし、息子の吸い物を飲んだために味方から信用されなくなったという故事から。
含牙戴角(がんがたいかく)「修務訓」
獣のこと。 口に牙があって、頭に角がある生き物という意味から。 「牙を含み角を戴(いただ)く」とも読む。
機械之心(きかいのこころ)「原道訓」
「機械」は巧妙な仕組みの器具のことから、たくらみや偽り、たくらみ偽る心のこと。 または、策略をめぐらす考え。
鬼出電入(きしゅつでんにゅう)「原道訓」
目にも止まらない速さで現れたり、消えたりすること。または、奔放で出没を予想できないこと。 鬼神のように自在で、稲妻のように速く出没するという意味から。
窮兵黷武(きゅうへいとくぶ)「兵略訓」
無分別に武力を使って、必要以上に戦争を起こして徳を汚すこと。 「窮兵」は戦争ばかりすること。 「黷武」はみだりに武力を使うこと。 中国の殷の湯王は七十里四方の領地しかなかったが、徳を修めていたために王者となり、晋の智伯は千里四方の領地があったが、戦争ばかりしていたために滅んだという故事から。
挙白進之(きょはくしんし)「道応訓」
杯を上げて他人に酒をすすめること。または、酒を飲むこと。 「白」は勝負などの罰として酒を飲ませることで、「挙白」は杯を上げて他人に酒をすすめること。または、酒を飲むこと。 「白(はく)を挙(あ)げて之(これ)を進む」とも読む。
傾側偃仰(けいそくえんぎょう)「要略」
世の中の流れに逆らわずに、流れのままに生きること。 「傾側」は世の流れに従って逆らわないこと。 「偃仰」は寝たり起きたりすることや、うつむいたり見上げたりするという意味から、世の中の流れのままに浮いたり沈んだりするということ。
決河之勢(けっかのいきおい)「兵略訓」
止めることの難しい、激しい勢いのこと。 「決河」は川の水が堤防を壊して流れ出ること。
月中蟾蜍(げっちゅうのせんじょ)「精神訓」
月に住んでいるといわれる伝説上のひきがえるのこと。 古代中国の英雄が不老不死の薬を得たが、それを英雄の妻が盗み、月に逃げてひきがえるになったという伝説から。
哭岐泣練(こくききゅうれん)「説林訓」
心がけや習慣次第で、人は悪人にも善人にもなるということ。 「哭」は大きな声で泣くこと。 「岐」は分かれ道。 「練」は白い糸。 「哭岐」は楊朱が分かれ道を見て、どちらにも行くことができると気づいて泣いたという故事から。 「泣練」は墨子が白い糸を見て、何色にも染めることができると気づいて泣いたという故事から。 どちらも好きなように選ぶことができ、その選択次第で結果が変わるということをいう。 「岐(き)に哭(な)き練(れん)に泣く」とも読む。 「哭逵泣練」とも書く。
呼不給吸(こふきゅうきゅう)「兵略訓」
物事がいきなり起こったために、対応する余裕がないことのたとえ。 「不給」はそれをする時間がないということ。 「呼(こ)するも吸(きゅう)するに給(いとま)あらず」とも読む。
渾然一体(こんぜんいったい)「精神訓」
複数のものが溶け合ったり混ざり合ったりして、区別することができない様子。 「渾然」は複数のものが溶け合っている様子。 「混然一体」とも書く。
塞翁失馬(さいおうしつば)「人間訓」
人生における幸福と不幸は変転きわまりなく、前もって見通すことはできないということ。目先の出来事に一喜一憂すべきではないといういましめ。 「塞翁」は、中国北方の国境の砦(塞)のそばに住んでいた老人を指す。 あるとき、この老人が飼っていた馬が逃げて塞の外(胡の地)へ出てしまった。 近所の人々が気の毒がると、老人は「これがかえって幸いにならないとも限らない」と言った。 しばらくして、その馬はすぐれた馬を連れて戻ってきた。 人々が祝うと、老人は今度は「これが災いのもとにならないとも限らない」と言った。 やがて、その良馬に乗った息子が落馬して足の骨を折り、不自由な体になってしまう。 人々が同情すると、老人はまた「これが幸いに転じないとも限らない」と言った。 のちに戦(いくさ)が起こり、若者の多くが兵に取られて命を落としたが、足を痛めていた息子は徴兵をまぬがれ、親子ともに生きながらえた。 この故事から、禍(わざわい)と福(さいわい)は表裏をなして入れ替わり、人の力では予測しがたいことのたとえとして用いられるようになった。 「塞翁之馬」ともいう。
削足適履(さくそくてきり)「説林訓」
どうでもいいことに気を取られて、大切なことを忘れること。 または、大切なことと、どうでもいいことを取り違えて、無理に折り合いをつけること。 「削足」は足を削ること。 「適履」は履物の大きさが合うこと。 小さな靴を履くために、自分の足を削って大きさを合わせるという意味から。 「足を削りて履(くつ)に適(てき)せしむ」とも読む。
三寸之轄(さんずんのくさび)「人間訓」
物事の重要な部分のこと。 「三寸」は長さのことで、短いことのたとえ。 「轄」は車輪が車軸から抜けないようにするための留め金のこと。 長さ三寸程度のものでも、これがなければ車は走ることができないということから、物事の重要な部分をいう。
至高無上(しこうむじょう)「繆称訓」
限りないほど素晴らしいこと。 「至高」は最高、「無上」は”この上なく”または”限りない”という意味。
釈根灌枝(しゃくこんかんし)「泰族訓」
「釈根」は根を捨てる、「灌枝」は枝に水を注ぎかけるという意味から、他の事に気をとられて物事の本質を忘れること。 または、問題の本質を調べることをせずに結果だけを問題にすること。
社稷為墟(しゃしょくいきょ)「人間訓」
国が滅亡すること。 「社稷」は土地の神と五穀の神ということから、国家の守り神のこと。 国の守り神をまつる祭場が廃墟になることから。 「社稷(しゃしょく)墟(きょ)と為(な)る」とも読む。
衆議成林(しゅうぎせいりん)「説山訓」
間違っていることでも、数多くの人々が正しいと言えば、正しいことになってしまうということ。 「衆議」はたくさんの人が議論をすること。 たくさんの人が話し合って、林があるという結論を出せば、何もない平地に林が生まれるということから。 「衆議林(はやし)を成す」とも、「衆(しゅう)議(ぎ)すれば林(はやし)をも成す」とも読む。
手足重繭(しゅそくちょうけん)「脩務訓」
ひどく苦労すること。 「重繭」は手足にたこやまめが何度もできること。 たこやまめが何度もできるほど苦労するということから。
上下一心(しょうかいっしん)
地位や身分にこだわらず、目的を果たすために団結すること。 全ての人が団結して取り組めば、どんな困難も乗り越えることができるという教え。 「上下(しょうか)心(こころ)を一(いつ)にす」とも読む。
神出鬼没(しんしゅつきぼつ)「兵略訓」
自由に現れたり隠れたりすること。 または、何の兆しもなく、突然現れたり隠れたりすること。 または、自在に出没するため、所在がわからないこと。 「神出」は神が現れること。 「鬼没」は鬼神が消えること。 自在に出没する様子を神や鬼神にたとえた言葉。
時移俗易(じいぞくえき)「斉俗訓」
時代の移り変わりに応じて、風俗や習慣も変わること。 「時(とき)移(うつ)り俗(ぞく)易(か)わる」とも読む。
鄒衍降霜(すうえんこうそう)
天に無実を訴えて、真夏に霜を降らせたという鄒衍の故事のこと。 中国の戦国時代の五行説を唱えた思想家の鄒衍は、無実の罪で投獄されたときに、天に無実を訴えると、天はそれに応えて真夏に霜を降らせたという故事。
寸陰尺璧(すんいんせきへき)「原道訓」
わずかな時間は、大きな宝石よりも貴重であるということのたとえ。 「寸陰」はほんの少しの時間。 「尺璧」は一尺の大きさがある宝石。 一尺の宝石よりも、ほんの少しの時間のほうが大切という意味から。
隋珠和璧(ずいしゅかへき)「覧冥訓」
この世に類をみない貴重な宝物のこと。 「隋珠」は随侯が贈られた宝玉、「和璧」は卞和が見つけた原石から磨き出された宝玉のことで、どちらも貴重な宝物のこと。 「隋珠」は「随珠」とも書く。
生寄死帰(せいきしき)「精神訓」
人が生きているということは仮にこの世に身を寄せているだけで、死は自分の家に帰るかのように本来いるべき場所に帰ることだという意味。 「生は寄(き)なり死は帰(き)なり」とも読む。
尺璧非宝(せきへきひほう)「原道訓」
時間は非常に大切なものであるということのたとえ。 「尺璧」は直径が一尺ほどある宝石。 一尺の直径がある宝石も時間に比べると大した宝物ではないという意味から。 「尺璧(せきへき)宝(たから)に非ず」とも読む。
戦戦慄慄(せんせんりつりつ)「人間訓」
恐怖で震えてびくびくする様子。 「戦慄」は恐怖で震えるという意味で、重ねて意味を強調した言葉。
徴羽之操(ちうのそう)「説林訓」
きちんと整った、気品のある音楽。 「徴」と「羽」は、中国古来の音階である宮・商・角・徴・羽の五音のうちの二つで、二つを挙げて音楽そのものを表す。 「操」は琴の曲、調べのこと。 『淮南子』には、徴と羽の調べは教養のない人の耳には入らない、とある。洗練された音楽であることをこう言い表した。
智円行方(ちえんこうほう)「主術訓」
さまざまな深い知識があり、規律正しいこと。 または、その様子。 「智円」はさまざまな知識があり、知らないことが存在しないということ。 「行方」は行いが正しく、礼儀正しいこと。
桐葉知秋(どうようちしゅう)「説山訓」
わずかな前兆や現象から、物事の本質や衰退を察知すること。 「知秋」は秋の到来を知ること。 一枚の葉が落ちることから、秋の訪れを察知するということから。
南船北馬(なんせんほくば)「斉俗訓」
絶え間なくいろいろな所を旅行してまわること。 または、忙しくあちこちへ移動すること。 「南船」と「北馬」はどちらも中国の移動手段。 南部は川などが多いため船を使い、北部は山が多いため馬を使っていた。 それらを使うことから、移動頻度が高いことのたとえ。 「北馬南船」ともいう。
百川帰海(ひゃくせんきかい)「氾論訓」
散り散りになっているものが一つに集まること。 または、たくさんの人たちの意見や気持ちが一つになること。 川の全ては海に流れ着くという意味から。 「百川源を異にして皆海に帰す」を略した言葉で、「百川(ひゃくせん)海に帰(き)す」とも読む。
剽疾軽悍(ひょうしつけいかん)「兵略訓」
動きが素早く、気が荒く、強いこと。 「剽疾」は動きが速いこと。 「軽悍」は動きが速く、気が強いこと。
氷炭相愛(ひょうたんそうあい)「説山訓」
この世にあるはずがないもののたとえ。 または、性質が逆のもの同士が助け合うことのたとえ。 炭の火で氷はとけて、氷のとけた水で炭の火が消えるという意味から、氷と炭が愛し合うことはできないということ。 また、氷のとけた水で炭の火を消して燃え尽きるのを防ぎ、炭の火は氷を本来の姿である水に戻すという意味から、性質が反していても互いに助け合って本質を保つことができるということ。 「氷炭(ひょうたん)相(あい)愛す」とも読む。 「冰炭相愛」とも書く。
麋沸蟻動(びふつぎどう)「兵略訓」
世の中が激しく動いて社会が混乱することのたとえ。 「麋」はお粥(かゆ)のことで、「麋沸」はお粥が煮え立つこと。 「蟻動」は蟻が集まって動き回ること。 どちらも激しく乱れることのたとえ。 「麋沸」は「糜沸」、「蟻動」は「螘動」とも書く。
附耳之言(ふじのげん)「説林訓」
隠し事は漏れやすく、あっという間に広まるということ。 「附耳」は口を耳に近づけて話をするという意味。 耳の横で小さな声で話をしても、千里も離れている場所でも聞こえてしまうということから。 「付耳之言」とも書く。
褒衣博帯(ほういはくたい)「氾論訓」
大きな裾の服と広い帯のことで儒者の服のこと。 また、儒者や学者、文人のこと。 「褒衣」は裾の大きい服のこと。
抱薪救火(ほうしんきゅうか)「覧冥訓」
害を取り除こうとして行動すると、逆に被害が大きくなること。 薪を抱えたまま火を消そうとするということから。 「薪(たきぎ)を抱(いだ)きて火を救う」とも読む。
墨子泣糸(ぼくしきゅうし)「説林訓」
人は環境や習慣、他人から受ける影響などによって善くも悪くもなるということ。 「墨子」は人の名前で、中国の思想家。 墨子が白い糸は様々な色に染めることが出来るということを見て、物事には様々な選択ができ、それによる結果は戻すことは出来ず、環境次第で人は善にも悪にもなるということを嘆き泣いたという故事から。 「墨子(ぼくし)糸(いと)に泣く」とも読む。
墨子悲糸(ぼくしひし)「説林訓」
人は環境や習慣、他人から受ける影響などによって善くも悪くもなるということ。 「墨子」は人の名前で、中国の思想家。 墨子が白い糸は様々な色に染めることが出来るということを見て、物事には様々な選択ができ、それによる結果は戻すことは出来ず、環境次第で人は善にも悪にもなるということを嘆き泣いたという故事から。
無累之人(むるいのひと)「精神訓」
なにものにも縛られない、自由な心を持っている人のこと。 「累」はわずらわしさという意味。 世間のわずらわしい出来事から逃れて、関わらない人ということから。
明月之珠(めいげつのたま)「説山訓」
暗闇でも自ら光を放って照らす明月のような宝玉のこと。
悠悠閑閑(ゆうゆうかんかん)「時則訓」
のんびりとしていて落ち着いている様子。 「悠悠」はあせらずにゆったりとしている様子。 「閑閑」は静かで落ち着いていること。 似ている意味の言葉を重ねて強調した言葉。 「悠悠」は「優優」、「閑閑」は「緩緩」とも書く。
