『老子』を出典とする四字熟語 — 39 件
『老子』(ろうし)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全39件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
有無相生(うむそうせい)「二章」
有があるから無があり、無があるから有があるという、有と無の相対的な関係のこと。 または、この世のものはすべて相対的な関係にあるということ。 「相生」はお互いに生じあうこと。 元は、相対的であるものを絶対的であるかのように錯覚してしまう、人間の愚かさや危うさを警告した言葉。
禍福倚伏(かふくいふく)「五八章」
災いと幸せは交互にやってくるということ。 「禍福」は災いと幸せ。 「倚伏」は交互に起こるということ。 災いには幸せが寄り添っていて、幸せには災いが潜んでいるという意味から。
佳兵不祥(かへいふしょう)「三一」
戦争を批判する言葉で、すぐれた性能の武器は人を殺すためのものであり不吉なものであるということ。 「佳兵」はすぐれた兵ということから、すぐれた性能のある武器のたとえ。 「不祥」は不吉なこと。
希言自然(きげんしぜん)「二三」
聞き取れないほどのちょっとした言葉こそが、言葉の自然なあり方であるということ。
金玉満堂(きんぎょくまんどう)「九章」
金銀や宝玉が家じゅうにあふれるほど、財産が豊かなこと。 転じて、すぐれた才能や豊かな学識をそなえていることのたとえ。 「金玉」は黄金と宝石、「満堂」は家の中がいっぱいになること。 もとは『老子』の、金玉が堂に満ちてもそれを守り通すことはできない、という一節にある言葉。 「金玉(きんぎょく)堂に満(み)つ」とも読む。
軽諾寡信(けいだくかしん)「六三章」
深く考えずに物事を簡単に引き受ける人は、約束を守ることが少ないためにあまり信用できないということ。 「軽諾」は出来るかを考えずに、軽く引き受けること、安請け合い。 「寡信」の「寡」は少ないという意味で、「寡信」は信用が少ないという意味から、信じることができないということ。 「軽諾は必ず信寡し」を略した言葉。
言者不知(げんしゃふち)「五六章」
物事に対して本当に知っている人は、軽々しく言葉に出して説明しようとしないということ。
功成名遂(こうせいめいすい)「九章」
大きな功績を上げて、世間からの評価が上がること。 「功成り名を遂ぐ」の形で用いることが多い言葉。
孤寡不穀(こかふこく)「三九章」
王や君主が自身を謙って言う呼称。 「孤」と「寡」と「不穀」は、どれも王や君主が自身を謙っていうときの自称。
合抱之木(ごうほうのき)「六四」
両手でやっと抱えることができるほどの大木。 「合抱(ごうほう)の木(き)も毫末(ごうまつ)より生(しょう)ず」を略した言葉。 大きな大木も小さな芽から育ったものであり、大事も小さなことの積み重ねによってなるということのたとえ。
衆妙之門(しゅうみょうのもん)「一章」
全てのものが生まれ出るとされる門のこと。 「衆」は数が多いこと。 「妙」は様々な不思議な現象のこと。全てのもののことをいう。
小国寡民(しょうこくかみん)「八〇章」
国の領土が狭く、人口が少ないこと。 「寡」は少ないという意味。 国家の理想像として老子が唱えた言葉。
信言不美(しんげんふび)「八一」
誠実な言葉は飾り気がなく、必ずしも美しくないということ。 「信言(しんげん)美(び)ならず」とも読む。 この後に、「美言(びげん)信(しん)ならず(飾り立てた言葉は信用できない)」と続く。
深根固柢(しんこんこてい)「五九章」
基礎をよく固めて、不安定にならないようにすること。 「根」と「柢」はどちらも木の根のことで、物事の基礎のたとえ。 根を深く強固なものにするという意味から。 「根(ね)を深くして柢(てい)を固くす」とも読む。 「深根固蔕」とも書く。
慎終如始(しんしゅうじょし)「六四」
物事を最後の段階になっても、初めの段階で持っていた慎重さを維持し、気を緩めないようにすること。 失敗を防ぐための重要な心構え。 「終(お)わりを慎(つつし)むこと始(はじ)めの如(ごと)し」とも読む。
絶巧棄利(ぜっこうきり)「一九章」
人によって作られた便利な機械を捨てて、自然の生活に戻ること。 「絶巧」は人の力で技巧を凝らした道具を捨てること。 「棄利」は人の力で便利に作られた道具を捨てること。 「巧(こう)を絶ち利(り)を棄(す)つ」とも読む。
絶学無憂(ぜつがくむゆう)「二〇」
知識や学問を追い求めるのをやめれば、心の悩みはなくなるということ。 細かな知識にとらわれず、本質を見つめる大切さを説いた老子の思想に基づく言葉。 「学(がく)を絶(た)てば憂(うれ)い無(な)し」とも読む。
大器晩成(たいきばんせい)「四一章」
偉大な人は大成するのが遅く、歳をとってから頭角を現すようになるということ。 また、才能があるにもかかわらず報われていない人を同情するときに用いる言葉。 「大器」は大きい器のことから優れた才能を持つ人のこと。 「晩成」は普通より遅れて形になること。 大きな器は出来上がるまでに時間がかかるという意味から。
大巧若拙(たいこうじゃくせつ)「四五章」
極めて巧みなものほど、少し見ただけでは粗雑に見えるということ。 または、極めて優れた技量の持ち主は、逆に不器用に見えるということ。 「大巧(たいこう)は拙(せつ)なるが若(ごと)し」とも読む。
大才晩成(たいさいばんせい)「四一章」
偉大な人は歳をとってから頭角をあらわすようになること。 「大才」は大きな才能、「晩成」は普通より遅れて形になることで、すぐれた才能は成熟するまでに時間がかかるという意味から。
多言数窮(たげんすうきゅう)「五章」
口数が多すぎると、逆に上手い言い方が出来なくなって困るということ。 または、口数が多すぎると言葉の意味が軽くなって力がなくなるということ。 「窮」は処置に困って苦しむこと。 喋りすぎることを戒めた言葉。 「多言は数窮す」と読むことが多い言葉。
多蔵厚亡(たぞうこうぼう)「四四章」
欲の深い人は財産だけに固執するために、人間関係だけではなく、財産も全て失うということ。 財産を蓄えれば蓄えるほどに失うものも多くなるという意味から。 欲をおさえて、相応のところで満足することが大切であるという戒め。 「厚亡」はたくさんのものを失うということ。 「多く蔵(ぞう)すれば厚く亡(うしな)う」とも読む。
知者不言(ちしゃふげん)「五六章」
物事を本当に知っている人は、軽々しく言葉に出して説明しようとはしないということ。
知足不辱(ちそくふじょく)「四四章」
自分の境遇にあったところで満足すれば、辱めを受けることはないという意味。 分をこえた欲求を戒めた言葉。
長生久視(ちょうせいきゅうし)「五九章」
長く生きること。 「久視」はいつまでも目で見るということから、いつまでも生きること。
天長地久(てんちょうちきゅう)「七章」
物事が終わることなくいつまでも続くこと。 天地はいつまでも消えることがないという意味から。 平和や長寿、繁栄などがいつまでも続くことを願って使われる言葉。 「天(てん)は長く地は久(ひさ)し」とも読む。 「天地長久」ともいう。
天道無親(てんどうむしん)「七九」
天の働きは、何に対しても公平であるということ。 「無親」は特定の人にだけ親しくするようなことはしないということ。 「天道(てんどう)親(しん)無し」とも読む。
天網恢恢(てんもうかいかい)「七三章」
悪人や悪事を天は決して見逃さないということ。 「天網」は天が張っている網ということから、天の道理が厳しくも正しいということのたとえ。 天が張っている網は、非常に大きく、隙間があるように見えるが、何があっても悪は逃がさないということから。 「天網恢恢疎にして漏らさず」を略した言葉。
天門開闔(てんもんかいこう)「一〇章」
この世の全てのものが変化し、生まれ消滅すること。 「天門」はこの世にあるものが生まれ出るとされる門。 「開闔」は開いたり閉まったりすること。 天門が開くと全てのものが生まれ、閉じると全てのものが消滅するといわれている。
被褐懐玉(ひかつかいぎょく)
すぐれた才能を持っているが、表面には出さないこと。 「褐」はぼろぼろの服のことで、外見は粗末な服だが懐には宝玉を隠し持っているという意味。
微妙玄通(びみょうげんつう)「一五章」
全ての物事に精通していて、底知れないこと。 「微妙」は底が深く、底がわからないこと、「玄通」は物事に精通していること。 真理を会得した人を言い表す言葉。
不言之教(ふげんのおしえ)「二章」
口に出すことなく相手に習得させることのできる教えのこと。 老荘思想の「無為自然」の教えのことで、道を修めた者は、何もせず、何も言わずに人を教え導くことができるということ。
不争之徳(ふそうのとく)「六八」
人と争わないという人格。 「不争」は人と争いをしないこと。 「徳」は立派な人格。 本当に強い人は争わず、戦わず、人を使うことがうまい人は、人に謙るということ。 老子が説いた言葉。
無為不言(ぶいふげん)
何もしていなくても、何も言わなくても全てがうまくいくこと。
報怨以徳(ほうえんいとく)「六三章」
受けた怨みに対して、恩徳を持って接して恩恵を与えること。 「怨みに報(むく)ゆるに徳を以(も)ってす」とも読む。
無用之用(むようのよう)「一一章」
一目見た時は役に立たないと思っていたものが、重要な働きをすること。 『老子』や『荘子』でよく使われる逆接的な理論。 車軸や容器の内側には何もないことが重要であり、役に立つ働きをするということから。
目迷五色(もくめいごしき)「一二」
豊かな彩りに目を奪われ、実態が見えないこと。 「五色」は人が作った文明や、文化などの視覚的産物のこと。 華やかで美しい見掛けに惑わされて、物事の本質を見失う人をあざ笑う言葉。 「目(め)五色(ごしき)に迷う」とも読む。
六親不和(りくしんふわ)「一八」
家族や親戚との仲が悪く、憎んで争い合うこと。 「六親」は父・子・兄・弟・夫・妻のこと。 「六親(りくしん)和(わ)せずして、孝慈(こうじ)有り」を略した言葉で、「六親(りくしん)和(わ)せず」とも読む。
和光同塵(わこうどうじん)「四章」「五六章」
俗世で目立たないように、才能や徳を隠して暮らすこと。 仏教では、仏や菩薩が衆生を救うために、本来の姿を隠して、煩悩の塵をまとって、俗世に現れること。 「和光」は、才能の光を和らげ目立たないように隠すこと、「同塵」は、俗世間に合わせるという意味。
