『書経』を出典とする四字熟語 — 53 件
『書経』(しょきょう)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全53件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一簣之功(いっきのこう)「旅獒」
仕事を完遂する間際の、最後のひと踏ん張りのこと。 または、仕事を完成させるために積み重ねる一つ一つの努力と、その大切さのこと。 「簣」は、土を入れて運ぶ道具。もっこ。 「一簣」は、もっこ一杯の土のこと。 「九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く」による。 九仞の高さの山を作るにも、最後のもっこ一杯の土を盛らずに止めてしまえば山は完成しないとの意から。
一徳一心(いっとくいっしん)「泰誓」
目的や利益が同じ者同士が心を一つにして事にあたること。 または、君主と臣下が心を合わせ団結して物事を行うこと。 「徳を一(いつ)にし心(こころ)を一(いつ)にす」とも読む。 「一心一徳」ともいう。
禹拝昌言(うはいしょうげん)「皐陶謨」
役に立つ言葉を素直に受け入れること。 「拝」は聞くこと。拝聴すること。 「昌言」は道理に適っていて正しい言葉。 中国の夏の国の禹王は、道理に適っている言葉をしっかりと聞いて素直に受け入れたという故事から。 「禹(う)昌言(しょうげん)を拝(はい)す」とも読む。
偃武修文(えんぶしゅうぶん)「武成」
世が平和で穏やかなこと。 「偃武」は戦を止めて武具を片付けること。 「修文」は学問を修めること。 争いがなく学問に努めることができるという意味から。 「武を偃(ふ)せて文を修(おさ)む」とも読む。
顔厚忸怩(がんこうじくじ)「五子之歌」
恥ずかしいと深く感じること。 「顔厚」は厚かましいこと。 「忸怩」は自分の行いを恥ずかしいと感じること。 どれだけ厚かましい人でも恥ずかしいと感じるという意味から。 「顔厚にして忸怩たる有り」を略した言葉。
玩人喪徳(がんじんそうとく)
人を見くびって軽く扱うと、自身の徳を失うことになるということ。 「玩人」は人を軽く見てもてあそぶこと。 「人を玩(もてあそ)べば徳を喪(うしな)う」とも読む。
玩物喪志(がんぶつそうし)
必要の無いものに夢中になって、大切なことをなおざりにすること。 「喪志」は本来の目的を忘れること。 物に執着すれば志を失くしてしまうという意味から。 「物(もの)を玩(もてあそ)べば志(こころざし)を喪(うしな)う」とも読む。
奇技淫巧(きぎいんこう)「泰誓・下」
人の目を驚かせるためだけの、風変わりな技や度を越した細工。 「奇技」は珍しい技芸、「淫巧」は度を過ぎた凝った細工。 『書経』で周の武王は、殷の紂王が天地や祖先の祭りをおろそかにし、奇技淫巧を作らせて女性を喜ばせたと責め、これを討伐の理由の一つに挙げた。
帰馬放牛(きばほうぎゅう)「武成」
戦争が終わって平和になることのたとえ。 または、二度と戦争をしないことのたとえ。 戦争のための馬や牛を野生にかえすという意味から。 殷の紂王を討ち取った周の武王は、戦争で使った馬を華山の南で放ち、牛を桃林の野に放って二度と戦争に用いないことを示した故事から。 「馬を帰し牛を放つ」とも読む。
朽索六馬(きゅうさくりくば)「五子之歌」
困難で危険な状態のたとえ。 「朽索」は腐って崩れ落ちそうな縄。 腐って駄目になった縄で、六頭立ての馬車を操ることから。 「朽索(きゅうさく)六馬(りくば)を馭(ぎょ)す」とも読む。
九仞之功(きゅうじんのこう)「旅獒」
仕事を完遂する間際の、最後のひと踏ん張りのこと。 または、仕事を完成させるために積み重ねる一つ一つの努力と、その大切さのこと。 「九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く」による。 九仞の高さの山を作るにも、最後のもっこ一杯の土を盛らずに止めてしまえば山は完成しないとの意から。
兢兢業業(きょうきょうぎょうぎょう)「皐陶謨」
恐れ慎んで物事を行う様子。 「兢兢」は恐怖や不安などで小刻みに震える様子。 「業業」は失敗しないかと心配すること。 物事を行うときには、用心深く行うべきであるという教えをいう。
協和万邦(きょうわばんぽう)「尭典」
数多くの国が互いに譲り合って調和し、国内、国外問わずになごやかになること。 「協和」は和やかに調和すること。 「万邦」は数多くの国。 「万邦(ばんぽう)は協和(きょうわ)す」とも読む。 この言葉の前に「百姓(ひゃくせい)は昭明(しょうめい)なり」という言葉があり、これを合わせて「昭和」という言葉になった。
刑故無小(けいこむしょう)「大禹謨」
故意の犯罪には大も小もないので、小さな罪であっても刑罰を与えるべきであるということ。 「故」は故意に犯した犯罪のこと。
啓沃之功(けいよくのこう)「説命・上」
主君の手助けをして、功績をあげること。 「啓沃」は誠意をもって主君に仕えて、よい策略を助言すること。 「功」は功績のこと。
兼弱攻昧(けんじゃくこうまい)
弱いものを併合して、道理に合わないものを攻撃すること。 また、弱いものが協力して、政治が乱れ衰えた国を討ち果たすこと。 「昧」は、乱れていること。道理に合わないこと。 「弱を兼ね昧(まい)を攻む」とも読む。
功疑惟重(こうぎいちょう)「大禹謨」
功績を明確に判別できない場合、恩賞は重くすべきであるということ。 「功(こう)の疑(うたが)わしきは惟(これ)重くせよ」とも読む。
考績幽明(こうせきゆうめい)「舜典」
成績を調べて、愚かな者を退けて、賢い者を昇進させること。 「考績」は官吏の成績を調べること。 「幽明」は愚かな者と賢い者のこと。
荒唐無稽(こうとうむけい)「大禹謨」
根拠も何もなく、でたらめなこと。 「荒唐」はでたらめなこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。 「無稽荒唐」ともいう。
洪範九疇(こうはんきゅうちゅう)「洪範」
天下を治めるうえでよりどころとなる、九つの原則。 「洪」は大きい、「範」は手本となるのり、「疇」は同じたぐいのまとまり。 五行・五事・八政・五紀・皇極・三徳・稽疑・庶徴・五福の九つをさす。 殷の箕子が周の武王に語ったという形で、『書経』の「洪範」の篇に記されている。
光被四表(こうひしひょう)「尭典」
人徳や恩恵が世の中に広く行き渡ること。 「光被」は光が広く行き渡ること。 「四表」は東西南北の四方の端まで行き渡ること。 「四表(しひょう)に光被(こうひ)す」とも読む。
虎尾春氷(こびしゅんぴょう)「君牙」
極めて危険なことのたとえ。 または、危険なことをすることのたとえ。 虎の尾を踏んで、春の厚みの無い氷の上を歩くという意味から。 「虎尾春冰」とも書く。
罪疑惟軽(ざいぎいけい)「大禹謨」
罰を重くするか軽くするか悩ましい時には、軽くした方がよいということ。 「罪(つみ)の疑(うたが)わしきは惟(これ)軽くす」とも読む。
四海困窮(しかいこんきゅう)「大禹謨」
世の中の人々が貧乏で生活に困ること。 「四海」は四方の海の内側という意味から、世の中や国内、世界のたとえ。
子子孫孫(ししそんそん)「梓材」
「子孫」を重ねて強調した語で、子孫が続く限り、末代までという意味。
孜孜不倦(ししふけん)「益稷」
途中でやめることなく、ずっと努力し続けること。 「孜孜」は熱心に努力すること。 「倦」は何度も続いて嫌な気分になること。 「孜孜(しし)として倦(う)まず」とも読む。
渉于春氷(しょううしゅんぴょう)「君牙」
危険だとわかっていながらそれを行うこと。 春になって溶け始めた川の氷の上を歩くことから。 「春氷(しゅんぴょう)を渉(わた)る」とも読む。
日月逾邁(じつげつゆまい)「秦誓」
月日が過ぎていくこと。または、驚くほどはやく老いていくこと。 「日月」は時、時間のこと。 「逾邁」は経過するや、過ぎていくという意味。
時不可失(じふかしつ)「泰誓」
良い機会は逃さないようにするべきということ。 「時(とき)は失(うしな)う可(べ)からず」とも読む。
垂拱之化(すいきょうのか)「武成」
天子の徳により民衆が感化されて、天子が何もしなくてもおのずと天下が平穏に治まること。 「垂拱」は袖を垂れて手をこまねくという意味から何もしないこと。 「化」は感化、教化されること。
垂拱之治(すいきょうのち)「武成」
天子の徳により民衆が感化されて、天子が何かすることなく天下が平穏に治まること。 「垂拱」は袖を垂れて手をこまねくという意味から、何もしないこと。
大月小月(たいげつしょうげつ)「洪範」
一ヶ月の日数が三十一日ある「大の月」とそれより少ない「小の月」のこと。 一年は「大の月」と「小の月」から成っているという意味。 「大の月」は一月、三月、五月、七月、八月、十月、十二月。 「小の月」は二月、四月、六月、九月、十一月。
地平天成(ちへいてんせい)「大禹謨」
万物が栄え、世の中が平穏に統治されていること。 または、天災などに見舞われることなく自然が穏やかなこと。 「地平」は世の中が平穏に統治されていること。 「天成」は天の運行がうまく進み、全てのものが栄えること。 「地(ち)平(たい)らかに天(てん)成(な)る」とも読む。 「内平外成」と同じく、元号の「平成」の由来とされる語。
疇咨之憂(ちゅうしのうれい)「尭典」
すぐれた人材を集めなければいけないという悩み。 「疇咨」は相談して人材を探すこと。 政治を行うものには、優秀な人材を確保することがいつも大きな悩みであるということ。
黜陟幽明(ちゅっちょくゆうめい)「舜典」
功績に合わせて人材を評価、登用すること。 「黜陟」は人材を評価し、それに合わせて待遇を決めること。 「幽明」は功績の無い愚者と功績のある賢者。 愚者を退けて賢者を登用するということから。 「幽明(ゆうめい)を黜陟(ちゅっちょく)す」とも読む。
沈湎冒色(ちんめんぼうしょく)「泰誓・上」
酒や女性に溺れること。 「沈湎」は酒に溺れること。 「冒色」は女性に溺れること。
顛越不恭(てんえつふきょう)「盤庚」
人としての道を外れて、君主の命令に従わないこと。 「顛越」は転がり落ちるという意味から、人としての道を外れること。 「不恭」は不謹慎な態度のこと。
塗炭之苦(とたんのくるしみ)
泥沼で泥だらけになり、炭で焼かれるような辛い苦しみのこと。 「塗」は泥や泥水。 中国の夏の桀王は暴君として有名で、桀王によって苦しめられた人々を言い表した言葉から。
塗炭之民(とたんのたみ)
辛く苦しい境遇の人々のこと。 「塗炭」は泥沼と炭火のことで、泥沼にはまって炭火で焼かれるということから、非常に辛い境遇のたとえ。
牝鶏之晨(ひんけいのしん)「牧誓」
女性が強い権力を持って、勢力を振るうこと。 または、女性が権力を握って治めると、国や家などが滅びることのたとえ。 「牝鶏」は雌鶏。 「晨」は日の出を鶏が鳴いて知らせるという意味。 日の出の時間に鳴くのは本来は雄鶏であり、雌鶏が鳴くことは秩序が乱れた証とされ、王后や王妃が権力を握り、国家が滅びることの前触れとされていた。
福善禍淫(ふくぜんかいん)「湯誥」
善人には良いことが起きて、悪人には悪いことが起きるということ。 天は善人に幸福を与え、悪人には災いを与えるという意味から。 「善に福(さいわい)し淫(いん)に禍(わざわい)す」とも読む。
鳳凰来儀(ほうおうらいぎ)「益稷」
世の中が平和であることのたとえ。 「鳳凰」は聖天子が出現するときに現れるとされる想像上の鳥。 「来儀」は鳳凰が飛来して、威厳のある姿を示すこと。
無稽之言(むけいのげん)「大禹謨」
でたらめで根拠のない話のこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。
無稽之談(むけいのだん)「大禹謨」
でたらめで根拠のない話のこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。
無告之民(むこくのたみ)「大禹謨」
貧しい人や老人、孤児などの弱者のこと。 苦しみを訴える相手や手段が存在しない人たちのことから。 「無告」は苦しみを訴える相手が誰もいないこと。
無辜之民(むこのたみ)「湯誥」
何の罪も犯していない人たちのこと。 「無辜」は罪が無いという意味。 主に天災や人災などに巻き込まれて苦しめられる人々のことをいう。
面従後言(めんじゅうこうげん)「益稷」
直接目の前にいる時は気に入られるように振る舞い、その人がいないところでは、その人のことを悪く言うこと。
妄誕無稽(もうたんむけい)「大禹謨」
根拠がなにもなく、でたらめなこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。
離心離徳(りしんりとく)「泰誓・中」
君主と国民の心が合わず、行いに釣り合いがとれないこと。 国民の心を惹き付けることができなくなり、徳に背いてゆくことをいう。
燎原之火(りょうげんのひ)「盤庚・上」
凄まじい勢いがあり、止めることが難しく、ものすごい速さで広がっていく様子のこと。 「燎」は燃やすこと。 野原に火がつくとあっという間に燃え広がり、消火することは、ほぼ出来なくなるということから。
利用厚生(りようこうせい)「大禹謨」
物事を十二分に活かして、人々の生活を豊かにすること。 「厚生」は国民の全ての生活を豊かで健康なものにすること。 政治の秘訣を説いた言葉。
和羹塩梅(わこうあんばい)「説命・下」
主君を補佐してうまく国を治める有能な大臣や宰相のこと。 「和羹」は様々な材料や調味料を合わせて作る吸い物のこと。 「塩梅」は塩と梅酢のこと。 国政の執行を塩と梅酢を程よく加えて美味しく仕上げる吸い物にたとえたもの。
和衷協同(わちゅうきょうどう)「皐陶謨」
心を合わせて協力して物事を行うこと。 「和衷」は心の底から一つに合わせること、「協同」は協力して物事を行うこと。
