「い」を含む四字熟語
「い」を含む四字熟語 — 3097 件
一期一会(いちごいちえ)
一生に一度だけの機会。または、一生に一度だけ会えること。 「一期」は生まれてから死ぬまでのこと。 「一会」は一度の会合や集会などの人の集まりのこと。 「一期」と「一会」はどちらも仏教の言葉。 もとは千利休の弟子の山上宗二が説いた茶人の心構え。 たとえ同じ人、同じ場所で茶会を開いたとしても、同じものになることはなく、毎回生涯で一度だけのものなので、主人も客も誠意を尽くすべきであるというもの。
一伍一什(いちごいちじゅう)
事の最初から最後まで、もれなく、すべての意。 「一五一十」とも書く。
一語一句(いちごいっく)
ひとつひとつの言葉。 「一語」と「一句」は、どちらも一つひとつの言葉という意味で、重ねて意味を強調した言葉。 「一句一語」ともいう。
一合一離(いちごういちり)
他人と関係を結んだり、離れたりすること。 「一」は「ある時は」という意味。 国同士が手を組んだり離れたりすることから。 「一離一合」ともいう。
一業所感(いちごうしょかん)
複数の人の前世の同じ業によって、複数の人が同じ報いを受けること。 たくさんの人が災害などにあった時に、前世の同じ業による報いを受けているということを説明する言葉。 「業」は必ず結果が出る過去の行い。 「所感」は過去の行いから生まれる結果。
一期四相(いちごしそう)
人生の四つの段階、生、老、病、死のこと。 「一期」は生まれてから死ぬまでの期間、人生。 「四相」は四つの段階の生、老、病、死。または、生、住、異、滅の四つの各相こと。
一言一句(いちごんいっく)
一つひとつの言葉、ちょっとした言葉。
一言半句(いちごんはんく)
短い言葉。些細な言葉。一言。 「一言」と「半句」はどちらも少しの言葉という意味で、似ている意味のものを重ねて強調した言葉。
一言万鈞(いちごんばんきん)
非常に重みのある一言。 「万鈞」は重さが極めて重いこと。
一言芳恩(いちごんほうおん)
ひと言声をかけてもらったことに対して感謝すること。 また、その人を主人と仰ぐこと。 「芳恩」は人から受けた恩の敬称。
一新紀元(いちしんきげん)
新しい時代の始まりのこと。また、新しい時代の最初の年のこと。 「新紀元」は新時代の最初の年のこと。
一字一句(いちじいっく)
一つの文字や、一つの言葉。 「一字」と「一句」という似た意味の言葉を重ねて強調したもので、主に書き言葉についていう。
一字三礼(いちじさんらい)
敬い慎んで写経すること。 または、写経をするときは、敬い慎んでやるべきであるという教え。 写経する時は、一文字書き写すたびに仏を三度礼拝していたということから。
一字千金(いちじせんきん)
筆跡や詩文がすぐれていることのたとえ。 「一字」は文字の一つ、「千金」は多額の金銭のたとえで、一つ一つの文字に大金のような価値があるという意味から。 『呂氏春秋』を完成させたときに、都の門の前に並べて、一文字でも添削できれば千金を与えようと言って、出来映えを誇ったという故事から。
一日九回(いちじつきゅうかい)
ひどく心配して、悩み苦しむこと。 「九」は何度もということ。 一日に何度も腸がねじれるほどに悩み苦しむということから。 「一日九廻」とも書く。
一日九遷(いちじつきゅうせん)
あっという間に出世すること。 「九遷」は官位が九回上がること。 一日に官位が九回上がるという意味から。 皇帝から寵愛を受けていることをいう言葉。 「一日(いちじつ)九(く)たび遷(うつ)る」とも読む。
一日三秋(いちじつさんしゅう)
相手を恋しく思う気持ちが深いこと。 または、とても待ち遠しいこと。 「三秋」は秋が三回過ぎることから”三年”の意。 一日会わなかっただけで、三年も会わなかったような気がすることから。
一日千秋(いちじつせんしゅう)
時、人、物などが来るのを今か今かと楽しみに待つこと。 「千秋」は秋が千回来ることから千年という意味。 その時が来るのが楽しみで、一日が千年のように長く感じるという意味。
一日千里(いちじつせんり)
一際すぐれた才能があることのたとえ。
一日之長(いちじつのちょう)
年齢が一日分年上なこと。 または、少しだけ経験が多いという意味から、知識や技量などが少しだけすぐれていること。
一日片時(いちじつへんじ)
わずかな時間のこと。 または、たった一日のこと。 「片時」は少しの時間という意味。
一字不説(いちじふせつ)
仏法の真理や悟りの境地は大変奥深く、言葉で言い表すことはできないため、自ら体得するしかないということ。 釈迦が悟り得た境地の真理は一字も説いていないことから。 「不説一字」ともいう。
一字褒貶(いちじほうへん)
文章を書く際の一字の使い分けで、人を褒めたりけなしたりすること。 「褒」は褒めること。 「貶」はけなすこと。 歴史書"春秋"の表現様式のことをいう。
一事無成(いちじむせい)
一つの物事ですら最期までやり遂げることができないこと。 何一つ成果を得られないという意味から。 「一事(いちじ)成(な)ること無(な)し」とも読む。
一時名流(いちじめいりゅう)
その時、その時代で名を知られていて、優れた能力のある人。 「一時」はその時、その時代。 「名流」はすぐれた能力があり、世に名が知れ渡っている人のこと。
一汁一菜(いちじゅういっさい)
質素な食事のこと。 「一汁」は一杯の汁物のこと。 「一菜」は一品のおかずこと。 汁物一杯、おかず一品の食事のことから。 現代では、日本の伝統を基にした健康的な食事という良い意味で使われることもある。
一入再入(いちじゅうさいじゅう)
布を何度も染め重ねること。 深く、濃い色合いということから、恩が深いことのたとえ。 「入」は布を染料につけること。
一樹之陰(いちじゅのかげ)
この世の人との出会いや関係は全て、前世の縁によるものということ。 見知らぬ人同士が、一本の木に寄り雨宿りをするのも、前世からの縁であるということから。
一樹百穫(いちじゅひゃっかく)
人材を育成することは、大きな利益につながるということ。 また、大計を成功させるには人材の育成が必要であるということ。 「一樹」は一本の木を植えること。 「百穫」は百倍の収穫の意。
一上一下(いちじょういちげ)
上がったり下がったりすること。 または、情況に合わせて対応すること。 「一」は"あるときは"の意味。
一杖一鉢(いちじょういっぱつ)
僧侶の質素な服装を言い表す言葉。 「一杖」は一本の杖。 「一鉢」は托鉢の時に使う鉢のこと。
一場春夢(いちじょうのしゅんむ)
人生の栄光や繁栄が、儚く消えてしまうことのたとえ。 「一場」はほんの短い間の意。 春の夜にみる夢のように儚いということから。
一時流行(いちじりゅうこう)
その時々の世の中の好みに合った一時的な新しさのこと。 もとは俳諧のことばで、常に新しさを求めて、変化を重ねていくことから。
一塵不染(いちじんふせん)
汚れが少しもないこと。 または、他者から影響を受けて感化されずに、清らかさを保ち続けること。 煩悩を引き起こす「六塵」の一つにすら染まらずに、心身を潔白なまま保つという意味から。 「一塵(いちじん)にも染まらず」とも読む。
一塵法界(いちじんほっかい)
一つのちりの中にも、全宇宙の真理が含まれているということ。 または、真理はどんなものからでも見出すことができるということ。 「塵」は微塵(みじん)のことで、非常に小さな物質のこと。 「法界」は仏教語で全宇宙のこと。
一族郎党(いちぞくろうとう)
血縁関係のある家族や親族とそれらに付き従う家来のこと。 または、権力のある者やその者に付き従い利益を分けあう者たちのこと。 「一族」は血縁者の総称。「郎党」は家臣のこと。 「一族郎等」とも書く。
一大決心(いちだいけっしん)
生涯に一度しかないような大きな決意のこと。 「一大」は重要なという意味。名詞の前に付けて意味を補ったり変えたりする接頭辞。 「決心」は意志を心に決めること。
一諾千金(いちだくせんきん)
決して裏切らない、一度約束したことは守らなければならないというたとえ。 一度引き受けた約束には、千金同様の重みがあるということ。 「一諾」は一度承知して、引き受けること。 「千金」は大金のたとえ。 中国楚の季布は、一度承知して引き受けたことは違えることなく確実に果たしたため、季布に約束を引き受けてもらうことは千金を得るよりも価値があると言われていたという故事から。
一団和気(いちだんのわき)
なごやかな雰囲気のこと。 親密さがあふれており、親しみやすい様子。 「一団」は集団のこと。
一読三嘆(いちどくさんたん)
すばらしい詩文などをよみ、感銘を受けること。 または、そのような名文、書物のこと。 「三」は何度もという意味。 「嘆」は感心して褒め称える、感嘆という意味。
一日不食(いちにちふしょく)
毎日、仕事の後でないと食事をしないこと。 何よりも仕事を大切にする心得。 唐のある禅師は、老齢にして毎日人一倍労務を行っていた。みかねた弟子たちが農具を隠し、師に休息をとるよう願った。禅師は農具を探したが見つからず休息をとったが、その日は食事をとることはなかった。弟子たちが理由を尋ねると「一日作らざれば一日食らわず」と答えたという故事から。
一人当千(いちにんとうせん)
非常に大きな力、勇気があること。 または、そのような人。 一人が千人と同等の力を持っている意味から。 「一人(いちにん)千人に当たる」とも読む。
一念往生(いちねんおうじょう)
一度念仏を唱えるだけで極楽浄土に行くことができるということ。 「一念」は阿弥陀仏の名号を一度唱えること。 「往生」は死んだ後に極楽浄土で生まれ変わること。
一念化生(いちねんけしょう)
集中して強く念じることで、別の姿に生まれ変わること。 「一念」は一途な思い。 「化生」は生まれ変わること。 心の次第で、餓鬼にも仏にもなるということ。
一念三千(いちねんさんぜん)
日常における一瞬の思いの中にも、全宇宙の全事象が備わっているということ。 「三千」は世界の数を意味し、全宇宙のこと。 天台宗の教義。
一念通天(いちねんつうてん)
どんなことでも、一心に念じ努力し続ければ、必ず成就するということ。 「一念(いちねん)天に通ず」とも読む。
一念万年(いちねんばんねん)
時が経過する間隔は、個人の感覚で変わるということ。 「一念」はほんの少しの時間。 禅宗の言葉で、一瞬心が動くと、その動きには一万年の月日が含まれているということから。
一念発起(いちねんほっき)
何かを成し遂げる決意を固めること。 もとは仏教の言葉で、「一念」は悟りを得ようと心に決めること、「発起」は仏道に入ること。 仏道に入り、悟りを開くことを心に決めるという意味から。
一暴十寒(いちばくじっかん)
努力というものは、続けられずに怠ってしまいがちであるということ。また、短期間努力してもその後に長期間怠れば努力が無駄になってしまうということ。 「暴」は日にさらすこと。 「寒」は冷やすこと。 日にさらして暖めようとして、一日は暖めたがその後の十日間は日陰においたままにして冷やしてしまうという意味。 「十寒一暴」ともいう。
一罰百戒(いちばつひゃっかい)
罪を犯した一人に罰を与えて、他の人が同じ罪を犯さないように注意を発すること。 「一罰」は一人に罰を与えること。 「百戒」は百人の戒めにすること。 一つの罰を百の戒めにするという意味。
一盤散沙(いちばんさんさ)
人々の心がばらばらでまとまりがないこと。 「一盤」は一枚の皿のことで、国のたとえ。 「散沙」は散らばっている砂のことで、人々の心のたとえ。 皿の上に散らばった砂のようにまとまりがないということから。
一病息災(いちびょうそくさい)
一つくらい持病があったほうが、健康な人よりも体を気遣うようになり長生きできるということ。 「一病」は持病が一つあること。 「息災」は元は仏教語で、病気や災害などの災いを仏の力で止めるという意味から、災いもなく元気であること。
一分一厘(いちぶいちりん)
ごくわずかなこと。 多くは否定の語とともに"わずかにも~ない"の意味で用いられる。 「分」と「厘」はどちらも単位の名称で、極めて小さいことのたとえ。
一部始終(いちぶしじゅう)
物事の最初から最後までの詳しい事情のこと。 初めから終わりまで。 「一部」は一つの書物のこと。”部”は書物を数える単位。 「始終」は初めと終わり、または初めから終わりまでの全ての事情のこと。 元は”一つの書物の初めから終わりまでの全ての内容”という意味の言葉。
一別以来(いちべついらい)
この前会った時以来という意味。 しばらく会っていない人との挨拶の時に言葉。 「一別」は一度別れるの意味。 「一別来」とも略す。
一望千頃(いちぼうせんけい)
一目で遠くまで見渡すことができること。または、広々としていて遠くまで見渡せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「頃」は面積の単位。 一目で千頃を見渡せるということから。
一望千里(いちぼうせんり)
広い範囲を遠くまで見渡すことができること。 または、広々としていて遠くまで見通せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「千里」の「里」は距離を表す単位のことで、一里は約四キロメートル。 一度に千里先まで見渡すことが出来るという意味から。
一望無垠(いちぼうむぎん)
一目ではるかかなたまで広々と見渡せること。 広々と見晴らしの良い景色をいう。 「垠」は地の果てのこと。 「一望垠(はて)は無し」とも読む。
一木一草(いちぼくいっそう)
一本の木から一本の草まで全てという意味から、その場にあるすべてのもののこと。 または、わずか一本の木と一本の草という意味から、極めて少ないもののこと。 「一木」は一本の木のこと。 「一草」は一本の草のこと。 「一草一木」ともいう。
一木難支(いちぼくなんし)
一度崩れ始めると、一人の力ではどうすることも出来ないということ。 「一木」は一本の建物の柱。 大きな建物が崩れると、一本の柱で支えることは出来ないという意味から。
一枚看板(いちまいかんばん)
一座を代表する役者のこと。 または、多くの人の中心人物となる人のこと。 また、一着しかない衣服のこと。 歌舞伎で演目や役者名、絵姿を一枚の看板に描いて劇場の前に掲げていて、その看板に名前が載るほど役者ということから。
一味徒党(いちみととう)
同じ志や目的のために集まること。また、その仲間のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。 「徒党」も仲間を表すが、多くは悪い仲間のことをいう。
一味同心(いちみどうしん)
同じ目的をもって結束すること。または、同じ目的をもち集まり、心を一つにした同志、仲間のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。 「同心」は志を同じくすること。
一味郎党(いちみろうとう)
同じ志や目的のために集まること。また、その仲間、同志のこと。 「一味」は同じ目的をもつ同志、仲間のこと。
一面之辞(いちめんのじ)
議論において、双方の言い分を平等に聞かず、一方の言い分、主張のみを聞くこと。 「一面」は一方のこと。 「辞」は言い分、主張のこと。
一網打尽(いちもうだじん)
悪人や犯罪者などの集団を一気に全て捕まえること。 「一網」は一度網を打つこと。 「打尽」は全て捕ること。 網を一度打ち、そこにいる魚を全て取り尽くすという意味から。
一毛不抜(いちもうふばつ)
極めてけちなこと。 または、利己的な人、けちな人。 「一毛」は一本の毛のこと。 自分のものは一本の毛すら惜しんで抜かないということから。 「一毛も抜かず」とも読む。
一目十行(いちもくじゅうぎょう)
文章などを読むのが速いことのたとえ。 一目見ただけで、十行の文章を読むことができるということから。 梁の簡文帝は幼少期より理解力が人並み以上であり、読書の際には一度に十行ずつ読んだという故事から。
一目瞭然(いちもくりょうぜん)
ほんの少し見ただけでも、はっきりとわかること。 「一目」はほんの少しだけ見ること。 「瞭然」はしっかりとした区別があり、わかりやすいこと。 「一目了然」とも書く。
一問一答(いちもんいっとう)
一つの質問、設問に対して一つの解答をすること。また、その形式のこと。
一門数竈(いちもんすうそう)
一つの家族が一つの家に暮らしながらも、生計を別々にしてまとまりがないことを非難する言葉。 「一門」は一つの家族。 「数竈」はかまどが複数あること。 一つの家に複数のかまどがあるということから。 元は魏が南方の江南地方の風習を非難して言った言葉。
一文半銭(いちもんはんせん)
ごくわずかな金銭のこと。 「文」と「銭」はともに昔の通貨の単位。 一文銭の直径が一寸(ひとき)であることから、半銭を"きなか"とも読む。
一文不通(いちもんふつう)
読み書きができないこと。 「文」は文字の意。 一文字ですら意味が通じていないことから。
一夜検校(いちやけんぎょう)
急に金持ちになることのたとえ。 「検校」は江戸時代、盲人に与えられた最高の官名。 大金を官に上納し、検校の位を受けたもののことをこう呼んだということから。
一夜十起(いちやじっき)
人は多かれ少なかれ私心や私情に左右され、私心を全て捨てさることは難しいということ。 「一夜(いちや)に十(と)たび起(お)く」とも読む。
意中之人(いちゅうのひと)
心の中でひそかに思いを寄せている相手。 恋愛対象や、仕事などの適任者の候補として挙げている人を指すときに用いる。
一遊一予(いちゆういちよ)
遊び楽しむこと。 「一」は"あるときは"の意味。 「遊」と「予」はともに遊び楽しむという意味。 王が楽しみを兼ねて民の生活を視察していたということから。
以長撃短(いちょうげきたん)
味方の長所を活かして、相手の短所を攻撃する。 戦場での兵の動かし方を説いた言葉。 「長(ちょう)を以(もっ)て短(たん)を撃つ」とも読む。
以長続短(いちょうぞくたん)
他人の長所を学び、それを取り入れて自分の短所を補うこと。 「長(ちょう)を以(もっ)て短(たん)を続(つ)ぐ」とも読む。
一葉知秋(いちようちしゅう)
わずかな前兆や現象から、物事の本質や変化、衰退などを察知すること。 「一葉」は一枚の葉のこと。 「知秋」は秋がきたことを知る意。 一枚の葉が落ちるのを見て、秋の訪れを察知するということから。