「い」を含む四字熟語
「い」を含む四字熟語 — 3101 件
株連蔓引(しゅれんまんいん)
全ての関係した者を罰すること。 「株連」は植物の根のひとつのまとまりのこと。 「蔓引」は蔓を引いて抜くこと。 植物の蔓を引いて、根のまとまりを一気に引き抜くという意味から。
春蚓秋蛇(しゅんいんしゅうだ)
下手な文字のこと。 「蚓」はみみずのこと。 春のみみずや秋の蛇がうねって動いた後のような文字ということから。
春宵一刻(しゅんしょういっこく)
春の夜は何よりも風情があり、春の夜のひとときには非常に大きな価値があるということ。 「春宵」は春の夜。 「一刻」はすこしの時間のこと。 「春宵一刻値千金」を略した言葉。
春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)
特に目立ったこともなく、平和で穏やかな様子。 または、穏やかでのんびりとした性格や態度のこと。 「春風」は春の穏やかな風。 「駘蕩」はのんびりと落ち着いている様子。
春風得意(しゅんぷうとくい)
仕事や出世にこれといった問題がなく順調なこと。 「得意」は願いどおりに物事が運ぶこと。 望みが叶うことを春の風の心地よさにたとえた言葉。 中国の唐の時代、孟郊が科挙に合格した喜びを表現した詩の一説から。
春和景明(しゅんわけいめい)
春の日の天候が穏やかで、日の光が明るいこと。 「春和」は春になって穏やかになった気候。 「景明」は日光が明るい様子。 「春(はる)和(やわら)ぎ景(けい)明らか」とも読む。
宵衣旰食(しょういかんしょく)
夜が明ける前から衣服を身に着けて夜遅くに夕食を取ることから、為政者が早朝から夜遅くまで懸命に政治に取り組むこと。 「宵」は夜が明ける前。 「旰」は日が暮れる頃。または、深夜。 「旰食宵衣」ともいう。
晶瑩玲瓏(しょうえいれいろう)
透き通っていて、宝石のように美しいこと。 「晶瑩」は透き通っている様子。 「玲瓏」は宝石のように美しく輝く様子。
彰往察来(しょうおうさつらい)
昔の出来事を明らかにして、これから先のことを予測すること。 「彰」は明らかにするという意味。 「察」は様々な事情を考えること。 「往(おう)を彰(あきら)かにして来(らい)を察す」とも読む。
上下一心(しょうかいっしん)
地位や身分にこだわらず、目的を果たすために団結すること。 全ての人が団結して取り組めば、どんな困難も乗り越えることができるという教え。 「上下(しょうか)心(こころ)を一(いつ)にす」とも読む。
笙磬同音(しょうけいどうおん)
人々が心を合わせて協調し、仲良くする様子のたとえ。 「笙」と「磬」はそれぞれ古代中国の管楽器と打楽器。 「同音」はこれらの楽器が協調して美しい音を作り出すこと。 「笙磬(しょうけい)音(いん)を同じくす」とも読む。
証拠隠滅(しょうこいんめつ)
真実を証明できるものを隠したり、消したりすること。 「隠滅」は目に付かないようにしたり、消したりすること。 主に裁判のときに不利になるようなものを失くすことをいう。
正笏一揖(しょうしゃくいちゆう)
重々しく礼儀正しい振る舞いをして、相手に敬意を示すこと。 「正笏」は束帯を身に付けた時に右手に持つ笏を正しく持つ振る舞いのこと。または、そこから礼儀正しいことのたとえ。 「一揖」は軽くお辞儀をすること。
瀟湘八景(しょうしょうはっけい)
中国の湖南省にある美しい景色の八つの場所。 「瀟湘」は中国の湖南省にある、瀟水と湘江という川が合流する場所。 昔から画題として知られている。
正真正銘(しょうしんしょうめい)
本物であること。嘘や偽りがまったくないこと。 「正真」は本物であること。 「正銘」は本物であること。起源や経歴に間違いがないこと。 似ている意味の言葉を重ねて強調した言葉。
正直一遍(しょうじきいっぺん)
正直な性格であるものの、それ以外に特に取り柄がないこと。
生死事大(しょうじじだい)
生か死かは最も大切な問題だが、今生きていることが最も大切であるということ。 禅宗の言葉で、生と死を繰り返して悟りを得ることは大切だが、悟りを得るのは、今生きている間しかないので、今を生きることが最も大切であるということ。
掌上明珠(しょうじょうのめいしゅ)
非常に大切にされている人や物のたとえ。 「掌上」は手のひらの上。 「明珠」は美しい宝石。 手のひらの上にのせた、美しい宝石のように可愛がるという意味から。 特に両親に可愛がられる子どものことをいう言葉。
精進潔斎(しょうじんけっさい)
肉類を食べず、酒を飲まずに心と体を清めること。 「精進」は肉類や酒を飲まずに、心と体を清めて修行すること。 「潔斎」は不浄なものを避けて、心と体を清らかな状態に保つこと。
小水之魚(しょうすいのうお)
水の少ない、小さな水溜りの中にいる魚のこと。 いつ死んでもおかしくない危険な状況をいう。 いつ干上がって水がなくなるかわからないということから。 「小水」は少量の水のこと。
少数精鋭(しょうすうせいえい)
非常にすぐれた能力ある少人数の兵士や軍隊のこと。 または、そのような能力のある人のこと。 「少数」は数が少ないこと。 「精鋭」は気力やすぐれた能力がある人材のこと。
承前啓後(しょうぜんけいご)
昔からのものを受け継いで、未来を切り開くこと。 学問や事業などのことをいう。 文化や文明を受け継いでいくことの大切さをいう言葉で、中国で昔から重要視されてきた考え方。 「前を承け後を啓(ひら)く」とも読む。
少壮幾時(しょうそういくときぞ)
人の若い時期は短く、あっという間に老いてしまうということ。
少壮気鋭(しょうそうきえい)
若くて、気力に満ち溢れていること。 または、そのような人。 「少壮」は二十から三十代の元気な年頃。 「気鋭」は鋭い意気込みがあること。 将来が期待されている若者をいう言葉。
消息盈虚(しょうそくえいきょ)
時代が変化していくこと。 「消息」は消えたり生まれたりすること。または、繁栄したり衰退したりすること。 「盈虚」は満ちたり欠けたりすること。または、繁栄したり衰退したりすること。
小懲大誡(しょうちょうたいかい)
軽い刑罰を与えることによって、二度としないように恐れさせて警告すること。 「小懲」は小さな罰を与えて恐れさせること。 「大誡」は強く警告すること。 人徳のない人は、自分の利益にならない仁はしないので、軽い刑罰で脅して、罪を犯さないようにすることが、そのような人には幸福であるということから。 「小(すこ)しく懲(こ)らして大いに戒(いまし)む」とも読む。
祥月命日(しょうつきめいにち)
仏教の言葉で、一周忌を向かえた後の、故人が死んだ月日と同じ月日のこと。 「祥月」は故人の一周忌を向かえた後の、その人が亡くなった月日と同じ月日のこと。 「命日」は故人が亡くなった日と同じ日のこと。
傷天害理(しょうてんがいり)
自然に定まっている、天の道徳に背くこと。 「傷」と「害」はどちらも壊すということ。 「理」は道理のこと。 「天を傷つけ理を害す」とも読む。
少年易老(しょうねんいろう)
若いころから無駄な時間を過ごすことなく、学問に励み続けなければならないということ。 年月はすぐに過ぎていって、若い人もすぐに老いるが、学問は簡単には完成しないことから。 「少年(しょうねん)老(お)い易(やす)く学(がく)成(な)り難(がた)し、一寸の光陰(こういん)軽(かろ)んず可(べ)からず」を略した言葉。
商売繁盛(しょうばいはんじょう)
商いがうまくいって利益が出て、賑わい栄えること。 「繁盛」は賑わい、栄えること。 「商売繁昌」とも書く。
賞罰之柄(しょうばつのへい)
ほめることと罰を与えることができる権力のこと。 「柄」は権力のこと。
笑比河清(しょうひかせい)
厳しい性格で、笑顔を見せることがほとんどないこと。 「河清」は黄河の水が澄き透ること。 今までに澄き通ったことのない黄河の水が透き通るくらいに、笑顔を見せることがないという意味から。 中国の北宋の時代の裁判官の包拯がほとんど笑うことがなかったことを、人々にたとえられたという故事から。 「笑いを河清(かせい)に比(ひ)す」とも読む。
松風水月(しょうふうすいげつ)
清らかな人格のたとえ。 松を渡る風のようにさわやかで、水面に映る月のように澄み切っているということから。 清らかで高潔な人格を言い表す言葉。
蕉風俳諧(しょうふうはいかい)
日本の江戸時代の俳人の松尾芭蕉と、その一門によって確立された俳諧のこと。 さび、しおり、細み、軽みなどを主体として、落ち着いた雰囲気と奥深い趣を尊ぶ句風を特徴としている。 「正風俳諧」とも書く。
傷風敗俗(しょうふうはいぞく)
道徳を乱して、社会に害を与えること。 「傷風」と「敗俗」はどちらもよい風俗に害を与えるということ。 「風(ふう)を傷(そこな)い俗(ぞく)を敗(やぶ)る」 「風(ふう)を傷(やぶ)り俗(ぞく)を敗(やぶ)る」とも読む。
鐘鳴鼎食(しょうめいていしょく)
財産も地位もある人の贅沢な生活のこと。 「鐘鳴」は鐘を鳴らして食事の時間を知らせること。 「鼎食」は祭器としても使われる、三本足の器の鼎に料理を盛って、たくさんの鼎を並べて食事すること。
生滅滅已(しょうめつめつい)
仏教の言葉で、生と死を超越して、煩悩が無くなった安らぎの境地である涅槃に入ること。 「生滅」は生まれることと死ぬこと。 「滅已」はなくなるということ。
逍遥自在(しょうようじざい)
世間から離れて、自由に楽しむこと。 「逍遥」は気分に任せて歩くということから、思うままに楽しむこと。 「自在」は何ものにも縛られないこと。
逍遥法外(しょうようほうがい)
法律を犯した人が、罰則を受けることなく、自由に生活していること。 「逍遥」は何ものにも縛られず、思ったままに歩きまわること。 法律の外側を自由に歩きまわるということから。 「法外(ほうがい)に逍遥(しょうよう)す」とも読む。
従容無為(しょうようむい)
心を悩まされることなく、心にゆとりがあり、何もかまえることがないこと。 「従容」はゆとりがあり、落ち着いている様子。 「無為」は行動しないこと。 ゆったりとして、何もかまえなくとも全てが自然に治まるという政治論をいう。 「縦容無為」とも書く。
小利大損(しょうりだいそん)
少しの利益を得ようとして、大きな利益を逃すこと。 または、少しの利益を得ようとして、大損すること。
蜀犬吠日(しょくけんはいじつ)
見識の狭い人が理解もできないのに賢者の言行を非難すること。 または、見識の狭い人が理解できないことに対して、無駄な疑いを持って騒ぎ立てること。 中国の蜀は高い山に囲まれた地で、ほぼ毎日霧に覆われていて、たまに霧が晴れると犬が怪しんで太陽に向かって吠えたという故事から。 「蜀犬(しょっけん)日(ひ)に吠(ほ)ゆ」とも読む。
食色性也(しょくしょくせいや)
食欲と性欲は、人が生まれつき持つ基本的な欲求であり、これを取り除くことはできないということ。 「食(しょく)と色(しょく)は性(せい)なり」とも読む。
色若死灰(しょくじゃくしかい)
恐怖などによって、顔から血の気がなくなり青ざめていること。 「死灰」は完全に燃え尽きて白く冷たくなった灰。 「色(いろ)死灰(しかい)の如(ごと)し」とも読む。
色衰愛弛(しょくすいあいし)
美しさや魅力によって愛された人が、衰えてその美しさが失われた結果、愛情も失われること。 中国の春秋時代、衛の国の弥子瑕(びしか)は君主から寵愛を受け、何をしても褒められた。しかし、その寵愛が次第に薄れると、以前と同じ行動でも批判されるようになったという故事から。 「色(いろ)衰(おとろ)え愛(あい)弛(ゆる)む」とも読む。
食馬解囲(しょくばかいい)
恩を受けた人が、恩人の危機に助けに行くこと。 中国の秦の穆公は、逃げた愛馬を探していると、野人が馬を捕らえ食べようとしていたが、穆公は野人の気持ちを察して馬だけでなく酒も出してやった。 その後、穆公が戦争で危機に陥ると、駆けつけた野人のおかげで穆公は戦争に勝利したという故事から。 「馬を食らいて囲みを解く」とも読む。
芝蘭結契(しらんけっけい)
良い影響を受ける賢者との交友。 「芝」は霊芝のこと。 「蘭」は藤袴のこと。 どちらも植物で香り高いということから、善人や賢者のたとえ。
至理名言(しりめいげん)
物事の筋道が理屈に適っているすぐれた言葉。 「至理」は正しい道理のこと。 「名言」は立派な言葉。
砥礪切磋(しれいせっさ)
学問や人格を高めるために努力すること。 「砥」と「礪」と「磋」は磨くという意味。 「切」は骨などを切って加工すること。
指鹿為馬(しろくいば)
間違っていたり、理屈に合わないと理解していても、無理に押し通すこと。 中国の秦の始皇帝の死後に、権力を得ようとした趙高は、二世皇帝に鹿を馬と言って献上した。 そのことに対して、何も言わなかった人や、それは馬だと言った人、鹿だと言った人がいたが、趙高は鹿と言った人は全て処罰したという故事から。 「鹿(しか)を指して馬(うま)と為(な)す」とも読む。
四六駢儷(しろくべんれい)
四字句と六字句の対句を用いる、古代中国の修辞的な文体のこと。 「駢」は馬を二頭並べて車につなぐという意味から、対句という意味。 「儷」は一対になって並ぶという意味。 中国の六朝時代から唐の時代にかけて盛んに使われ、中国の美文の基本となった文体。
臣一主二(しんいつしゅに)
誰に仕えるかは、個人の自由ということ。 元は臣下としての自分の体は一つしかないが、仕えることのできる主人はたくさんいるという意味の言葉。 仕えている君主が駄目なら、他にも君主はたくさんいるので、自由に見つけて仕えてもよいということをいう。
神韻縹渺(しんいんひょうびょう)
芸術作品にある、表現できないほどのすぐれた趣のこと。 「神韻」は神業のようなすぐれた趣のこと。 「縹渺」はかすかではっきりとしない様子。 「縹渺」は「縹眇」とも、「縹緲」とも書く。
心悦誠服(しんえつせいふく)
相手の誠意から喜んで従うこと。 「心悦」は相手の行動や言葉に本心から喜ぶこと。 「誠服」は本心から尊敬して従うこと。
晨煙暮靄(しんえんぼあい)
朝に出る霧と夕方に出るもや。 「晨煙」は朝早くに出る霧。 「暮靄」は日暮れに出るもや。 霧やもやで霞んでいる日の出や夕暮れの風景をいう言葉。
神会黙契(しんかいもくけい)
言葉を使わずに、互いに意思が通じること。 「神会」は理解すること。 「黙契」は言葉で示さずに意思が伝わること。
心外千万(しんがいせんばん)
予想していなかった結果を非常に悔しく思うこと。 「心外」は思いもよらない結果を悔しく思うこと。 「千万」は程度がこの上ないこと。
心機一転(しんきいってん)
何かをきっかけに、気持ちがよい方向に切り替わること。 「心機」は心の動き、気持ち。 「一転」はがらりと変わること。ひっくり返ること。
新旧交替(しんきゅうこうたい)
新しいものと古いものが入れ替わること。特に重要な地位や立場での人事や物事の変化を指す言葉。
晨去暮来(しんきょぼらい)
朝早く家を出て、夕方になって帰ってくること。 「晨」は早朝。 野鳥が朝早くに餌を探しに出て、夕方には巣に帰ってくるということから。
身軽言微(しんけいげんび)
地位が低いと発言も軽く扱われるということ。 「身軽」は身分が低いこと。 「言微」は言葉が軽く扱われること。 「身(み)軽くして言(げん)微(いや)し」とも読む。
神経衰弱(しんけいすいじゃく)
疲労によって神経が過敏になる精神の病気。 または、トランプ遊びの名称。
心慌意乱(しんこういらん)
ひどく慌てて、何がなんだかわからなくなること。 「心慌」は慌てること。 「意乱」は心が乱れて訳がわからなくなること。 「心(こころ)慌(あわ)ただしく意(い)乱(みだ)る」とも読む。
深溝高塁(しんこうこうるい)
守りの固い城塞のこと。 「溝」は敵の侵入を防ぐための堀。 「塁」は土石を重ねて作った砦。 深い堀と高い砦ということから。
心曠神怡(しんこうしんい)
心が大らかで、非常に楽しい気分になること。 「心曠」は心が広く、大らかなこと。 「神怡」は心が喜ぶこと。 岳陽楼の上階に登ると、心が広々として愉快な気持ちになり、栄誉も恥も忘れて酒杯をあげ、喜びで胸が一杯になったということから。 「心(こころ)曠(ひろ)く神(しん)怡(よろこ)ぶ」とも読む。
心口如一(しんこうじょいつ)
内心と発言が同じであること。裏表のない様子。 心と口が一つであるという意味から。 「心口(しんこう)一(いつ)の如(ごと)し」とも読む。
心広体胖(しんこうたいはん)
心が広く穏やかな人は、体も大きく落ち着いて見えるということ。 「心広」は心が大きく広いこと。 「体胖」は体が大きくのびのびとしていること。 「心(こころ)広ければ体(たい)胖(ゆた)かなり」とも読む。
深根固柢(しんこんこてい)
基礎をよく固めて、不安定にならないようにすること。 「根」と「柢」はどちらも木の根のことで、物事の基礎のたとえ。 根を深く強固なものにするという意味から。 「根(ね)を深くして柢(てい)を固くす」とも読む。 「深根固蔕」とも書く。
神采英抜(しんさいえいばつ)
内面も容姿も他の人よりもすぐれていること。 「神采」は心と外見。 「英抜」は他よりもずば抜けてすぐれていること。 「神彩英抜」とも書く。
紳士協定(しんしきょうてい)
お互いが守ると信頼し合って結ばれる、非公式の約束。 または、条約の一種で、形式で縛らない合意のこと。 「紳士」は礼儀正しく、上品で教養のある男性。 「協定」は話し合って決めること。
慎始敬終(しんしけいしゅう)
最初から最後まで、気をゆるめずに慎重に行うこと。 または、物事は最初と最後が大切であるということ。 「慎」と「敬」はどちらも細心の注意を払うこと。 「始めを慎み終わりを敬(つつ)しむ」とも読む。
脣歯相依(しんしそうい)
互いに頼り合い、支え合う深い関係にある状態。 「脣」は唇のこと。 密接に関わり合っている唇と歯のような関係との意から。 「脣歯(しんし)相(あい)依(よ)る」とも読む。 「脣」は「唇」とも書く。
慎終追遠(しんしゅうついえん)
父母の葬式と先祖の祭祀を、心を込めて行うこと。 「終」は父母の葬式。 「遠」は先祖を祀ること。 「終(お)わり慎(つつし)み遠(とお)きを追(お)う」とも読む。
伸縮自在(しんしゅくじざい)
思うように伸ばしたり、縮めたりできること。 または、物事を思うとおりに操れること。 「伸縮」は伸ばしたり縮めたりすること。 「自在」は思うことが思うとおりになること。
真正真銘(しんしょうしんめい)
本物であること。嘘や偽りが少しも存在していないこと。 「真正」は本物であること、「真銘」は起源や経歴に間違いがないという意味から、本物であることのたとえで、似ている意味の言葉を重ねて強調した言葉。
心象風景(しんしょうふうけい)
心の中で思い浮かぶ風景のこと。 経験や感覚、感情などが元になって生み出される風景をいう。
針小棒大(しんしょうぼうだい)
たいしたことがない物事を、実際より大げさに言うこと。 針ほどの小さく些細なことを、棒ほどに大きく言うという意味から。
身心一如(しんしんいちにょ)
肉体と精神は一つのものの両面であり、分けることはできないということ。 「一如」は一体であること。 「心身一如」とも書く。
新進気鋭(しんしんきえい)
新たに現れた、鋭い意気込みがある将来有望な人のこと。 「新進」はその分野に新しく現れること。 「気鋭」は鋭く盛んな意気込みがあること。
真実一路(しんじついちろ)
真実だけを求めて生きること。 または、誠実に生きること。 「一路」はまっすぐやひたすらという意味。 山本有三の同名の小説によって広まったとされる言葉。