「人生の儚さ」に関連する四字熟語 — 45 件
「人生の儚さ」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全45件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一栄一辱(いちえいいちじょく)
人の世は、良いときもあれば悪いときもあるということ。 「栄」は栄えること。 「辱」ははずかしめを受けること。
一栄一落(いちえいいちらく)
人が繁栄したり、衰退したりすること。 「一」は"ある時は"という意味。 「栄」は繁栄すること。 「落」は衰退すること。
一場春夢(いちじょうのしゅんむ)
人生の栄光や繁栄が、儚く消えてしまうことのたとえ。 「一場」はほんの短い間の意。 春の夜にみる夢のように儚いということから。
一炊之夢(いっすいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
有為転変(ういてんぺん)
この世のものはすべて、少しの間もとどまらずに移り変わるということ。 そこから、この世ははかないものだということ。 「有為」はさまざまな因縁が重なって生じる、この世の現象。 「転変」は移り変わること。 もとは仏教の言葉。
有為無常(ういむじょう)
この世の全ての現象や存在は常に移り変わり、はかないものということ。 仏教の言葉で、「有為」は様々な因縁から生じる現象。
栄華之夢(えいがのゆめ)
人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。 人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。
栄枯盛衰(えいこせいすい)
栄えたり衰えたりすること。 または、繁栄しても衰退する人の世界の儚さのこと。 「栄枯」は草木が茂ったり枯れたりすること。 「盛衰」は盛んなことと衰えること。 「盛衰栄枯」ともいう。
役夫之夢(えきふのゆめ)
人生の栄華や栄光は夢のように儚いということのたとえ。 「役夫」は使用人のこと。 昼間は主人にこき使われている使用人が「夜は夢の中で王になって楽しんでいるから平気だ」と言ったという故事から。
薤露蒿里(かいろこうり)
人の一生は儚いということのたとえ。 または、死者を葬り、見送るための歌。 「薤露」は韮に降りた朝露との意味から、すぐに消えてしまうことのたとえ。 「蒿里」は中国にある死者の魂が集まるとされる山の名前のことから、墓地のたとえ。 中国の斉の田横という人物が、漢の劉邦に仕えることを恥じて自害した。 門人がそれを悼んで作った歌を、後に李延年が「薤露曲」と「蒿里曲」の二曲に分けて作曲した。 「薤露曲」は王族や貴族、「蒿里曲」は士大夫という身分の人や庶民を葬送するときに用いたといわれている。
邯鄲之夢(かんたんのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「邯鄲」は中国の町の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
騏驥過隙(ききかげき)
一瞬の出来事のこと。 または、時の経過が非常に速いことのたとえ。 「騏驥」は一日で千里を走りきるといわれる駿馬。 「過隙」は戸の隙間の向こう側をすっと走り抜けること。 戸の隙間の向こう側を走り抜ける駿馬の姿を見ることができるわずかな時間という意味から。 元は人の命のはかなさや短さを嘆いた言葉。
槿花一日(きんかいちじつ)
人の栄華は儚いということのたとえ。 「槿花」は植物のむくげの花のこと。 むくげの花は一日で散るということから。 「槿花一日の栄」という形で使うことが多い言葉。
槿花一朝(きんかいっちょう)
人の栄華は儚いということのたとえ。 「槿花」は植物のむくげの花のこと。 むくげの花は朝に咲いて、夕方には散ってしまうということから。 「槿花一朝の夢」という形で使うことが多い言葉。
紅顔可憐(こうがんかれん)
時の流れは無常だということ。 「紅顔」は血色のよい若い青年、「可憐」は「あわれむべし」となって、気の毒ということ。 青年が時とともに老いたことを憐れに思い、同情せずにいられないという意味。
黄粱一炊(こうりょういっすい)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「黄粱」は粟の一種のおおあわ。 「一炊」は粟のかゆを炊く時間。 粟のかゆを炊く間の短い時間という意味から。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
黄粱之夢(こうりょうのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「黄粱」は穀物の大粟の別名。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
胡蝶之夢(こちょうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
生死不定(しょうじふじょう)
人の一生は儚いということ。 仏教の言葉で、人はいつ生まれて、いつ死ぬかは決まっていないのでわからないという意味から。
生死無常(しょうじむじょう)
人の一生が儚いことのたとえ。 「無常」は仏教の言葉で、世の中が変化しやすいということ。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)
生きている人はいつか必ず死ぬということ。 仏教の言葉で、人の一生が儚いということをいう。 会者定離と対にして使われることが多い言葉。
諸行無常(しょぎょうむじょう)
世の中は常に変化しており、いつまでも変化しないものや永久に無くならないものはないということ。 人生、人の命の儚さをいう言葉。 「諸行」はこの世にある全てのもの、全ての現象のこと。 「無常」は変化しないものはないという意味。 「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」という仏教の思想の特徴を表す三法印の一つ。 平家物語の冒頭として有名。
常命六十(じょうみょうろくじゅう)
人の命はおおよそ六十歳くらいであるということ。 「常命」は平均の寿命。
人生如夢(じんせいじょむ)
人の一生が儚いことのたとえ。 人の一生は夢のように消えてしまいやすいということから。 「人生(じんせい)夢の如(ごと)し」とも読む。
人生朝露(じんせいちょうろ)
人の一生が儚いことのたとえ。 「朝露」は朝の早い時間におりた露のことで、昼には消えてしまうということから、儚いもののたとえ。 人の一生を消えやすい朝露にたとえた言葉。 「人生朝露の如し」を略した言葉。
雪泥鴻爪(せつでいのこうそう)
人の行動や、人の一生で起こる出来事は儚いものであるということ。 「雪泥」は雪が解けたあとのぬかるんでいる場所。 「鴻爪」は鳥の鴻の爪の跡。 雪解けのぬかるみに鴻が爪の跡を残しても、爪の跡はすぐに消えるということから。
滄海一粟(そうかいのいちぞく)
非常に大きな物の中にある、極めて小さいもののたとえ。 特に宇宙と比べ人間は小さくて儚いものだということのたとえ。 「滄海」は大海、「一粟」は一粒の粟のこと。 大海に浮かぶ一粒の粟という意味。
荘周之夢(そうしゅうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 「荘周」は道教の始祖の一人とされる思想家の荘子の別名。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
粟粒一炊(ぞくりゅういっすい)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「粟粒」は穀物の粟のこと。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
朝盈夕虚(ちょうえいせききょ)
人の一生が儚いことのたとえ。 「盈」は満ちるという意味で、「虚」は「盈」の対語になる言葉で、空になるという意味。 朝に繁栄したものが夕方には滅びるという意味から。
朝開暮落(ちょうかいぼらく)
人の一生は儚いということのたとえ。 朝に咲いた花が夕方に散るという意味から。
朝生暮死(ちょうせいぼし)
命が短いこと。 虫の蜉蝣などの成虫は寿命が一日しかなく、それらのことを言った言葉で、朝に生まれて、夜には死ぬということから、人生の儚さをいう言葉。 「朝(あした)に生まれ暮れに死す」とも読む。
朝有紅顔(ちょうゆうこうがん)
人の一生は変わりやすく、儚いことのたとえ。 「紅顔」は色つやのよい顔ということから、若い人のたとえ。 「朝に紅顔有りて夕べに白骨となる」を略した言葉で、朝に若者だった人が、夕方には死んで白骨になるという意味から。
電光影裏(でんこうえいり)
人の一生は短く儚いものだが、悟りを得た者の魂は滅びることなく、永久に存在するということのたとえ。 中国の宋の僧の祖元が元の兵に襲われたときに唱えたとされる、「電光影裏、春風を切る」という経文の一句を略した言葉。 命は落としても魂は消えることはないということをたとえた言葉で、春風を鋭く光る稲妻で切り裂いたとしても、春風は何の影響もなく、いつもどおり吹くという意味から。
電光朝露(でんこうちょうろ)
非常に短い時間のたとえ。 または、人の一生が儚いことのたとえ。 「電光」は稲光。 「朝露」は植物の葉に宿る朝の露のこと。 「電光」と「朝露」はどちらもあっという間に消えるという意味から。
東岱前後(とうたいぜんご)
人の命は儚いものであるということ。 「東岱」は中国の山の泰山の別名。 泰山は死者の魂が帰り着く場所とされていたことから、人が死ぬことのたとえ。 「前後」は前後が定まっていないこと。 泰山に立ち上る煙のように不安定ということから、生き死にが定まっていないことのたとえ。 「東黛前後」とも書く。
南柯之夢(なんかのゆめ)
夢のこと。 または、世の中は夢のようにはかないことのたとえ。 中国の唐の時代、ある男性が槐の木の下で寝ているときに、大槐安国の王の娘と結婚して南柯郡の太守となり繁栄と衰退を経験しながら二十年の歳月を過ごす夢を見たという故事から。
浮生若夢(ふせいじゃくむ)
人の一生は儚いということ。 「浮生」は儚い人の一生ということ。 「浮生(ふせい)は夢の若(ごと)し」とも読む。
蜉蝣一期(ふゆうのいちご)
人の一生が短く消えてしまいやすいことのたとえ。 「蜉蝣」は虫の蜉蝣(かげろう)。 「一期」は一生のこと。 蜉蝣は朝に成虫になり、夕方には寿命で死ぬといわれているということから、儚いもののたとえ。
秉燭夜遊(へいしょくやゆう)
人生は短いので、夜遅くまで遊んで楽しもうという意味。 「秉燭」は手に灯りを持つこと。
泡沫夢幻(ほうまつむげん)
人の命が儚いことのたとえ。 「泡沫」は水の泡。 水の泡、夢、幻のようにすぐ消えてなくなるという意味から。 「夢幻泡沫」ともいう。
夢幻泡影(むげんほうよう)
人生のはかなさのたとえ。 「夢」「幻」「泡」「影」は、どれもすぐに消えてしまうはかないものであることから。 全てのものは実体がなく空であるという仏教語。
無常迅速(むじょうじんそく)
人の世の移り変わりは、この上なく速くてはかないということ。 「無常」は仏教語で世の中は変化がとても速くて変化しないものはないということ。または、人の命ははかないということ。 「迅速」は非常に速い様子のこと。
老少不定(ろうしょうふじょう)
人の寿命は歳に関係なく一定ではないので予見できないということ。 「不定」は一定ではない、定まっていないということから、人生の無常をいう仏教語。 「少」は若い、または若者という意味。
盧生之夢(ろせいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「盧生」は人の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
