「と」で終わる四字熟語 — 46 件
「と」で終わる四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
意中之人(いちゅうのひと)
心の中でひそかに思い定めている人。恋しく慕う相手、また結婚したいと願う異性を指すことが多い。 転じて、ある役目や地位にふさわしいと内心で見込んでいる人物についてもいう。 「意中」は心の内、胸に抱いている思いのこと。東晋の詩人陶潜が、学問上の考えを異にして疎遠となった三人の友に贈った詩の中で、それでも心に懸かる相手を「意中の人」と詠んだことに基づく言い回し。
飲食之人(いんしょくのひと)
飲んだり食べたりすることだけを楽しみにしている人のこと。 本能にだけ従って生きている人のことをいう。
鬱塁神荼(うつりつしんと)
門を守る神の名前。 「神荼」と「鬱塁」は門を守る神の兄弟の名前。 百鬼を支配して、従わないものを虎に食べさせたとされる門の守り神。 古代中国では二神(鬱塁と神荼)と虎の絵を門にはって魔よけにしていた。 「鬱塁神荼」ともいう。
火牛之計(かぎゅうのはかりごと)
牛を使った戦法のこと。 中国の戦国時代の斉の田単や、日本では木曾義仲が用いたとされる戦法で、牛の角に刀剣をくくりつけ、それらの牛の尾に火をつけて、敵陣に突撃させる戦法のこと。
渦中之人(かちゅうのひと)
問題に巻き込まれている人。 または、その中心にいる人。 「渦中」は混乱している状況の中。
観者如堵(かんじゃじょと)
多くの見物人が集まっている様子。 「堵」は土を固めて作った塀。 見物人が多く、塀のように見えるという意味から。 「観(み)る者堵(と)の如(ごと)し」とも、「観(み)る者堵(かき)の如(ごと)し」とも読む。
眼中之人(がんちゅうのひと)
心の中から消えることなく、いつも思っている人。または、非常に親しい関係の友人。
金烏玉兎(きんうぎょくと)
太陽と月のこと。 または、歳月や時間のこと。 「金烏」と「玉兎」はどちらも中国の伝説上の動物のこと。 「金烏」は太陽にいるとされる足が三本の烏のことで、太陽のたとえ。 「玉兎」は月にいるとされる兎のことから、月のたとえ。
玉蟾金兎(ぎょくせんきんと)
月の別名。 中国では古くから、月にはひきがえると兎がすむと言い伝えられてきた。 「玉蟾」はそのひきがえる、「金兎」はその兎のことで、どちらもそれだけで月を表す。
苦肉之計(くにくのはかりごと)
苦し紛れの策略のこと。または、自らの体を苦しめることまでして、敵を欺く策略のこと。 三国時代、赤壁の戦いで呉の黄蓋が魏のスパイの前で、自らの意思で刑を受け、見限っての投降と思わせて、敵の陣営の船団に火を放ち形勢逆転した故事から。 「苦肉之謀」とも書く。
結縄之政(けつじょうのまつりごと)
古代に行われた政治のこと。 文字が存在しなかった時代の政治を行う上での意志の伝達や記録の方法で、大事には大きな縄の結び目を結び、小事には小さな縄の結び目を結んだということから。
後如脱兎(こうじょだっと)
逃げ出す兎のような素早さで攻撃すること。または、相手が油断したところで実力を発揮すること。 「脱兎」は兎の習性の一つで、逃げる直前に一度相手に跳びはねることをいう。 「後(のち)は脱兎(だっと)の如(ごと)し」とも読む。 この言葉の前に「始めは処女の如(ごと)し」という言葉があり、孫子の兵法の一つ。
鴻門玉斗(こうもんのぎょくと)
中国の漢の劉邦が、鴻門の会で楚の項羽の家臣である范増に贈った、翡翠でできたひしゃくのこと。 劉邦と項羽が鴻門で会見した際、項羽の家臣である范増は、項羽に劉邦を殺すように進言したが、項羽は劉邦を討ちもらした。 それを知った范増は、激怒して悔しがり、劉邦から贈られた翡翠のひしゃくを剣で打ち砕いたという故事から。
高陽酒徒(こうようのしゅと)
酒を好んで飲む人のこと。 または、自身のことを世を捨てて、ただ酒を飲むだけの人だとあざけっていう言葉。 「高陽」は中国の地名。 「酒徒」は酒飲みのこと。 中国の秦の時代、高陽を進軍していた劉邦たちに面会を求めた酈食其は、儒者の服を着ていたために、劉邦が儒者を嫌っていることを理由に家臣から断られた。 酈食其はそれに対して、自分は儒者ではなくただの酒飲みだと憤慨したという故事から。
猜疑嫉妬(さいぎしっと)
疑って妬むこと。 「猜疑」は信用できず妬むこと。
子建八斗(しけんはっと)
優れた才能を激賞した言葉。 「子建」は魏の曹植という人物の字(あざな)。 「八斗」は量の単位のことで、十斗で一石。 宋の謝霊運が「天下が一石の才とするならば曹植の詩の才は八斗を得る」と激賞した故事から。
獅子搏兎(ししはくと)
簡単なことでも全力で取り組むこと。 「獅子」はライオン、「搏兎」は兎を捕まえることで、ライオンは兎のような弱い動物を捕まえる時も、全力で捕まえるということから。
市井之徒(しせいのと)
普通の人。 または、素行の悪いならず者のこと。 「市井」は町にある共用の井戸のことで、昔の中国では井戸の周りに町を作っていたということから、人家が集中している場所をいう。 「徒」は多くの人々のこと。
衆矢之的(しゅうしのまと)
たくさんの人から集中的に攻撃や非難をされる人のこと。 「衆」は数が多いこと。 たくさんの矢に射られる的という意味から。
守株待兎(しゅしゅたいと)
古いしきたりを守ることにしばられて、融通がきかないこと。 または、思いがけない幸運が起こることを頼りにする愚かさのこと。 「守株」は切り株を見つめること。 「待兎」は兎を待つこと。 中国の春秋時代の宋の国で、偶然に木の切り株にぶつかって死んだ兎を手に入れた農夫は、それからずっと切り株を見つめて過ごし、畑が荒れ果てたという故事から。 「株(かぶ)を守りて兎(うさぎ)を待つ」とも読む。
処女脱兎(しょじょだっと)
兵法の一つで、始めのうちは大したことのないように見せて相手を油断させ、後にものすごい勢いを発揮することのたとえ。 「処女」は家にいる少女という意味から、未婚の少女のこと。 「脱兎」は逃げる兎。 おとなしい少女に見せかけて油断させ、その後に逃げる兎のような勢いで攻めるということから。 「始めは処女の如く後は脱兎の如し」を略した言葉。
真金不鍍(しんきんふと)
真の実力や才能があれば、わざわざ外見や表面を飾る必要はないということ。 金自体が高く評価される素材であるため、めっきで表面を飾る必要がないことから。 「鍍」はめっきのこと。 「真金(しんきん)は鍍(と)せず」とも読む。
柔茹剛吐(じゅうじょごうと)
弱者を見下して、強者に謙るという、世の常を言う言葉。 「柔茹」は柔らかい食べ物を食べること。 「剛吐」は固い食べ物を吐き出すこと。 「柔(じゅう)なるは茹(くら)い剛(ごう)なるは吐(は)く」とも読む。
如火如荼(じょかじょと)
軍隊の勢い、または情熱や意気込みが非常に盛んな様子のたとえ。 「荼」はイネ科のちがやの穂。白い色をしている。 燃え上がる火の赤さと、生い茂るちがやの白さを用いて、盛んな勢いを表した言葉。 「火(ひ)の如(ごと)し荼(と)の如(ごと)し」とも読む。
水鏡之人(すいきょうのひと)
人の手本になるような、理解力や判断力に優れている賢い人のこと。 または、事実のままに物事を観望できる公平な人のこと。 水鏡のように清廉な人物。 「水鏡」は本当の姿をそのまま映す鏡のように、静かで曇りのない水面という意味。
彗氾画塗(すいはんがと)
何の問題もなく簡単にできることのたとえ。 「彗氾」は水溜りを箒で掃くこと。 「画塗」は刀を使って泥に線を引くこと。
泰山北斗(たいざんほくと)
学問や芸術などの一つの分野で最もすぐれている人のこと。 「泰山」は中国の名高い山、「北斗」は星座の北斗七星のことで、どちらも人が見上げるものであることから。
当路之人(とうろのひと)
重要な職務についていて、権力のある人のこと。 「当路」は交通の重要な場所にいるという意味から、重要な地位について権力を持っていること。
斗筲之人(としょうのひと)
器量の小さな人のたとえ。 「斗」は一斗の量が入る升。 「筲」は一斗二升の量が入る竹の籠。 どちらも入る量が少ない器のことから。 「斗筲之器」「斗筲之材」「斗筲之子」ともいう。
同帰殊塗(どうきしゅと)
手段や方法など道筋は違っていても、結果や結論は同じところにたどり着くこと。 「殊塗」は異なる道筋のこと。 「同帰」は同じところに状態や結果が落ち着くこと。 「同帰殊塗」ともいう。
