「生活」に関連する四字熟語一覧
「生活」に関連する四字熟語の一覧です。
悪衣悪食(あくいあくしょく)
粗末な着物と食事のことから、質素で貧しい生活という意味。
一竿風月(いっかんふうげつ)
俗世にとらわれず、自然の中でのんびりと自由な生活を送ること。 「竿」は釣竿のこと。 「風月」は自然を親しみ、風流を楽しむこと。 一本の釣竿を持って、風流を楽しむということから。
一裘一葛(いっきゅういっかつ)
この上なく貧しい暮らしのたとえ。 「裘」は冬に着る毛皮の服。 「葛」は夏に着る薄い布の服。 それぞれを一枚ずつしか持たず、ほかの着替えを持たないということから。
一擲千金(いってきせんきん)
惜しむことなく豪快に大金を使うこと。 または、思い切りよく行動すること。 「一擲」は一度投げること。 「千金」は大金のこと。 賭け事の一度の勝負に大金を賭けることから。 「千金一擲」ともいう。
栄耀栄華(えいようえいが)
富や権力を得て栄え、贅沢を極めること。 または、家が富や権力で繁栄すること。 「栄耀」は栄えて輝くという意味。 「栄華」は華やかに繁栄するという意味。 似ている語を重ねて強調した語。 「栄華栄耀」ともいう。
烟霞痼疾(えんかのこしつ)
自然を愛する気持ちが非常に強いこと。 または、隠居して自然と親しみながら生活すること。 「烟霞」はもやと霞のこと。転じて自然の景色。 「痼疾」は治ることなく長い期間患っている病。持病。 自然の風景を愛好する習性を病にたとえた言葉。 「煙霞痼疾」とも書く。
轅下之駒(えんかのこま)
能力が足りないために、仕事を片付けられないこと。 または、人から束縛されて、自由にできないこと。 「轅」は馬車や牛車の舵棒、ながえのこと。 「駒」は二歳の若い馬。 まだ力の足りない若い馬を馬車につなぐという意味から。
怨女曠夫(えんじょこうふ)
結婚するのにふさわしい年齢や能力はあるが、結婚していない人のこと。 または、死別や離別をして伴侶のいない人のこと。 「怨女」は夫のいない女性。 「曠夫」は妻のいない男性。
家給人足(かきゅうじんそく)
安定していて豊かな生活のこと。 「給」と「足」はどちらも満ち足りているという意味。 全ての家や人に衣食が行き渡っていて、全て人が生活に不自由しないという意味から。 「家(いえ)ごとに給(きゅう)し人ごとに足る」とも読む。
活計歓楽(かっけいかんらく)
好き勝手に楽しみながら、贅沢な生活をすること。 「活計」は贅沢をすること。
家徒四壁(かとしへき)
ひどく貧しいことのたとえ。 家の中に家具が何も無く、四つの方向に壁しかないという意味から。 「家、徒(ただ)四壁(しへき)のみ」とも読む。
閑雲野鶴(かんうんやかく)
世間を離れのんびりと自由に暮らすこと。 または、のんびりとした生活を送る隠士の心境のたとえ。 「閑雲」はのんびりと空に浮かぶ雲。 「野鶴」は野で自由に遊ぶ鶴。 「野鶴閑雲」ともいう。
鰥寡孤独(かんかこどく)
親族が誰もいなくさびしいこと。 「鰥」は年をとって妻がいなくなった夫。 「寡」は年をとって夫がいなくなった妻。 「孤」は親がいない子ども。 「独」は子どもがいない老人。 全て身寄りのないさびしい人を言い表す言葉。 「矜寡孤独」とも書く。
環堵蕭然(かんとしょうぜん)
狭く質素でみすぼらしい家の様子。 「環堵」は家を囲む垣根のこと。または小さく狭い家のこと。「堵」は長さの単位で、一説に約二・二メートルとされるが諸説ある。 「蕭然」は寂しい様子。
含飴弄孫(がんいろうそん)
年老いて仕事を止めた後の気楽な生活のこと。 飴を食べながら孫と遊ぶという意味から。 「飴(あめ)を含んで孫を弄(もてあそ)ぶ」とも読む。
含哺鼓腹(がんぽこふく)
人々が豊かな生活をして、平和な世の中を楽しむこと。 「含哺」は口に食べ物を含むこと。 「鼓腹」は腹鼓を打つこと。 満腹になって満たされている様子から。 「哺(ほ)を含み腹(はら)を鼓(こ)す」とも読む。
驕奢淫逸(きょうしゃいんいつ)
偉そうに振る舞って贅沢な暮らしをして、女性に溺れること。 または、その様子。 「驕奢」は調子に乗って贅沢をすること。 「淫逸」は性的に乱れた暮らしをすること。 「驕奢淫佚」とも書く。
曲肱之楽(きょくこうのたのしみ)
富を求めずに、貧しくても正しい行いをする楽しみのこと。または、貧しい暮らしをしていても、その中に楽しみはあるということ。 「曲肱」は枕が買えないために腕を曲げて、肘を枕にするという意味。
錦衣玉食(きんいぎょくしょく)
贅沢な生活のたとえ。 または、高い身分のたとえ。 美しく高級な着物と宝石のように上等な食事ということから。
金塊珠礫(きんかいしゅれき)
贅沢を極めること。 「塊」は土のかたまりのこと。 「礫」は小石のこと。 金を土のように扱い、宝石を小石のように扱うということから。 「金をば塊(かい)のごとく珠(たま)をば礫(こいし)のごとくす」とも読む。
勤倹尚武(きんけんしょうぶ)
しっかりと働いて、質素に暮らしながら武芸に励むこと。 「勤倹」はしっかりと働いて、無駄遣いをしないようにすること。 「尚武」は武士の生活態度の基本をいう言葉で、武芸を尊ぶという意味。
尭階三尺(ぎょうかいさんじゃく)
君主がつつましい生活をすることのたとえ。 古代中国の伝説の聖天子の宮殿は、土を固めただけの階段があり、高さは三尺ほどしかなかったということから。 君主の生活の理想とされている。
形単影隻(けいたんえいせき)
誰一人として身内がいなくて孤独なこと。 「形」は体のこと。 「隻」は一つのこと。 体が一つ、影が一つという意味から。 「影隻形単」ともいう。
懸車致仕(けんしゃちし)
公の仕事から退いてのんびりと生活すること。 または、七十歳のこと。 「懸車」は車をつるしておくこと。 「致仕」は官職を辞めること。または、七十歳のこと。 中国の前漢の薛広徳は、七十歳になり官職を辞めるときに天子から賜った馬車を、高く吊るしてその名誉を子孫に伝えたという故事から。 「車を懸(かか)げて致仕(ちし)す」とも読む。 「致仕懸車」ともいう。
胡孫入袋(こそんにゅうたい)
民間にいた人が、公職についたために自由が無くなること。 または、物事を自由に行えないこと。 「胡孫」は動物の猿の別称。 猿が袋の中に入れられるという意味から。 「胡孫(こそん)袋に入(い)る」とも読む。
孤独矜寡(こどくかんか)
身寄りのいない寂しい人のこと。 四種類の苦しみを持つ人のことをいい、孟子が優先的に保護する必要があると説いた。 「孤」は父親が亡くなった子ども。 「独」は子どものいない老人。 「矜」は妻のいない老人。 「寡」は夫のいない老女。 「孤独鰥寡」とも書く。
困苦欠乏(こんくけつぼう)
生活に必要なものが足りないほどに生活が苦しいこと。 「欠乏」は必要なものが足りないこと。
濠濮間想(ごうぼくかんのおもい)
世間から離れて、自然の中で静かに楽しむ心のこと。 「濠」は濠水、「濮」は濮水のことで、どちらも中国の川の名前。 中国の戦国時代の荘子は、楚王からの丞相にするという招きを断り、濠水で魚が遊ぶのを見て楽しみ、濮水で魚を釣って楽しんだという故事から。
極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ)
何事も悩まず、気楽に暮らしている人のこと。 「蜻蛉」は虫のとんぼ。 捕まる心配をする必要のない、極楽でのんびり飛んでいるとんぼという意味から。 のんきな人をからかう時に言う言葉。
採薪汲水(さいしんきゅうすい)
自然の中で質素な生活をすること。 山で薪(たきぎ)を採り、川の水を汲むという意味から。
山中暦日(さんちゅうれきじつ)
人里から離れて、山奥でのんびりと暮らすこと。 「暦日」は月日のこと。 「山中暦日無し」を略した言葉で、人里離れた山奥で暮らすと、ゆったりとしていて、月日がたつのを忘れてしまうという意味から。
侈衣美食(しいびしょく)
贅沢な生活のたとえ。 「侈」はぜいたくという意味で、「侈衣」はぜいたくな衣服のこと。 高価で華やかな衣服においしい食事ということから。
四海困窮(しかいこんきゅう)
世の中の人々が貧乏で生活に困ること。 「四海」は四方の海の内側という意味から、世の中や国内、世界のたとえ。
質素倹約(しっそけんやく)
節約しながらつつましく生活すること。 「質素」は贅沢ではないという意味。
奢侈淫佚(しゃしいんいつ)
ぜいたくな生活をして、みだらな楽しみにふけること。 「奢侈」は度を超したぜいたくのこと。 「淫佚」はみだらでだらしない様子のこと。
相如四壁(しょうじょしへき)
貧しいことのたとえ。 「相如」は人の名前。 中国の司馬相如は、若い頃貧しい生活をしていて、部屋の中には家具等が何もなく、四方は壁だけしかなかったという故事から。
鐘鳴鼎食(しょうめいていしょく)
財産も地位もある人の贅沢な生活のこと。 「鐘鳴」は鐘を鳴らして食事の時間を知らせること。 「鼎食」は祭器としても使われる、三本足の器の鼎に料理を盛って、たくさんの鼎を並べて食事すること。
逍遥自在(しょうようじざい)
世間から離れて、自由に楽しむこと。 「逍遥」は気分に任せて歩くということから、思うままに楽しむこと。 「自在」は何ものにも縛られないこと。
晴耕雨読(せいこううどく)
田園で心静かにのんびりと気ままな生活をすること。 晴れた日は畑を耕して、雨の日は屋内にこもって本を読むという意味から。
赤貧如洗(せきひんじょせん)
ひどく貧しいこと。 「赤」は何もないこと。 水で洗い流した後のように何もないということから。 「赤貧洗うが如し」という形で使うことが多い言葉。
千里無烟(せんりむえん)
人々の生活が貧しく苦しいこと。 「千里」は千里四方という意味から、広大な範囲のたとえ。 「烟」は炊事をするときにでる煙。 千里四方の広い範囲で、炊事をする煙が見えないという意味から。 「千里無煙」とも書く。
贅沢三昧(ぜいたくざんまい)
金や物を思うままに好きなだけ使うこと。 「贅沢」は必要以上の無駄な費用を使うこと。 「三昧」は夢中になって、ほかの事を蔑ろにするという意味。
粗衣粗食(そいそしょく)
貧しい暮らしや質素な生活という意味。 「粗衣」は粗末な衣服のこと。 「粗食」は粗末な食事のこと。
草根木皮(そうこんぼくひ)
草の根と木の皮という意味から、漢方薬やその素材のこと。 または、食糧不足で草の根や木の皮のようなものしか食べ物がないこと。
簇酒斂衣(そうしゅれんい)
貧しい生活のたとえ。 「簇」と「斂」はどちらも集めるという意味で、「簇酒」は酒を少しずつ集めること、「斂衣」は布の端切れを集めること。 酒好きで貧しい辛洞は、杯に一杯ずつ酒をもらって酒樽にためて飲み、同じく貧しかった伊処士は、布の端切れを集めて縫い合わせて、服を作ったという故事から。
甑塵釜魚(そうじんふぎょ)
とても貧しいことのたとえ。 「甑」は蒸すための調理器具で、こしきやせいろのこと。 「魚」は蚊の幼虫のボウフラのこと。 こしきには塵がつもり、鍋にはボウフラがわいて炊事をすることができないほど貧しいことから。 「釜魚甑塵」ともいう。
象箸玉杯(ぞうちょぎょくはい)
贅沢な生活を言い表す言葉。 または、贅沢な欲求が生まれ始めること。 象牙の箸と宝石の杯という意味から。 古代中国の殷の名臣の箕子は、主君の紂王が象牙の箸を作ったことを聞き、箸だけでは満足できずに宝石の杯を作り、それに合わせ食事や住居も贅沢になっていき、最後には世界の全てのものを集めても満足しなくなるだろうと恐れたという故事から。
池魚籠鳥(ちぎょろうちょう)
束縛された境遇のたとえで、主に宮仕えの役人のこと。 また、不自由な暮らしのこと。 不自由な境遇を「池の魚」と「籠(かご)の鳥」にたとえたもの。
朝齏暮塩(ちょうせいぼえん)
ひどく貧しいことのたとえ。 「齏」は野菜の和え物のこと。 朝食に塩漬けの野菜の和え物をおかずにして、夕食は塩をおかずにするということから。
天涯孤独(てんがいこどく)
血縁者や婚姻関係にある人がいないこと。 または、故郷を出て一人で暮らすこと。 「天涯」は空の果て。または、故郷から離れた土地。 「孤独」は信頼できる人が一人もいないこと。
韜光晦迹(とうこうかいせき)
すぐれた才能などを人に気付かれないように包み隠すこと。または、仏教で、悟りを開いたものが俗世を離れてひっそりと生活すること。 「韜」は包み隠すこと。 「光」は人のすぐれた才能のたとえ。 「晦」は隠すこと。 「迹」は痕跡のこと。 「光(ひかり)を韜(つつ)み、迹(あと)を晦(くら)ます」とも読む。 「晦迹」は「晦跡」とも書く。 「晦迹韜光(晦跡韜光)」ともいう。
東山高臥(とうざんこうが)
世間から離れて、山奥で生活すること。 「東山」は中国の浙江省にある山の名前。 「高臥」は枕を高くして寝るということ。転じて何も縛られずに、好きに暮らすこと。 晋の政治家の謝安は、何度も朝廷から出仕の要請を受けていたが、四十歳を過ぎるまで断り続けて、東山で生活し続けたという故事から。 「高臥東山」ともいう。
梅妻鶴子(ばいさいかくし)
俗世を離れた清らかで風流な隠遁生活のこと。 妻のかわりに梅の木を、子のかわりに鶴を愛でて、一人で清らかに風雅に暮らしたという故事から。
馬痩毛長(ばそうもうちょう)
貧しいと生きるだけで手一杯で、気力がなくなるということ。 馬が栄養を取ることができずに痩せて、毛だけが長くなるということから。 「馬(うま)痩(や)せて毛(け)長し」とも読む。
負薪汲水(ふしんきゅうすい)
自然の中で質素な生活をすること。 薪を採って谷川の水を汲むということから。
豊衣足食(ほういそくしょく)
衣服も食べ物も満ち足りていて、豊かな生活のこと。 「豊衣」は衣服がたくさんあること。 「足食」は食べ物が十分にあること。
豊衣飽食(ほういほうしょく)
生活に余裕があることのたとえ。 「豊衣」はゆとりのある大きめな服。 「飽食」は食べ飽きるほどの食べ物があること。
飽食煖衣(ほうしょくだんい)
不自由のない生活のたとえ。または、贅沢な生活のたとえ。 飽きるくらいの十分な食料と暖かい衣服があって、生活に困らないという意味から。 「煖衣」は「暖衣」とも書く。 「煖衣飽食(暖衣飽食)」ともいう。
茅茨不翦(ぼうしふせん)
粗末な家のこと。 または、質素な生活のたとえ。 「茅茨」は屋根の材料のちがやといばらのことから、茅葺きの屋根のこと。 「不翦」は切りそろえていないために端が不揃いなこと。 「茅茨(ぼうし)翦(き)らず」とも読む。 古代中国の伝説の聖天子の尭が、王になっても粗末な家に住み、質素な生活を重んじたという故事から。
抹月批風(まつげつひふう)
文人は、客を十分にもてなすことができないほどに、貧しいということのたとえ。 または、世間から離れて趣味を楽しむこと。 「抹」は細かく切ること。 「批」は薄く切ること。 風月を料理のようにして、客をもてなすという意味から。 「月を抹(まっ)し、風(かぜ)を批(ひ)す」とも読む。
悠悠自適(ゆうゆうじてき)
世間のうんざりするようなことから離れて、思いのままのんびりと生活すること。 「悠悠」は落ち着いていてのんびりと余裕のある様子。 「自適」は気分のままに楽しみながらのんびりと暮らすこと。 「優遊自適」や「優游自適」とも書く。
羅綺千箱(らきせんばこ)
意味のない贅沢のこと。 「羅」は透けて見えるほどに薄い絹織物、「綺」は細やかな綾文様のある絹織物のことで、どちらも美しく高価な布のこと。 高価で美しい絹織物の衣服を、千箱の衣装箱に収まらないほどにあっても、一度に一着しか着ることはできないということから、無駄な贅沢を戒める言葉。 「羅綺千箱一暖に過ぎず」を略した言葉。
藜杖韋帯(れいじょういたい)
飾り気が無く、慎ましいことのたとえ。 「藜杖」はあかざの杖、「韋帯」はなめし皮の帯のことで、どちらも質素なものという意味から。
籠鳥檻猿(ろうちょうかんえん)
自由を奪われて自分の好きなように生きることが出来ない境遇のたとえ。 籠の中の鳥と檻の中の猿という意味から。 「檻猿籠鳥」ともいう。