「修行する」に関連する四字熟語 — 36 件
「修行する」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全36件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一行三昧(いちぎょうざんまい)
一つの修行法を一心に励むこと。 または、念仏を唱えること。 「一行」は一つのことに専念すること。 「三昧」は精神を集中することで、心を安らかにすること。
一生不犯(いっしょうふぼん)
仏教での僧侶の戒律で、一生涯にわたって戒めを守り、男女の交わりをしないこと。 「不犯」は僧侶が戒律を守り、侵さないこと。
雲水行脚(うんすいあんぎゃ)
僧侶が様々な国を巡り歩きながら、仏教の修行をすること。 「雲水」は留まることのない雲と水ということから、修行僧のこと。
慧可断臂(えかだんぴ)
とても固い決意を示すこと。 「慧可」は高僧の名前、「断臂」は腕を切り落とすこと。 慧可は河南省嵩山の少林寺にいた達磨に教えを請うために、左腕を切り落として決意を示したという故事から。
回光返照(かいこうへんしょう)
①自分本来の姿を振り返り、反省して修行すること。 ②日が沈む前に夕日の照り返しで一瞬明るくなるということ。 ③死の間際に、一時的に元気を取り戻すこと。また、物事が滅びる間際に一時的に勢いを回復すること。 「回光」と「返照」はどちらも夕日の照り返しや、日の光の反射のこと。 「回光」は「えこう」とも、「返照」は「へんじょう」とも読む。 「回光」は「廻光」とも、「返照」は「反照」とも書く。 ※日本では、①を回光返照(えこうへんしょう)、②③を回光返照(かいこうへんしょう)と区別して用いることが多い。 漢字検定では、回光返照(えこうへんしょう)は準1級、回光返照(かいこうへんしょう)は準2級とされる。
葷酒山門(くんしゅさんもん)
匂いの強い食べ物や酒を寺院に持ち込んだり、そのような物を飲食した者は、寺院に入ってはいけないという戒め。 「葷」はにらやねぎ、にんにくなどの強い匂いを発する野菜のこと。 「酒」は酒のことで、どちらも修行の邪魔になり、不浄のものとされている。 「山門」は寺院の門や、寺院そのもののこと。 主に禅寺の門の脇に設置されている石碑に、「不葷酒入山門」と刻まれていて、その言葉を略した言葉。
結跏趺坐(けっかふざ)
仏教で修行の時に行われる座り方。 「跏」は足の裏、「趺」は足の甲。 主に禅宗の座禅を行う時の座法で、左の股の付け根に右の足の甲を、右の股の付け根に左の足の甲を付けて、足の裏が上に向くように組む座法。
乞食行脚(こつじきあんぎゃ)
仏教の僧侶が、人家の戸口に立って食べ物をもらいながら旅をすること。 仏教の言葉で、修行のためにおこなうもの。
金剛邪禅(こんごうじゃぜん)
強固だが、正しい道から外れた座禅や瞑想のこと。 「金剛」はダイヤモンドのことから、並外れて堅固なことのたとえ。 「邪禅」は本来の正しい道に背いた、邪な座禅や瞑想のこと。
採菓汲水(さいかきっすい)
仏に供えるために木の実を採ったり水を汲むなど、仏道修行に努めること。 「菓」は木の実のこと。
三諦止観(さんたいしかん)
仏道の修行に努めること。 「三諦」は空諦、仮諦、中諦の三つの真理のこと。 「止観」は専念して、対象を正しく認識すること。
三鳥出網(さんちょうしゅつもう)
三つの悟りに至るための修行や方法がそれぞれ異なっていることのたとえ。 「三鳥」は、仏教の三乗のたとえ。三乗は、悟りを得るための三つの修行や方法である声聞乗(しょうもんじょう)・縁覚乗(えんかくじょう)・菩薩乗(ぼさつじょう)のこと。 三乗によって悟りを得ることを、三羽の鳥が網から外へ出ることにたとえた言葉。 「三鳥(さんちょう)網(あみ)を出(い)ず」とも読む。
三密瑜伽(さんみつゆが)
密教の修行。 「三密」は身密、口密、意密の三つの行のこと。 「瑜伽」は修行者の三密と仏の三密が、互いに交じり溶け合うこと。 「瑜伽三密」ともいう。
罪業消滅(ざいごうしょうめつ)
現世で起こした悪行も、仏道修行することで消してしまうことができるということ。 「罪業」は仏教語で罪の原因となる悪い行い。
只管打坐(しかんたざ)
雑念を捨ててわきめもふらず座禅を組むこと。 「只管」はひたすら、一心に。 「打坐」は座禅をすること。
四弘誓願(しぐぜいがん)
仏になろうとする修行者や菩薩が願いかなえると誓う四つのこと。 あらゆる生き物の苦しみを無くす誓願、衆生無辺誓願度。 尽きない煩悩を全て断つ誓願、煩悩無尽誓願断。 全ての法門を学び尽くす誓願、法門無量誓願学。 仏道の最高の悟りを得て成仏する誓願、仏道無上誓願成。
積功累徳(しゃっくるいとく)
仏教語。修行に努め、功徳を積み重ねていくこと。
精進潔斎(しょうじんけっさい)
肉類を食べず、酒を飲まずに心と体を清めること。 「精進」は肉類や酒を口にせずに、心と体を清めて修行すること。 「潔斎」は不浄なものを避けて、心と体を清らかな状態に保つこと。
十進九退(じっしんくたい)
十人に九人は諦めるほどに、仏教の修行は厳しく困難なこと。 または、悟りを得るためには十の努力をして九は無駄になるために、多くの時間が必要なこと。
十年一剣(じゅうねんいっけん)
武術の修練を長い間積み続けること。 または、修練を積み続けた武術を発揮する機会を待つこと。 一振りの刀を十年磨き続けるという意味から。 「十年、一剣を磨く」を略した言葉。
樹下石上(じゅかせきじょう)
出家して行脚している人の境遇のたとえ。 行脚している僧は木の下や石の上を宿にして生活するという意味の仏教の言葉。 「石上樹下」ともいう。
僧伽藍摩(そうぎゃらんま)
寺院や寺院の建物の総称。 仏教語で、多くの僧が集まって修行する清らかな場所という意味。
草足水足(そうそくすいそく)
牛が草を食べ、水を飲むだけで十分に満足するように、修行者が悟りという特別な結果を追い求めず、日々の行いをあるがままに積み重ねること。 「草(くさ)足(た)り水(みず)足(た)る」とも読む。
大死一番(だいしいちばん)
必死の覚悟で物事に取り組むこと。 元は仏教の言葉で、自身の欲望、迷いを捨てて修行に取り組むことをいう。
知目行足(ちもくぎょうそく)
悟りを得るためには、知識と修行、どちらも必要なものだということ。 仏教語で、知識を目、修行を足に例えたもの。 「智目行足」とも書く。
朝参暮請(ちょうさんぼしん)
仏教の修行をする者が朝と夕方に寺に行って、住職からの説法を受けること。 「参」は師のところへ行くこと。 「請」は師に教えを請うこと。
滴水嫡凍(てきすいてきとう)
一瞬の気も抜かずに、禅の修業にはげむこと。 「滴水」は水がしたたること。 「嫡凍」の「嫡」はすぐにという意味で、「嫡凍」はすぐに凍るという意味。 滴る水が間をおかずに凍る寒さということを、厳しい修行の緊張感にたとえた言葉。
堂塔伽藍(どうとうがらん)
寺院の中にある建物をまとめていう名称。 「堂」は神仏を祭る建物、「塔」はもとは釈迦の遺骨や遺物を納めた場所のことから、供養をするための重層の建築物のこと。 「伽藍」は僧侶が集まって仏道の修行をする場所のこと。
呑雲吐霧(どんうんとむ)
仙人の術を使う人が、その術を使って雲を飲み込んで霧を吐き出すこと。 または、仙人の術の修行をするときに、食べ物を食べずに気を養うこと。 「雲を呑(の)み霧を吐く」とも読む。
難行苦行(なんぎょうくぎょう)
非常に苦労すること。 または、苦労や困難に耐えながら修行すること。 「行」は仏教語で、悟りを得るための修行。 「苦行難行」ともいう。
女人禁制(にょにんきんせい)
女性が特定の場所に立ち入ることや行事に参加することを禁止したもの。 昔の仏教や修験道では、女性がいると修行に差し支えるとして、寺や聖域に入ることを禁止していた。
不惜身命(ふしゃくしんみょう)
命や体を惜しむことなく、全力で事に当たること。 「不惜」は使うことにためらわないこと。 「身命」は体と命。 元は仏教語で、仏道を修めるために体も命もためらわずに捧げるという意味。
武者修行(むしゃしゅぎょう)
技術や技能を磨くために、故郷から離れて別の土地へ行って修行すること。 もとは、武芸者が武芸を磨くために様々な国を巡って試合をすることをいう。
面壁九年(めんぺきくねん)
長い期間一つのことに専念してやり遂げること。 または、長い期間努力し続けること。 達磨大師が嵩山の少林寺に籠り、九年間壁に向かって座禅を組んで悟りを開いたという故事から。 「九年面壁(くねんめんぺき・きゅうねんめんぺき)」ともいう。
勇猛精進(ゆうもうしょうじん)
精力的に物事に取り組むこと。 困難を克服し、一心に仏道修行をすること。 「勇猛」は勇ましく猛々しいさま。 「精進」は精神を打ち込んで励むこと。 「精進勇猛」ともいう。
六根清浄(ろっこんしょうじょう)
欲望や迷いを断ち切り、心と体を清らかにすること。 「六根」は仏教で煩悩や迷いなどの元になるとされる六つの器官のことで、眼・耳・鼻・舌・身・意のことをいう。 「清浄」は煩悩や迷いなどを捨てて、汚れがなく清らかなこと。 山参りなどで修行者が山に登るときに唱えていた言葉。 「六根浄」と略して用いられることもあり、それが変化したものが「どっこいしょ」という掛け声の語源ともいわれている。
