「俗世を離れる」に関連する四字熟語 — 28 件
「俗世を離れる」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全28件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一竿風月(いっかんふうげつ)
俗世にとらわれず、自然の中でのんびりと自由な生活を送ること。 「竿」は釣竿のこと。 「風月」は自然を親しみ、風流を楽しむこと。 一本の釣竿を持って、風流を楽しむということから。
一丘一壑(いっきゅういちがく)
俗世から離れ、自然の中に身をおき、風流をたのしむこと。 「一」は、”あるときは”という意味。 「丘」はおかのこと。 「壑」は谷のこと。
雲霞之交(うんかのまじわり)
一般的な関係を超越した交友関係のこと。 雲と霞がたなびいている場所という意味から、仙人などの俗世を超越したものが住むとされている場所のこと。 俗世を超越したもの同士の交友関係という意味から。
雲中白鶴(うんちゅうのはっかく)
世俗を超越した、心の清らかな人のたとえ。 白い雲の中にいる白い鶴のことで、心が清らかで、気高く立派な人物をたとえた言葉。
潁水隠士(えいすいのいんし)
利欲にとらわれることのない、気高く清らかな人のたとえ。 または、古代中国、潁水という川の周辺に住んでいた隠者「許由」のこと。 古代中国で尭帝が許由に天子の位を譲る話をしたところ、許由は汚れた話を聞いてしまったと言い、潁水の水で耳をすすいだという故事から。
厭離穢土(おんりえど)
この世は穢(けが)れたものであるとして、嫌い離れること。 「厭離」は嫌い離れること。 「穢土」は穢れた土地のこと。 仏教の言葉。おもに「厭離穢土、欣求浄土」という形で用いられ、穢れたこの世から離れて極楽往生を願うことをいう言葉。
閑雲孤鶴(かんうんこかく)
世間を離れのんびりと自由に暮らすこと。 または、隠士の心境のたとえ。 「閑雲」はのんびりと空に浮かぶ雲。 「孤鶴」は野で自由に遊ぶ鶴。
閑雲野鶴(かんうんやかく)
世間を離れのんびりと自由に暮らすこと。 または、のんびりとした生活を送る隠士の心境のたとえ。 「閑雲」はのんびりと空に浮かぶ雲。 「野鶴」は野で自由に遊ぶ鶴。 「野鶴閑雲」ともいう。
箕山之志(きざんのこころざし)
世間での名声と利益を捨て、世間との接触を避けて信念を守ろうとすること。 伝説上の人物の許由と巣父が、世間での名声を嫌い、信念を守るために箕山という名前の山でひっそりと生活したという故事から。
許由巣父(きょゆうそうほ)
清らかで正しい行いのこと。 または、出世や高い地位につくことを嫌うこと。 「許由」と「巣父」はどちらも中国の伝説上の高潔な隠者のこと。 中国の伝説の聖天子の尭帝は、許由に位を譲ろうというと許由はそれを断り、耳が汚れたとして川で耳を洗った。 それを聞いた巣父は、川の水が汚れたとして、わざわざ上流に行って、牛に水を飲ませたという故事から。
琴歌酒賦(きんかしゅふ)
隠者の欲の無い生活のこと。 または、俗世から離れた優雅な遊びのこと。 「琴歌」は琴を弾いて歌を歌うこと。 「酒賦」は酒宴を開いて、酒を飲みながら詩を作ること。
傲世逸俗(ごうせいいつぞく)
世間を軽く見て、世間から逃げること。 「傲世」はおごり高ぶり、世間を甘く見ること。 「逸俗」は世間から逃げること。 現実から逃避することをいう。
逍遥自在(しょうようじざい)
世間から離れて、自由に楽しむこと。 「逍遥」は気分に任せて歩くということから、思うままに楽しむこと。 「自在」は何ものにも縛られないこと。
泉石煙霞(せんせきえんか)
人里から離れて、自然の中で生活したいという願いが極めて強いこと。 「泉石」は泉水と石ということから、自然の景色や、自然そのもののこと。 「煙霞」は煙と霞。 自然の中で生活したいという気持ちが、煙や霞がかかっているように、すっきりとしないという意味から。
泉石膏肓(せんせきこうこう)
人里から離れて、自然の中で生活したいという願いが極めて強いこと。 「泉石」は泉水と石ということから、自然の景色や、自然そのもののこと。 「膏肓」は心臓の下の部分と、横隔膜の上の部分のことで、病気になると治療のための鍼も薬も届かないために、治すことが出来ないとされている。 自然の中で生活したいという気持ちが、治せない病気のようになるということから。
象牙之塔(ぞうげのとう)
現実社会から離れて、芸術を楽しむ芸術至上主義の人々の孤高と静寂の境地。 または、現実社会から離れるほどに研究熱心な科学者や、その生活や研究室などの閉鎖社会のこと。 もとは、批評家サント=ブーブがフランスの詩人ヴィニーの生活を批評した言葉。
濯纓濯足(たくえいたくそく)
世の中の流れに合わせて身の振り方を変えること。 または、善い行いをすれば尊ばれ、悪い行いをすれば蔑まれるということのたとえ。 または、世俗を超越すること。 「纓」は冠の紐。 水が綺麗なら冠の紐を洗い、水が汚れていれば足を洗うという意味から。
竹林七賢(ちくりんしちけん)
俗世から離れた竹林で高尚な論談をした七人の隠者のこと。 または、俗世を離れて生活をしている隠者のこと。 乱世の中、争いに嫌気が差した七人の賢人(「王戎」「嵇康」「阮咸」「阮籍」「山濤」「向秀」「劉伶」)たちは、俗世から離れ隠者として生活をし、酒を酌み交わしながら老子や荘子を慕って論談をしたことから。
低徊趣味(ていかいしゅみ)
世俗を離れてのんびりとした気持ちで自然や芸術を楽しむこと。 「低徊」は考え事をしたりしながら、ゆっくりと歩き回ること。 「低」は「彽」、「徊」は「回」とも書く。
韜光晦迹(とうこうかいせき)
すぐれた才能などを人に気付かれないように包み隠すこと。または、仏教で、悟りを開いたものが俗世を離れてひっそりと生活すること。 「韜」は包み隠すこと。 「光」は人のすぐれた才能のたとえ。 「晦」は隠すこと。 「迹」は痕跡のこと。 「光(ひかり)を韜(つつ)み、迹(あと)を晦(くら)ます」とも読む。 「晦迹」は「晦跡」とも書く。 「晦迹韜光(晦跡韜光)」ともいう。
東山高臥(とうざんこうが)
世間から離れて、山奥で生活すること。 「東山」は中国の浙江省にある山の名前。 「高臥」は枕を高くして寝るということ。転じて何も縛られずに、好きに暮らすこと。 晋の政治家の謝安は、何度も朝廷から出仕の要請を受けていたが、四十歳を過ぎるまで断り続けて、東山で生活し続けたという故事から。 「高臥東山」ともいう。
陶潜帰去(とうせんききょ)
世俗を嫌った陶潜は、官職を辞めて故郷へ帰ったということ。 「陶潜」は中国の東晋の人の名前で、自然を愛した詩人。 県の長官になった陶潜は、巡察に訪れた役人に頭を下げることを嫌い、官職を辞めて故郷へ帰って「帰去来辞」という詩を作ったという故事から。
梅妻鶴子(ばいさいかくし)
俗世を離れた清らかで風流な隠遁生活のこと。 妻のかわりに梅の木を、子のかわりに鶴を愛でて、一人で清らかに風雅に暮らしたという故事から。
憑虚御風(ひょうきょぎょふう)
広々としていて、世俗を超越しているような気持ちや気分のこと。 「憑」はたよりにするということ。 「虚」は空のこと。 「御」は馬車などをうまく操作すること。 空に身を任せて、風に乗ってどれだけ行くのか分からないという意味から。 「虚(きょ)に憑(よ)り風(かぜ)に御(ぎょ)す」とも読む。
閉明塞聡(へいめいそくそう)
目を閉じて耳を塞いで世間との接触をたつこと。 または、現実から目を背けること。 「閉明」は何も見ないために目をつむること。 「塞聡」は何も聞かないように耳を塞ぐこと。 「明(めい)を閉じ聡(そう)を塞(ふさ)ぐ」とも読む。
無累之人(むるいのひと)
なにものにも縛られない、自由な心を持っている人のこと。 「累」はわずらわしさという意味。 世間のわずらわしい出来事から逃れて、関わらない人ということから。
悠悠自適(ゆうゆうじてき)
世間のうんざりするようなことから離れて、思いのままのんびりと生活すること。 「悠悠」は落ち着いていてのんびりと余裕のある様子。 「自適」は気分のままに楽しみながらのんびりと暮らすこと。 「優遊自適」や「優游自適」とも書く。
羊裘垂釣(ようきゅうすいちょう)
世間から離れてのんびりと暮らす隠者のたとえ。 「羊裘」は羊のかわごろも、「釣」は釣り針のこと。 羊のかわごろもを着て釣り糸を垂れることから。
