「老荘の言葉」に関連する四字熟語 — 30 件
「老荘の言葉」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全30件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一飲一啄(いちいんいったく)
自然とともに、自由に生きることのたとえ。 または、人が分を弁えて、多くを求めないことのたとえ。 「一」はわずか、すこしの意。 「啄」は鳥がくちばしでついばむこと。
有無相生(うむそうせい)
有があるから無があり、無があるから有があるという、有と無の相対的な関係のこと。 または、この世のものはすべて相対的な関係にあるということ。 「相生」はお互いに生じあうこと。 元は、相対的であるものを絶対的であるかのように錯覚してしまう、人間の愚かさや危うさを警告した言葉。
希言自然(きげんしぜん)
聞き取れないほどのちょっとした言葉こそが、言葉の自然なあり方であるということ。
虚静恬淡(きょせいてんたん)
私心や私欲が全くなく、心が落ち着いていること。 「虚静」は心の中に不信や疑念などがなく、落ち着いていること。 「恬淡」は私欲がなく、あっさりとしていること。 「虚静恬澹」とも、「虚静恬憺」とも書く。
虚無恬淡(きょむてんたん)
心に不信や不満、欲望などなく、穏やかで落ち着いていること。 「虚無」は何もなく、空っぽなこと。 「恬淡」はあっさりとしていて、無欲なこと。
言者不知(げんしゃふち)
物事に対して本当に知っている人は、軽々しく言葉に出して説明しようとしないということ。
胡蝶之夢(こちょうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
衆妙之門(しゅうみょうのもん)
全てのものが生まれ出るとされる門のこと。 「衆」は数が多いこと。 「妙」は様々な不思議な現象のこと。全てのもののことをいう。
小国寡民(しょうこくかみん)
国の領土が狭く、人口が少ないこと。 「寡」は少ないという意味。 国家の理想像として老子が唱えた言葉。
従容無為(しょうようむい)
心を悩まされることなく、心にゆとりがあり、何もかまえることがないこと。 「従容」はゆとりがあり、落ち着いている様子。 「無為」は行動しないこと。 ゆったりとして、何もかまえなくとも全てが自然に治まるという政治論をいう。 「縦容無為」とも書く。
絶巧棄利(ぜっこうきり)
人によって作られた便利な機械を捨てて、自然の生活に戻ること。 「絶巧」は人の力で技巧を凝らした道具を捨てること。 「棄利」は人の力で便利に作られた道具を捨てること。 「巧(こう)を絶ち利(り)を棄(す)つ」とも読む。
絶学無憂(ぜつがくむゆう)
知識や学問を追い求めるのをやめれば、心の悩みはなくなるということ。 細かな知識にとらわれず、本質を見つめる大切さを説いた老子の思想に基づく言葉。 「学(がく)を絶(た)てば憂(うれ)い無(な)し」とも読む。
荘周之夢(そうしゅうのゆめ)
自分とものとの区別がなくなって、全てのものが一つのものとする万物一体の境地のこと。または、人の生がはかないことのたとえ。または、夢と現実の境がはっきりと区別できなくなること。 「荘周」は道教の始祖の一人とされる思想家の荘子の別名。 荘子が胡蝶になって遊ぶ夢をみて、目が覚めると夢で胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて自分になったのかわからなくなったという故事から。
断鶴続鳧(だんかくぞくふ)
理由もなく、どうなるかも考えずに自然に手を加えて害すること。 無闇に自然に手を加えるべきではないという戒め。 「鳧」は鳥の鴨のこと。 足の長い鶴の足を切って、足の短い鴨に継ぎ足して長くしても意味はないということから。 「鶴(つる)を断ちて鳧(ふ)に続(つ)ぐ」とも読む。
知者不言(ちしゃふげん)
物事を本当に知っている人は、軽々しく言葉に出して説明しようとはしないということ。
天地一指(てんちいっし)
この世に存在するすべてのものは、みな同じであるという考え。 荘子の思想を言い表す言葉で、対立を超えた絶対的な観点からすると、天も地も一本の指も同じであるということ。
天道無親(てんどうむしん)
天の働きは、何に対しても公平であるということ。 「無親」は特定の人にだけ親しくするようなことはしないということ。 「天道(てんどう)親(しん)無し」とも読む。
天門開闔(てんもんかいこう)
この世の全てのものが変化し、生まれ消滅すること。 「天門」はこの世にあるものが生まれ出るとされる門。 「開闔」は開いたり閉まったりすること。 天門が開くと全てのものが生まれ、閉じると全てのものが消滅するといわれている。
得意忘言(とくいぼうげん)
悟りや真理に達した際には言葉が不要になるということ。 言葉は真理に至るため、また相手に思いを伝えるための道具であり、本質が伝われば言葉は忘れてしまっても良いという意味から。 荘子の教えの一つ。 「意を得て言(げん)を忘(わす)る」とも読む。
万物一馬(ばんぶついちば)
この世のすべてのものは、もとをたどれば一つで、隔てはないということ。 天地も一本の指、万物も一頭の馬と変わらない、という意味から。 当時は、ことばの上で物と物の違いを細かく論じ合う議論がさかんだった。 荘子はそれに対し、是非や区別は人があとから設けたものにすぎず、道の立場から眺めればどれも同じだと説いた。
万物一府(ばんぶついっぷ)
この世の全てのものは同じであるということ。 自身と天地、自然が一つのものであるとする価値観をいう。
万物斉同(ばんぶつせいどう)
荘子の思想で、相対的な知を否定して、唯一絶対の観点からすれば、全てのものは同じであるというもの。 人の認識は善悪などの対立する概念を相対化して成り立っているが、それらを超越した絶対的な無の境地から見れば、全ては同じものであるということ。
不繋之舟(ふけいのふね)
心に不満や不信など何もない、無心のたとえ。 または、なにものにも縛られずにただ漂っているだけのような人のこと。 繋がれておらず、ただ波に漂う船という意味から。
不言之教(ふげんのおしえ)
口に出すことなく相手に習得させることのできる教えのこと。 老荘思想の「無為自然」の教えのことで、道を修めた者は、何もせず、何も言わずに人を教え導くことができるということ。
不将不迎(ふしょうふげい)
後悔することなく、これから先に起こるかもしれないことに悩んだりしないこと。 「将」は送ること。 去っていくものを送ることなく、来るものを迎えないという意味から。 「将(おく)らず迎えず」とも読む。
不争之徳(ふそうのとく)
人と争わないという人格。 「不争」は人と争いをしないこと。 「徳」は立派な人格。 本当に強い人は争わず、戦わず、人を使うことがうまい人は、人に謙るということ。 老子が説いた言葉。
無為不言(ぶいふげん)
何もしていなくても、何も言わなくても全てがうまくいくこと。
無何有郷(むかゆうきょう)
何ものも無く、人の作りごとの及ばない世界。荘子が説いた理想の境地。 「無何有」は何も有ることが無い、の意。 役に立たない大木を持てあます友に、荘子が、それを何も無い広々とした野に植えて、そのかたわらでゆったり過ごせばよいと語ったことによる。 「无何有郷」とも書く。 「むかう(の)きょう」や「むかうのさと」とも読む。
無用之用(むようのよう)
一目見た時は役に立たないと思っていたものが、重要な働きをすること。 『老子』や『荘子』でよく使われる逆接的な理論。 車軸や容器の内側には何もないことが重要であり、役に立つ働きをするということから。
和光同塵(わこうどうじん)
俗世で目立たないように、才能や徳を隠して暮らすこと。 仏教では、仏や菩薩が衆生を救うために、本来の姿を隠して、煩悩の塵をまとって、俗世に現れること。 「和光」は、才能の光を和らげ目立たないように隠すこと、「同塵」は、俗世間に合わせるという意味。
