「り」で終わる四字熟語 — 138 件
「り」で終わる四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
悪事千里(あくじせんり)
悪い噂や悪い評判はすぐに遠くまで知れ渡るということ。 「悪事」は悪い行い、「千里」は遠くの場所という意味。
悪口罵詈(あっこうばり)
好き勝手に悪口を言うこと。または、その悪口のこと。
以身殉利(いしんじゅんり)
つまらない人間は、自分の利益や欲望のためだけに一生を費やすということ。 「以身」は自ら、自分自身という意味。 「殉利」は利益や欲望に身を捧げるという意味。 「身を以て利に殉ず」とも訓読する。
韋駄天走(いだてんばしり)
極めて足の速い人。 また、速く走る様子。 「韋駄天」は僧や寺院の守護神で、足が速いことのたとえ。
一石日和(いちこくびより)
はっきりしない天気。雨が降りそうで降らない、または晴れそうで曇っているなど、定まらない天候の状態のこと。 筑紫(現在の福岡県)で、雨が降るような降らないような曖昧な天気を「降ろうごと降るまいごと」といった。 「如(ごと)」を尺貫法の単位「五斗」にかけ、「五斗」が二つで「一石」となるというしゃれに由来する。
一合一離(いちごういちり)
他人と関係を結んだり、離れたりすること。 「一」は「ある時は」という意味。 国同士が手を組んだり離れたりすることから。 「一離一合」ともいう。
一日千里(いちじつせんり)
一際すぐれた才能があることのたとえ。
一望千里(いちぼうせんり)
広い範囲を遠くまで見渡すことができること。 または、広々としていて遠くまで見通せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「千里」の「里」は距離の単位で、「千里」は非常に遠いことのたとえ。 一度に千里先まで見渡すことが出来るという意味から。
一割之利(いっかつのり)
凡人でも、たまには役に立つこと。 鉛でできた切れ味の悪い刀でも、一度はものを断ち切ることができることから。
一瀉千里(いっしゃせんり)
文章や言葉が、止まることなくすらすらと出てくることのたとえ。 または、物事が順調にどんどん進むこと。 「瀉」は斜めになっている場所を水が勢いよく流れること。 「里」は距離の単位。「千里」はとても長い距離のたとえ。 水が勢いよく流れ始めると、あっという間に千里も流れていくという意味から。
一朝之忿(いっちょうのいかり)
少しの間、怒ること。 「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。 「忿」は怒りのこと。
烏集之交(うしゅうのまじわり)
「烏集」は烏の群れのことで、疑り深く、利己的な鳥とされていることから、お互いに自分の利益のみを考え、誠意のない交流や集まりのこと。
雲烟万里(うんえんばんり)
非常に距離が離れていることのたとえ。 または、非常に遠くまで薄く長く伸びている雲や霞のこと。 「雲烟」は雲と霞。 「万里」の「里」は距離の単位で、一万里ということから、非常に距離があることのたとえ。 雲や霞が一万里もの距離に渡って続くという意味から。 「雲煙万里」とも書く。
雲霞之交(うんかのまじわり)
一般的な関係を超越した交友関係のこと。 雲と霞がたなびいている場所という意味から、仙人などの俗世を超越したものが住むとされている場所のこと。 俗世を超越したもの同士の交友関係という意味から。
雲泥万里(うんでいばんり)
非常に大きな差があること。 「雲泥」は空の雲と地上の泥。 「万里」の「里」は距離の単位で、「万里」は非常に長い距離のたとえ。 空にある雲と地上にある泥には、非常に大きな開きがあるという意味から。
会者定離(えしゃじょうり)
出会った人とは必ず離れる運命にあるということ。 「会者」は現世で出会った人のこと。 「定離」は例外なく離れることになるという意味。 元は仏教語で、世の中が無常であることをたとえた言葉。 「生者必滅会者定離」という形で用いることが多い。
鴛鴦之契(えんおうのちぎり)
夫婦の絆が非常に堅いこと。 または、いつまでも夫婦として仲良く暮らすという夫婦の約束のこと。 「鴛鴦」は雄と雌のおしどりのことで、雌雄が常に一緒にいる鳥ということから、夫婦の仲がよいことのたとえ。
桜梅桃李(おうばいとうり)
桜(さくら)、梅(うめ)、桃(もも)、李(すもも)がそれぞれ独自の花を咲かせるように、人もまた、自分らしさや個性を大切にし、それぞれの特性を活かして生きるべきであるという考え。
温和怜悧(おんわれいり)
おとなしい性格で、賢いこと。 「温和」は穏やかなこと。 「怜悧」は賢いこと。
階前万里(かいぜんばんり)
天子が地方の政治の状況を詳しく知っていて、家臣がごまかすことができないこと。 「階前」は宮殿の階段の前のこと。 宮殿の階段の前にあるかのように、万里の遠方の地方のことも詳しく知っているという意味から。
薤露蒿里(かいろこうり)
人の一生は儚いということのたとえ。 または、死者を葬り、見送るための歌。 「薤露」は韮に降りた朝露との意味から、すぐに消えてしまうことのたとえ。 「蒿里」は中国にある死者の魂が集まるとされる山の名前のことから、墓地のたとえ。 中国の斉の田横という人物が、漢の劉邦に仕えることを恥じて自害した。 門人がそれを悼んで作った歌を、後に李延年が「薤露曲」と「蒿里曲」の二曲に分けて作曲した。 「薤露曲」は王族や貴族、「蒿里曲」は士大夫という身分の人や庶民を葬送するときに用いたといわれている。
蝸牛之庵(かぎゅうのいおり)
小さな家のこと。 「蝸牛」はかたつむりのこと。 「庵」は草葺きの小屋のこと。 かたつむりの殻のように小さな家という意味から。 自身の家をへりくだって言う言葉。
格物究理(かくぶつきゅうり)
物事を突き詰めて、道理を明らかにすること。 「格物」は物事を突き詰めること。物事の道理を極めつくすこと。 「究理」は物事の道理を明らかにすること。
画無失理(かくむしつり)
計画に無理がなく、しっかりと筋道がたっていること。 「画」は計画のこと。 「理」は道理に適っている筋道。 「画(かく)に失理(しつり)無し」とも読む。 この言葉の前に「算(さん)に遺策(いさく)無し」という言葉がある。
華如桃李(かじょとうり)
女性の容姿が非常に美しい様子。 桃やスモモの花のように鮮やかで美しい様子ということから。 「華」は花のことで、華やかな様子のたとえ。 「桃」は淡い紅色の花、「李」は濃い紅色や白色の花をいうもので、どちらも華やかな様子のたとえ。また、どちらも多くの実をつけるということから豊穣の象徴とされている。 容姿の優れた男女が結婚する時の様子を詩にした言葉。 「華(はな)やかなること桃李(とうり)の如(ごと)し」とも読む。
禍棗災梨(かそうさいり)
価値のない無駄な書籍を出版することを批判する言葉。 「棗」と「梨」は植物のなつめとなしのことで、どちらも版木にふさわしい材料のこと。 「禍」と「災」はわざわい。 なつめやなしにとって、無駄な書籍のために切られるのは災難だという意味から。
火中之栗(かちゅうのくり)
自分のためにはならないが、他人のために危険なことをすること。または、その結果で辛い思いをすること。 猿におだてられた猫が、燃えているいろりの中に入っている栗を取ったが、猫は火傷をしたうえに栗は取られたという寓話から。
管鮑之交(かんぽうのまじわり)
お互いのことを理解しあっていて、利害を超えた親密な友情のこと。 「管」は管仲、「鮑」は鮑叔牙、どちらも古代中国の人の名前。 中国の春秋時代、斉の鮑叔牙と管仲は幼い頃からの親友で、二人は違う王子に仕え、王子の後継者争いで鮑叔牙が仕える桓公が勝った。 桓公は敵対した管仲を殺そうとしたが、鮑叔牙は臣下に迎えるように桓公を説得し、後に宰相となった管仲と、その補佐になった鮑叔牙の力によって斉は大きな国になった。 鮑叔牙の死後、管仲は墓前で、「私を生んだのは両親だが、私を理解しているのは鮑叔だった」と言い、互いに互いの厚意を感謝し、二人の関係はいつまでも変わらなかったという故事から。
我利我利(がりがり)
自身の利益だけを考えること。 「我利」は自分の利益だけを考えるということで、重ねて意味を強調した言葉。
貴種流離(きしゅりゅうり)
高貴な生まれの人が他国をさすらって、苦難や恋などの苦楽を経験して帰国すること。 「貴種」は身分が高い家で生まれ育ったこと。 「流離」は他国でさすらうこと。 『竹取物語』や『今昔物語』、『源氏物語』などの物語の類型のことで「貴種流離譚」という。
