「じ」で終わる四字熟語 — 61 件
「じ」で終わる四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
阿吽二字(あうんにじ)
この世の全ての物事や現象の始まりと終わりの象徴。 または、物事の始めと終わり。 梵字では、「阿」は口を開いて出す初めの音、「吽」は口を閉じてから出す最後の音ということから。
阿轆轆地(あろくろくじ)
物事がつまづいたり、止まったりせずに進んでいくこと。 または、詰まることなく、次から次へと言葉を発すること。 「轆轆」は車が回転するときに出る、ゴロゴロという音のこと。 「阿」と「地」は漢文の組み立てを助ける語のこと。助字。 車がくるくると回るように停滞することがない様子から。 「阿漉漉地」とも書く。
安穏無事(あんのんぶじ)
何事もなく、世の中や暮らしが穏やかで安らかなさま。 「無事安穏」ともいう。
衣冠盛事(いかんせいじ)
名門の家に生まれてさらに功績を上げた後に、家の名声を引き継ぐこと、またはその者のこと。 「衣冠」は衣服と冠のことで名門、立派な家柄という意味。 「盛事」は立派な事業や功績、盛大な事柄のこと。
意思表示(いしひょうじ)
自分の意思をはっきりと示すこと。 また法律用語としては、法律上の効果を発生させるために必要な意思を外部に示す行為のこと。
一言居士(いちげんこじ)
何かあるたびに自分の思っていることを逐一言わないと気がすまない人のこと。 「一言」は一つの言葉。 「居士」は仏教の信者で、世俗を捨てずに家庭にいながら仏教の修行をする人のこと。または、死後につける男子の戒名の称号のこと。 「一言抉(こじ)つける」を人の名前に似せた言葉。
一日片時(いちじつへんじ)
わずかな時間のこと。 または、たった一日のこと。 「片時」は少しの時間という意味。
一面之辞(いちめんのじ)
議論において、双方の言い分を平等に聞かず、一方の言い分、主張のみを聞くこと。 「一面」は一方のこと。 「辞」は言い分、主張のこと。
鳶目兎耳(えんもくとじ)
情報を集める能力の高い人のこと。 鳶のように遠くのものまで見分けることのできる目と、小さな音を聞き分けることのできる兎のような耳という意味から。
会稽之恥(かいけいのはじ)
戦いに負けて受けた屈辱。または、忘れることのできない、人から受けた大きな恥のこと。 「会稽」は中国の山の名前。 中国の春秋時代、越王の勾践は呉王の夫差と戦って敗れ、会稽山に追いつめられた。 勾践は王でありながら夫差に降伏し、その家来になると誓って命を助けてもらった。 国に帰った勾践は、いつも座る場所に苦い胆を置き、飲み食いのたびにそれをなめては「会稽の恥を忘れたか」と自分に言い聞かせ、のちに呉を滅ぼしてその恥をすすいだという故事から。
寡頭政治(かとうせいじ)
少人数の人で政治権力を握って行う政治。 「寡頭」は少人数の支配者ということ。
顔厚忸怩(がんこうじくじ)
恥ずかしいと深く感じること。 「顔厚」は厚かましいこと。 「忸怩」は自分の行いを恥ずかしいと感じること。 どれだけ厚かましい人でも恥ずかしいと感じるという意味から。 「顔厚にして忸怩たる有り」を略した言葉。
希世用事(きせいようじ)
官僚として出世し、政治的手腕を十全に発揮すること。 「世(よ)に希(ねが)い事(こと)を用(もち)う」とも読む。
香匙火筯(きょうじこじ)
香をたしなむ際に使用する香匙と火箸の総称。聞香の場や座敷飾りとして用いられる。
耆老久次(きろうきゅうじ)
年老いるまで昇進せずに、同じ官職でいること。 「耆老」は年をとること。 「久次」は長い期間昇進しないこと。
荊妻豚児(けいさいとんじ)
自分の妻や子のことを卑下していう言葉。 「荊妻」は荊(いばら)のかんざしをさしている妻。 「豚児」は豚の子という意味。
現状維持(げんじょういじ)
現在の状況を変化しないように保つこと。 または、状況が変化しないこと。
交頭接耳(こうとうせつじ)
他の人に聞こえないように話をすること。内緒話。 「交頭」は頭を近づけること。 「接耳」は相手の耳の近くで話をすること。 「頭(あたま)を交えて耳を接す」とも読む。
咬文嚼字(こうぶんしゃくじ)
文字の見た目や言葉の飾り方にばかりこだわって、内容や意味がない文章のこと。 学識を自慢するだけで、実際には役に立つことがない知識人を揶揄するときに使うことの多い言葉。 「文(ぶん)を咬(か)み字(じ)を嚼(か)む」とも読む。
孤論難持(ころんなんじ)
賛同者のいない、独りで主張するだけの議論を保つことは難しく通らないということ。 「孤論」は誰にも同意や支持を得られない議論。 「孤論(ころん)、持(じ)し難(がた)し」とも読む。
五趣生死(ごしゅしょうじ)
人々が自ら作った善悪が原因で、五つの世界に生まれ変わること。 「五趣」は仏教の言葉で、生き物が自身で作った功績と罪、過ちによって死後に生まれ変わる五つの世界、地獄、餓鬼、畜生、人、天のこと。 「生死」は生きることと死ぬこと。または、生と死を繰り返すこと。
後生大事(ごしょうだいじ)
物事をこの上なく大切にすること。心をこめて物事に取り組むことにもいう。 「後生」は死んだあとに生まれ変わる世、来世のこと。 もとは仏教の言葉で、来世の安楽を願って仏道に励むことをいった。 今は、大したものでもないのに後生大事にしまい込む、というように、からかいをこめて使うことも多い。
瑣砕細膩(ささいさいじ)
情や心遣いが隅々まで行き届いていること。 「瑣砕」は細かく砕くということから、心を細かく砕くという意味。 「細膩」はきめ細かくなめらかなこと。または、丁寧で行き届いていること。
三尺童子(さんせきのどうじ)
七、八歳の子どものこと。 「三尺」の「尺」は長さの単位で、「三尺」は身長が低いことのたとえ。 身長が低い子どもということから。 または、「一尺」は二歳半として数え、「三尺」で七、八歳とするという説もある。
使民以時(しみんいじ)
民に労役を強いる場合は、農作業が暇な時期にするなどの配慮をすべきであるということ。 政治を執り行う人がするべき配慮を説いた言葉。 「民(たみ)を使(つか)う時(とき)を以(もっ)てす」とも読む。
衆愚政治(しゅうぐせいじ)
自覚のない愚かな人々が行う政治。 元は古代ギリシアのアテネにおいて、失敗した民主政治を揶揄していった言葉。
取快一時(しゅかいいちじ)
その瞬間の快楽を優先し、一時的な満足を求める態度のこと。 「快(かい)を一時(いちじ)に取(と)る」とも読む。
出離生死(しゅつりしょうじ)
生と死の苦しみから離れて、悟りの境地を得ること。 仏教の言葉で、生と死の迷いの世界から離れるということから。
慎重居士(しんちょうこじ)
軽々しく行動せずに、注意深く慎重な人のこと。 「居士」は出家せずに、仏教の修行をする人をからかって呼ぶ名称。
身土不二(しんどふじ)
体と、それを養う土地とは切り離せないものであるということ。 もとは仏教の言葉で、「身」は生きているこの身、「土」はその身が置かれた環境をいい、二つは別々のものではないという教え。 明治時代の食養運動でこの言葉が取り上げられ、その土地でとれた旬のものを食べるのが体によいという意味で使われるようになった。 現在は地産地消の考え方を表す言葉として知られる。 食べ物についていう場合は「しんどふじ」と読むことが多い。
