「三」を含む四字熟語(4ページ目) — 156 件
「三」を含む四字熟語を一覧で紹介します。読み方・意味もあわせて確認できます。
四字熟語一覧
三人成虎(さんにんせいこ)
真実ではないことでも、多くの人が言えばいつの間にか真実として広まるということのたとえ。 「街に虎が出たと言ったら信じるか」と尋ねると「信じない」と答えた。 「それならばもう一人別の人物が同じことを言ったら信じるか」と尋ねると「わからない」と答え、「三人ならどうか」と聞くと「信じるようになるだろう」と答えたという故事から。
三人文殊(さんにんもんじゅ)
平凡な人でも、三人で知恵を出し合えば何かよい考えが出るものだということ。 「文殊」は知恵をつかさどるとされる文殊菩薩のこと。 普通な人でも三人で考えを出し合えば、文殊菩薩と同等以上の考えが浮かぶという意味から。 「三人寄れば文殊の知恵」を略した言葉。 「三人文珠」とも書く。
三拝九拝(さんぱいきゅうはい)
何度も頭を下げて、頼みごとをしたり、敬意や謝罪の意志を表したりすること。 手紙の最後に記して、相手に敬意を表す言葉として用いることもある。 「三拝」は敬意を持って三回拝むこと。仏教では身業、口業、意業の三業に敬意を表すこと。 「九拝」は敬意を持って九回拝むこと。または、古代中国で定められた九種類の礼拝のこと。
三百代言(さんびゃくだいげん)
根拠のない適当な話で人を騙すこと。 または、そのような人のこと。 「三百」は昔の小さな通貨の三百文ということから、非常に価値が低いことのたとえ。 「代言」は代言人のことで、弁護士の昔の名称。 資格を持っていない人が、他人の訴訟を取り扱ったことを罵っていった言葉から。
三分鼎足(さんぶんていそく)
力が同じものが三人並び立つこと。 または、同じ力を持つ勢力が並び立つこと。 三人が並び立つことを「鼎」にたとえた言葉。 「鼎」は食べ物を煮たり、祭器として使われる三本足の器。
三釜之養(さんぷのよう)
わずかな俸給の身でありながら、職を得て親を養うこと。または、そうして親孝行できることの喜び。 「三釜」は少ない俸禄のたとえ。「釜」は中国古代の容量の単位で、一釜は六斗四升、およそ一二〜一三リットルにあたる。 孔子の弟子である曽子が、初めて仕官したときは俸給が薄かったが親が存命で心から喜べたのに対し、後により高い俸給の職に就いたときには親がすでに世を去っており、いくら手厚く養おうにもその親がいないことを悲しんだという故事から。 禄の多寡よりも、親が生きているうちに養えることの尊さをいう。
三平二満(さんぺいじまん)
十分とはいえないが、それに満足して平穏に生活すること。 「三」と「二」は数が少ないことのたとえ。 三でも安らかで、二でも満足するという意味から。 または、「三」は額と鼻、下顎のことをいい、「二」は左右の頬をいい、「三」が平らで「二」が膨らんでいるような顔ということから、おかめ顔やおたふく顔のことをいう。
三木一草(さんぼくいっそう)
後醍醐(ごだいご)天皇の建武政権下で功績を上げ、重用された四人の臣下の総称。 「三木」は、名前に「き」の付く三人。結城親光(ゆうきちかみつ)、名和長年(なわながとし)の役職、伯耆守(ほうきのかみ)、楠木正成(くすのきまさしげ)のこと。 「一草」は、名前に「くさ」の付く一人。千種忠顕(ちぐさただあき)のこと。
三位一体(さんみいったい)
1.キリスト教で、父である神と子であるイエス・キリストと聖霊の三つは、唯一の神がそれぞれ姿を変えたもので、元は一つのものだとする教義のこと。 2.それぞれ異なる三つのものが、根本的な性質や要素は同一であること。 3.三つのものがしっかりと結びついて、一つのもののようになること。または、三人が心を一つにして物事にあたること。
三密瑜伽(さんみつゆが)
密教の修行。 「三密」は身密、口密、意密の三つの行のこと。 「瑜伽」は修行者の三密と仏の三密が、互いに交じり溶け合うこと。 「瑜伽三密」ともいう。
三面六臂(さんめんろっぴ)
一人で数人分の成果をあげること。 または、様々な違う分野で活躍すること。 「臂」は腕のこと。 三つの顔と、六本の腕がある仏像の姿を言い表す言葉。
三浴三薫(さんよくさんくん)
相手のことを大切に思う心を言い表す言葉。 人を待つ間に何度も体を洗って、良い香りの香を塗るという意味から。 「三」は何度も、という意味。 「浴」は湯水で体を洗い清めること。 「薫」は香を塗ること。
三輪空寂(さんりんくうじゃく)
人に物をあげたり、お布施をするときは、渡す物への執着はやめるべきということ。 「三輪」はお布施をする人、施しを受ける人、施す物の三つのこと。 「空寂」はこの世の全てのものは実体がなく、空であるということ。 「三輪」の三つの全てが空であるとして、執着心を捨て去ることをいう。
三輪清浄(さんりんしょうじょう)
仏教の言葉で、三業の全てが清らかに働いていること。 または、お布施のときに、施す人と施しを受ける人と施す物の三つの全てが清らかなこと。 「三輪」は三業のことで、身業、口業、意業の三つのことをいい、身業は体の動作や所作、口業は言葉、意業は意識、心の働きのことをいう。 「清浄」は汚れがなく清らかなこと。
三令五申(さんれいごしん)
何度も繰り返して説明して諭すこと。 「申」は繰り返すという意味。 三回命じて五回言い聞かせるという意味から。
三老五更(さんろうごこう)
高い徳を積んでいる長老のこと。 「三老」と「五更」はどちらも中国の周の時代の長老の異称。 「三老」は臣下の最高位の三公、「五更」は引退した卿の地位をもっていた人の呼称とされているが、様々な説がある。
市虎三伝(しこさんでん)
真実ではないことでも、多くの人が言えばいつの間にか真実として広まるということのたとえ。 「街に虎が出たと言ったら信じるか」と尋ねると「信じない」と答えた。 「それならばもう一人別の人物が同じことを言ったら信じるか」と尋ねると「わからない」と答え、「三人ならどうか」と聞くと「信じるようになるだろう」と答えたという故事から。
舌先三寸(したさきさんずん)
口先だけで誠実さがなく、巧みな弁舌のこと。 口だけで相手をうまくあしらったり、丸め込んだりすること。
七五三縄(しめなわ)
鳥居や神棚などに飾ったり、神域を区別するために用いたりする縄のこと。 縄の網目に七、五、三筋のわらをはさんで垂らすことに由来する当て字。 「注連縄」「〆縄」「標縄」などとも書く。
秋霜三尺(しゅうそうさんじゃく)
曇りが少しもないように研がれた刀剣。 「秋霜」は秋に降る霜は厳しく冷たく光るということから、切れ味のよい刀剣のこと。 「尺」は長さを表す単位で、「三尺」は刀剣の長さのこと。
史有三長(しゆうさんちょう)
歴史を記述するためには、文才、学問、見識の三つが必要とされるということ。 中国の唐の時代の歴史家である劉知幾が主張したもの。 「史(し)に三長(さんちょう)あり」とも読む。
食客三千(しょっかくさんぜん)
たくさんの人を客分として扱い、自分の家来として抱えておくこと。 「食客」は客として家に住む人のこと。 高貴な人が才能のある人を客として養い、私的な家来とすることをいう。
熟読三思(じゅくどくさんし)
しっかりと考えながら読んで、その内容を繰り返し考えること。 「熟読」は文章をしっかりと考えながら読むこと。 「三思」は何度も考えること。
推三阻四(すいさんそし)
さまざまな理由をつけて、物事を拒否すること。 「推」は推し退ける、「阻」は妨げるの意。 「三」と「四」は、あれこれ、さまざまなどの意を表し、さまざまな事柄や理由を象徴的に示したもの。
垂涎三尺(すいぜんさんじゃく)
あるものを激しく欲しがる様子のこと。 「涎」はよだれ。 おいしそうな食べ物を見て、思わず涎を三尺も垂らすという意味から。
説三道四(せつさんどうし)
根拠のない適当なことをいうこと。 「説」と「道」は言うこと。 三と言ったり四と言ったりするということから。
贅沢三昧(ぜいたくざんまい)
金や物を思うままに好きなだけ使うこと。 「贅沢」は必要以上の無駄な費用を使うこと。 「三昧」は夢中になって、ほかの事を蔑ろにするという意味。
草廬三顧(そうろさんこ)
立場が上の人が礼を尽くして、すぐれた才能のある人を招くこと。 または、立場が上の人が、立場が下の人に礼を尽くして仕事の依頼をすること。 「三顧」は三回訪問することで、古代中国の三国時代に、諸葛亮を迎え入れるために、劉備本人が三回訪問したという故事から。
損者三友(そんしゃさんゆう)
関わらないほうがよい三種類の友人のこと。 「損者」は利益になることがない友人。 「三友」は体裁だけを取り繕う人、口先だけ達者な人、不誠実な人の三種類の友人のこと。 このような人たちと友人になっても損しかないという意味から。
損者三楽(そんしゃさんらく)
人が楽しむものの中で、害のある三つのもののこと。 欲望の赴くままに振舞うこと、すべきことをせずに遊んで暮らすこと、酒や女性に溺れることの三つをいう。
