『韓詩外伝』を出典とする四字熟語 — 15 件
『韓詩外伝』(かんしがいでん)を出典とする四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全15件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
握髪吐哺(あくはつとほ)「三」
熱心にすぐれた人材を探し求めることのたとえ。 「握髪」は髪を握ること。 「吐哺」は食べ物を吐き出すこと。 周の初期、周公旦は食事中でも食べ物を吐き出し、入浴中でも濡れた髪を握って、面接を求める人にはすぐに面会して、すぐれた人材の登用に努めたという故事から。 「吐哺握髪」「吐哺捉髪」「吐握之労」ともいう。
遺簪墜屨(いしんついく)「九」
普段の生活で使い慣れているもののたとえ。または、それを無くしたり、壊したりした時の気持ちのたとえ。 失ったかんざしと靴ということから。 「遺簪」は、かんざしを失うこと。 「墜屨」は、靴を落とすこと。 孔子がかんざしを無くした夫人に出会った故事、また、楚の国の昭王が戦いの最中に落とした靴を惜しんだという故事から。
淵広魚大(えんこうぎょだい)「五」
清廉で聡明な君主には、清廉で聡明な臣下が集まるということのたとえ。 「淵」は川や湖などで、水が深くなっている部分。 淵が広く深ければ深いほどにたくさんの大きな魚が集まるということから。 「淵(ふち)広ければ魚(うお)大なり」とも読む。
喜名多怨(きめいたえん)
名声に執着する人は怨みも多くなるということ。 「名(な)を喜ぶもの怨み多し」とも読む。 「名(な)を喜ぶもの必ず怨み多し」を略した言葉。
公平無私(こうへいむし)「七」
個人的な利害で動いたり主観で判断したりせず、偏ることなく平等であること。 「公平」は全てのものを同等のものとして扱うこと。 「無私」は個人的な利害や感情をはさまないこと。 「公平にして私(わたくし)無し」とも読む。
枯魚銜索(こぎょかんさく)「一」
親が生きている間に孝行すべきであるという教え。 「枯魚」は魚を干したもの。 「銜索」は縄を通すこと。 魚の干物は腐らずに長く持ちそうに見えるが、すぐに虫に食われてしまうということから、一見元気に見える親も、いつ死んでしまうか分からないということ。 「枯魚(こぎょ)索(なわ)を銜(ふく)む」とも読む。 「故魚銜索」とも書く。
史魚屍諫(しぎょしかん)
史魚が自らの死体を使い主君をいさめたという中国の故事。 「史魚」は人物の名前。 「屍諫」は死体を使いいさめるという意味。 人事に関して、主君をいさめたが聞き入れられなかったのを悔いて、子に自らが死んだら死体を窓の下に放り出しておけと命じた。 死後、主君が死体の理由を聞き、聞き入れなかったのは過ちだったと認め、生前の史魚の進言にそった人事を行った故事から。
射石飲羽(しゃせきいんう)「六」
集中して必死の思いで事にあたれば、どんな困難なことでも成し遂げることができるということ。 楚の熊渠子が暗闇の中でうずくまる虎を狙い、集中して力いっぱい矢を射て確認してみると、虎ではなく大きな石に矢の羽までも深く突き刺さっていたという故事から。 「射石」は弓で石を射ること。 「飲羽」は矢の羽までも深く突き刺さるという意味。
獣窮則齧(じゅうきゅうそくげつ)「二」
追い詰められた獣が必死に噛み付くように、人も行き詰まってしまうと嘘をつくということ。 「獣(じゅう)窮(きゅう)すれば則(すなわ)ち齧(か)む」とも読む。
千里之足(せんりのあし)「七」
すぐれた才能がある人物のたとえ。 「千里」は一日で千里の距離を走ることのできる馬のことで、すぐれた才能があることのたとえ。
内疎外親(ないそがいしん)
内心は嫌っているが、それを隠して親しげに接すること。 「内疎」は内側で嫌っていること。 「外親」は外側で親しいように見せかけること。
博聞強記(はくぶんきょうき)「三」
様々なことを聞き知っていて、その内容をしっかりと覚えていること。 「博聞」は色々なことを聞き知っていること。 「強記」はしっかりと覚えていること。 「博聞彊記」とも書く。
比目同行(ひもくどうこう)「五」
二人が親密で離れないことのたとえ。 「比目」は目を並べること。 「同行」は共に歩くこと。 中国の伝説上の比目魚は、目が一つしかないために、二匹並ばないと泳ぐことができないということから。
風樹之歎(ふうじゅのたん)「九」
父母が亡くなり孝行しようとしてもできない嘆きのこと。 「風樹」は風に揺れる木のこと。 風で揺れている木は、木自身が制止したいと思っても風が止まなければ制止できず、思い通りにいかないということから。 「風樹之嘆」とも書く。
風木之悲(ふうぼくのかなしみ)「九」
父母が亡くなり孝行しようとしてもできない悲しみのこと。 「風木」は風に揺れる木のことで、風で揺れている木は、木自身が制止したいと思っても風が止まなければ制止できず、思い通りにいかないということから。
