「こん」から始まる四字熟語
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今案意楽(こんあんいらく)
新しく出た考えがすぐれていると思い込むこと。 今の自分の考えを得意に思って楽しむという意味から。 「今案」は自分が今持っている考え。仏教の言葉。 「意楽」は得意になって楽しむこと。
滾瓜爛熟(こんからんじゅく)
しっかりと習得していることのたとえ。 または、しっかりと覚え、声に出してとなえることのたとえ。 「滾瓜」は転がるほどに丸く大きくなった瓜のこと。 「爛熟」は十分に熟しているということから、十分に習得していること。
渾金璞玉(こんきんはくぎょく)
すぐれた人物になる才能を秘めていること。 宝石の原石と精錬されていない鉱石との意から。 「璞玉」は、掘り出したばかりで磨かれていない宝玉の原石。 「渾金」は、あらがね、精錬されていない鉱石。 「渾金璞玉」ともいう。
困苦窮乏(こんくきゅうぼう)
生活に必要なものが足りないほどに生活が苦しいこと。 「窮乏」は必要なものが足りないこと。
困苦欠乏(こんくけつぼう)
生活に必要なものが足りないほどに生活が苦しいこと。 「欠乏」は必要なものが足りないこと。
渾渾沌沌(こんこんとんとん)
様々なことが入り乱れていて、はっきりとしない様子。 元は天地が分かれる以前の、この世の最初の状態を言う言葉。 「渾沌」を重ねて強調した言葉。 「混混沌沌」とも書く。
混混沌沌(こんこんとんとん)
様々なことが入り乱れていて、はっきりとしない様子。 元は天地が分かれる以前の、この世の最初の状態を言う言葉。 「渾沌」を重ねて強調した言葉。 「混混沌沌」とも書く。
渾々沌々(こんこんとんとん)
様々なことが入り乱れていて、はっきりとしない様子。 元は天地が分かれる以前の、この世の最初の状態を言う言葉。 「渾沌」を重ねて強調した言葉。 「混混沌沌」とも書く。
混々沌々(こんこんとんとん)
様々なことが入り乱れていて、はっきりとしない様子。 元は天地が分かれる以前の、この世の最初の状態を言う言葉。 「渾沌」を重ねて強調した言葉。 「混混沌沌」とも書く。
金剛邪禅(こんごうじゃぜん)
強固だが、正しい道から外れた座禅や瞑想のこと。 「金剛」はダイヤモンドのことから、並外れて堅固なことのたとえ。 「邪禅」は本来の正しい道に背いた、邪な座禅や瞑想のこと。
金剛不壊(こんごうふえ)
並外れて固く、決して壊れないこと。 または、非常に意志が固いこと。 「金剛」は「堅固」という意味の梵語を、漢語に翻訳した言葉。 「不壊金剛」ともいう。
金剛輪際(こんごうりんざい)
物事の極限、限度に行き着くこと。 または、徹底的にや、絶対にという意味。 仏教の言葉で、大地を支えている三つの大輪の一番上にあるとされ、一番下の水輪に接する部分ということから。 「金輪際」ともいう。
紺紙金泥(こんしきんでい)
金粉を膠の液で溶かしたもので、紺色の紙に書いたもの。 「金泥」は金粉を膠の液で溶かしたもので、写経したり、絵の装飾などに使われる。
紺紙金泥(こんしこんでい)
金粉を膠の液で溶かしたもので、紺色の紙に書いたもの。 「金泥」は金粉を膠の液で溶かしたもので、写経したり、絵の装飾などに使われる。
根深柢固(こんしんていこ)
基礎をよく固めて、不安定にならないようにすること。 「根」と「柢」はどちらも木の根のことで、物事の基礎のたとえ。 根を深く強固なものにするという意味から。
今昔之感(こんじゃくのかん)
昔のことを思い出して、現在との時世や環境の大きな変化に深く感心すること。
困獣猶闘(こんじゅうゆうとう)
どうすることも出来ない状況になっても、諦めずにあらがおうとすることのたとえ。 「困獣」は逃げる場所がなくなった獣。 追い詰められた獣でさえも、最後まで闘おうとするという意味から。 「困獣(こんじゅう)すらなお闘う、況(いわん)や人をや」を略した言葉。
混水摸魚(こんすいもぎょ)
状況を乱して利益を得ること。 水を濁らせて魚の目を眩まして、混乱している魚を捕まえるという意味から。 「水を混(にご)して魚(うお)を模(さぐ)る」とも読む。 「混水摸魚」とも書く。
混水模魚(こんすいもぎょ)
状況を乱して利益を得ること。 水を濁らせて魚の目を眩まして、混乱している魚を捕まえるという意味から。 「水を混(にご)して魚(うお)を模(さぐ)る」とも読む。 「混水摸魚」とも書く。
今昔之感(こんせきのかん)
昔のことを思い出して、現在との時世や環境の大きな変化に深く感心すること。
懇切丁寧(こんせつていねい)
真心がこもっていて、細かいところまで気配りが行き届いている様子。 「懇切」は極めて親切なこと。 「丁寧」は気配りが行き届いていること。 「丁寧懇切」ともいう。
今是昨非(こんぜさくひ)
昨日までは間違いだと思っていたことが今日は正しいと思えること。 または、今になって過去の行いが過ちであったと気づいて悔いること。 「是」は正しいこと。 「非」は誤りのこと。 「今の是にして昨の非なりしを覚る」を略した言葉。 「昨非今是」ともいう。
混然一体(こんぜんいったい)
複数のものが溶け合ったり混ざり合ったりして、区別することができない様子。 「渾然」は複数のものが溶け合っている様子。 「混然一体」とも書く。
渾然一体(こんぜんいったい)
複数のものが溶け合ったり混ざり合ったりして、区別することができない様子。 「渾然」は複数のものが溶け合っている様子。 「混然一体」とも書く。
困知勉行(こんちべんこう)
苦労しながらも学び、努力を積み重ねて物事を実際に行うこと。 「困知」は心を苦しめて何とか知ることが出来るということ。 「勉行」は努力を積み重ねて、実際に行うこと。 『中庸』での修養の三つの段階の一つで、才能の劣った人が行う修養だが、結果は全て同じになるので才能が劣った人も努力するべきであるという教え。
昏定晨省(こんていしんせい)
親孝行すること。 「昏定」は夜に両親の寝床の用意をすること。 「晨省」は朝に両親のご機嫌を伺うこと。 「昏(くれ)に定めて晨(あした)に省(かえり)みる」とも読む。
昏天黒地(こんてんこくち)
日が暮れて、灯りがなくなって真っ暗な様子。 または、意識がぼんやりとしていて、はっきりとしないこと。 または、生活や社会の秩序が乱れている様子。 「昏」は夜のこと。
金泥精描(こんでいせいびょう)
金色の顔料を使って、細かく正確な絵を描くこと。 「金泥」は金粉を膠で溶かした金色の顔料。 「精描」は細かく正確な絵を描くこと。
懇到切至(こんとうせっし)
細かいところまで親切が行き届いていること。 「懇到」と「切至」はどちらも丁寧で、真心が十分に行き届いていること。
蒟蒻問答(こんにゃくもんどう)
的外れで噛みあっていない論争のこと。 元は古典落語の「蒟蒻問答」から出た言葉で、住職がいなくなり荒れ果てた寺を心配した蒟蒻屋の六兵衛は、居候の八五郎に住職になるように言った。 にわか坊主となった八五郎は、旅の禅僧に禅問答をしかけられ、問答に負けると寺を追い出されることになり、六兵衛に相談すると、六兵衛は住職になりすまして問答を受けると言った。 六兵衛は禅僧の問に何も答えず、禅僧はそれを無言の行と勘違いし、次は身振りで問を出した。 六兵衛は、身振りの問に、自身が坊主に成りすました蒟蒻屋ということが気づいていると思い、自分の作った蒟蒻が馬鹿にされたと勘違いし、六兵衛も身振りで問に答えると、禅僧はすばらしい答えと解釈して負けを認めたという故事から。
魂飛魄散(こんひはくさん)
激しく驚き、恐れること。 「魂」は死後天に昇る魂。 「魄」は死後地上にとどまる魂。 魂が飛んでいって、心が空になるほどに驚くということから。 「魂(こん)飛び魄(はく)散(さん)す」とも読む。
昏迷乱擾(こんめいらんじょう)
人の心を乱して判断力を弱らせて悩ませること。 「昏迷」は判断力がなくなって心が迷うこと。 「乱擾」は混乱させること。 「混迷乱擾」とも書く。
混迷乱擾(こんめいらんじょう)
人の心を乱して判断力を弱らせて悩ませること。 「昏迷」は判断力がなくなって心が迷うこと。 「乱擾」は混乱させること。 「混迷乱擾」とも書く。
今来古往(こんらいこおう)
過去から現在まで。 「古往」は昔から。 「今来」は今まで。 「古今」と略して使うことも多い言葉。 「今来古往」ともいう。
金輪奈落(こんりんならく)
物事の極限のたとえ。 または、絶対にや、どこまでもということ。 「金輪」は大地の一番の深い底。 「奈落」は地獄のこと。 仏教の言葉で、仏教の世界観での三つの大輪の一つで、大地の下にあり、下から順に風輪、水輪があって、その上にあるとされている。
渾崙呑棗(こんろんどんそう)
人からの教えの意味を考えずに、ただ受け入れるだけでは本当に理解することはできないということのたとえ。 「渾崙」は丸ごとという意味。 「呑棗」は植物の棗の実を噛まずに飲み込むこと。 棗の実を噛まずに丸呑みしても、棗の実の味はわからないという意味から。 元は仏教の言葉で、仏の教えについていった言葉。 「渾崙(こんろん)棗(なつめ)を呑(の)む」とも読む。