「げん」を含む四字熟語
「げん」を含む四字熟語 — 186 件
片言隻句(へんげんせきく)
少しだけの言葉。一言だけの短い言葉。 「片」は欠片、「隻」は一つという意味から、どちらも少しやわずかなことのたとえ。 「片言」と「隻句」は、どちらも少しの言葉や一言だけの短い言葉という意味で、同じ意味の言葉を重ねて強調したもの。
片言隻語(へんげんせきご)
少しだけの言葉。一言だけの短い言葉。 「片」は欠片という意味で、「隻」は一つという意味から、どちらも少しやわずかということのたとえ。 「片言」と「隻語」は、どちらも少しの言葉や一言だけの短い言葉という意味で、同じ意味の言葉を重ねて強調した言葉。
片言折獄(へんげんせつごく)
一言で人々を納得させる裁判の判決を下すこと。また、一方の言い分だけを信じて裁判の判決を下すこと。 「片言」は短い言葉や一方的な言い分。 「折」は「断」と同じ意味で、善悪を判断して決定を下すこと。 「獄」は訴訟のこと。 「片言(へんげん)獄(ごく)を折(さだ)む」とも読む。
放言高論(ほうげんこうろん)
思ったことをそのまま言って、議論すること。 「放言」は思いついたことを好き放題に言うこと。 「高論」はすばらしい議論という意味。
方正謹厳(ほうせいきんげん)
非常に真面目で、行いが正しく、慎み深いこと。 「方正」は行いが正しいこと。 「謹厳」は真面目でしっかりしていること。
泡沫夢幻(ほうまつむげん)
人の命が儚いことのたとえ。 「泡沫」は水の泡。 水の泡、夢、幻のようにすぐ消えてなくなるという意味から。 「夢幻泡沫」ともいう。
暴言多罪(ぼうげんたざい)
言いすぎや失礼なことを謝罪するという意味で、手紙の末尾に記す言葉。 乱暴で礼を失する言葉を使って多くの罪を犯しましたという意味から。
漫言放語(まんげんほうご)
根拠の無い適当なことを言いたい放題に言うこと。 「漫言」は大して考えずに口から出た言葉。 「放語」は言い散らすこと。 「放語漫言」「漫語放言」ともいう。
無稽之言(むけいのげん)
でたらめで根拠のない話のこと。 「無稽」は考えるべき根拠がまるでないこと。
無間地獄(むげんじごく)
仏教の八大地獄のうちの一つ。 大罪を犯した者が死後落ちる場所で、絶え間ない責苦を受け続けるという八大地獄の中で最下層にある地獄のこと。
夢幻泡影(むげんほうよう)
人生のはかなさのたとえ。 「夢」「幻」「泡」「影」は、どれもすぐに消えてしまうはかないものであることから。 全てのものは実体がなく空であるという仏教語。
面従後言(めんじゅうこうげん)
直接目の前にいる時は気に入られるように振る舞い、その人がいないところでは、その人のことを悪く言うこと。
妄言多謝(もうげんたしゃ)
独断と偏見でいい加減な言葉を並べ立てた後に、相手にわびる言葉。 手紙などで自分の意見などを包み隠さずに記した手紙の末尾に記して、失礼をわびる言葉。
妄言妄聴(もうげんもうちょう)
根拠のない、いい加減なことを言ったり、相手の話を真面目に聞かないこと。 「妄言」は根拠のないでたらめな発言。 「妄聴」はいい加減に話を聞くこと。 話をする人も話を聞く人も、どちらもいい加減な様子をいう言葉。
薬石之言(やくせきのげん)
欠点を正すのに役立つ忠告という意味。 「薬石」は石の鍼(はり)治療や薬剤のこと。 人を戒める言葉を薬にたとえている。
有言実行(ゆうげんじっこう)
言ったことは必ず実行すること。 「有言」は口に出して言うこと、「実行」は実際に行動すること。 「不言実行」をもとにしてつくられた俗語。
庸言之謹(ようげんのきん)
普通に生活しているときでも、言葉に気をつけること。 「庸言」は普段の生活で使っている言葉、「謹」は気を配る、または慎むという意味。
庸言庸行(ようげんようこう)
いつもどおりの言葉遣いと行動のこと。 「庸言」はいつもの言動、「庸行」はいつもの行動。
妖言惑衆(ようげんわくしゅう)
怪しげな言説で世の人々を惑わすこと。 「妖言」は怪しい噂や風説のこと。
六言六蔽(りくげんのりくへい)
人が持つ六言という六つの徳は、学問や人格修養を怠れば六蔽という六つの弊害を生むということ。
俚言俗語(りげんぞくご)
ふつうの生活の中で使われる普段使いの言葉。 「俚言」と「俗語」はどちらも世間で使われる普段使いの言葉のこと。 「俗言俚語」「俚語俗言」ともいう。
流言蜚語(りゅうげんひご)
根拠のない噂話のこと。 「流言」と「蜚語」はどちらも世の中に飛び交うでたらめな話という意味。 「流言飛語」とも書く。
燎原之火(りょうげんのひ)
凄まじい勢いがあり、止めることが難しく、ものすごい速さで広がっていく様子のこと。 「燎」は燃やすこと。 野原に火がつくとあっという間に燃え広がり、消火することは、ほぼ出来なくなるということから。
竜蟠蚖肆(りょうばんげんし)
聖人や賢人でも、民間に身をおいて力を発揮しないときには世の人から侮られることのたとえ。 「蟠」はとぐろを巻くこと。 「蚖」は動物のイモリのこと。 「肆」は自分勝手な振る舞い。 竜も水の中で動かずにいれば、イモリですら恐怖することなく好き放題に振る舞うという意味から。
鴒原之情(れいげんのじょう)
危険や苦労があるときに助け合える兄弟の深い情愛のこと。 「鴒」は兄弟仲がよいされている水鳥の鶺鴒のこと。 「鴒原」は水辺にいるはずの鶺鴒が高原で鳴いているような危険な状況のこと。
和顔愛語(わげんあいご)
仏教経典で菩薩の態度を表現する言葉で、和やかで親しみやすい態度のこと。 「和顔」はなごやかで柔らかい表情、「愛語」は親愛の気持ちのこもった言葉のこと。