「世の儚さ」に関連する四字熟語 — 35 件
「世の儚さ」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全35件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一場春夢(いちじょうのしゅんむ)
人生の栄光や繁栄が、儚く消えてしまうことのたとえ。 「一場」はほんの短い間の意。 春の夜にみる夢のように儚いということから。
一炊之夢(いっすいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
有為転変(ういてんぺん)
この世のものはすべて、少しの間もとどまらずに移り変わるということ。 そこから、この世ははかないものだということ。 「有為」はさまざまな因縁が重なって生じる、この世の現象。 「転変」は移り変わること。 もとは仏教の言葉。
有為無常(ういむじょう)
この世の全ての現象や存在は常に移り変わり、はかないものということ。 仏教の言葉で、「有為」は様々な因縁から生じる現象。
栄華之夢(えいがのゆめ)
人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。 人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。
栄枯盛衰(えいこせいすい)
栄えたり衰えたりすること。 または、繁栄しても衰退する人の世界の儚さのこと。 「栄枯」は草木が茂ったり枯れたりすること。 「盛衰」は盛んなことと衰えること。 「盛衰栄枯」ともいう。
盈満之咎(えいまんのとがめ)
「満ちれば欠ける」という道理のことをいい、物事が最高点に到達するとかえって災いを招くという戒めのこと。 「盈満」は十分に満ちること。
会者定離(えしゃじょうり)
出会った人とは必ず離れる運命にあるということ。 「会者」は現世で出会った人のこと。 「定離」は例外なく離れることになるという意味。 元は仏教語で、世の中が無常であることをたとえた言葉。 「生者必滅会者定離」という形で用いることが多い。
淵変為瀬(えんへんいらい)
変化しないものは存在しないということ。 「淵」は川の中で底が深く、水がほとんど動かないところ。 「瀬」は川の中で底が浅く、流れのはやいところ。 静かな淵が流れの速い川へと変わるということから。 「淵(ふち)を変じて瀬(せ)と為(な)る」とも読む。
邯鄲之夢(かんたんのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「邯鄲」は中国の町の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
月満則虧(げつまんそくき)
月が満ちるとやがて欠け始めるように、物事は最盛期に達すると必ず衰退し始めるということ。 「月満(み)つれば則(すなわ)ち虧(か)く」とも読む。
紅顔可憐(こうがんかれん)
時の流れは無常だということ。 「紅顔」は血色のよい若い青年、「可憐」は「あわれむべし」となって、気の毒ということ。 青年が時とともに老いたことを憐れに思い、同情せずにいられないという意味。
黄粱一炊(こうりょういっすい)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「黄粱」は粟の一種のおおあわ。 「一炊」は粟のかゆを炊く時間。 粟のかゆを炊く間の短い時間という意味から。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
黄粱之夢(こうりょうのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「黄粱」は穀物の大粟の別名。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
四門出遊(しもんしゅつゆう)
釈迦が太子の時に、四つの門から外に出て老人、病人、死人、修行者を見つけて、出家を決意した伝説のこと。 釈迦がまだシッダールタ太子と呼ばれ、不自由のない生活をしていたときに、城外で遊ぼうとして別々の日に別々の門の外に老人、病人、死人を見かけた。そして、人間の無常を感じ、最後に修行者に出会い出家する決意をしたといわれている。
四門遊観(しもんゆうかん)
釈迦が太子の時に、四つの門から外に出て老人、病人、死人、修行者を見つけて、出家を決意した伝説のこと。 釈迦がまだシッダールタ太子と呼ばれ、不自由のない生活をしていたときに、城外で遊ぼうとして別々の日に別々の門の外に老人、病人、死人を見かけた。 そして、人間の無常を感じ、最後に修行者に出会い出家する決意をしたといわれる。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)
生きている人はいつか必ず死ぬということ。 仏教の言葉で、人の一生が儚いということをいう。 会者定離と対にして使われることが多い言葉。
生滅遷流(しょうめつせんる)
この世で生きている全てのものが、生き死にを常に繰り返しているということ。 「生滅」は生まれることと死ぬこと。 「遷流」は常に移り変わり、停滞することがないこと。
蕉鹿之夢(しょうろくのゆめ)
成功や失敗は夢のように儚いということのたとえ。 または、あきらめがよいことのたとえ。 「蕉」は植物の芭蕉の葉のこと。 中国の春秋時代、鄭の国の人が鹿を仕留めて芭蕉の葉を被せて隠したが、隠した場所を忘れたために、鹿を仕留めたのは夢だったかもしれないと諦めたという故事から。
諸行無常(しょぎょうむじょう)
世の中は常に変化しており、いつまでも変化しないものや永久に無くならないものはないということ。 人生、人の命の儚さをいう言葉。 「諸行」はこの世にある全てのもの、全ての現象のこと。 「無常」は変化しないものはないという意味。 「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」という仏教の思想の特徴を表す三法印の一つ。 平家物語の冒頭として有名。
盛者必衰(じょうしゃひっすい)
栄えているものは、いつか必ず衰えて滅びるということ。 元は仏教語で、世の中が無常なことをいう言葉。 『平家物語』の冒頭の句として有名。
生寄死帰(せいきしき)
人が生きているということは仮にこの世に身を寄せているだけで、死は自分の家に帰るかのように本来いるべき場所に帰ることだという意味。 「生は寄(き)なり死は帰(き)なり」とも読む。
盛衰興亡(せいすいこうぼう)
栄えることと、衰えること。 または、栄えたり衰えたりすること。 「盛衰」は繁栄と衰退。 「興亡」は国などが興ることと、滅亡すること。
粟粒一炊(ぞくりゅういっすい)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「粟粒」は穀物の粟のこと。 「一炊」は一度飯を炊くこと。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
天門開闔(てんもんかいこう)
この世の全てのものが変化し、生まれ消滅すること。 「天門」はこの世にあるものが生まれ出るとされる門。 「開闔」は開いたり閉まったりすること。 天門が開くと全てのものが生まれ、閉じると全てのものが消滅するといわれている。
南柯之夢(なんかのゆめ)
夢のこと。 または、世の中は夢のようにはかないことのたとえ。 中国の唐の時代、ある男性が槐の木の下で寝ているときに、大槐安国の王の娘と結婚して南柯郡の太守となり繁栄と衰退を経験しながら二十年の歳月を過ごす夢を見たという故事から。
人情冷暖(にんじょうのれいだん)
人情が薄くて軽いこと。または、人情の移ろいやすさを言い表す言葉。 「人情」は人としての思いやりや慈しみの心。 「冷暖」は情の薄いことと厚いこと。 富や名誉があるときには暖かく近寄り、なくなると冷たくいい加減に扱うということから。
富貴浮雲(ふうきふうん)
富や地位などは、はかないものであるということ。 悪行で手にした財産や地位は、はかなく身につかないこと。 また、金銭や地位などに心がひきつけられることがないことのたとえとしても用いられる言葉。 「浮雲」は浮いている雲のことで、落ち着きが無くはかないものであることから。
浮雲朝露(ふうんちょうろ)
不確かで、あっという間に消えてしまいそうなもののたとえ。 「浮雲」は空に浮いている雲のことで、不安定で頼りにならないもののたとえ。 「朝露」は朝に降りる露のことで、日が昇るとすぐに消えるということから、儚いもののたとえ。
浮雲之志(ふうんのこころざし)
悪行で手に入れた地位や財産は、儚いものであるという考え。 または、そのようなものは自身とは関係ないものだという考え。 「浮雲」は空に浮いている雲のことで、雲はすぐに散ってなくなるということから、儚いもののたとえ。または、雲は手の届かないところにあるということから、自身に関係がないもののたとえ。
夢幻泡影(むげんほうよう)
人生のはかなさのたとえ。 「夢」「幻」「泡」「影」は、どれもすぐに消えてしまうはかないものであることから。 全てのものは実体がなく空であるという仏教語。
無常因果(むじょういんが)
この世の儚さと、前世の行いの報いのこと。 「無常」はこの世のものは変わらないものはないということから、世の儚さをいう。 「因果」は原因と結果のことで、過去、現在、未来の三つの世にわたって因果の理が貫いているということ。
無常迅速(むじょうじんそく)
人の世の移り変わりは、この上なく速くてはかないということ。 「無常」は仏教語で世の中は変化がとても速くて変化しないものはないということ。または、人の命ははかないということ。 「迅速」は非常に速い様子のこと。
夢中説夢(むちゅうせつむ)
内に何も無く、頼りにならないこと。 または、この世の全てのものには実体がなく、うつろではかないものであるということ。 夢の中で夢の話をするという意味から。 「夢中(むちゅう)夢を説く」とも読む。
盧生之夢(ろせいのゆめ)
人の世界での繁栄は儚いということのたとえ。 または、人の人生が儚いことのたとえ。 「盧生」は人の名前。 唐の盧生という人が、旅の途中の邯鄲の町で、道士から出世が叶うという枕を借りて寝ると、出世して財力や権力を手に入れる夢を見た。 目が覚めると、宿の主人に頼んでいた、粟のかゆが出来上がっていないほどのわずかな時間しか過ぎていなかったという故事から。
