「う」で終わる四字熟語
「う」で終わる四字熟語 — 1521 件
渉于春氷(しょううしゅんぴょう)
危険だとわかっていながらそれを行うこと。 春になって溶け始めた川の氷の上を歩くことから。 「春氷(しゅんぴょう)を渉(わた)る」とも読む。
晶瑩玲瓏(しょうえいれいろう)
透き通っていて、宝石のように美しいこと。 「晶瑩」は透き通っている様子。 「玲瓏」は宝石のように美しく輝く様子。
硝煙弾雨(しょうえんだんう)
この上なく激しい戦闘の様子。 「硝煙」は火薬の煙。 「弾雨」は弾丸が雨のように降り注ぐこと。
上下天光(しょうかてんこう)
空も水面も光り輝いていること。 「上下」は空と水面のこと。 「天光」は空全体に広がる日の光のことで、ここでは、水面に反射した日の光のこともいう。
消化不良(しょうかふりょう)
胃や腸の働きが鈍くなり、食物の消化がうまくいかないこと。 または、知識や技術をうまく使いこなせないことのたとえ。 「消化」は食べ物を吸収しやすいように、胃や腸で分解すること。 「不良」は状態が悪いこと。
小隙沈舟(しょうげきちんしゅう)
些細なことでも軽く見ないで、慎重に取り組むべきであるという戒めの言葉。 「小隙」は少しの隙間。 「沈舟」は舟が沈没すること。 少しの隙間でも、その部分から水が入って舟が沈没してしまうので、少しの隙間にも気をつけるべきであるということから。 「小隙(しょうげき)舟を沈む」とも読む。
尚古思想(しょうこしそう)
古代の文化や制度に深い敬意を抱き、現代においても模範として取り入れようとする思想。
商山四皓(しょうざんのしこう)
乱世を避けて、商山に隠遁した四人の老人のこと。 「商山」は中国にある山の名前。 「四皓」はあごひげと眉が白い四人の老人のこと。 中国の秦の時代、東園公、夏黄公、ロク里先生、綺里李の四人が乱世を避けて商山に隠遁したという故事から。 「商山四皓図」とも言われ、水墨画の画題としてよく使われる。
正笏一揖(しょうしゃくいちゆう)
重々しく礼儀正しい振る舞いをして、相手に敬意を示すこと。 「正笏」は束帯を身に付けた時に右手に持つ笏を正しく持つ振る舞いのこと。または、そこから礼儀正しいことのたとえ。 「一揖」は軽くお辞儀をすること。
生死不定(しょうじふじょう)
人の一生は儚いということ。 仏教の言葉で、人はいつ生まれて、いつ死ぬかは決まってないのでわからないという意味から。
生死無常(しょうじむじょう)
人の一生が儚いことのたとえ。 「無常」は仏教の言葉で、世の中が変化しやすいということ。
牀上施牀(しょうじょうししょう)
無駄なことや意味のないことを繰り返し行うこと。 または、人の真似ばかりで、新しい趣がないこと。 「牀」は床のこと。 床の上にまた床を張るという意味から。 「牀上(しょうじょう)に牀(しょう)を施す」とも読む。
小人之勇(しょうじんのゆう)
一時の感情に任せた、軽率な勇気のこと。 「小人」は度量の狭い人、小人物。
精進勇猛(しょうじんゆうもう)
精力的に物事に取り組むこと。 困難を克服し、一心に仏道修行をすること。 「勇猛」は勇ましく猛々しいさま。 「精進」は精神を打ち込んで励むこと。 「精進勇猛」ともいう。
少年易老(しょうねんいろう)
若いころから無駄な時間を過ごすことなく、学問に励み続けなければならないということ。 年月はすぐに過ぎていって、若い人もすぐに老いるが、学問は簡単には完成しないことから。 「少年(しょうねん)老(お)い易(やす)く学(がく)成(な)り難(がた)し、一寸の光陰(こういん)軽(かろ)んず可(べ)からず」を略した言葉。
商売繁盛(しょうばいはんじょう)
商いがうまくいって利益が出て、賑わい栄えること。 「繁盛」は賑わい、栄えること。 「商売繁昌」とも書く。
焦眉之急(しょうびのきゅう)
危険が間近に迫ってきていることのたとえ。 「焦眉」は眉が焦げるほどに火が近づくということ。 「焼眉之急」とも書く。
正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)
曹洞宗の開祖・道元が執筆した著書。「正法眼蔵」という言葉は、本来、すべてを明らかにし包み込む正しい教えを意味する。本書は仏法の本質を示し、道元思想の集大成として広く伝えられている。
将門有将(しょうもんゆうしょう)
立派な家系の家からは、立派な人材が出るということ。 「将門」は将軍を代々輩出している家系のこと。 「有将」は将軍が現れること。 「将門(しょうもん)、将(しょう)有り」とも読む。
従容中道(しょうようちゅうどう)
自然な振る舞いが、道理に合っていることのたとえ。 「従容」は余裕があり、落ち着いている様子。 「中道」は道に合致すること。 『中庸』では、意識せずに自然な振る舞いが、天の道理に合っていることこそ聖人の道であるとされている。 「従容(しょうよう)として道に中(あ)たる」とも読む。 「縦容中道」とも書く。
笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)
見た目は優しそうに見えるが、内心はひどく陰険なこと。 「笑裏」は笑顔の内側のこと。 「蔵刀」は刀を隠して持っていること。 「笑裏(しょうり)に刀(とう)を蔵(ぞう)す」とも読む。
書画骨董(しょがこっとう)
書と絵画と骨董品のこと。 「書画」は書道の作品と絵画。 「骨董」は古い美術品や、値打ちがある使い古された道具のこと。
杵臼之交(しょきゅうのこう)
身分をこだわらずに人付き合いをすること。 「杵臼」はきねとうすのこと。 中国の後漢の時代の公孫穆は、学費を稼ぐために呉祐の家で雇われて、きねとうすを使って米をついていた。 あるとき呉祐が公孫穆に話しかけてみると、高い学識があることに驚き、その後は主従を越えた付き合いを結んだという故事から。
諸行無常(しょぎょうむじょう)
世の中は常に変化しており、いつまでも変化しないものや永久に無くならないものはないということ。 人生、人の命の儚さをいう言葉。 「諸行」はこの世にある全てのもの、全ての現象のこと。 「無常」は変化しないものはないという意味。 「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」という仏教の思想の特徴を表す三法印の一つ。 平家物語の冒頭として有名。
食前方丈(しょくぜんほうじょう)
極めて贅沢で豪華な食事のこと。 「食前」は食事の時に座る席の前。 「方丈」は一丈四方。 自分の席の前の一丈四方に、ごちそうが一杯に並べられるという意味から。
嗇夫利口(しょくふりこう)
喋りは達者だが、身分の低い人のこと。 「嗇夫」は地位の低い役人のこと。 「利口」は喋りが上手い人。 中国の前漢の文帝が、上林苑の動物園に行ったときに、動物園の帳簿について尋ねても誰も答えることが出来なかったが、口のうまい下級の役人だけが答えることができた。 その喋りに感心した文帝は、口のうまい下級の役人を長官にしようとしたが、家臣に口がうまいだけの男を昇進させると天下の混乱に繋がると諫(いさ)められ、昇進を取りやめたという故事から。
諸国漫遊(しょこくまんゆう)
様々な国を気が赴くままに旅すること。 「諸国」は様々な国。 「漫遊」は目的もなく旅をすること。
処処方方(しょしょほうぼう)
あちらこちら。いたるところ。いろんな場所。
職権濫用(しょっけんらんよう)
自分の職務上認められている権限を越えた行いをしたり、不正に使用したりすること。 「職権」は職務上認めらている権限のこと。 「濫用」は良し悪しを考えず無闇に使うこと。 「職権乱用」とも書く。
紫瀾洶湧(しらんきょうゆう)
海の波が生じる様子。 「紫瀾」は紫の色の波という意味から、海の波のこと。 「洶湧」は波が勢いよく生じてうねる様子。
芝蘭之交(しらんのこう)
良い影響を受ける賢者との交友。 「芝」は霊芝のこと。 「蘭」は藤袴のこと。 どちらも植物で香り高いということから、善人や賢者のたとえ。
四六時中(しろくじちゅう)
一日中・いつも・終日という意味。 「四六時」は二十四時間。四掛ける六で二十四になることから。 「中」はその間ずっとという意味。 昔使われていた「二六時中」という言葉が変化したもの。
神韻縹渺(しんいんひょうびょう)
芸術作品にある、表現できないほどのすぐれた趣のこと。 「神韻」は神業のようなすぐれた趣のこと。 「縹渺」はかすかではっきりとしない様子。 「縹渺」は「縹眇」とも、「縹緲」とも書く。
信疑忠謗(しんぎちゅうぼう)
誠実な言動や信念が疑われ、誹謗中傷される不幸な状況を指す言葉。 「信(しん)にして疑(うたが)われ忠(ちゅう)にして謗(そし)らる」とも読む。
辛苦辛労(しんくしんろう)
ひどく辛い苦労をすること。 「労苦」という言葉に、「辛」を加えて強調した言葉。 「辛労」は「心労」とも書く。 「辛苦辛労(辛苦心労)」ともいう。
辛苦遭逢(しんくそうほう)
非常に辛く苦しい出来事にあうこと。 「辛苦」は辛く苦しい出来事。 「遭」と「逢」はどちらも遭遇するということ。
信外軽毛(しんげきょうもう)
心が安定せず乱れやすい凡夫のこと。 「信外」は仏教の言葉で、修行の初期段階である「十信」をまだ終えていない状態のこと。 「軽毛」は風にあおられて安定しない羽毛。
神算鬼謀(しんさんきぼう)
人が考えたとは思えないほどにすぐれた策略のこと。 「算」と「謀」はどちらも策略のこと。 神や鬼神が考えた策略という意味から。
慎始敬終(しんしけいしゅう)
最初から最後まで、気をゆるめずに慎重に行うこと。 または、物事は最初と最後が大切であるということ。 「慎」と「敬」はどちらも細心の注意を払うこと。 「始めを慎み終わりを敬(つつ)しむ」とも読む。
斟酌折衷(しんしゃくせっちゅう)
それぞれの事情や心情を汲み取って、その中間を取ること。 「斟酌」は事情や心情を汲み取ること。 「折衷」は複数の中間を選び取ること。 「斟酌折中」とも書く。
唇焦口燥(しんしょうこうそう)
大きな声で何度も叫ぶこと。 または、思いっきり叫んで疲れ弱った様子。 または、大きな声で激しい議論をする様子。 唇が焼け焦げて、口の中が乾燥するという意味から。 「唇(くちびる)焦(こ)げ、口燥(か)わく」とも読む。
心織筆耕(しんしょくひっこう)
文章を書くことで生計を立てること。 心で機を織って、筆で田畑を耕して暮らすという意味から。 中国の唐の詩人の王勃が人に頼まれて文章を作ると、お礼として車一杯に黄金をもらったということを、人々がからかったという故事から。
心事高尚(しんじこうしょう)
心の中で思う事の品性が高く、立派な様子。 「心事」は心の中で思うこと。 「高尚」は上品で立派なこと。
真実無妄(しんじつむもう)
間違いや嘘ではない、本当のこと。 または、嘘や偽りのない様子。 「無妄」は騙したり、偽らないこと。
信心決定(しんじんけつじょう)
阿弥陀仏(あみだぶつ)の救済の本願を信じ、その信念が不動である状態を指す仏教用語。
薪水之労(しんすいのろう)
人に仕えて、怠けず懸命に働くこと。 または、炊事などの家事仕事。 「薪水」は薪を拾いに行って、水を汲みに行くこと。
神仙思想(しんせんしそう)
古代中国の思想で、俗世を超越した不老不死の仙人になろうとする考えをいう。 「神仙」は不老不死で神通力を持っている仙人のこと。 道教では、仙人になることを教義の根幹としていた。
進退去就(しんたいきょしゅう)
現在の職や地位に留まるか辞めるかなどの、身の振り方や対応方法のこと。 「進退」と「去就」はどちらも、留まることと辞めること。 似た意味の語を重ねた言葉。 「去就進退」ともいう。
神仏混淆(しんぶつこんこう)
神道と仏教の信仰をうまく融合させること。 「混淆」は区別できないほどに入り混じること。 「神仏混交」とも書く。
新婦新郎(しんぷしんろう)
結婚式当日の婿と嫁。 「婦」は夫がいる女性。 「新婦新郎」ともいう。
晨夜兼道(しんやけんどう)
急いで仕事をすること。 または、昼も夜も休まずに先へ進むこと。 「晨」は朝のこと。 「兼道」は二日かかる行程を一日で進むこと。
森羅万象(しんらばんしょう)
この世に存在する全てのものや現象。 「森羅」は生い茂った木々がどこまでも並び続いている様子のことから、無数に連なるという意味。 「万象」は形あるもの全てという意味。
心理戦争(しんりせんそう)
武力を用いず、情報操作やプロパガンダ(喧伝)、心理的操作などを通じて、相手を不利にし、自己の利益を追求する戦術や戦略。
深慮遠謀(しんりょえんぼう)
遠い先の未来のことに深く考えをめぐらせて、手抜かりのない計画を立てること。 または、その計画そのもののこと。 「深慮」は欠陥がないようにしっかり考えられた計画。 「遠謀」は将来のことを見通してしっかりと考えること。 「遠謀深慮」ともいう。
心霊現象(しんれいげんしょう)
科学的な方法では証明または説明が困難である、超自然的な現象。 特に、幽霊や死後の世界といった、死者の霊魂が関与しているとされる現象についていう言葉。 これらの現象は、多くの場合、個人の経験に基づいて報告されており、科学的な根拠は一般に不足している。
自家薬籠(じかやくろう)
自分の使いたい時に自由に使える物や技術、または人のこと。 「薬籠」は薬箱のことで、自分の家にある薬箱の中の薬はどれも役に立つものであり、必要なときに好きなように使えることから。
時期尚早(じきしょうそう)
事を実行するのは、まだ時期が早すぎるという意味。 「尚早」はまだ時期ではないという意味。
事死如生(じしじょしょう)
亡くなった人に対して、生きている時と同じように丁寧に仕えること。 最上の孝行の様子をいう。 「死に事(つかう)ること生(い)けるが如し」とも読む。
耳熟能詳(じじゅくのうしょう)
何度も聞いて聞きなれていることは、詳しく説明できるという意味。 または、物事をよく知っているという意味。 「耳熟」は耳が聞きなれている、「能詳」は詳しく説明することが出来るということ。
自浄作用(じじょうさよう)
川や海、大気などが流れている間に、自然と綺麗になる作用のこと。 または、組織など内にある悪い部分を、自らの力で改善すること。
爾汝之交(じじょのこう)
すごく親しい間柄のこと。 「爾」と「汝」は親しみを込めて相手を呼ぶ言葉。 「お前」や「貴様」のようにお互いを呼び合えるような仲のこと。
十死一生(じっしいっしょう)
ほとんど助かる見込みがない状況でかろうじて助かること。
十室九空(じっしつきゅうくう)
災害や戦乱、暴政などで住民がいなくなり、十軒に九軒が空き家になって村が閑散としている様子。
十室而九(じっしつじきゅう)
災害や戦争、悪政などが原因となって国が荒れていること。 十軒のうち九軒が不満を持っていることから。 「十室(じっしつ)にして九(きゅう)」とも読む。
実践躬行(じっせんきゅうこう)
理論などを自らの力で実際に実行してみること。 「実践」は実際にやってみること。 「躬行」は自分の力で行うこと。 口だけではなく実際にやってみることの大切さをいう言葉。 「躬行実践」ともいう。
実相観入(じっそうかんにゅう)
対象に自己を投入して、自己と対象が一つになることで、対象のもっている世界を具象的に写すという理論。 斉藤茂吉が唱えた短歌の写生理論のことで、正岡子規の写生論を発展させたもの。
十発十中(じっぱつじっちゅう)
確実に。絶対に。必ず。 十発射撃すると十発当たることから。
日就月将(じつしゅうげつしょう)
少しずつ良い方へと変わっていくこと。 「就」は成就すること。 「将」は前に進むこと。 「日(ひ)に就(な)り月(つき)に将(すす)む」とも読む。
実力伯仲(じつりょくはくちゅう)
優劣をつけることができないほどに実力の差がないこと。 「伯仲」は長男と次男のこと。 兄弟の中でも長男と次男は歳が近いことが多く、実力も同じくらいであるということから、どちらもすぐれていて優劣をつけるのが難しいことをいう。
慈悲心鳥(じひしんちょう)
カッコウ目カッコウ属の鳥、十一(じゅういち)の別称。 「ジヒシン」と鳴いているように聞こえることから。
時不久留(じふきゅうりゅう)
時間は素早く過ぎていくものであるということ。 「時(とき)久(ひさ)しくは留(とど)まらず」とも読む。
自問自答(じもんじとう)
自分自身に質問をしかけて、自分自身でその質問に答えること。
獣尽狗亨(じゅうじんくほう)
目的を果たすまで重用されていた人が、その後冷遇されることのたとえ。 「狗」は猟犬のこと。 「亨」は煮ること。 獣を取り尽くした後、猟犬は不要となるため、煮て食べられるという意味から。 「獣(けもの)尽きて狗(いぬ)亨(に)らる」とも読む。
十全健康(じゅうぜんけんこう)
病気の部分がなく、完全に健康なこと。 「十全」は完全なこと。 「健康」は体や心に悪いところがないこと。
柔能制剛(じゅうのうせいごう)
能力の弱い者が能力の強い者に勝つこと。 柔らかい物が固い者に勝つという意味から。 主に「柔能く剛を制す」の形で用いることが多い言葉。
戎馬倥偬(じゅうばこうそう)
戦場で慌しく走り回り、忙しく軍務を行うこと。 「戎馬」は戦争で使うための武器と馬。 「倥偬」は非常に忙しいこと。
十風五雨(じゅうふうごう)
十日ごとに風が吹き、五日ごとに雨が降る、農耕に適した天候のこと。 または、世の中が平和で穏やかな状態であることのたとえ。
儒家者流(じゅかしゃりゅう)
孔子の学問を受け継ぐ学問の流派。
樹下石上(じゅかせきじょう)
出家して行脚している人の境遇のたとえ。 行脚している僧は木の下や石の上を宿にして生活するという意味の仏教の言葉。 「石上樹下」ともいう。
熟思黙想(じゅくしもくそう)
心を落ち着かせて、しっかりと物事を考えること。 「熟思」はしっかりと考えること。 「黙想」は喋らずによく考えること。