「時間」に関連する四字熟語 — 53 件
「時間」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全53件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一日片時(いちじつへんじ)
わずかな時間のこと。 または、たった一日のこと。 「片時」は少しの時間という意味。
一念万年(いちねんばんねん)
時が経過する間隔は、個人の感覚で変わるということ。 「一念」はほんの少しの時間。 禅宗の言葉で、一瞬心が動くと、その動きには一万年の月日が含まれているということから。
一刻千金(いっこくせんきん)
ほんのわずかな時間が千金にも値するということ。 「一刻」の「刻」は時間の単位のことで、わずかな時間のたとえ。 「千金」は多額の金銭のことから、価値があるもののたとえ。 楽しい時間や季節などがあっという間に過ぎ去っていくことを惜しんでいう言葉。 また、少しの時間でも大切にするべきだという戒め。 出典は「春宵一刻値千金」という言葉で、春の夜は素晴らしく非常に価値があるという意味。 「千金一刻」ともいう。
一寸光陰(いっすんのこういん)
ほんの少しの時間のこと。 少しでも時間を無駄にしてはいけないという戒めの言葉。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「光陰」は日時計の陰のことから、時間や年月のたとえ。 「一寸の光陰軽んずべからず」の形で使うことが多い言葉。 朱熹の「偶成」の詩とされていたが、現在では日本の五山の僧侶が作ったとされる説がある。
一朝一夕(いっちょういっせき)
ほんの少しの時間。あっという間の時間。 「一朝」はひと朝。 「一夕」はひと晩。 どちらもきわめて短い時間のたとえ。 「一朝一夕に出来ることではない」などと後に否定の語を伴って用いることが多い言葉。
禹惜寸陰(うせきすんいん)
少しの時間すら無駄にせずに働くこと。 「陰」は時間、「寸陰」は少しの時間という意味。 中国の夏の国の禹王は、洪水を治めるために時間を無駄にせずに働き続けたという故事から。 「禹(う)寸陰(すんいん)を惜しむ」とも読む。
烏兎匆匆(うとそうそう)
歳月が慌しく過ぎていくことのたとえ。 太陽には烏が、月には兎が住んでいるという古代中国の伝説から、「烏兎」は月日のことで、「匆匆」は慌しい様子や忙しいこと。 「烏兎怱怱」とも書く。
永永無窮(えいえいむきゅう)
果てしなく続くこと。または、終わりのない永遠に続く長い時間。 「無窮」は限りが無いこと。 「永永(えいえい)として窮(きわ)まり無し」とも読む。
永遠無窮(えいえんむきゅう)
果てしなく続くこと。または、終わりのない永遠に続く長い時間。 「無窮」は限りが無いこと。
往古来今(おうこらいこん)
昔から今になるまで、またはその時間の流れ。 「往古」は過ぎ去った時のこと。 「来今」は今から後のこと。
往事渺茫(おうじびょうぼう)
過ぎていった昔のことは、遠くかすんではっきりとしないということ。 「往事」は過ぎ去った過去のこと。 「渺茫」ははるか遠い様子や広くて果てしない様子のこと。
往事茫茫(おうじぼうぼう)
過去の事柄を思い出そうとしても、記憶が薄れていてはっきりとしない様子。 「往事」は過ぎ去った過去のこと。 「茫茫」はぼんやりとしていてはっきりしない様子。
億万斯年(おくまんしねん)
数えきれないほどに長い年月。
開闢以来(かいびゃくいらい)
天地が出来てから今までずっとということ。 「開闢」は天と地が開けるという意味。
騏驥過隙(ききかげき)
一瞬の出来事のこと。 または、時の経過が非常に速いことのたとえ。 「騏驥」は一日で千里を走りきるといわれる駿馬。 「過隙」は戸の隙間の向こう側をすっと走り抜けること。 戸の隙間の向こう側を走り抜ける駿馬の姿を見ることができるわずかな時間という意味から。 元は人の命のはかなさや短さを嘆いた言葉。
金烏玉兎(きんうぎょくと)
太陽と月のこと。 または、歳月や時間のこと。 「金烏」と「玉兎」はどちらも中国の伝説上の動物のこと。 「金烏」は太陽にいるとされる足が三本の烏のことで、太陽のたとえ。 「玉兎」は月にいるとされる兎のことから、月のたとえ。
光陰如箭(こういんじょぜん)
月日が過ぎるのは速いということ。 「光陰」は太陽と月、昼や夜や月日などの時間のこと。 「箭」は弓矢の矢のこと。 時間は矢のように過ぎ去ってしまうという意味。 「光陰(こういん)箭(や)の如(ごと)し」とも読む。
光陰流転(こういんりゅうてん)
あっという間に時間が過ぎていくこと。 「光陰」は太陽と月、昼や夜や月日などの時間のこと。 「流転」は次から次へと移り変わること。
古往今来(こおうこんらい)
過去から現在まで。 「古往」は昔から。 「今来」は今まで。 「古今」と略して使うことも多い言葉。 「今来古往」ともいう。
歳月不待(さいげつふたい)
年月はあっという間に過ぎていき、人の都合などでは待ってくれないので、時を大切にせよという戒めの語。
三世十方(さんぜじっぽう)
無限の空間や時間をいう仏教の言葉。 「三世」は、過去・現在・未来。 「十方」は、東・西・南・北・西北・西南・東北・東南・上・下。
紫電一閃(しでんいっせん)
刀剣を振り下ろす瞬間に稲妻のようにきらめく様子。転じて、事態が切迫していること。極めて短い時間で急激に変化すること。 「紫電」は刀の振りによって生じる瞬間的な光、「一閃」は一瞬のひらめき。
聚散十春(しゅうさんじっしゅん)
仲間と別れたあとに、あっという間に長い年月が過ぎ去ったということ。 「聚散」は人が集まったあとに離れること。 「十春」は春が十回来るという意味から、十年という意味。
終夜如歳(しゅうやじょさい)
秋の夜の時間は一年が経過したかのように長く感じられるということ。 「終夜(しゅうや)歳(とし)の如(ごと)し」とも読む。
四六時中(しろくじちゅう)
一日中・いつも・終日という意味。 「四六時」は二十四時間。四掛ける六で二十四になることから。 「中」はその間ずっとという意味。 昔使われていた「二六時中」という言葉が変化したもの。
自今以後(じこんいご)
現在から先。今から後。 「自今」は「而今」「爾今」、「以後」は「已後」とも書く。
而今而後(じこんじご)
今より後やこれから、今後という意味。
時時刻刻(じじこくこく)
時を追って次々と何かが起こる様子。 「その時その時」や「一刻一刻」など。 「時刻」は時間の流れの決まった一瞬のことで、それを重ねて、一瞬一瞬が連続して経過していく様子という意味。
日月逾邁(じつげつゆまい)
月日が過ぎていくこと。または、驚くほどはやく老いていくこと。 「日月」は時、時間のこと。 「逾邁」は経過するや、過ぎていくという意味。
寸陰尺璧(すんいんせきへき)
わずかな時間は、大きな宝石よりも貴重であるということのたとえ。 「寸陰」はほんの少しの時間。 「尺璧」は一尺の大きさがある宝石。 一尺の宝石よりも、ほんの少しの時間のほうが大切という意味から。
尺璧非宝(せきへきひほう)
時間は非常に大切なものであるということのたとえ。 「尺璧」は直径が一尺ほどある宝石。 一尺の直径がある宝石も時間に比べると大した宝物ではないという意味から。 「尺璧(せきへき)宝(たから)に非ず」とも読む。
川上之歎(せんじょうのたん)
時間が過ぎていくことへの嘆き。 「川上」は川のそば。 孔子が川の流れを見て、昼も夜も関係なく流れが過ぎていく、過ぎ去るとはこういうものかと嘆いたという故事から。 「川上之嘆」とも書く。
造次顛沛(ぞうじてんぱい)
忙しくて慌ただしい時。または、ごく短い時間のこと。 「造次」は慌ただしい時。とっさの場合。 「顛沛」はつまずいて転ぶことから、ごく短い時間のたとえ。
疇昔之夜(ちゅうせきのよ)
昨晩。昨夜。前日の夜。 「疇」は過ぎた時間を言い表す言葉。
兆載永劫(ちょうさいようごう)
限りなく長い時間のこと。 「兆載」は一兆年という意味。 「永劫」は仏教の言葉で、非常に長い時間という意味。
電光石火(でんこうせっか)
動きが極めて早いこと。または、ごく短い時間。一瞬。 「電光」は雷の光。 「石火」は火打ち石などを打ち付けたときに出る火花。 どちらも一瞬の光であることから。 「石火電光」ともいう。
電光朝露(でんこうちょうろ)
非常に短い時間のたとえ。 または、人の一生が儚いことのたとえ。 「電光」は稲光。 「朝露」は植物の葉に宿る朝の露のこと。 「電光」と「朝露」はどちらもあっという間に消えるという意味から。
桃三李四(とうさんりし)
物事を成し遂げるには、それ相応に時間が必要であるということ。 桃が実をつけるには三年が必要で、李が実をつけるには四年の年月が必要であるということから。
兎走烏飛(とそううひ)
あっという間に月日が過ぎていくこと。 「兎」は月、「烏」は日(太陽)のたとえであることから、「兎」と「烏」で月日のことを表している。 「飛」や「走」は経過が早いことを表している。 月には兎、太陽には金烏が住むとされる中国の伝説からきた言葉。 「烏飛兎走」ともいう。
二六時中(にろくじちゅう)
一日中・いつも・終日という意味。 昔は一日を昼と夜の二つに分けて、さらに昼と夜をそれぞれ六つに区切り十二刻で表していたので、「二六時」は二掛ける六で十二刻となるため一日を意味していた。
年頭月尾(ねんとうげつび)
年の始めと月の終わりのことから、一年中という意味。 また、本来は官吏登用試験(科挙)の問題が下らないものばかりであることを批判した言葉であり「どうでもよい取るに足らないこと」という意味もある。
念念刻刻(ねんねんこくこく)
過ぎていく時間と一緒に。次第に。または、いつもということ。 「念念」は一瞬一瞬ということ。 「刻刻」は経過する時間と共にということ。 仏教の言葉。
年年歳歳(ねんねんさいさい)
「来る年も来る年も」や「毎年、毎年」という意味。 「年年」と「歳歳」はどちらも「どの年も」という意味。 「歳歳年年(歳々年々)」ともいう。
年百年中(ねんびゃくねんじゅう)
一年じゅう、いつも。年がら年中。 うんざりするほど同じことが繰り返されるときなど、好ましくない状態について使うことが多い。 「年百」は一年のうちに何度もという意味。
白兎赤烏(はくとせきう)
時間のこと。 「白兎」は月に住んでいるとされる白い兎。 「赤烏」は太陽の中に住んでいるとされている三本足の烏。 どちらも中国の伝説で、月と日のことをいい、そこから時間のたとえとして用いられる。
百代過客(ひゃくだいのかかく)
永久に止まらずに、歩き続ける旅人のこと。 または、年月をたとえた言葉。 「百代」は途絶えることなく、何代も続いていくこと。または、いつまでも続くことのたとえ。 「過客」は旅人のこと。 時間や年月をいつまでも歩き続け、帰ることのない旅人にたとえた言葉。
俯仰之間(ふぎょうのかん)
非常に短い時間のこと。 「俯仰」はうつむくことと上を向くこと。 下を向いたり、上を向いたりする間の時間という意味から。 「俛仰之間」とも書く。
物換星移(ぶっかんせいい)
世の中が変わっていくこと。 「物換」は物事が変化すること。 「星移」は時が過ぎていくこと。 「物(もの)換(か)わり星(ほし)移る」とも読む。
万劫末代(まんごうまつだい)
遠い先の世のこと。 または、これから先ずっと、限りない時間などの意味。 「劫」は仏教語で終わりがないほどの長い時間。 「末代」は先の世や後世という意味。
未来永劫(みらいえいごう)
これから先、未来の時間が永遠ということ。 「劫」は仏教語でインドの時間単位の一番長いもので、時間が無限という意味。 「永劫未来」ともいう。
無始曠劫(むしこうごう)
どれくらいかもわからないほどの昔のこと。 「無始」はいつが始まりだったかわからないこと。 「曠劫」はとても長い過去の年月のこと。
来来世世(らいらいせせ)
来世の次の来世という意味から、遠い遠い未来のこと。 または、何度でも繰り返す来世という意味。
露往霜来(ろおうそうらい)
露の季節が過ぎ去って気が付くと霜の季節が来るという意味から、時の流れが早いことのたとえ。
