「凡人」に関連する四字熟語 — 14 件
「凡人」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全14件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
有象無象(うぞうむぞう)
元は仏教語で有形、無形全てのもののことで、この世に存在する全てのもののこと。 または、数が多くつまらない人や物のことを卑しめる言葉。
燕雀鴻鵠(えんじゃくこうこく)
偉大な人物の志は、普通の人には理解できないということのたとえ。 「燕」は鳥のつばめ、「雀」は鳥のすずめ。 どちらも小さな鳥ということから、普通の人のたとえ。 「鴻」はおおとり、「鵠」はくぐいのことで、白鳥の古名。 どちらも大きな鳥のことで、英雄や豪傑などの偉大な人物のたとえ。 中国の秦の時代、日雇い労働をしていた陳勝が「互いに金持ちになっても忘れずにいよう」と仲間に言い、それを聞いた雇い主が「日雇いの分際で何を言っているんだ」と嘲笑した。 陳勝は「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と嘆き、後に秦に反乱を起こして王になったという故事から。 「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」を略した言葉。
鶏群一鶴(けいぐんのいっかく)
鶏の群れの中の一羽の鶴という意味から、多くの凡人の中で極めて優れている一人の人物のこと。
三人文殊(さんにんもんじゅ)
平凡な人でも、三人で知恵を出し合えば何かよい考えが出るものだということ。 「文殊」は知恵をつかさどるとされる文殊菩薩のこと。 普通な人でも三人で考えを出し合えば、文殊菩薩と同等以上の考えが浮かぶという意味から。 「三人寄れば文殊の知恵」を略した言葉。 「三人文珠」とも書く。
市井之徒(しせいのと)
普通の人。 または、素行の悪いならず者のこと。 「市井」は町にある共用の井戸のことで、昔の中国では井戸の周りに町を作っていたということから、人家が集中している場所をいう。 「徒」は多くの人々のこと。
常鱗凡介(じょうりんぼんかい)
普通の人のたとえ。 「鱗」は魚の鱗のことから、魚のたとえ。 「介」は貝のこと。 普通の魚と平凡な貝類という意味から。
刺草之臣(せきそうのしん)
普通の人々のこと。 「刺草」は草を刈り取ること。 普通の人が、君主に自身のことを謙っていう言葉。 草を刈り取るだけの卑しい者という意味から。
張王李趙(ちょうおうりちょう)
どこにでもいる普通の人のこと。 「張」、「王」、「李」、「趙」はどれも中国の名字で、どれも中国では珍しくなく、最もありふれた名字という意味から。
張三李四(ちょうさんりし)
どこにでもいるような普通の人のこと。 張氏の三男と李氏の四男という意味。 「張」や「李」という姓は中国では数が多く、三男や四男は重要視されないという意味から。
斗筲之人(としょうのひと)
器量の小さな人のたとえ。 「斗」は一斗の量が入る升。 「筲」は一斗二升の量が入る竹の籠。 どちらも入る量が少ない器のことから。 「斗筲之器」「斗筲之材」「斗筲之子」ともいう。
斗量帚掃(とりょうそうそう)
普通の人。 または、人材や物がたくさん余っていること。 「斗量」はますで量を量ること。 「帚掃」はほうきで掃くこと。 どちらも余っていることのたとえで、自分のことを謙遜していう言葉。
布衣韋帯(ふいいたい)
官職についていない、普通の人のこと。 「布衣」は布で作った衣服。 「韋帯」はなめし皮でできた帯。 質素な布の衣服となめし皮の帯を身につけた人ということから、貧しく身分の低い人のたとえ。
邑犬群吠(ゆうけんぐんばい)
小者たちが集まり、うわさや悪口などを話して騒ぎ立てること。 「邑」は村里のことで、群がり吠え立てる村里の犬にたとえた言葉。
庸夫愚婦(ようふぐふ)
どこにでもいる普通の人々。 「庸」は凡庸という意味。
