「自由」に関連する四字熟語 — 48 件
「自由」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全48件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一竿風月(いっかんふうげつ)
俗世にとらわれず、自然の中でのんびりと自由な生活を送ること。 「竿」は釣竿のこと。 「風月」は自然を親しみ、風流を楽しむこと。 一本の釣竿を持って、風流を楽しむということから。
曳尾塗中(えいびとちゅう)
高い地位を得て窮屈な生活をするより、低い地位でも自由に暮らすほうがよいことのたとえ。 「塗中」は泥の中という意味。 楚王から役人に登用したいと言われた荘子が、「亀は殺されて甲羅を占いに使われて尊ばれることと、泥の中をはいずりまわって自由に生きることのどちらを選ぶか」と言い断った故事から。
鳶飛魚躍(えんぴぎょやく)
全ての生き物が生まれた時から持っている性質に従って、その性質を楽しみながら自由に生きること。 または、そのような天の摂理のこと。 または、よい政治が行われ、世の中が平和なことのたとえ。 「鳶飛び魚躍る」を略した言葉で、鳥の鳶が自由に空を飛びまわり、川の淵で魚が躍るという意味から。
閑雲孤鶴(かんうんこかく)
世間を離れのんびりと自由に暮らすこと。 または、隠士の心境のたとえ。 「閑雲」はのんびりと空に浮かぶ雲。 「孤鶴」は野で自由に遊ぶ鶴。
閑雲野鶴(かんうんやかく)
世間を離れのんびりと自由に暮らすこと。 または、のんびりとした生活を送る隠士の心境のたとえ。 「閑雲」はのんびりと空に浮かぶ雲。 「野鶴」は野で自由に遊ぶ鶴。 「野鶴閑雲」ともいう。
狷介不羈(けんかいふき)
意志を固く保って、なにものにも縛られないこと。 「狷介」は自分の意志を固く守り、決して妥協しないこと。 「不羈」は決して縛られないこと。
行雲流水(こううんりゅうすい)
物事に執着せず、自然体で事の成り行きに任せて行動するスタイルや姿勢のこと。 自在に空を漂う雲(行雲)、自然に川を流れる水(流水)の様子から。
高談闊歩(こうだんかっぽ)
周りを気にせずに好き放題に議論して、大股に歩くこと。 「高談」は盛んに議論を戦わせること。または、大きな声で会話すること。 「闊歩」は大股に歩くこと。または、なにものにも縛られず自由な様子。 自由気ままな様子をいう言葉。
傲慢不羈(ごうまんふき)
人を見下して偉そうな態度で、誰にも縛られないこと。 「傲慢」は人を見下し、偉そうな態度をとること。 「不羈」は誰にも縛られないこと。または、すぐれた才能があり、自由に振舞うこと。
逍遥自在(しょうようじざい)
世間から離れて、自由に楽しむこと。 「逍遥」は気分に任せて歩くということから、思うままに楽しむこと。 「自在」は何ものにも縛られないこと。
逍遥法外(しょうようほうがい)
法律を犯した人が、罰則を受けることなく、自由に生活していること。 「逍遥」は何ものにも縛られず、思ったままに歩きまわること。 法律の外側を自由に歩きまわるということから。 「法外(ほうがい)に逍遥(しょうよう)す」とも読む。
臣一主二(しんいつしゅに)
誰に仕えるかは、個人の自由ということ。 元は臣下としての自分の体は一つしかないが、仕えることのできる主人はたくさんいるという意味の言葉。 仕えている君主が駄目なら、他にも君主はたくさんいるので、自由に見つけて仕えてもよいということをいう。
身心脱落(しんじんだつらく)
体も心も全ての束縛から解き放たれること。 中国の宋の如浄禅師のもとで、道元が修行した際に得た実感を言い表した言葉。
自主自立(じしゅじりつ)
他からの支配や干渉を受けず、また他に依存することもなく、自分自身の意志と判断、そして自分の力によって行動し、生きていくこと。 「自主」は自分の考えに基づいて主体的に動くこと、「自立」は他に頼らず独り立ちすることを指し、両者を重ねて主体性と独立性の両面を強調した語。
縦横自在(じゅうおうじざい)
自分の思ったことを邪魔されることなく、思ったように出来ること。 または、思い切りやりたいことをすること。 「縦横」と「自在」はどちらも何者からも邪魔されることなく、思うとおりに出来ること。
縦横無礙(じゅうおうむげ)
思ったまま好きなように物事を行う様子。 または、満足するまで自由に行動すること。 「縦横」は縦と横のことから自分の思うよう好きに振舞うこと。 「無礙」は何者にも縛られないこと。
縦横無尽(じゅうおうむじん)
思うまま好きなように物事を行う様子。 または、満足するまで自由に行動すること。 「縦横」は縦と横のことから、自分の思いのままに振る舞うこと。 「無尽」は尽きることが無いという意味。
縦説横説(じゅうせつおうせつ)
思いのままに解説すること。 または、思いのままに議論をすること。 「縦…横…」は自由にという意味。
自由闊達(じゆうかったつ)
のびのびとした広い心で小事にこだわらないこと。 「自由」は縛られることなく、のびのびしていること。 「闊達」は広くおおらかな心で小事にこだわらないこと。 「闊達自由」ともいう。
自由自在(じゆうじざい)
思ったことが思った通りに出来ること。 または、思う存分やりたいことをやること。 「自由」と「自在」はどちらも、邪魔されることなく思い通りに出来るという意味。
自由放任(じゆうほうにん)
口を出したり、考えを押し付けたりせずに、それぞれに思うままにやらせること。 「放任」は物事の状況や人の行動などに一切手を出さずに、成り行きに任せること。 経済に関しては、企業や個人に対して、政府が統制や規制などの干渉をしないことをいう。
自由奔放(じゆうほんぽう)
周りのことを気にすることなく、自分が思ったことそのままに行動する様子。または、規範や世間の常識にとらわれることなく、思いのままに物事を行うこと。 「自由」は他を気にすることなく、思ったことをそのまま行うこと。 「奔放」は常識などに縛られることなく、思うままに行動すること。 「奔放自由」ともいう。
随縁放曠(ずいえんほうこう)
どんな因縁にも縛られることなく、気の向くまま自由に振舞うこと。 または、因縁に任せて物事にこだわらず、のびのびとしていること。 「随縁」は縁に従って物が生まれて変化すること。 「放曠」はなにものにも縛られず、心が自由なこと。
随処任意(ずいしょにんい)
どこにいても心のままに振る舞い、思うままに過ごすこと。 場所や状況に縛られず、自分の思いに任せて自在に行動するさま。 「随処」は至るところ、どこでもの意。 「任意」は自分の意のままにする、思うとおりに任せるの意。 二語を重ねて、いかなる場所であっても束縛を受けず、心の赴くまま自由に振る舞うことを表す。 「随所任意」とも書く。
剡渓訪戴(せんけいほうたい)
思いのままに風流を楽しむこと。 晋の王徽之が大雪の夜に興を覚え、友人の戴逵を訪ねて剡まで行ったが、門前で興が尽きたとして会わずに帰った故事に由来する。
卓犖不羈(たくらくふき)
他より際立ってすぐれ、決まりきった枠にとらわれないこと。すぐれた才能や気質を持ち、自由でのびのびとしたあり方。
胆大妄為(たんだいもうい)
好き放題に振る舞うこと。 「胆大」は配慮が足りない様子。 「妄為」は自分勝手な振る舞いのこと。
馳騁縦横(ちていじゅうおう)
好きなように振る舞うこと。 または、思い通りに支配すること。 「馳騁」は馬で駆けること。または、思うとおりに行動すること。 「縦横」は自由に振る舞うこと。
倜儻不羈(てきとうふき)
才知が人並みはずれてすぐれていて、何ものにも縛られないこと。 「倜儻」は他より抜きん出ていること。 「羈」は馬をつなぎとめる手綱のことで、「不羈」はつなぎとめられないということ。 世間の常識や権威に従わず、自分の考えのままに進む人をいう。 江戸時代の知識人が好んで使い、今も人物を評する場面で見かける言葉。
天下御免(てんかごめん)
世の中に認められていること。または、周りに気を使わずに、自由に振る舞うことが許されていること。 「御免」は許可という意味の尊敬語。 君主からの許可という意味から、世の人々に認められているという意味。
天馬行空(てんばこうくう)
考え方や行動が自由なこと。 または、詩文や書の筆遣いに勢いがあること。 「天馬」は天帝が乗るとされる、空を駆けることのできる馬。 空を天馬が駆ける様子から。 「天馬(てんば)空(くう)を行く」とも読む。
蕩佚簡易(とういつかんい)
のんびりとしていて自由なこと。また、細かいことにこだわらず寛大なこと。 「蕩佚」はのんびりと自由で寛大なこと。 「簡易」は細かいことにこだわらず、おだやかでさっぱりしていること。
百花斉放(ひゃっかせいほう)
学問や芸術などが、自由で盛んに行われて発展すること。 「百花」は花の数が非常に多いことのたとえ。 全ての花が同時に咲くという意味から。 1956年に中国共産党の主席である毛沢東が「百家争鳴」と共に掲げた標語の一つで、翌年には撤回された。
不羈自由(ふきじゆう)
何者にも縛られず、自由なこと。または、普通よりもすぐれた性質のために束縛することができないこと。 「不羈」は繋ぎ止めることができず、自由なこと。
不羈奔放(ふきほんぽう)
誰にも縛られることなく、好き勝手に振る舞うこと。 「羈」はつなぐという意味から「不羈」は何ものにも縛られないこと。 「奔放不羈」ともいう。
不羈磊落(ふきらいらく)
世間の習慣やくだらないことにこだわらず、縛られない様子。 「不羈」は何ものにも縛られず、自由なこと。 「磊落」は度量が広く、くだらないことにこだわらない様子。
不繋之舟(ふけいのふね)
心に不満や不信など何もない、無心のたとえ。 または、なにものにも縛られずにただ漂っているだけのような人のこと。 繋がれておらず、ただ波に漂う船という意味から。
放縦恣横(ほうじゅうしおう)
好き放題に振る舞うこと。 「放縦」と「恣横」はどちらもわがままという意味で、同じ意味の言葉を重ねて強調した言葉。
放縦不羈(ほうじゅうふき)
何ものにも縛られず、好きなように振る舞うこと。 「放縦」は好き勝手に振る舞うこと。 「不羈」は何ものにも縛られないこと。
放蕩三昧(ほうとうざんまい)
思うまま好き勝手に振る舞うこと。 「放蕩」は好き勝手にすることや、酒や女遊びに溺れること。 「三昧」は一つのことに夢中になること。
放蕩不羈(ほうとうふき)
思うまま好き勝手に振る舞うこと。 「放蕩」は好き勝手に振る舞うこと。 「不羈」はなにものにも縛られないこと。
無辺無礙(むへんむげ)
どこまでも広く、縛られるものが何もないこと。 仏教の言葉で、「無辺」はどこまでも広いこと、「無礙」は煩悩にとらわれずに自由なこと。 「無辺無碍」とも書く。
無累之人(むるいのひと)
なにものにも縛られない、自由な心を持っている人のこと。 「累」はわずらわしさという意味。 世間のわずらわしい出来事から逃れて、関わらない人ということから。
門戸開放(もんこかいほう)
制度や制限をなくして、自由に出入りできるようにすること。 門戸を開け放って自由にするという意味から。
融通無礙(ゆうずうむげ)
何かにこだわることがなく、思考や行動が自由であること。 「融通」は物事が停滞することなく順調に進むこと。 「無礙」は障害になるものがないという意味。 「融通無碍」とも書く。
遊戯三昧(ゆげざんまい)
何ものにもとらわれず、思いのままにふるまうこと。 また、気の進まないことでも、それをすること自体を楽しむこと。 「遊戯」は仏教の言葉で、仏や菩薩、悟りを開いた者が自在にふるまうさまをいう。 「三昧」は一つのことに心を集中させること。
揚眉吐気(ようびとき)
目的を成し遂げて思いっきり喜ぶこと。 または、我慢を強いられていた環境から解放されて喜ぶこと。 または、積極的な心持ちになっていて活気づいている様子。 眉を上げて息を吐くことから笑顔や活気のある様子のこと。 「眉を揚げ気を吐く」とも訓読する。 「吐気揚眉」ともいう。
劉伶之鍤(りゅうれいのすき)
気の向くままに酒を飲んで気ままに生きること。 「鍤」は農具の名前で、田畑を耕すためのもの。 中国の晋の国の劉伶は、鹿が引く車に乗り、酒と鍤を持った従者を常にそばに置き、自分が死んだらその場で鍤を使って穴を掘って埋めてくれと言っていたという故事から。
