寸草春暉とは

四字熟語 | 寸草春暉 |
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読み方 | すんそうしゅんき |
意味 | 両親からの恩は非常に大きく、子がどれだけ孝行しても、少しですら報いることは出来ないということのたとえ。 「寸」は長さの単位で、短い長さのたとえ。 「寸草」は、短い草のことで、両親の恩に報いようとするほんの少しの気持ちをたとえた言葉。 「春暉」は春の太陽の光のことで、両親からの恩のたとえ。 短い草がどれだけ孝行しても、春の日の光によって育てられた恩に報いることは出来ないという意味から。 |
出典 | 孟郊「遊子吟」 |
漢検級 | 1級 |
類義語 | 寸草之心(すんそうのこころ) |
使用されている漢字
「寸」を含む四字熟語
一寸光陰(いっすんのこういん)
ほんの少しの時間のこと。 少しでも時間を無駄にしてはいけないという戒めの言葉。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「光陰」は日時計の陰のことから、時間や年月のたとえ。 「一寸の光陰軽んずべからず」の形で使うことが多い言葉。 朱熹の「遇成」の詩とされていたが、現在では日本の五山の僧侶が作ったとされる説がある。
一寸丹心(いっすんのたんしん)
嘘のない本心から誠意。 ほんの少しだけの真心という意味から。 自身の誠意という意味の謙譲語。 「一寸」の「寸」は長さの単位で、とても短いことや、少ないことのたとえ。 「丹心」は真心、誠意のこと。
九腸寸断(きゅうちょうすんだん)
ひどくつらく、悲しいこと。 「九腸」は腸全体のこと。 「寸断」は細かくたくさんに切ること。 内臓がばらばらに千切れるような、つらい悲しみという意味から。
九寸五分(くすんごぶ)
短刀のこと。 「寸」と「分」は長さの単位で、短刀の長さと同じということから。
口耳四寸(こうじよんすん)
聞いたことの意味を考えることをせずに、そのまま人に伝えるだけの役に立たない学問のこと。 「寸」は長さの単位のこと。 耳から入ったことがそのまま口から出ることで、口と耳の四寸の長さの間でする浅い学問ということから。
三寸之轄(さんずんのくさび)
物事の重要な部分のこと。 「三寸」は長さのことで、短いことのたとえ。 「轄」は車輪が車軸から抜けないようにするための留め金のこと。 長さ三寸程度のものでも、これがなければ車は走ることができないということから、物事の重要な部分をいう。
「草」を含む四字熟語
一木一草(いちぼくいっそう)
一本の木から一本の草まで全てという意味から、その場にあるすべてのもののこと。 または、わずか一本の木と一本の草という意味から、極めて少ないもののこと。 「一木」は一本の木のこと。 「一草」は一本の草のこと。 「一草一木」ともいう。
横草之功(おうそうのこう)
とても簡単なこと、または少しの功績や功労のたとえ。 「横草」は草を踏んで横に倒すという意味。
開闢草昧(かいびゃくそうまい)
国として成り立ったばかりで、文明や秩序などが発達していないこと。 「開闢」は天地が開けるという意味から、この世の始まりのこと。 「草昧」は世の中が始まったばかりで、秩序が存在していないこと。
禽獣草木(きんじゅうそうもく)
命がある全てのもののこと。 鳥や動物、草、木ということから。 「草木禽獣」ともいう。
勁草之節(けいそうのせつ)
勁草のように強い節操や意志があること。 「勁草」は強い風でも倒れない強い草ということから。
枯木枯草(こぼくこそう)
枯れた植物のこと。
「春」を含む四字熟語
一場春夢(いちじょうのしゅんむ)
人生の栄光や繁栄が、儚く消えてしまうことのたとえ。 「一場」はほんの短い間の意。 春の夜にみる夢のように儚いということから。
雨後春筍(うごしゅんじゅん)
同じようなものが次から次へと出現したり、発生したりすること。 「筍」は植物のたけのこ。 雨が降った後に、たけのこが次から次へと生えてくるという意味から。
月旦春秋(げったんしゅんじゅう)
人の価値などを評価して批評すること。 「月旦」は毎月のはじめの日のこと。 「春秋」は五経の一つの「春秋」のことで、「春秋」には、孔子の歴史への批評が含まれているということから、批評という意味。 後漢の許劭は、毎月のはじめの日に人を批評したものを発表していたという故事から。
小春日和(こはるびより)
冬の初めの春のように暖かく、穏やかに晴れた天候のこと。 「小春」は陰暦十月の別名。 「日和」は晴れている天気のこと。 「小春日」ともいう。
虎尾春氷(こびしゅんぴょう)
極めて危険なことのたとえ。 または、危険なことをすることのたとえ。 虎の尾を踏んで、春の厚みの無い氷の上を歩くという意味から。 「虎尾春冰」とも書く。
枯木逢春(こぼくほうしゅん)
辛く苦しい状況から抜け出ることのたとえ。 弱ったものや不遇な境遇にあるものが、勢いを取り戻すことのたとえ。 枯れているように見える木も、春になれば生き返るという意味から。 「枯木春に逢う」とも読む。
「暉」を含む四字熟語
寸草春暉(すんそうしゅんき)