「果てしなく広い」に関連する四字熟語 — 16 件
「果てしなく広い」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全16件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
一望千里(いちぼうせんり)
広い範囲を遠くまで見渡すことができること。 または、広々としていて遠くまで見通せる美しい景色のたとえ。 「一望」は景色などで、一度に全体を見ることができること。 「千里」の「里」は距離の単位で、「千里」は非常に遠いことのたとえ。 一度に千里先まで見渡すことが出来るという意味から。
一望無垠(いちぼうむぎん)
一目ではるかかなたまで広々と見渡せること。 広々と見晴らしの良い景色をいう。 「垠」は地の果てのこと。 「一望垠(はて)は無し」とも読む。
一碧万頃(いっぺきばんけい)
海や湖が広大に広がっている様子。 「一碧」は視界いっぱいに広がる青色を意味し、「頃」は面積の単位で、「万頃」は非常に広い面積のこと。
雲濤煙浪(うんとうえんろう)
遠く水平線で連なって見える雲と波。 「濤」と「浪」は大きな波。 「煙」は霞のこと。 海が大きく広いことを言い表す言葉。 「雲濤烟浪」とも書く。
虚無縹渺(きょむひょうびょう)
何もなく、どこまでも広がっている風景を言い表す言葉。 「虚無」は何もないこと。 「縹渺」は遠くはっきりと見えないこと。 「虚無縹緲」とも、「虚無縹眇」とも書く。
空空漠漠(くうくうばくばく)
広くて果てしない様子。またはぼんやりとしている状態。
宏大無辺(こうだいむへん)
果てがないほど、広々としていること。 「宏大」は広くて大きいこと、「無辺」は果てがないこと。 「広大無辺」「洪大無辺」とも書く。
四荒八極(しこうはっきょく)
世界中のあらゆる場所、地域のこと。 世界の隅々までという意味。 「四荒」は北方の觚竹、南方の北戸、西方の西王母、東方の日下の四つのことで、この四方の果てにあるえびすの国のこと。 えびすは異民族の別称。 「八極」は八方の地の果てという意味。
万頃瑠璃(ばんけいるり)
青く、どこまでも広がっている様子。 「万頃」は限りなく広いこと。 「瑠璃」は紺青色のこと。または、紺青色の宝石のこと。 空や海がどこまでも青く広がっている様子をいう。 「万頃琉璃」とも書く。
万里鵬翼(ばんりほうよく)
はるか遠くまで広がる大空や、遠い場所への旅路のたとえ。 または、極めて大きな気概や勢いのたとえ。 「万里」の「里」は距離の単位で、「万里」は非常に遠いことのたとえ。 「鵬」は中国の想像上の非常に大きな鳥で、翼を広げた大きさは何千里もあるとされていて、空の雲のように見えるとされている。
平沙万里(へいさばんり)
非常に大きい砂漠のこと。 「平沙」は平坦で広大な砂原のこと。 「沙」は”砂”と同じ意味。 「万里」ははるか遠くまで広がっている様子。
鵬程万里(ほうていばんり)
非常に遠い道のりのたとえ。 また、海がどこまでも広く大きいことを言い表す言葉。 「鵬」は中国の想像上の鳥。 「程」は道のり。 「万里」の「里」は距離の単位で、「万里」は非常に遠いことのたとえ。 鵬は北海から南海に向かって万里もの距離を飛ぶとされることから。 「万里鵬程」ともいう。
无何之郷(むかのきょう)
果てしなく広くて見渡す限り何もなく、人の手が入っていない場所のこと。 「无」は何もない、「郷」は場所という意味から何もない場所という意味。
無辺無礙(むへんむげ)
どこまでも広く、縛られるものが何もないこと。 仏教の言葉で、「無辺」はどこまでも広いこと、「無礙」は煩悩にとらわれずに自由なこと。 「無辺無碍」とも書く。
無量無辺(むりょうむへん)
どこまでも広く大きいこと。 「無量」は量ることが出来ないほど数が多いこと。 「無辺」は程度が非常に大きいこと。 仏教の言葉で、物事の程度や分量などの見当をつけることができないほど大きいことをたとえた言葉。
沃野千里(よくやせんり)
よく肥えた平地がどこまでも広がっていること。 「里」は距離の単位で、「千里」は非常に長い距離のたとえ。 「沃埜千里」とも書く。
