「死亡」に関連する四字熟語 — 29 件
「死亡」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全29件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
嗚呼哀哉(ああかなしいかな)
強い悲しみの気持ちを言い表す言葉。 主に人の死に対して使う言葉。
異域之鬼(いいきのき)
祖国に帰れず異国の地で死ぬこと。またはその人の魂。 「異域」は自分の国でない国、外国。 「鬼」は死んだ人の魂のこと。 故郷から離れて、外国に留まり続けている死者の魂という意味から。
易簀之際(えきさくのさい)
人が死ぬ間際のこと。 特に、徳の高い人が死ぬことを敬っていう言葉。 「易簀」は寝台に敷く簀(すのこ)を取り替えることで、人の死ぬ間際を意味する。 孔子の弟子である曽参が死ぬ間際、高位の人が使う簀(すのこ)が敷かれていたが、自身の身分には相応しくないといって取り替えさせたという故事から。
横死九法(おうしくほう)
天寿を全うできずに死んでしまう九つの原因のこと。
肝脳塗地(かんのうとち)
戦場で無残な死に方をすることのたとえ。 または、忠義を尽くすためならどんな犠牲も惜しまないことのたとえ。 「肝脳」は内臓の肝臓と脳。 「塗地」は土でひどく汚れること。 死体の内臓が土で汚れるという意味から。
含笑入地(がんしょうにゅうち)
悔いを残さず、心穏やかに死ぬこと。 「入地」は遺体を土の中に埋めること。 中国の後漢の韓韶が嬴県を治めていたときに、難民に食べ物を与えたところ、地元の戸主に非難されたが、韓韶は困っている人を助けて罰せられるのなら笑顔で死ねると言ったという故事から。 「笑いを含んで地に入る」とも読む。
宮車晏駕(きゅうしゃあんが)
天子が死ぬこと。 「宮車」は天子の車。 「晏駕」は夜になって霊柩車が墓に向かって出発すること。 天子が朝廷に来ないことを、夜になれば来るだろうと願う臣下の心情を表したという説もある。
極楽往生(ごくらくおうじょう)
この世で死んだ後、極楽浄土に生まれ変わること。 または、思い残すことなく、心穏やかに死ぬこと。 「極楽」は「極楽浄土」を略した言葉で、仏教で阿弥陀仏がいるとされる苦しみのない世界のこと。 「往生」は死ぬこと。 「往生極楽」ともいう。
死屍累累(ししるいるい)
死体が当たり一面に積み重なり、むごたらしい様子。 「死屍」は死体、亡骸。 「累累」はあたり一面に積み重なっている様子。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)
生きている人はいつか必ず死ぬということ。 仏教の言葉で、人の一生が儚いということをいう。 会者定離と対にして使われることが多い言葉。
薪尽火滅(しんじんかめつ)
人が死ぬこと。 「薪尽」は薪が無くなること。 「火滅」は火が消えること。 元は仏教の言葉で、釈迦の入滅のことをいい、そこから人の死をいう。 「薪(たきぎ)尽きて火(ひ)滅ぶ」とも読む。
人琴之嘆(じんきんのたん)
人が死んだことを激しく悲しむ様子。 「琴」は中国の弦楽器で、琴柱のない琴。 中国の晋の王徽之と王献之の兄弟は、どちらも琴の名人だったが、王献之が若くして亡くなり、王献之の琴を王徽之が弾いてもうまくいかず、琴を投げつけ、嘆き悲しんだという故事から。
衰老病死(すいろうびょうし)
体力が衰え、歳をとって、病気になり、死ぬこと。
生寄死帰(せいきしき)
人が生きているということは仮にこの世に身を寄せているだけで、死は自分の家に帰るかのように本来いるべき場所に帰ることだという意味。 「生は寄(き)なり死は帰(き)なり」とも読む。
是生滅法(ぜしょうめっぽう)
生きているものは、いずれは確実に死ぬということ。 仏教の言葉で、この世に存在するもので変化しないものはなく、生きているものは確実に滅びるという考え方。
泰山梁木(たいざんりょうぼく)
立派で優れている人物のこと。 「泰山頽れ梁木壊る」という言葉を略したもので、孔子が自身の死を予見して歌ったとされ、立派で優れている人物の死を意味するようになった。 「泰山」は中国の山東省にある山の名前。 「梁木」は屋根を支えている長く太い木、梁のこと。 中国の人々から最も尊ばれる、立派な風格のある山の泰山と、屋根を支えている重要な梁ということから。 「太山梁木」とも書く。
天人五衰(てんにんのごすい)
天人が死ぬ時に現れるとされている、五つの死相のこと。 「天人」は仏教の言葉で、六道で最も上にある天道に住む人。 「五衰」はいくつかの説があり、『大般涅槃経』では、着ている服が垢で汚れ、脇から汗が出て、体がくさくなり、頭の上にある花が萎れ、自分のいるべき場所のことを好きでなくなるという五つのことをいう。
屠所之羊(としょのひつじ)
次第に死期に近づいていくことのたとえ。 屠殺場に連れて行かれる羊という意味から。
伯牙絶弦(はくがぜつげん)
非常に深い関係の親友を失った悲しみ。 「伯牙」は中国の春秋時代の人の名前。 琴の名手である伯牙は、自分の一番の理解者であり、親友だった鍾子期が亡くなり、自分の琴を理解してくれる人はもういないといい、琴の弦を切って、二度と弾くことはなかったという故事から。 「伯牙絶絃」とも書く。
白玉楼成(はくぎょくろうせい)
文人の死をいう言葉。 「白玉楼」は天にあるとされる、白く美しい宝石で作られた楼閣のことで、文人の死後に行くとされている場所のこと。 中国の詩人の李賀のところに天からの使者が現れ、「天帝が白玉楼を作り、李賀を招いてその記を書かせることになった」と言われ、まもなく死んだという故事から。
白玉楼中(はくぎょくろうちゅう)
文人の死をいう言葉。 「白玉楼」は天にあるとされる、白く美しい宝石で作られた楼閣のことで、文人の死後に行くとされている場所のこと。 中国の詩人の李賀のところに天からの使者が現れ、「天帝が白玉楼を作り、李賀を招いてその記を書かせることになった」と言われ、まもなく死んだという故事から。
不帰之客(ふきのきゃく)
死んだ人のこと。 二度と帰ることの出来ない旅に出た人という意味から。
汨羅之鬼(べきらのき)
水中で溺れて死んだ人のこと。 「汨羅」は中国の川の名前。 「鬼」は死者の霊魂。 楚の懐王に忠節を尽くして仕えていた屈原という人が、讒言で懐王の怒りを買い、追放されて入水自殺したという故事から。
滅頂之災(めっちょうのさい)
水中で溺れて死ぬこと。または、壊滅するほどの損害のたとえ。 「滅頂」は頭が水の中に沈むこと。 頭が水の中に沈むほどの災難という意味から。
来迎引接(らいごういんじょう)
南無阿弥陀仏を唱えている人が死ぬときには、阿弥陀仏が菩薩を引き連れて迎えに来て、極楽浄土へ導いてくれるということ。 「来迎」は念仏を唱えている人の元へ、阿弥陀仏や菩薩が迎えに来ること。 「引接」は阿弥陀仏や菩薩が、念仏を唱えている人を極楽浄土へ導くこと。
蘭摧玉折(らんさいぎょくせつ)
美しい女性や賢い人の死をたとえた言葉。 蘭の花が散り、玉が砕けるという意味。 出典の「蘭摧玉折と為(な)るとも、蕭敷艾栄(しょうふがいえい)とは作(な)らず」は、ただ漠然と生きるよりも、潔く死ぬ方が本望であるという意味。
臨終正念(りんじゅうしょうねん)
死に臨む時も心を乱さずに、心を穏やかに保つこと。 仏教の言葉で、心静かに念仏を唱え、極楽往生を願いながら死んでいくことをいう。 「臨終」は死ぬ直前のこと。 「正念」は心を正しい状態に保つこと。
臨命終時(りんみょうじゅうじ)
死ぬ直前。死の時に臨むこと。 「命終」は死ぬこと。 元は仏教語で、「臨終」と略して使われることが多い言葉。
冷土荒堆(れいどこうたい)
冷ややかで荒れた盛り土という意味から、墓のこと。 「堆」は土を高く盛ることや盛った土そのもの。
