「間違い」に関連する四字熟語 — 29 件
「間違い」に関連する四字熟語を一覧で紹介します。各四字熟語の読み方・意味もあわせて確認できます。全29件を五十音順に掲載しています。
四字熟語一覧(五十音順)
阿爺下頷(あやあがん)
物事を見分けることができない愚かな人のたとえ。 または、間違いのこと。 「阿爺」は父親のこと。 「下頷」は下あごのこと。 愚かな人が、戦死した父親の遺骨を探しに戦地に行き、馬の鞍(くら)の破片を父親の下あごの骨と思い込んで大切に持ち帰ったという故事から。
以鼠為璞(いそいはく)
取るに足らない物を高価なものとして扱うこと。 「璞」は手が加わっていない宝石の原石。 古代中国の鄭の国では宝石の原石を璞(はく)といい、周の国では鼠の生肉を朴(はく)と言っていた。 周の国の人が鄭の国の商人に、はくを買わないかと言われたが、璞ではなく朴だったという故事から。 「鼠(ねずみ)を以(もっ)て璞(はく)と為(な)す」とも読む。
以貌取人(いぼうしゅじん)
人の賢愚は容姿だけでは判断することはできないということ。 澹台滅明は容姿が醜く、孔子は弟子にとることを躊躇したが、非常に優秀で清廉な人物だったということから。 孔子の失敗談の一つ。 「貌(ぼう)を以(もっ)て人(ひと)を取る」とも読む。
以毛相馬(いもうそうば)
外見で人を判断することはできないということ。 馬の毛の色ですぐれた馬を見分けようとするという意味から。 「毛(け)を以(もっ)て馬(うま)を相(そう)す」とも読む。
以杙為楹(いよくいえい)
取るに足らない人物を重用することのたとえ。 小さな杭を家の大黒柱として使うということから。 「杙」は馬や牛をつなぎ止めておく杭。 「楹」は太く丸い丸太。 「杙(よく)を以(もっ)て楹(えい)を為(な)す」とも読む。
縁木求魚(えんぼくきゅうぎょ)
方法が間違っているため、どれだけ苦労しても目的を果たせないことのたとえ。実現が無理なことのたとえ。 木に登って魚を捕ろうとすることから。 「木(き)に縁(よ)りて魚(うお)を求む」とも読む。 「求魚縁木」ともいう。
挙措失当(きょそしっとう)
対処の方法や振る舞いが間違っていること。 「挙措」は立ち居振る舞いや態度のこと。 「失当」は適切ではないこと。 「挙措(きょそ)、当を失す」とも読む。
魚質竜文(ぎょしつりょうぶん)
正しいように見えるが、実際には間違っていること。 または、実質はないが、外見は立派に見えること。 「質」は実質、本質。 「文」は見た目のこと。 本質は魚だが、竜のように見えるという意味から。
空花乱墜(くうげらんつい)
妄想や幻覚をいう言葉。 または、実際には存在しないものを、実際に存在するかのように間違えること。 「空花」はこの世には存在しない花のこと。 「乱墜」は乱れ落ちること。 目を患った時に、見えないはずの空花が乱れ落ちているように見えるということから。 「空華乱墜」とも書く。
校書掃塵(こうしょそうじん)
何度書物を校正しても、誤りがなくなることがないということ。 書物を校正する作業は、机の上の全ての塵を掃ってもなくなることはないように、終わることは無いという意味から。 「書を校するは塵を掃うが如し」を略した言葉。
口中雌黄(こうちゅうのしおう)
自身の言った間違っていることをすぐに訂正すること。 または、根拠のない、いい加減なことを言うこと。 「雌黄」は文字を訂正するときに使っていたとされる、黄色の顔料のこと。 昔の中国の紙は黄色がかっていたので、黄色の顔料で文字を塗りつぶして訂正していた。 文字を訂正するための黄色の顔料を常に口の中に含んでいるという意味から。
虚妄分別(こもうふんべつ)
物事の真相を間違えたまま理解し、判断すること。 「虚妄」は嘘のこと。
今是昨非(こんぜさくひ)
昨日までは間違いだと思っていたことが今日は正しいと思えること。 または、今になって過去の行いが過ちであったと気づいて悔いること。 「是」は正しいこと。 「非」は誤りのこと。 「今の是にして昨の非なりしを覚る」を略した言葉。 「昨非今是」ともいう。
三豕渉河(さんししょうか)
文字を間違えること。 中国の春秋時代の子夏が旅の途中に、「晋の軍隊が三匹の豕と河を渡った」と史書を読んでいるのを聞き、「己」を「三」、「亥」を「豕」と読み間違えたのだろうといい、三匹の豕ではなく年号の己亥の年であると指摘したという故事から。
三豕渡河(さんしとか)
文字を間違えること。 中国の春秋時代の子夏が旅の途中に、「晋の軍隊が三匹の豕と河を渡った」と史書を読んでいるのを聞き、「己」を「三」、「亥」を「豕」と読み間違えたのだろうといい、三匹の豕ではなく年号の己亥の年であると指摘したという故事から。
拾遺補闕(しゅういほけつ)
見落としている過失や、誤りを見つけて正し補うこと。 「拾遺」は過失を見つけて補うこと。 「補闕」は足りないものを見つけて補うこと。 元は君主が見落とした過失や、誤りを正して、臣下が補佐をすること。
衆議成林(しゅうぎせいりん)
間違っていることでも、数多くの人々が正しいと言えば、正しいことになってしまうということ。 「衆議」はたくさんの人が議論をすること。 たくさんの人が話し合って、林があるという結論を出せば、何もない平地に林が生まれるということから。 「衆議林(はやし)を成す」とも、「衆(しゅう)議(ぎ)すれば林(はやし)をも成す」とも読む。
将錯就錯(しょうさくしゅうさく)
間違いに間違いを重ねること。 または、仏教の言葉では、間違っていることを間違っていると認識することをいう。 仏教の言葉で、「将」は「…をもって」という意味。 「錯」は間違いのこと。 「錯(しゃく)を将(もっ)て錯(しゃく)に就く」とも読む。
杜撰脱漏(ずさんだつろう)
物事のやり方が雑で、間違っている部分が多いこと。 「杜撰」は北宋の杜黙という詩人の作品が、当時の詩の約束事を守っていないものが多かったということから、間違いが多く、規則に合っていない文章や詩のことをいう。
千慮一失(せんりょのいっしつ)
どんな立派な賢者にも、失敗や間違いが一つはあるということ。 または、しっかりと考えて準備しても、予想もしていなかった手落ちがあるということ。 「千慮」は何度も考えること。 「一失」は一回の失敗。
智者一失(ちしゃのいっしつ)
どんなに賢い人にでも失敗や誤りはあるということ。 「智者」は賢者などの知恵のある人。 「一失」は一つの過失ということ。 どんな賢い人でも、多くの考えを出せば一つくらいは間違えることもあるという意味。
張冠李戴(ちょうかんりたい)
相手を間違えること。食い違うこと。 張さんの冠(かんむり)を李さんがかぶるという意味から。
当面蹉過(とうめんさか)
すぐ近い位置で見ながら見間違えること。または、目の前にいても誤ってすれ違うこと。 「当面」は目の前ということ。 「蹉過」は間違えること。 「当面に蹉過(さか)す」とも読む。
杜黙詩撰(ともくしさん)
詩や文章にたくさんの間違いがあって、いい加減なこと。 「杜黙」は人の名前。 「詩撰」は詩や文章を作ること。 中国の詩人の杜黙の作る詩や文章は、定型詩の格式にほとんど当てはまっていなかったということから。 「杜撰」という形で使うことが多い言葉。
独知之契(どくちのけい)
自分だけが約束が成り立っていると思い込むこと。 「独知」は自分一人が知っているということ。 「契」は約束や契約のこと。 相手の意思をはっきりと確かめていない約束のことをいう。
認奴作郎(にんどさくろう)
物の価値を理解できないこと。 「奴」は召し使いや下僕のこと、「郎」は主人のこと。 召し使いと主人を間違えてしまうという意味から。
播糠眯目(はこうべいもく)
ほんの些細な問題が、判断の誤りに繋がることがあることのたとえ。 または、自分以外の働きによって、方向を見失うことのたとえ。 糠(ぬか)を撒き散らして、目をくらますことから。 「糠(ぬか)を播(ま)き目(め)を眯(くら)ます」とも読む。
冥行擿埴(めいこうてきしょく)
学問を行うための方法を知らずにむやみやたらに行うこと。 「冥行」は暗くてよく見えないところを歩くこと。 「擿埴」は目に障害がある人が杖で地面をたたきながら歩くこと。 「埴」は地面や粘土質の土のこと。 「冥行(めいこう)して埴(しょく)を擿(さぐ)る」とも読む。 「擿埴冥行」ともいう。
楊布之狗(ようふのいぬ)
見た目が変わったのを見て、内面も変わったと信じることのたとえ。または、見た目が変われば内面も変わったと思うのが普通であるということ。 「楊布」は人の名前。 「狗」は動物の犬。 中国の戦国時代の思想家の楊朱の弟の楊布は、白い服で出かけたが雨で濡れたために黒い服に着替えて帰ってくると、飼っていた犬が楊布だと気付かずに吠えたために怒ったが、楊朱は白い犬が汚れて黒くなって帰ってくれば怪しく思うだろうといい、楊布を抑えとどめたという故事から。
