「じゃく」で終わる四字熟語 — 20 件
四字熟語一覧
意志薄弱(いしはくじゃく)
はっきりとした自身の意志を持っておらず、物事を決める決断力や最後までやり抜く忍耐力が欠如していること。 または、他人の言葉や行いの影響を受けやすいこと。
尩繊懦弱(おうせんだじゃく)
気弱で体が虚弱で細いこと。 「尩」は体が弱いこと。 「繊」は体が細いこと。 「懦弱」は心が弱いこと。
鷹揚自若(おうようじじゃく)
落ち着いていて、何事にも動揺しない様子。 「鷹揚」は余裕があり、大らかなこと。 「自若」は落ち着いていて、慌てることがないこと。
喙長三尺(かいちょうさんじゃく)
口が達者なことのたとえ。 「喙長」はくちばしの長さ。 「三尺」は長いことのたとえ。 喙(くちばし)の長さが三尺もあるという意味から。
尭階三尺(ぎょうかいさんじゃく)
君主がつつましい生活をすることのたとえ。 古代中国の伝説の聖天子の宮殿は、土を固めただけの階段があり、高さは三尺ほどしかなかったということから。 君主の生活の理想とされている。
空空寂寂(くうくうじゃくじゃく)
仏教の言葉で、形のあるものもないものも、この世のすべてには決まった実体がなく、人の考えや判断の及ばない静けさの中にあるということ。 または、何もなく、ひっそりと静まりかえっている様子。 または、何ものにもとらわれない無心な様子。転じて、物事に関心を示さず、反応のない様子。 「空寂(くうじゃく)」の「空」と「寂」をそれぞれ重ねて強めた言葉。 「空」はすべてのものに固定した実体がないこと。 「寂」はひっそりと静かなこと。 「空々寂々」とも書く。
言笑自若(げんしょうじじゃく)
何があっても決して慌てず、落ち着いていることのたとえ。 「言笑」は喋り声と笑い声。談笑すること。 「自若」は落ち着いていて慌てないこと。 中国の三国時代の蜀の関羽は、毒矢をひじに受け、諸将との宴会の途中に、その場で手術したが、骨を削って血が溢れる中でも酒を飲み、談笑していたという故事から。
三輪空寂(さんりんくうじゃく)
人に物をあげたり、お布施をするときは、渡す物への執着はやめるべきということ。 「三輪」はお布施をする人、施しを受ける人、施す物の三つのこと。 「空寂」はこの世の全てのものは実体がなく、空であるということ。 「三輪」の三つの全てが空であるとして、執着心を捨て去ることをいう。
奢侈文弱(しゃしぶんじゃく)
度を超したぜいたくな生活をして、文学にふけっているだけで、おとなしく弱弱しいこと。 「奢侈」は度を超したぜいたく、「文弱」は文学にばかりふけっていて弱弱しいこと。
秋霜三尺(しゅうそうさんじゃく)
曇りが少しもないように研がれた刀剣。 「秋霜」は秋に降る霜は厳しく冷たく光るということから、切れ味のよい刀剣のこと。 「尺」は長さを表す単位で、「三尺」は刀剣の長さのこと。
従容自若(しょうようじじゃく)
穏やかで落ち着いている様子。 「従容」はゆったりとしていて、落ち着いている様子。 「自若」は物事に動じない様子。 「縦容自若」とも書く。
神経衰弱(しんけいすいじゃく)
疲労によって神経が過敏になる精神の病気。 または、トランプ遊びの名称。
神色自若(しんしょくじじゃく)
何があっても慌てずに落ち着いていること。 「神色」は精神と顔色。 「自若」は心がいつもと同じこと。 何があっても普段と同じ対応をするという意味から。
心神耗弱(しんしんこうじゃく)
精神が弱くなって、善悪の判断や行動を抑制する能力が弱くなること。 「心神」は心と精神。 「耗弱」はすり減って弱くなること。 医学や法律などで使われる用語で、心神喪失の手前の状態をいう。
自家撞着(じかどうじゃく)
同じ人の行動や言動が前後で辻褄が合わないこと。 「自家」は自分自身のこと、「撞着」は辻褄があわないこと、矛盾していること。
垂涎三尺(すいぜんさんじゃく)
あるものを激しく欲しがる様子のこと。 「涎」はよだれ。 おいしそうな食べ物を見て、思わず涎を三尺も垂らすという意味から。
随珠弾雀(ずいしゅだんじゃく)
適切でない方法や道具を使用すること、特に利益よりも損失が大きい状況のこと。 「随珠」は、随侯が大蛇を助けた際に贈られたとされる伝説の宝玉、「雀」はすずめのこと。 貴重な宝玉を、すずめを打ち落とすための弾として使用することから。
泰然自若(たいぜんじじゃく)
心が落ち着いていて、冷静さを失うことがないこと。 「泰然」は心に余裕があって落ち着いている様子。 「自若」はどんなことに対しても常に冷静な様子。
本地垂迹(ほんちすいじゃく)
仏や菩薩は、世の人々を救うために、神の姿になって人々の前に現われるということ。 仏教と神道を結びつけた考え方で、神道の神は、仏が姿を変えたものであるということから。 「本地」は仏や菩薩の本当の姿。 「垂迹」は仏や菩薩が様々な姿になって現われるということ。
和敬清寂(わけいせいじゃく)
茶道で主人と客が心を和らげて互いに敬い、茶室や茶器や雰囲気などを清らかで静かに保つこと。 「和敬」は主人と客が互いに心を和らげ敬うこと。 「清寂」は清らかで静かに保つこと。 千利休の茶道の精神を象徴する言葉。
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